上 下
3 / 15

しおりを挟む
 国王夫妻から竜帝の結婚の申し出を了承したと聞かされたリーヴァとシグルズは、二人きりで話すため応接間に戻って来た。 

 思い詰めた顔で黙り込んでいるリーヴァにシグルズが言った。

「リーヴァ、私と結婚しましょう」

「え?」

 リーヴァはシグルズが何を言っているのか理解できなかった。

「竜帝と結婚するくらいなら貴女は死を選ぶでしょう」

 シグルズの言い方は疑問ではなく確信しているものだ。

 そして、シグルズの確信は間違ってはいない。

 この世界では結婚は生涯一度しかできない。

 なぜなら、命を共有するからだ。寿命を分け合うだけでなく配偶者のどちらかが殺されたり自殺すれば死んでしまう。

 そのため結婚はせず夫婦みたいに暮らす男女もいるくらいだ。

 嫌悪感しか抱けない竜帝と命を共有するなどリーヴァには耐えられない。

 けれど、それを言う事はできない。

 王女に生まれた以上、自分の人生は国と民に捧げられたもの。結婚も自らの幸福ではなく国益優先だ。

 竜帝と結婚すれば、弱小国であるアースラーシャ王国は周辺諸国に脅える事もなくなるだろう。世界最強のメロヴィーク帝国に守ってもらえるからだ。

 分かってはいるのだ。

 リーヴァさえ我慢すれば、弱小国であるアースラーシャ王国は最強の守護を得る事ができる。

 けれど、爬虫類もどきの竜との結婚など我慢の限界を超えている。

 それでも――。

「……お父様とお母様が少しでも竜帝陛下に抗ってくださったのなら、わたくしも我慢したわ」

 けれど、両親は娘が爬虫類に生理的嫌悪感を抱いているのを知っていながら、あっさりと本性が爬虫類もどきの竜帝との結婚を承知したのだ。

 両親は国王や王妃としては無能だ。それでも、それなりに娘としての愛情は持っていたのだ。

 けれど、あの瞬間、両親が竜帝からの結婚の申し出をあっさりと了承した瞬間、娘としての愛情が砕け散った。

「……分かっているわ。国王や王妃としては正しい姿だわ。それでも、最終的に頷くとしても、最初は親として竜帝陛下の申し出を断ってほしかった」

 それがリーヴァの我儘なのは分かっている。王侯貴族ならば家族よりも国益を優先すべきだからだ。

「……お父様とお母様を責められないわね。わたくしも王女としてよりも個人の感情だけで動こうとしているのだから」

 リーヴァは苦笑した。

 生理的嫌悪しか抱けない竜帝との結婚、両親があっさりと娘を売った事(リーヴァには、としか思えない)それらがリーヴァから生まれた時から叩き込まれた王女としての責務を放棄させたのだ。

 自分がそうする事で、あの竜帝がアースラーシャ王国を侵略して滅ぼすとは思わない。竜帝は帝国を建国して以降、戦いを挑まれない限り自ら他国を侵略などしていないのだ。

 リーヴァ自身は生理的嫌悪感しか抱けない竜帝だが、彼は公明正大で偉大な統治者だという。そうでなければ、一千年も帝国の皇帝として民の尊崇を集められる訳がない。

「あなたが確信している通り、権力で、わたくしとの結婚を強要した竜帝への当てつけに目の前で死んでやるの」

 あの竜帝ならリーヴァがそうしても怒ってリーヴァの祖国を滅ぼす事などしないだろう。

「だから、あなたと結婚はできないわ。シグルズ」

 リーヴァがそう言うのは、竜帝との結婚が決まっているからではない。

 結婚してしまえば、シグルズと命を共有する。

 リーヴァが自殺すればシグルズも死んでしまう。

 愛しているから彼を道連れにはできない。

 彼には生きて幸せになってほしい。

 ……彼が新たに愛する女性を見つけて子供を作っても構わない。

 彼が幸せになれるならば。

「……リーヴァ、私には秘密があります」

 シグルズは真摯な顔で思ってもいない事を言いだした。

「……本当は私との結婚式を終えるまで黙っているつもりでした。結婚してしまえば、私の秘密を知ったところで貴女は私から逃げられないから。でも、それでは権力で貴女との結婚を強要した竜帝と何ら変わらない」

 だから、今、シグルズは、その「秘密」を打ち明けようとしているのだろう。

「私の『秘密』を知った上で私と結婚するか否か考えてください」

 ここまでは何とか平静に聞けたリーヴァだが――。

「私との結婚も嫌で死を選ぶのなら、その時はとめません。私から貴女を奪う元凶になった竜帝にはそれ相応の復讐はするし、貴女が心残りだろうこの国は私が守りますから、後の事はご心配なく」

(……何か、とんでもない事を言われているような?)

