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第一部 ジョセフ
28 彼という人間
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「彼の言葉は信じていいと思いますよ」
アンディが言った。
「前世で私が生まれてから彼が死ぬまでずっと付き合っていた私が保証します」
前世のアンディ、《アイスドール》だけでなく《エンプレス》と《マッドサイエンティスト》も捨て子だった。
前世の彼らの苗字が「武東」なのは、彼らを拾い育ててくれた武東櫂人からだ。
アンディは前世も今生も見かけは氷人形だが真夏に生まれた。彼の前世の名前が「夏生」なのは、それと養父となった「かいと(櫂人)」からも取られているのだろう。
ちなみに、武東櫂人は前世の私の曾祖父だ。《エンプレス》と夫婦になり、私の祖母が生まれたのだ。
「彼が私を殺す気がないと分かっていたのなら、どうして私を彼から遠ざけようとしたの?」
私の疑問にアンディは淡々と答えた。
「貴女が今生は人生を謳歌したいと仰ったので。前世を思い出させる彼は近づけないほうがいいと思ったのです」
アンディは配慮したようだが、私もウジェーヌも貴族である以上、何かの集まりなどで顔を合わせてしまうだろう。まして、今生も親戚なら尚更だ。
聡明なアンディが、それに気づかないはずないのに、前世で長く付き合った《マッドサイエンティスト》と今生で思いがけず顔を合わせたので、いつも冷静な彼も焦っていたのだろうか?
「……どちらにしろ、私が傍にいれば否応なしに前世を思い出してしまいますね」
アンディは、ほろ苦く微笑んだ。
「『私』がジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルだったのも、『あなた』がアンドリュー・グランデだったのも、たまたまだわ。互いに前世の記憶を持っていたとしても、生まれ変わったのだから新たな関係を築けばいいのよ」
「……新たな関係ですか?」
アンディは呟いた。
「私は自分のためだけに生きたい。だから、あなたも自分のためだけに生きて」
彼のような人間は、自分が認めた主のためだけにしか生きられない。
分かっていても言わずにいられないのだ。
もう二度と、私を庇って死んでほしくない――。
「前世でも今生でも、私は自分のためだけに生きていますよ」
当然のように言うアンディだが私は信じない。
「……だったら、どうして、私を庇って死んだの?」
自分のためだけに生きる人間なら他人を庇って死んだりなどしないはずだ。
「貴女を守りたかった。貴女に生きてほしかった。そう思った私のためにした事です。だから、貴女が私に罪悪感や負い目を抱く必要はない。私が勝手にした事ですから」
「……アンディ」
彼は私に負担を感じさせないために言っているのではない。
それが、彼の真実の想いだからだ。
私を守りたい。
私に生きていてほしい。
その自分の想いを優先した結果、私を庇って死んだのだ。
私が、それを、どう思うのか考えもせずに――。
こういう人間に何を言っても無駄だ。
前世からずっと、彼は自分が認めた主のためだけにしか生きられない人間だと思っていた。
確かに、それは「彼」という人間を構成する大部分ではある。
けれど、違うのだ。
最後の最後で、彼は主ではなく自分の想いを優先する。
いくら主が「自分を守るな」と命令しても、「主を守りたい」自分の想いを優先して命令無視くらい簡単にやってのけてしまう。
……厄介な人間に主だと定められてしまった。
けれど、彼から離れるという選択だけは絶対にしない。
前世で、彼が私を庇って死んだという負い目や罪悪感があるからではない。
前世で《アネシドラ》を壊滅させた後、しばらく呆然としていたのは、生きる目的だった復讐を果たしたからだと、ずっとそう思っていた。
けれど、違うのだ。
違ったのだと分かったのは、思いがけず今生で彼と出会ったからだ。
アンディが言った。
「前世で私が生まれてから彼が死ぬまでずっと付き合っていた私が保証します」
前世のアンディ、《アイスドール》だけでなく《エンプレス》と《マッドサイエンティスト》も捨て子だった。
前世の彼らの苗字が「武東」なのは、彼らを拾い育ててくれた武東櫂人からだ。
アンディは前世も今生も見かけは氷人形だが真夏に生まれた。彼の前世の名前が「夏生」なのは、それと養父となった「かいと(櫂人)」からも取られているのだろう。
ちなみに、武東櫂人は前世の私の曾祖父だ。《エンプレス》と夫婦になり、私の祖母が生まれたのだ。
「彼が私を殺す気がないと分かっていたのなら、どうして私を彼から遠ざけようとしたの?」
私の疑問にアンディは淡々と答えた。
「貴女が今生は人生を謳歌したいと仰ったので。前世を思い出させる彼は近づけないほうがいいと思ったのです」
アンディは配慮したようだが、私もウジェーヌも貴族である以上、何かの集まりなどで顔を合わせてしまうだろう。まして、今生も親戚なら尚更だ。
聡明なアンディが、それに気づかないはずないのに、前世で長く付き合った《マッドサイエンティスト》と今生で思いがけず顔を合わせたので、いつも冷静な彼も焦っていたのだろうか?
「……どちらにしろ、私が傍にいれば否応なしに前世を思い出してしまいますね」
アンディは、ほろ苦く微笑んだ。
「『私』がジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルだったのも、『あなた』がアンドリュー・グランデだったのも、たまたまだわ。互いに前世の記憶を持っていたとしても、生まれ変わったのだから新たな関係を築けばいいのよ」
「……新たな関係ですか?」
アンディは呟いた。
「私は自分のためだけに生きたい。だから、あなたも自分のためだけに生きて」
彼のような人間は、自分が認めた主のためだけにしか生きられない。
分かっていても言わずにいられないのだ。
もう二度と、私を庇って死んでほしくない――。
「前世でも今生でも、私は自分のためだけに生きていますよ」
当然のように言うアンディだが私は信じない。
「……だったら、どうして、私を庇って死んだの?」
自分のためだけに生きる人間なら他人を庇って死んだりなどしないはずだ。
「貴女を守りたかった。貴女に生きてほしかった。そう思った私のためにした事です。だから、貴女が私に罪悪感や負い目を抱く必要はない。私が勝手にした事ですから」
「……アンディ」
彼は私に負担を感じさせないために言っているのではない。
それが、彼の真実の想いだからだ。
私を守りたい。
私に生きていてほしい。
その自分の想いを優先した結果、私を庇って死んだのだ。
私が、それを、どう思うのか考えもせずに――。
こういう人間に何を言っても無駄だ。
前世からずっと、彼は自分が認めた主のためだけにしか生きられない人間だと思っていた。
確かに、それは「彼」という人間を構成する大部分ではある。
けれど、違うのだ。
最後の最後で、彼は主ではなく自分の想いを優先する。
いくら主が「自分を守るな」と命令しても、「主を守りたい」自分の想いを優先して命令無視くらい簡単にやってのけてしまう。
……厄介な人間に主だと定められてしまった。
けれど、彼から離れるという選択だけは絶対にしない。
前世で、彼が私を庇って死んだという負い目や罪悪感があるからではない。
前世で《アネシドラ》を壊滅させた後、しばらく呆然としていたのは、生きる目的だった復讐を果たしたからだと、ずっとそう思っていた。
けれど、違うのだ。
違ったのだと分かったのは、思いがけず今生で彼と出会ったからだ。
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