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第一部 ジョセフ
5 お祖母様は前世では曾祖母らしい
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「知り合いなら積もる話もあるでしょう」と言って、お祖母様は執務室から出て行った。
お祖母様に聞かれたくない話をしたかったので、出て行ってくれたお祖母様に感謝した。
私とアンディはソファに座って話す事にした。
「こうして出会えました。しかも、互いに前世の記憶を持ったままで。今生でも貴女の力になりましょう」
「……確かに、私もあなたも前世の記憶を持っている。それでも、今は違う人間よ。前世の縁で私に力を貸そうとか思わなくていい。前世で私に力を貸してくれて、その上、私を助けて死んだ。それで、充分だわ」
前世の私と彼が所属していた秘密結社|《アネシドラ》。
彼は《アネシドラ》のNo.2《アイスドール》、私は実行部隊の一員|《ローズ》のコードネームを持っていた。
両親の仇をとるために私は《アネシドラ》を壊滅させた。
実は彼こそが私の両親を殺すように命じた人間なのだが、それでも共に《アネシドラ》を壊滅させ……そして、私を助けて死んだ。
「私は私が仕えるに値する人間にしか仕えない。だから、前世で貴女に力を貸しました」
「……前世の私が、あなたが唯一膝を折った女性の曾孫で似ていたからでしょう」
後で知った事だが、前世の私の曾祖母とその双子の弟が《アネシドラ》を創立した。裏社会に生きると決めた彼女は、娘(私の祖母だ)を手元で育てず養護施設に送ったのだ。
だから、本当は《アネシドラ》に係わらずに生きてこられたはずだったのに――。
「あの方に似ているというだけで助力はしない。貴女もまた私が仕えるに値すると思ったからですよ」
私が生まれた頃には亡くなった曾祖母だが、彼は曾祖母が創立した《アネシドラ》を守るために尽力していた。……そのために、私の両親を殺すように命じたりもしたが。
けれど、No.2の地位にいながら曾祖母に似た私に助力し《アネシドラ》を壊滅させた。
最初の主(曾祖母)が残した組織を存続させるよりも、現在の主(私)の望みを優先したのだ。
彼にとって大切なのは、組織ではなく自分が定めた主なのだ。
それでも、前世では、私に助力してくれようと、両親の死に係わった彼を恨む気持ちはあった。
けれど、今はもう、私を助けて死んだ事を抜きにしても、彼を恨む気持ちはない。
互いに前世の記憶があろうと、彼の容姿が前世と変わらなくても、新たな肉体で生まれ変わったのだ。
彼や今生で出会う人達とは新たな関係を築いて生きていきたい。
「……お祖母様が《エンプレス》なのね」
ずばり訊いた私に、彼は目を瞠った。
「……なぜ、そう思ったのですか?」
「私の目について、『貴女とこの方しかない』と言ったわ。『あの方』ではなく」
あの場にいたのは、私と彼とお祖母様だけ。「貴女」が私なら「この方」は、お祖母様しかいない。
「……相変わらず細かい事に気づきますね」
呆れたのか感心したのか分からない口調で彼は言った。
《エンプレス》、Empress、英語で女帝を意味する。このコードネームを持っていた女性が《アネシドラ》を創設した双子の姉であり……前世の私の曾祖母だ。
「彼女に前世の記憶がなくても、同じ目をしていたから気づいたのね」
「……貴女の仰る通り、前世の記憶を持とうと違う人間だ。まして、姿がまるで違う上、前世の記憶がないのなら別人と言ってもいいでしょう。
それでも、前世でも今生でも同じ目をしている。生まれ変わっても、魂の核ともいえる部分は変わっていないのだと、私が仕えるに値する『あの方』のままだと思いました。だから、今生のあの方にもお仕えしようと決めたのです」
彼は自分で言っていた通り、自分が仕えるに値すると思った人間にしか仕えない。今生が代々ブルノンヴィル辺境伯家に仕えた家の生まれでも、自分の主に値しないと思えば絶対に仕えたりしないのだ。
