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第一部 ジョセフ

13 彼は最初から「彼」だった

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「どうしました?」

 ノックして部屋に入って来たアンディは、私の浮かない顔を見て怪訝そうに言った。

「……最初から私がジョゼフィーヌだったらなって」

 前世と今生の人格が入れ替わるのではなく、最初から「私」が「ジョゼフィーヌ」として生きていればよかった。

「……あなたは、最初から『あなた』だったのよね」

 彼の体、アンドリュー・グランデの人格は、最初から彼、《アイスドール》、武東むとう夏生かいだったのだという。私のように前世と今生の人格が入れ替わったのではない。

「……羨ましいわ」

「……私は、むしろ貴女が羨ましいですよ」

 私の心の底からの羨望にアンディは何ともいえない微妙な顔になった。

「……私は今生の母のはらにいる時から『私』でした」

 アンディの告白に私は目を瞠った。てっきり今生で物心ついた頃、前世の記憶や人格がよみがえったのかと思っていたのだ。

「……胎児から『あなた』だったのなら」

 私の言いたい事が分かったのだろう。アンディは普段は氷人形アイスドールに相応しい無表情なのだが、この時ばかりは、げんなりした顔になった。

「……ええ。赤ん坊の頃のあれこれを精神年齢五十で体験しましたよ」

 アンディは声こそ荒げていないが、やけくそ気味に言った。言動まで常に冷静な彼にしては珍しい。

「……うわ~~! 五十で赤ちゃんプレイは、きっついね~~!」

 赤ん坊の頃のあれこれとは、つまり授乳やおむつ替えなどだろう。精神年齢五十で体験するには、あまりにもきつい。

「……体は正真正銘の赤ん坊でした。プレイとか言うのは、やめてください」

 アンディは遠い目になった。

「……前世でいろんな拷問を体験しましたが、これが精神的に一番きましたね」

「……ごめん。羨ましいとか言って。私の悩みなど、あなたが体験した事に比べれば大した事ないわね」

 魂が同じでも、体が変わっても、記憶があっても、私は自分をジョゼフィーヌとは思えない。

 ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルとして生まれ変わったというのに、心は、あくまでも異世界で三十年生きた女、相原祥子なのだ。

「……ジョゼフィーヌとして生まれ変わったのに、もう相原祥子には戻れやしないのに……この世界でジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルとして生きていかなきゃいけないのに」

 この体ジョゼフィーヌに「私」が表出して一ヶ月経ったというのに、私は未だに「前世の私」に未練があるらしい。

「貴女は貴女でいい」

 アンディはソファに座っている私の前に跪いた。

「お嬢様に、ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルに生まれ変わっても、貴女は貴女として生きればいい」

「……そのために、私がブルノンヴィル辺境伯になるのが嫌だと言ったら? お祖母様は、私にそれ・・を望んでいるわ。あなたに、お祖母様に逆らう事はできないでしょう?」

 前世では、もうすでに彼の絶対の主、《エンプレス》は亡くなっていた。だから、新たな主である私の望み通り、彼女が創立した《アネシドラ》を共に壊滅させる事までした。

 けれど、今生は、彼が主だと定めたお祖母様と私、二人が生きているのだ。

 お祖母様と私の望みが違ったら、彼は迷わずお祖母様に、《エンプレス》の生まれ変わりである彼女に付くだろう。

 前世で私を主だと定めたのは、前世の私が《エンプレス》の曾孫であり彼女に似ていたにすぎないのだから。

「貴女の望むままに。私は、確かに、ジョセフィン様に逆らえない。けれど、貴女にも逆らえませんから」

 私とお祖母様の望みが違ったら、邪魔はしないが、どちらにも手を貸さないと彼は言っているのだ。

「……私は今度こそ人生を謳歌した。誰かや何かのためではなく自分のためだけに生きたい」

 ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルに生まれ変わって、その立場による義務があるのだとしても、それだけは絶対に譲れない。

 新たな肉体であっても、異世界であっても、「私」という人格を保ったまま生き直す事ができるのだから――。

「……だから、私がこれから生きるこの体に、消えない恐怖を植えつけてくれた『礼』をしなくては、ね」

 私はアンディに微笑みかけた。

「私の個人的な報復に力を貸してくれる?」

「勿論です。今生でも貴女の力になると誓いましたから」

 アンディは私の小さな手を取ると、手の甲にそっと口づけた。







 














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