上 下
4 / 15

しおりを挟む
 翌日、王宮の外れにある東屋でリーヴァはシグルズと兄アトリと話していた。

 兄アトリはリーヴァの一つ上の十七歳。均整の取れた長身。リーヴァの男性版といえるほどよく似た超絶美形だ。

 アトリもリーヴァと同じ銀髪に瑠璃色の瞳。これはアースラーシャ王国王家の特徴だ。

 希少な光魔法の使い手であるアトリは王太子であると同時に神官でもある。

 アトリは光魔法を制御するため幼い頃より王宮ではなく神殿で暮らしているのだが、妹王女リーヴァの「話したい事があるので王宮の東屋まで来ていただけませんか?」という手紙をもらって、この東屋までやってきたのだ。

「……こんな事になるとはな」

 アトリは深い溜息を吐いた。

 王太子ではあるが神官でもある彼は、あまり華やかなパーティーには参加しないようにしている。だが、昨夜は父王の誕生日会である。当然彼もいたので竜帝がリーヴァを番認定した上、求婚したのも見ていた。

「……国王陛下と王妃殿下が了承した以上、わたくしは竜帝陛下に嫁ぐ事になります」

 リーヴァは硬い表情と声音で言った。誰がどう見ても喜んで嫁いでいくようには見えないだろう。事実その通りだ。

 それだけでなくリーヴァは公式の場でもないのに両親を「国王陛下」と「王妃殿下」と呼んだ。普段は「お父様」、「お母様」だのに。

 それだけで聡明なアトリは気づいたようだ。娘が爬虫類が生理的に駄目な事を知っていながら本性が爬虫類もどきの竜帝の結婚の申し出をあっさりと了承した事でリーヴァの両親に対する愛情が消滅したのだと。

「それで、どうして私を呼んだ? ただ愚痴を聞いてほしいからではないだろう?」

「昨夜、リーヴァと話し合いました」

 婚約者とはいえ今は王女と公爵令息でしかないのでシグルズは、人前ではリーヴァを「王女殿下」と呼ぶ。けれど、リーヴァとアトリしかいない時は、彼女を「リーヴァ」と名前で呼んでいるのだ。

「竜帝との結婚が破談にできないのなら、先に私とリーヴァが結婚してしまおうと」

「……つまり、私に結婚式を執り行えと言っているのか?」

 シグルズの言葉に、アトリは困惑した顔になった。

 結婚式は新郎新婦が命を共有するという誓言を口にし神官がそれを見届ける事で成立する。

 アトリは神官だ。無論、結婚式を執り行う事はできる。

「……リーヴァは知っているのか? 知った上でシグルズと結婚しようとしているのか?」

「お兄様もご存知だったのですね」

 強張った顔で尋ねる兄とは対照的に穏やかな顔でリーヴァは言った。

「私は自分でいうのもなんだが、強い光魔法の使い手だ。だから、隠していても分かるんだ」

 光魔法は主に治癒や浄化だが、その者がどういう魔力を持っているのかも鑑定できる。それで、シグルズが隠している「秘密」にも気づいたのだろう。

「シグルズの婚約者であるわたくしにまで、なぜ隠していたの!?」と責める気はない。それだけシグルズの「秘密」は重すぎる。

「運命で定められた番ではなくても、わたくしはシグルズを愛しています。竜帝の事がなくても、シグルズと人生と命を共有したいですわ」

 竜帝と結婚するのが嫌だからシグルズとそうするのではない。

 他の誰でもなくシグルズだから結婚を決めたのだ。

 その決断が竜帝と人生を共にするよりも過酷な未来になるかもしれなくても後悔などしない。

 愛するシグルズと人生と命を共有できるのならば――。

「責任は、わたくしがとります。実際、わたくしが望んだ事ですから」

「いえ。私も望んだ事です。リーヴァだけが咎を負う事はありません」

「……シグルズ」

「……リーヴァ、シグルズ」

 見つめ合う妹とシグルズに、溜息まじりにアトリが声を掛けた。

「……生半可な覚悟で私に頼んだ訳ではないだろう?」

「ええ」

「勿論です」

 リーヴァとシグルズは真剣な顔で頷いた。

「王太子としては決して許されない」

 国同士が決めた結婚だ。

 竜帝との結婚を破談にしても、この国は大丈夫だと知っていても、その理由をおいそれと明かせない限り、王太子といえども破談を口にできないのだ。

「だが、リーヴァの兄として、シグルズの親友として、お前達の望みを叶えたい。だから――」

 アトリは毅然と顔を上げて言った。

「神官として、お前達の結婚を執り行おう」




 新郎新婦と神官。

 たった三人だけの結婚式。

 参列者が一人もいなくても、結婚式は結婚式だ。

 リーヴァとシグルズは晴れて夫婦となり命を共有する事になった。

 秘密の結婚式なのでアトリが暮らしている国で最も格式のある神殿は使えない。

 街外れの寂びれた神殿だ。一国の王女が結婚する場に相応しくはないが仕方ない。

 本来なら真新しいウェディングドレスを身に着け、臣民全てに祝福されるはずだったのに。

 兄が去り、二人だけになった教会でリーヴァは言った。

「……もう一つだけ、我儘を言っていいかしら?」

 誰からも祝福されない結婚だとしても結婚式らしく豪華な白いドレスを身に着けたかったが、侍女達の協力は仰げないので今リーヴァが身に着けているのは一人でも着られる簡素な白いドレスだ。シグルズが持ってきてくれた白いベールを被る事で何とか花嫁らしく見せている。

