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第一部 ジョセフ

10 あなたに決して消えない恐怖を。お父様

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「出来損ないが! よくもこの私に向かって!」

 我慢の限界に達したらしいジョセフがジョゼフィーヌに向かって拳を振るおうとした。

 両親の前であるにも係わらず自制がなくなるくらい私の悪態はジョセフの癇に障ったようだ。

 これくらい何だというのか?

 ジョゼフィーヌは、ずっと父親おまえからの理不尽な言動に耐えてきたというのに――。

 私を庇うように前に出たロザリーだが、振り上げたジョセフの腕をお祖父様がつかんだので、彼女も私も事なきを得た。

「やめるんだ」

「放してください! 父上! この出来損ないには、体で覚えさせないといけないんです!」

「あら、出来損ないに出来損ないと言われてしまったわ」

 私は声を上げて笑った。

「私のどこが出来損ないだ!?」

 お祖父様に腕をつかまれたままだが、ジョセフが私に食ってかかってきた。

 私は目を眇めた。

「逆に訊きたい。どうして自分が出来損ないではないと思うの? 父親としても人間としても、クズで下種で出来損ないの欠陥品じゃない」

 実の娘に向かって「出来損ない」と言うばかりか、暴力を振るう男が何を言うのか。

 確かに、ジョゼフィーヌは、彼にとって無理矢理な行為の結果出来た娘だ。愛せないのは仕方ない。……愛し合う夫婦の間に生まれたにも係わらず、愛されなかった子供もいるのだから。

 嫌いなら、疎ましいなら、無視すればいいものを、虐待するなど親としても人間としても最低だ。

「それでも、ジョゼフィーヌは、父親あなたから愛されたいと願い続けたのよ」

 その気持ちは、魂が同じでも、記憶があっても、私には理解できないけれど――。

「その彼女の気持ちを踏みにじって、この体に消えない恐怖を植えつけたあなたを私は絶対に許さない」

 私は間近からジョセフを見上げた。ジョゼフィーヌではありえない射貫くような強い眼差しで――。

「あなたは私に『体で覚えさせる』と言ったわね。だったら、私も、あなたの『体に覚えさせる』わ」

 私はジョセフに微笑みかけた。けれど、目だけは変わらず射貫くような強い眼差しのままで。

「決して消えない恐怖を――」




 ジョセフは気圧されたように玄関から外に向かって走り去った。

「……『君』のほうがジョセフよりもずっと格が上だな」

 お祖父様はジョセフが消えた方向に呆れた視線を向けた。

「そりゃあ、私の中身は三十ですからね」

 しかも、秘密結社の実行部隊の一員として一般人よりもずっとハードな人生を歩んだのだ。

二十歳はたちのクズ野郎に負けるはずないでしょう」

 けれど、「私」が強い視線を向けただけで気圧されるとは――。

「この程度の男にジョゼフィーヌはびくついてたの? ……同じ魂の持ち主として情けない」

 アンディは苦笑した。

「貴女自身がいつも言っていたではないですか。魂が同じでも前世と今生は別人だと。お嬢様を貴女・・と比べるのは酷ですよ」

「……そうね」

 アンディの言っている事は尤もだ。いくら今生の記憶がよみがえっても、私は自分をジョゼフィーヌだと思えないのだから――。

「彼に『私』の事を言ってないんですね」

 私は、お祖父様に尋ねた。

「ああ。教えてやる義理はないからな」

 お祖父様には息子ジョセフに対する愛情がないのは、ジョゼフィーヌの記憶がなくても見ていれば分かる。

 まともな人間なら実の娘を「出来損ない」呼ばわりする人間に好意を持てるはずがない。それが、寵姫との間に出来た息子であってもだ。

「それに、教えてやらなくても、普通なら君の言動で気づくだろう? ……あいつは気づかなったようだが」

 お祖父様の言う通り、ジョセフは気づかなかったようだ。私が転生者だと。

 気づかないなら、それでも構わない。

「出来損ない」だと思っていたジョゼフィーヌむすめに遣り込められたと思ったほうがショックが大きいだろうから。

「ジョセフに何かするつもりなの?」

 お祖母様が尋ねてきた。

「私」が孫娘ジョゼフィーヌの体に表出して約一か月、そんな短い付き合いだのに、お祖母様は見抜いたようだ。私が言葉だけでなく、ちゃんと実行する人間だと――。

「私をとめますか?」

「わたくしがとめても、あなた・・・は実行するでしょう? それに……ジョセフがジョゼにした事を考えると、あなたが何か・・するのは当然だわ」

「ジョゼフィーヌのためではありませんよ」

 そう、今生の私ジョゼフィーヌのためではない。

 私が息子ジョセフ何か・・するのは、消えてしまった今生の自分ジョゼフィーヌのためだと思っていたのだろう。お祖母様は意外そうな顔だ。

「私がこれから生きるこの体に、決して消えない恐怖を植えつけた事が許せない。だから――」

 私は微笑んだ。

「私も植えつけてやりたいんです」

 あなたに決して消えない恐怖を。お父様。





























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