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第一部 ジョセフ

14 私を怒らせないでくださいね。お父様

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 ジョセフは疲労困憊という有り様で、よろよろしながらエントランスルームに入って来た。

「お帰りなさい。お父様」

 使用人達もまだ起きてない早朝、私は階段の一番下の段に座ってジョセフを待ち受けていた。

 こんな時間に人がいるとは思ってもいなかったのだろう。まして、それが疎んじている娘だと分かって、ジョセフは、たいそう驚いている。

 ただでさえ白い肌は青ざめ短い銅色の髪は乱れている。仕立てのいい服もしわくちゃだ。

 ジョゼフィーヌの記憶や私が最初に見た時のような不遜で尊大な表情は消え失せ、ぐったりと疲れ切った弱々しい様子は哀れを誘うものだが、勿論、私は何とも思わない。

「……今、お前の相手をしてやる気はない」

 ジョセフの普段は耳に心地よい音楽的な声はかすれていた。

 私は立ち上がった。

「嫌ですわ。あなたが私の相手をするのではなく、私が・・あなたの相手をしてあげるのです。お間違えにならないでくださいな」

 ジョセフは、むっとしたようで私を睨みつけたが、疲労困憊な今、疎んじているわたしの相手より一刻も早い休息を選んだようだ。

 無視して私の横を通り過ぎようとしたが――。

「――ただ一度だけの容赦です」

 怪訝そうに振り返ったジョセフを私は見据えた。

父親あなたを慕っていた今生の私ジョゼフィーヌに免じて、今回は、この程度で済ませました。でも、今度、私とロザリーに何かしたり、私を怒らせたら、死んだほうがマシだという目に遭わせますので。憶えておいてくださいな。お父様・・・

「……お前の仕業か?」

 ジョセフの両の拳が震えていた。私と同じ赤紫の瞳が爛々と輝く。憔悴していても超絶美形が怒るとかなりの迫力だ。ジョゼフィーヌや他の人間なら怯むのだろうが、生憎、前世で過酷な体験をしてきた私は、このくらいでは動じない

 怒りが疲労を押しのけたようだ。今にも私に摑みかかりそうな「お父様」を私は目を眇めて見つめた。

「殴るならどうぞ。でも、私は・・倍にして返しますよ。ジョゼフィーヌと違って泣き寝入りなどしませんので」

「……やはり転生者なのか?」

 ようやくジョセフも、その結論に達したようだ。

「……やっと気づいたんですか?」

 私は、はっきりと馬鹿にした視線を「お父様」に向けた。

「人間としてクズなだけでなく頭も悪いんですね」

 わなわな震えるジョセフに構わず私は言った。

「魂は同じでも私はジョゼフィーヌではないので、肉親の愛情など求めない」

 むしろらない。

「だから、ジョゼフィーヌが、あなたに対して決してできなかった事でもできるわ。まあ、今回の事で分かったでしょうけれど」

「お前は! 父親に何をしたのか、分かっているのか!?」

 静まり返った早朝のエントランスホールにジョセフの大声が響く。

「……ふざけんな。クズ親父」

 私はジョセフと違い声は荒げていないが、はっきりと怒りを込めた眼差しをジョセフに向けた。

 ジョセフは気圧されたように一歩後退した。

「……ジョゼフィーヌを娘と思った事などないくせに。こういう時だけ父親の権利を主張するな」

 私は何とか冷静さを取り戻すと言った。

父親あなたに何をしたのか、分かっていますよ。だって、私が命じてやらせた事ですから」

 怒りに我を忘れてはいけない。

 わざわざ、こんな早朝に起きてジョセフの帰りを待っていたのは、クズ親父ジョセフの頭に叩き込むためなのだから。

「私」を怒らせたら、どうなるのか――。

「もっとひどい事もできたんですよ。でも、父親あなたを慕っていた今生の私ジョゼフィーヌに免じて、この程度で済ませたんです」

「……私を殺すつもりだったのか?」

 ジョセフは、ただでさえ顔色が悪いのに、さらに血の気が引いている。

「あら嫌だ。殺したりなどしませんよ」

 私は声を上げて笑った。

「……そうか。やはり『お前』も、そこまでは」

「しないのか」と続けようとしたのだろうジョセフに、私は微笑みかけた。

「だって、ただ殺すのでは生温いでしょう?」

「え?」

 ジョセフは目をぱちくりさせた。

「私は転生者ですよ。死んで生まれ変わった記憶がある人間です。だから、死が一瞬の苦痛にすぎない事を誰よりも熟知しています」

 トラックにひかれ道路に叩きつけられた時は、確かに痛かったし苦しかった。

 それでも、すぐに意識が消失し、気がついたらジョゼフィーヌになっていたのだ。

 死は最大の苦痛ではなかった。

 むしろ、人によっては、永遠の安らぎにもなるのだ。

「喜びも苦しみも生きてこそ体験できるんです。私の地雷を踏んだ人間を、ただあっさり殺してあげるほど、私は優しくありませんよ。決して死なせず、死ぬ寸前の最大の苦痛を与え続けます」

「お父様」は、がたがた震えだした。

 初夏とはいえ一晩中裸で、しかも剃毛したせいかしら?

 そのくらいで風邪引くなんて、甘ったれた貴族のお坊ちゃんだから鍛え方が足りないのね。

 そう思いながら、私は「お父様」の頭に叩き込むべく彼を見据えて、はっきりと言った。

「――だから、私を怒らせないでくださいね。お父様」


























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