腐女子令嬢は再婚する

青葉めいこ

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幕間~君の幸せを願う~

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 エウリが帰った後、ハークは「話がある」と言ってデイアを自室に連れてきた。

「お話とは何でしょう? お兄様」

 テーブルを挟んで対面のソファに座った真紅の髪色以外全く似ていない妹をハークはじっと見つめていた。

「お兄様?」

 注視する兄に困った顔をするデイアにハークはようやく口を開いた。

「君が何を『心配』しているか、分かる気がする」

 兄の言葉にデイアは真顔になった。

「……お兄様はエウリ様を愛していらっしゃる。そして、私の知らないエウリ様の小さな頃をご存知だわ」

「……ほんの数時間一緒にいただけだ。しかも、忘れられている」

 ハークは苦笑した。彼にとっては何よりも大切な思い出。けれど、エウリにとっては忌まわしい過去の一片でしかなかった。

「エウリ様をずっと見守っていらしたお父様は気づかない。お兄様だから気づいたのね」

「君だって気づいた」

 自分に向けられる想いには鈍感だのに、人の心の機微には誰よりも聡い妹。……だからこそ、幼い頃、母に疎まれた事がデイアを深く傷つけた。

「エウリ様にとって、お母様は『特別』だわ」

 父が唯一愛した女性にして、エウリを産んだ母であり……異母姉でもあるミュラ姫。

「……エウリの出生と幼い頃の境遇を考えれば当然だ」

 エウリに命を与えた「父」は彼女に無関心で、周囲の人間も帝国と公国、二つの国の最大の禁忌である彼女をいない者のように扱った。

 そんな中で自分を産み愛してくれた母親が「特別」にならないはずがない。

 ――お母様は幼い私にとって世界の全てでした。

 養母となったグレーヴス男爵夫人に懐いたきっかけも母親に似ていたからだという。

 現在のエウリは母親だけが世界の全てだった幼子ではない。

 養父母となったグレーヴス男爵夫妻、幼馴染であり元夫のアリスタ、親友となった叔父やアン、そして新たな家族となる自分達ミュケーナイ侯爵一家。

 様々な人との交流を得て幼子から自立した女性になった。

 だが、それでも――。

「……エウリ様にとって誰よりも『特別』なお母様。そのお母様が唯一愛した男性であるお父様。だから、エウリ様にとっても、お父様が『愛する男性』になる気がするの」

 そう、それこそがデイアが「心配」している事なのだ。

 母親が唯一愛した男性だから愛する。

 それは、男女の愛、夫婦の愛としてはおかしなものだ。

 だが、彼女の根本こんぽんを形作ったのは母親だ。その影響からは生涯逃れられないだろう。

 父と母親ミュラ姫の関係を知る前から、すでにエウリは父に好意を持っていた。その理由が誰もが受け入れられないだろう結婚条件を受け入れたからだ。恋愛感情ではなくても「人として好き」になった。

 そして、その好意は母親との係わりを知った事で父もエウリの「特別」になった。

 それが、いずれは恋愛感情にならないと誰が言える?

「……だが、そうなって、一番つらいのは、エウリだ」

 父の性格ならば亡くなる間際に頼まれた事を反故にするなど絶対にできない。

 だが、今でもエウリを見守っているのは頼まれからだけではない。いくら父でも「死に逝く者と交わした約束は守るべきだ」という責任感だけで十年以上も我が子でもないエウリを見守るなどできるはずがない。

 責任感だけならエウリがグレーヴス男爵の養女となった時点で放っておいたはずだ。アドニスとして生きてきた頃ならばともかくグレーヴス男爵令嬢ならば何不自由なく暮らせる。父が見守る必要もなくなるのだから。

 父は今でもミュラ姫を愛している。もうこの世のどこにもいない女性を今も想っているのだ。

 だからこそ、彼女の娘で、よく似たエウリを見守っていたのだ。

 それは、父親が娘を見守る気持ちだろう。

 血の繋がりに関係なく、父にとってエウリはデイアと同じ「娘」なのだ。

 だからこそ父はエウリを受け入れない。

「……身代わりだなんて、父上に失礼だったな」

 父自身言っていた通り、彼はちゃんとミュラ姫とエウリが違う人間だと認識している。ただ誰よりも近い血を持ち似ている彼女に面影を見てしまうだけだ。それをハークは「身代わりにしている」と勘違いしてしまった。

