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第一部 異世界転移

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 あの後、知高さんに王立戦災災害救急病院に連れて行かれた。

 その名の通り、エリジウム王国が戦災や災害や救急の患者のために創った病院だと知高さんが教えてくれた。元の世界の赤十字病院と似たようなものか。

 転移してきた異世界人は必ず、この病院で診察を受けなければならないのだ。この世界の生物に害のある病原菌を保有していないか診察されるのだ。幸い、私も知高さんと同じで、そんなものなかったが。

 別に不快ではない。この世界の安全のためなら仕方ないと思うし、私自身、体を診察してほしかったからだ。妊娠の有無を知りたかった。

 知高さんによると中世ヨーロッパ風の世界でも本当の中世ヨーロッパよりは医療水準が高いという。私と知高さんが元いた世界よりは劣るようだが。

 お陰で妊娠の有無もすぐに判明した。

 ――妊娠していなかった。

 あまり喜怒哀楽が顔に出ない私だが、この時ばかりは安堵のあまり泣いてしまった。付き添ってくれた知高さんや診察してくれたお医者様や看護師さんを戸惑わせて申し訳なかったが。

 死ぬつもりだったから妊娠していようと構わなかった。そもそも妊娠を疑ったから夫を殺して自殺しようとしたのだ。

 だが、死ぬ気が失せた今、絶対に妊娠は避けたかった。

 夫をこの手で殺した事については微塵も後悔していないが……さすがに何の罪もない我が子を殺したくはない。

 宿った子に罪はないと頭では分かっている。それでも強姦の結果出来た子など産みたくなかった。

 もし宿っていたら迷わず堕胎していた。幸い妊娠していなかったが。

 私は、お母様とは違う。

 お母様、芙美花ふみかは代々優秀な政治家を輩出してきた徳松とくまつ一族の直系の娘だ。徳松家は豊柴家に匹敵するくらい権力がある。

 体が弱いお母様ではとても子供は望めないだろうと、お祖父様(お母様の父親)は誰にも嫁がせず、生涯、自分の庇護下で生活させるつもりだったのに。

 そんなお母様の代わりに、お祖父様達(両親の父親達)は、もう一人の娘、お母様の妹(私の叔母)と父を婚約させたのだ。

 だのに、絶世の美女だったお母様に一目惚れした父は、お母様を強姦し私を妊娠させ、お祖父様達にお母様との結婚を了承させたのだ。

 そんな経緯で出来た子だのに、お母様はわたしを愛し、自らの死と引き換えにしてまでわたしを産んでくれた。

 生まれた時にはいなかったお母様のわたしへの愛を疑わなかったのは、お母様の日記を読んだからだ。

 だから、私は、愛している。

 生まれた時にはもう亡くなって現実では交流できなかった母親でも、憎まれても仕方ないのに愛してくれた上、命と引き換えにしてまで産んでくれたのだ。それで充分だ。

 そのお母様とは真逆で、父親は、この世で一番嫌いで軽蔑している。

 出生のせいだけではない。

 最愛のおんなが命と引き換えにわたしを産んだ事で、心の奥底ではわたしを憎んでいるくせに、お母様そっくりに成長したわたしに無意識に劣情に満ちた視線を向けてくるようになったからだ。

 おそらく、あの男にわたしに対する憎しみや劣情の自覚はないと思う。

 わたしに対する言動は、対外的には立派な父親のものだからだ。

 だが、時折私に向ける表情や眼差しは、どう見ても「父親」のものではない。使用人達も、それに気づいたようで、なるべくあの男と二人きりにならないようにしてくれていた。

 憎まれるのは仕方ないと思っている。お母様最愛の妻を死なせたのだから。

 けれど、いくら最愛の妻そっくりだからといって父親が娘に無意識に劣情を向けるなど理解できないし、したくもない。とにかく気持ち悪くて、おぞましかった。

 そんな父親が選んだ男など愛せないのは分かり切っていた。

 それでも、豊柴の家に生まれた以上、政略結婚は覚悟していたから愛する知高さんに別れを告げ、決して愛せない男と結婚したのだ。







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