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第一部 ジョセフ

18 王妃様に会いに行く

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 主であるお祖母様の誕生日会も滞りなく終わり、国王であるお祖父様が王都パジに帰ると、館内の人間は一様に、ほっとした空気を醸し出していた。

 そんな彼らにとっての日常が戻ってきた、六月のある昼下がり。

「庭で一緒にお茶でも、どう?」と、お祖母様に誘われ、東屋に用意されたお茶や軽食、お菓子をつまんでいる最中、お祖母様が言ったのだ。

「社交で、わたくし、一ヶ月ほど王都に行かなければいけないの」

 てっきり「お留守番、お願いね」と言われるのかと思ったのだが――。

「王妃様から、ぜひ『あなた』に会いたいというお手紙がきているの。一緒に行きましょう」

 お祖母様が「あなた」という言葉に含みを持たせている事に私は気づいた。

 この体で本来生きるはずだった「ジョゼフィーヌ」ではなく彼女の前世の人格である「私」の事を言っているのだと分かった。

 お祖父様かお祖母様が「私」の事を王妃に教えたのだろう。興味を持った王妃が「私」に会いたいと言ってきたのは理解できるのだが――。

「王妃様とお手紙のやり取りをされているのですか?」

 王妃と妾妃であるお祖母様が手紙のやりとりをしているのに驚いた。

 お祖父様、アルフォンス国王の正妻がテレーゼ王妃だ。ジョセフの異母兄、フィリップ王太子の生母でもある。

 お祖父様と隣国アバスブール王国の王女だったテレーゼ王妃とは勿論、政略結婚だ。それでも、お祖父様は王妃を大切にし、お祖母様を妾妃にした後も、それは変わらなかったという。

 だからなのか、彼女達の相性なのか、王妃とお祖母様妾妃の仲は悪くないらしい。

「おかしいかしら?」

「……王妃と妾妃が仲がいいなんて、前世の私の世界の歴史や物語だと、まずありえないので」

「ああ、そうだったわね」

 前世の記憶はなくとも、前世の私の世界の知識を持っているお祖母様は納得したようだ。

「わたくしも王妃様も陛下を人として好ましく思っているし、国王としても尊敬しているけれど、男性としては愛してはいないから」

 だから、王妃と仲良くしていられるのだと、お祖母様は言いたいらしい。

 気づいてはいた。「お祖父様とお祖母様は両想いではないのだろうな」と。

 王妃と妾妃が対立すれば最悪、国を揺るがす事態も起こる。国王の寵愛を巡って争わないなら何よりだが、お祖母様を誰よりも愛しているお祖父様には少しだけ気の毒な話だ。

「妾妃となるのを断り続けていたわたくしを説得してきたのも王妃様だったわ」

 当時を懐かしむように語るお祖母様の表情は柔らかい。普段、苛烈で厳格な印象の彼女にしては珍しい。

「……王妃様が妾妃になるように説得してきたんですか?」

 いくら王妃にとっても政略結婚で、お祖父様を、国王を男性として愛していなくても、夫が自分以外の女を愛するのを許容できるものだろうか?

 それを抜きにしても、妾妃との間に息子が生まれれば、自分の息子フィリップ王太子と王位を巡って争う事になるかもしれないのに。 

 幸い、お祖母様はブルノンヴィル辺境伯となったので、彼女の息子ジョセフは次代のブルノンヴィル辺境伯に確定し、王位を巡って争う事態は避けられたが。

「ええ。わたくしとなら陛下と国を共に支えていけそうだからと仰られてね」

 その言葉で心を動かされたお祖母様は、妾妃になるのを承諾したという。

 ジョゼフィーヌの記憶では会った事がない王妃様。

 いや、ジョゼフィーヌが憶えていないだけで、三歳以前の彼女に会っていたかもしれない。いくら三歳児としては賢くても、アンディのように胎児からの記憶はないのだ。憶えていないのも無理はない。

 噂でしか知らないテレーゼ王妃。

 妾妃が薔薇なら王妃は菫だと、その美しさを讃えられている。

 美しいだけでなく、お祖母様とは違う意味で「すごい女性」なのだろ。

 そもそも一国の王妃で、この・・お祖母様が一目置いている女性だ。「普通の女性」ではありえない。

 そんな女性が「私」に会いたいと言ってきた。

 ……いったい、どうなるのだろう?



 



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