「何でしょう?」

「……わたくし、あなたと本当の意味で夫婦になりたいの」

 意を決して言ったリーヴァの言葉に、シグルズは目を瞠った。

 婚約者とはいえリーヴァとシグルズは肌を重ねた事はない。この国では婚前交渉は褒められたものではないのだ。

「運命が私を竜帝の番に定めていようと、私にとっての番は、あなたよ。だから、私の命も純潔も、あなたのものにしてほしいの」

「昨夜も言いましたが、私は必ず貴女を取り戻します。それまで帝国でつらい思いをさせてしまうのは申し訳ありませんが、全てを片付けて貴女を取り戻した時に本当の意味で夫婦になりましょう」

 結婚式と同じようにせわしなくではなく心置きなく初夜をしようと言ってくれているのだろう。

 リーヴァが望まない限り、竜帝が彼女に手を出せないのは分かっている。

 けれど――。

「……あなたの言う通り、わたくしは、きっと帝国でつらい思いをするわ」

 運命が定めた番だろうと国同士が決めた婚姻だろうと、リーヴァは竜帝を愛さない。

 尊崇の対象である竜帝につれない態度しかとらないリーヴァに帝国の民がいい感情を持つはずがない。そんな中でリーヴァが心安らかに暮らせるはずがないのだ。

「あなたが迎えに来てくれるまで、あなたと肌を重ねた思い出を心の支えにしたいの」

「……リーヴァ」

 シグルズはリーヴァを抱き寄せた。













 

 

















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『えっ! 私が貴方の番?! そんなの無理ですっ! 私、動物アレルギーなんですっ!』

伊織愁
恋愛
 人族であるリジィーは、幼い頃、狼獣人の国であるシェラン国へ両親に連れられて来た。 家が没落したため、リジィーを育てられなくなった両親は、泣いてすがるリジィーを修道院へ預ける事にしたのだ。  実は動物アレルギーのあるリジィ―には、シェラン国で暮らす事が日に日に辛くなって来ていた。 子供だった頃とは違い、成人すれば自由に国を出ていける。 15になり成人を迎える年、リジィーはシェラン国から出ていく事を決心する。 しかし、シェラン国から出ていく矢先に事件に巻き込まれ、シェラン国の近衛騎士に助けられる。  二人が出会った瞬間、頭上から光の粒が降り注ぎ、番の刻印が刻まれた。 狼獣人の近衛騎士に『私の番っ』と熱い眼差しを受け、リジィ―は内心で叫んだ。 『私、動物アレルギーなんですけどっ! そんなのありーっ?!』

おいしいご飯をいただいたので~虐げられて育ったわたしですが魔法使いの番に選ばれ大切にされています~

通木遼平
恋愛
 この国には魔法使いと呼ばれる種族がいる。この世界にある魔力を糧に生きる彼らは魔力と魔法以外には基本的に無関心だが、特別な魔力を持つ人間が傍にいるとより強い力を得ることができるため、特に相性のいい相手を番として迎え共に暮らしていた。  家族から虐げられて育ったシルファはそんな魔法使いの番に選ばれたことで魔法使いルガディアークと穏やかでしあわせな日々を送っていた。ところがある日、二人の元に魔法使いと番の交流を目的とした夜会の招待状が届き……。 ※他のサイトにも掲載しています

[完結]間違えた国王〜のお陰で幸せライフ送れます。

キャロル
恋愛
国の駒として隣国の王と婚姻する事にになったマリアンヌ王女、王族に生まれたからにはいつかはこんな日が来ると覚悟はしていたが、その相手は獣人……番至上主義の…あの獣人……待てよ、これは逆にラッキーかもしれない。 離宮でスローライフ送れるのでは?うまく行けば…離縁、 窮屈な身分から解放され自由な生活目指して突き進む、美貌と能力だけチートなトンデモ王女の物語

そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。

木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。 朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。 そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。 「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」 「なっ……正気ですか?」 「正気ですよ」 最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。 こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

誓いません

青葉めいこ
恋愛
――病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか? 誓いません。 私は、この人を愛していませんから、誓えません。 小説家になろうにも投稿しています。

【完結】これでよろしいかしら?

ここ
恋愛
ルイーザはただの平民だった。 大人になったら、幼馴染のライトと結婚し、畑を耕し、子どもを育てる。 そんな未来が当たり前だった。 しかし、ルイーザは普通ではなかった。 あまりの魅力に貴族の養女となり、 領主の花嫁になることに。 しかし、そこで止まらないのが、 ルイーザの運命なのだった。

【完結】魂の片割れを喪った少年

夜船 紡
恋愛
なぁ、あんた、番【つがい】って知ってるか? そう、神様が決めた、運命の片割れ。 この世界ではさ、1つの魂が男女に分かれて産まれてくるんだ。 そして、一生をかけて探し求めるんだ。 それが魂の片割れ、番。 でもさ、それに気付くのが遅い奴もいる・・・ そう、それが俺だ。 ーーーこれは俺の懺悔の話だ。

あなたの運命になりたかった

夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。  コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。 ※一話あたりの文字数がとても少ないです。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...