「……ねえ、お祖母様に、どこまで話しているの?」
「一応、前世の記憶持ちの転生者だという事くらいですか。あの方に前世の記憶はなくても前世の知識はあったので話したんです」
「……《アネシドラ》の事とかは話してないのね」
けれど、前世の記憶持ちの転生者だという事を抜きにしても、彼が只者でない事は一緒にいれば分かってしまうだろう。
そして、その彼の前世の知り合いだという私もまた――。
「知られると困るんですか?」
「お祖母様は……ジョセフィンは、私がブルノンヴィル辺境伯の後継者に相応しい人間である事を望んでいるわ。前世の記憶の持っていると知られて期待された。けれど、知っての通り、私には人にとって害悪な知識しかない」
私にあるのは、人を殺める知識だ。
秘密結社の実行部隊の一員として生きてきた。前世で何人殺したかなんて憶えちゃいない。
……それで罪悪感に苦しんだ事もない。
殺めたのは大抵悪人だったし……そうしなければ生きていけなかった。
それで納得していた私は、人としてどこか欠けているのだろう。
「今の私」は人を殺しても何とも思わなかった《ローズ》ではない。
前世の記憶を持つとはいえ異世界の辺境伯令嬢ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルだ。
それでも、《ローズ》としての記憶と人格を持つ私が「人生を謳歌したい」と望むのは、本来なら許されない事かもしれない。
……許されなくてもいい。
この後転生もできず地獄の業火に永遠に焼かれても構わない。
今度こそ人生を謳歌したい――。
「これから辺境伯令嬢として生きるのに相応しい教育を受ければいい。貴女なら簡単でしょう」
……お祖母様に言った事は嘘じゃない。この体で生きる以上、義務は全うしようというのは。
けれど、それ以上に、私は人生を謳歌したいのだ。
辺境伯として生きるのと、人生を謳歌するのと、両方が無理なら辺境伯としての義務を放棄する。
けれど、今のこの幼い体ではどうしようもない。
この精神に見合うほど体が成長してくれなければ――。
お祖母様に聞かれたくない話をしたかったので、出て行ってくれたお祖母様に感謝した。
私とアンディはソファに座って話す事にした。
「こうして出会えました。しかも、互いに前世の記憶を持ったままで。今生でも貴女の力になりましょう」
「……確かに、私もあなたも前世の記憶を持っている。それでも、今は違う人間よ。前世の縁で私に力を貸そうとか思わなくていい。前世で私に力を貸してくれて、その上、私を助けて死んだ。それで、充分だわ」
前世の私と彼が所属していた秘密結社|《アネシドラ》。
彼は《アネシドラ》のNo.2《アイスドール》、私は実行部隊の一員|《ローズ》のコードネームを持っていた。
両親の仇をとるために私は《アネシドラ》を壊滅させた。
実は彼こそが私の両親を殺すように命じた人間なのだが、それでも共に《アネシドラ》を壊滅させ……そして、私を助けて死んだ。
「私は私が仕えるに値する人間にしか仕えない。だから、前世で貴女に力を貸しました」
「……前世の私が、あなたが唯一膝を折った女性の曾孫で似ていたからでしょう」
後で知った事だが、前世の私の曾祖母とその双子の弟が《アネシドラ》を創立した。裏社会に生きると決めた彼女は、娘(私の祖母だ)を手元で育てず養護施設に送ったのだ。
だから、本当は《アネシドラ》に係わらずに生きてこられたはずだったのに――。
「あの方に似ているというだけで助力はしない。貴女もまた私が仕えるに値すると思ったからですよ」
私が生まれた頃には亡くなった曾祖母だが、彼は曾祖母が創立した《アネシドラ》を守るために尽力していた。……そのために、私の両親を殺すように命じたりもしたが。
けれど、No.2の地位にいながら曾祖母に似た私に助力し《アネシドラ》を壊滅させた。
最初の主(曾祖母)が残した組織を存続させるよりも、現在の主(私)の望みを優先したのだ。
