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第二部 異世界転生
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三日後、知高さんがミノス公爵邸に来てくれた。
応接間で私達がそれぞれソファに座り、侍女がお菓子や紅茶をテーブルに乗せ終えて退出すると、知高さんは感無量な様子で呟いた。
「……ああ、美音。本当に『君』だな」
事前に、お祖母様から聞いていたとしても、目の当たりにすれば信じられないと思うのだけれど、知高さんは今目の前にいる、前世の私とは似ても似つかない幼女が「美音」だと自然に受け入れているようだ。
「私が分かるの?」
前世とはまるで違う姿になったのに。
「どんな姿になっても『君』なら分かるよ」
知高さんの言葉に、「私」が分からなかったディウエスは気まずそうな顔になった。
再会の場を提供したこの邸の主であるし、私とは前世から因縁と深い縁で結ばれた関係上、私と知高さんの再会を見届けたいとディウエスが希望し、断る理由もなかったので私も知高さんも了承したのだ。
「……私がこの世界から消えて、心配かけたわよね。ごめんなさい」
「君が謝る事はないよ」
確かに、この世界から消えたのは、私の意思ではなかったけれど。
「嫌なら答えなくていいのだけれど、前世の、豊柴美音だった君がこの世界から消えた後、どう過ごしていたんだ?」
知高さんの疑問は尤もだし、私が彼の立場なら気になる。
それに隠す事でもないので、私は、この世界から消えた後の顛末を語った。
私が話し終えると、二人は何とも微妙な顔になっていた。
「……俺には、君を殺した記憶がないんだが」
ディウエスは微妙な顔のまま呟いた。
「あなたに、その記憶がなくても、私にとっては真実だわ」
自分が夫を殺す前、夫が父を殺す前の世界に戻り、父の代わりに夫に殺され、そして、異世界のエリジウム王国の公爵令嬢、ミオン・ミノスとして生まれ変わった。
今生でも誰よりも嫌悪し軽蔑していた父親の娘に、私が殺し、私を殺した夫の形式上の娘になった。
それが、私にとっての真実――。
「……『俺』を恨んでいるか?」
「いいえ。私は報いを受けただけ。そう思っているから、今ここにいるあなたが、私を殺した記憶を持つ『あなた』だとしても恨んだりはしないわ」
だって、私も「彼」を殺した。
その報いを受けただけだ。
「『私』に殺された事で、ずっと私に対して優位に立っていると思っていたようだけど」
「そんな事、思ってもいない!」
「思ってもいないのなら大声で否定する事もないでしょ」
私の言葉にディウエスは黙り込んだ。心のどこかで彼も自覚していたのだ。
豊柴美音だった前世でディウエス・ミノスとなった今生の彼と邂逅した時の会話で気づいたのだ。
ディウエスは前世で妻にした事が殺されても仕方ない事だと頭では理解していた。
それでも、「殺された」という一点だけで私にした事が帳消しになったという思いもあったのだろう。
だから、「君を許すよ」と上から目線で言い放ったのだ。
「あなたに『私』を殺した記憶がなくても私にはある。ある意味で、私は、あなたを殺した罪を贖ったわ。この命で」
「……そうだな。前世の記憶があろうと俺達は生まれ変わって『別人』になったんだ。前世の罪を糾弾するのは無意味だな」
前世での出来事に対して、ディウエスは、そう心の整理をつけたようだ。
「ええ。今の私は、豊柴美音ではなくミオン・ミノス」
私はディウエスから知高さんに目を向けた。
「だから、もう私の事は気にかけなくていい。私の事は気にせず、自分の人生を謳歌してほしい」
知高さんと話したかったのは、突然消えた「私」を心配していた彼に、あの後の顛末を教えるためだけではない。
知高さんの知る「美音」ではなくなった私の事は、もう気にせず、自分の人生を謳歌してほしいと伝えるためでもあったのだ。
「確かに、君は、もう僕の知る『美音』ではない。公爵令嬢として生まれ変わった今の君に、僕の助けは必要ないだろう。それでも、君が『君』なら、僕にとっては大切な友人だ。この命が尽きるまで、君の事は気に掛けるよ」
「――知高さん」
嬉しかった。
もう前世のように、傍にいる事はできない。