 内心混乱しているリーヴァに、さらにシグルズは追い打ちをかけてくれた。

「私の秘密は――」






 














 











しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『えっ! 私が貴方の番?! そんなの無理ですっ! 私、動物アレルギーなんですっ!』

伊織愁
恋愛
 人族であるリジィーは、幼い頃、狼獣人の国であるシェラン国へ両親に連れられて来た。 家が没落したため、リジィーを育てられなくなった両親は、泣いてすがるリジィーを修道院へ預ける事にしたのだ。  実は動物アレルギーのあるリジィ―には、シェラン国で暮らす事が日に日に辛くなって来ていた。 子供だった頃とは違い、成人すれば自由に国を出ていける。 15になり成人を迎える年、リジィーはシェラン国から出ていく事を決心する。 しかし、シェラン国から出ていく矢先に事件に巻き込まれ、シェラン国の近衛騎士に助けられる。  二人が出会った瞬間、頭上から光の粒が降り注ぎ、番の刻印が刻まれた。 狼獣人の近衛騎士に『私の番っ』と熱い眼差しを受け、リジィ―は内心で叫んだ。 『私、動物アレルギーなんですけどっ! そんなのありーっ?!』

おいしいご飯をいただいたので~虐げられて育ったわたしですが魔法使いの番に選ばれ大切にされています~

通木遼平
恋愛
 この国には魔法使いと呼ばれる種族がいる。この世界にある魔力を糧に生きる彼らは魔力と魔法以外には基本的に無関心だが、特別な魔力を持つ人間が傍にいるとより強い力を得ることができるため、特に相性のいい相手を番として迎え共に暮らしていた。  家族から虐げられて育ったシルファはそんな魔法使いの番に選ばれたことで魔法使いルガディアークと穏やかでしあわせな日々を送っていた。ところがある日、二人の元に魔法使いと番の交流を目的とした夜会の招待状が届き……。 ※他のサイトにも掲載しています

[完結]間違えた国王〜のお陰で幸せライフ送れます。

キャロル
恋愛
国の駒として隣国の王と婚姻する事にになったマリアンヌ王女、王族に生まれたからにはいつかはこんな日が来ると覚悟はしていたが、その相手は獣人……番至上主義の…あの獣人……待てよ、これは逆にラッキーかもしれない。 離宮でスローライフ送れるのでは?うまく行けば…離縁、 窮屈な身分から解放され自由な生活目指して突き進む、美貌と能力だけチートなトンデモ王女の物語

そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。

木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。 朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。 そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。 「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」 「なっ……正気ですか?」 「正気ですよ」 最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。 こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

誓いません

青葉めいこ
恋愛
――病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか? 誓いません。 私は、この人を愛していませんから、誓えません。 小説家になろうにも投稿しています。

【完結】これでよろしいかしら?

ここ
恋愛
ルイーザはただの平民だった。 大人になったら、幼馴染のライトと結婚し、畑を耕し、子どもを育てる。 そんな未来が当たり前だった。 しかし、ルイーザは普通ではなかった。 あまりの魅力に貴族の養女となり、 領主の花嫁になることに。 しかし、そこで止まらないのが、 ルイーザの運命なのだった。

【完結】魂の片割れを喪った少年

夜船 紡
恋愛
なぁ、あんた、番【つがい】って知ってるか? そう、神様が決めた、運命の片割れ。 この世界ではさ、1つの魂が男女に分かれて産まれてくるんだ。 そして、一生をかけて探し求めるんだ。 それが魂の片割れ、番。 でもさ、それに気付くのが遅い奴もいる・・・ そう、それが俺だ。 ーーーこれは俺の懺悔の話だ。

あなたの運命になりたかった

夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。  コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。 ※一話あたりの文字数がとても少ないです。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...