彼にとって大切なのは、組織ではなく自分が定めた主なのだ。
それでも、前世では、私に助力してくれようと、両親の死に係わった彼を恨む気持ちはあった。
けれど、今はもう、私を助けて死んだ事を抜きにしても、彼を恨む気持ちはない。
互いに前世の記憶があろうと、彼の容姿が前世と変わらなくても、新たな肉体で生まれ変わったのだ。
彼や今生で出会う人達とは新たな関係を築いて生きていきたい。
「……お祖母様が《エンプレス》なのね」
ずばり訊いた私に、彼は目を瞠った。
「……なぜ、そう思ったのですか?」
「私の目について、『貴女とこの方しかない』と言ったわ。『あの方』ではなく」
あの場にいたのは、私と彼とお祖母様だけ。「貴女」が私なら「この方」は、お祖母様しかいない。
「……相変わらず細かい事に気づきますね」
呆れたのか感心したのか分からない口調で彼は言った。
《エンプレス》、Empress、英語で女帝を意味する。このコードネームを持っていた女性が《アネシドラ》を創設した双子の姉であり……前世の私の曾祖母だ。
「彼女に前世の記憶がなくても、同じ目をしていたから気づいたのね」
「……貴女の仰る通り、前世の記憶を持とうと違う人間だ。まして、姿がまるで違う上、前世の記憶がないのなら別人と言ってもいいでしょう。
それでも、前世でも今生でも同じ目をしている。生まれ変わっても、魂の核ともいえる部分は変わっていないのだと、私が仕えるに値する『あの方』のままだと思いました。だから、今生のあの方にもお仕えしようと決めたのです」
彼は自分で言っていた通り、自分が仕えるに値すると思った人間にしか仕えない。今生が代々ブルノンヴィル辺境伯家に仕えた家の生まれでも、自分の主に値しないと思えば絶対に仕えたりしないのだ。
「……ねえ、お祖母様に、どこまで話しているの?」
「一応、前世の記憶持ちの転生者だという事くらいですか。あの方に前世の記憶はなくても前世の知識はあったので話したんです」
「……《アネシドラ》の事とかは話してないのね」
けれど、前世の記憶持ちの転生者だという事を抜きにしても、彼が只者でない事は一緒にいれば分かってしまうだろう。
そして、その彼の前世の知り合いだという私もまた――。
「知られると困るんですか?」
「お祖母様は……ジョセフィンは、私がブルノンヴィル辺境伯の後継者に相応しい人間である事を望んでいるわ。前世の記憶の持っていると知られて期待された。けれど、知っての通り、私には人にとって害悪な知識しかない」
私にあるのは、人を殺める知識だ。
秘密結社の実行部隊の一員として生きてきた。前世で何人殺したかなんて憶えちゃいない。
……それで罪悪感に苦しんだ事もない。
殺めたのは大抵悪人だったし……そうしなければ生きていけなかった。
それで納得していた私は、人としてどこか欠けているのだろう。
「今の私」は人を殺しても何とも思わなかった《ローズ》ではない。
前世の記憶を持つとはいえ異世界の辺境伯令嬢ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルだ。
それでも、《ローズ》としての記憶と人格を持つ私が「人生を謳歌したい」と望むのは、本来なら許されない事かもしれない。
……許されなくてもいい。
この後転生もできず地獄の業火に永遠に焼かれても構わない。
今度こそ人生を謳歌したい――。
「これから辺境伯令嬢として生きるのに相応しい教育を受ければいい。貴女なら簡単でしょう」
……お祖母様に言った事は嘘じゃない。この体で生きる以上、義務は全うしようというのは。
けれど、それ以上に、私は人生を謳歌したいのだ。
辺境伯として生きるのと、人生を謳歌するのと、両方が無理なら辺境伯としての義務を放棄する。
けれど、今のこの幼い体ではどうしようもない。
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