それでも――。
「ありがとう。私も『私』である限り、ずっと知高さんを気にかけるわ」
応接間で私達がそれぞれソファに座り、侍女がお菓子や紅茶をテーブルに乗せ終えて退出すると、知高さんは感無量な様子で呟いた。
「……ああ、美音。本当に『君』だな」
事前に、お祖母様から聞いていたとしても、目の当たりにすれば信じられないと思うのだけれど、知高さんは今目の前にいる、前世の私とは似ても似つかない幼女が「美音」だと自然に受け入れているようだ。
「私が分かるの?」
前世とはまるで違う姿になったのに。
「どんな姿になっても『君』なら分かるよ」
知高さんの言葉に、「私」が分からなかったディウエスは気まずそうな顔になった。
再会の場を提供したこの邸の主であるし、私とは前世から因縁と深い縁で結ばれた関係上、私と知高さんの再会を見届けたいとディウエスが希望し、断る理由もなかったので私も知高さんも了承したのだ。
「……私がこの世界から消えて、心配かけたわよね。ごめんなさい」
「君が謝る事はないよ」
確かに、この世界から消えたのは、私の意思ではなかったけれど。
「嫌なら答えなくていいのだけれど、前世の、豊柴美音だった君がこの世界から消えた後、どう過ごしていたんだ?」
知高さんの疑問は尤もだし、私が彼の立場なら気になる。
それに隠す事でもないので、私は、この世界から消えた後の顛末を語った。
私が話し終えると、二人は何とも微妙な顔になっていた。
「……俺には、君を殺した記憶がないんだが」
ディウエスは微妙な顔のまま呟いた。
「あなたに、その記憶がなくても、私にとっては真実だわ」
自分が夫を殺す前、夫が父を殺す前の世界に戻り、父の代わりに夫に殺され、そして、異世界のエリジウム王国の公爵令嬢、ミオン・ミノスとして生まれ変わった。
今生でも誰よりも嫌悪し軽蔑していた父親の娘に、私が殺し、私を殺した夫の形式上の娘になった。
それが、私にとっての真実――。
「……『俺』を恨んでいるか?」
「いいえ。私は報いを受けただけ。そう思っているから、今ここにいるあなたが、私を殺した記憶を持つ『あなた』だとしても恨んだりはしないわ」
だって、私も「彼」を殺した。
その報いを受けただけだ。
「『私』に殺された事で、ずっと私に対して優位に立っていると思っていたようだけど」
「そんな事、思ってもいない!」
「思ってもいないのなら大声で否定する事もないでしょ」
私の言葉にディウエスは黙り込んだ。心のどこかで彼も自覚していたのだ。
豊柴美音だった前世でディウエス・ミノスとなった今生の彼と邂逅した時の会話で気づいたのだ。
ディウエスは前世で妻にした事が殺されても仕方ない事だと頭では理解していた。
それでも、「殺された」という一点だけで私にした事が帳消しになったという思いもあったのだろう。
だから、「君を許すよ」と上から目線で言い放ったのだ。
「あなたに『私』を殺した記憶がなくても私にはある。ある意味で、私は、あなたを殺した罪を贖ったわ。この命で」
「……そうだな。前世の記憶があろうと俺達は生まれ変わって『別人』になったんだ。前世の罪を糾弾するのは無意味だな」
前世での出来事に対して、ディウエスは、そう心の整理をつけたようだ。
「ええ。今の私は、豊柴美音ではなくミオン・ミノス」
私はディウエスから知高さんに目を向けた。
「だから、もう私の事は気にかけなくていい。私の事は気にせず、自分の人生を謳歌してほしい」
知高さんと話したかったのは、突然消えた「私」を心配していた彼に、あの後の顛末を教えるためだけではない。
知高さんの知る「美音」ではなくなった私の事は、もう気にせず、自分の人生を謳歌してほしいと伝えるためでもあったのだ。
「確かに、君は、もう僕の知る『美音』ではない。公爵令嬢として生まれ変わった今の君に、僕の助けは必要ないだろう。それでも、君が『君』なら、僕にとっては大切な友人だ。この命が尽きるまで、君の事は気に掛けるよ」
「――知高さん」
嬉しかった。
もう前世のように、傍にいる事はできない。
それでも――。
「ありがとう。私も『私』である限り、ずっと知高さんを気にかけるわ」
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