 エウリが父に恋したとしても、その恋が叶うはずがない。

 ……自分の恋が叶わないのと同じように。

 ハークでは駄目なのだ。

 人として好きだと言ってくれた。

 だが、それだけだ。

 彼女の出生を知ってもハークが彼女を受け入れる事ができても、彼女がハークを受け入れてくれなければ意味がない。

 父の息子であり父に似ていても、エウリはハークを受け入れない。

 父がエウリを受け入れないのと同じだ。

「エウリと父上の事で君が悩むな。二人の問題だ。君は君の事だけを考えてほしい」

「……それを言いたかったのね」

 そうだ。妹はもうすぐ皇太子妃、そして、いずれは国母になる、この帝国で最も高貴な女性になるのだ。

 妹が背負うのは帝国の全ての民の命だ。

 身内の事だけを考えてはいけない。

「お兄様が何を言っても、わたくしは、あの二人を気にかけるわ。お兄様だって、そうでしょう?」

 ハークが何を思って「君は君の事だけを考えてほしい」と言ったのか、聡明な妹は見抜いたらしい。その上で言っている。

 周囲がいくら「二人の事は二人に任せとけ」と言ったところで、ハークがそうであるようにデイアもまた気にかけずにはいられないのだ。当然だ。ハークとデイアの家族なのだから。

「お兄様が言う通り、二人の問題よ。わたくしがいくら気にかけても無意味なのは分かっている。それでも、わたくしで力になれるのなら力になりたいわ」

「……そうだな」

「あの二人を気にかけるのと同じように、わたくしの事も気にかけてくれたのね。ありがとう」

 デイアが背負うものが何よりも重いからだ。だが、幸い妹は独りではない。共に同じ道を歩む夫となるエルこと皇太子エルキュールがいる。

 デイアはエルを皇太子として尊敬していても男性として愛してはいない。それはエルも充分分かっている。その上、地位や権力に何の魅力も感じないデイアにとって彼の妻となる事は、皇太子妃の責務は苦しみでしかない。それでも彼は妹を欲した。何があっても妹を守り支えるはずだ。

「……男女の愛じゃなくてもいい。家族として助け合って生きていきたい」

 ハークが言っているのはエウリと父の事だけではない。

 自分の妻となるメガラやデイアとエルの事も含まれている。

 アリスタとエウリが本当の意味で夫婦になった事がないのはアリスタから聞いて知っている。それでも少しの間だけでもエウリを妻にできたアリスタがハークは羨ましかった。

「私も彼女が好きだ。彼女に私か君、どちらかを選んでもらおう」そう言ったにも係わらず祖父の死でハークが身動きできない隙に彼女と結婚したアリスタを恨んだ事もあった。

 だが、自分もアリスタと同じ事をしただろう。彼との友情が壊れてもエウリが手に入るのなら構わないと思ったはずだ。アリスタもきっとそうだった。だから、彼を恨む気持ちが消え今でも友人でいられるのだ。

(夫婦にはなれなくても、君と家族になれるのなら)

 幼い頃、ずっと一緒にいたいと思っていたエウリアドニスと家族になれるのなら。

(私は充分幸せだ)

 父のように唯一愛した女性がこの世のどこにもいないというわけではない。想いが叶わなくても彼女は生きて、もうすぐ家族となり傍にいてくれるのだから。

(君の父上に対する想いがどう変化しても、ずっと家族でいてくれ)

 父に恋して、つらい想いをするのはエウリだ。父や自分達家族と離れるという選択をするかもしれない。

(……それが、君の幸せなら嫌でも認めるしかないのだけれど)

 彼女の母親がそうであるように、ハークだって愛するエウリには自由で幸せに生きてほしいと願っているのだ。

 アドニスだった彼女と出会って別れて、ずっと心配していた。あの時のように空腹に苦しんでいないか。悪人に売られていないか。

 それを思えば、彼女が幸せそうに生きている姿を見るだけでいい。想いが叶わない事などなんて事ない。

 ほんの少し胸に痛みを覚えながらハークは窓に目をやり傾きかけた日を見つめていた。

 























 






 
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