21 / 46
「絶対に許さない」
しおりを挟む
「『彼女』でないなら誰が妻でも同じだからだ」
オルフェの科白に驚いたのは彼の妻だけではない。エウリも充分驚いている。
(オルフェ様、愛している女性がいるの?)
政略結婚だというこの女はともかく、だったら、どうして、仮初めでもエウリを「妻」に迎えようとしているのだろう?
オルフェは愛していても相手の女性は違うのだろうか?
オルフェは素晴らしい男性だが世の女性全てが彼に恋する訳ではない。エウリだってアリスタやハークという素晴らしい男性から愛されても同じ想いを返せなかったのだから。
「どこの誰です!? 貴方が妻に迎えたかった女というのは!?」
「知ってどうする?」
激昂する妻にオルフェは醒めた眼を向けた。
「決まっています! 二度と貴方に近づけないようにするんです!」
エウリにしようとした事を、その女性にしようというのか?
そんな事、オルフェが許すはずがないし、エウリだって許さない。見知らぬ女性でも彼女が最も忌避する行為がされるのを見過ごす事などできない。
「そんな必要などないさ。もう彼女は、この世のどこにもいないのだから」
亡くなっているのか。
「では、貴方の生涯の妻は、わたくしだけですわね」
女は今の状況にはそぐわない嬉しそうな笑顔を見せた。
デイアやオルフェではないが、この女の頭の中には何が詰まっているのだろう?
エウリを攫い未遂だったとはいえ女性にとって最悪な事をしようとしたのだ。それを断罪するために皆、ここに集まったというのに。
「いいや。私は、この子を新たな『妻』に迎えるし、お前は私の妻ではなくなる」
「どういう事ですか!?」
「この子を攫い、ひどい事をしようとしたお前を私は絶対に許さない」
オルフェは無表情で淡々と言っているが、なぜか深く強い怒りを感じた。
エウリは首を傾げた。オルフェが、これほど怒っている理由が分からないのだ。
オルフェにとって重要なのは、エウリという一人の女性ではなく、その姿だ。初めて面と向かって会話した求婚の時でさえ「君の外見にしか興味がない」とはっきり言われた。
女は「妻は、わたくしだけでいい」とエウリを排除したくて、こんな事をした。それは、オルフェのせいではないが、彼の性格なら責任を感じエウリにすまないと思うのかもしれない。
そうだとしても、これほど怒る事だろうか?
「それほど貴方は、この下賤な女に心を奪われたというのですか!? いくら、この女が、わたくしよりも若くて美しいからって、こんな女のどこがいいの!? この女は、貴方ばかりかハークまで誑し込んでいるんですよ!?」
オルフェは一瞬だけ強い怒りと不快感を見せたが、さすがは「帝国の盾」と謳われる冷静沈着な宰相、一切の感情の乱れを感じさせない声で呼びかけた。
「カシオペア」
エウリが聞く限り初めてオルフェは妻の名前を呼んだ。彼が妻を語る時、常に「あれ」呼ばわりだったから。
呼ばれた当の本人も久しぶりだったのだろう(結婚して十八年、さすがに全く名前を呼ばれなかったなどという事はないだろう)女は目を丸くして夫を見返した。
「……旦那様?」
「政略結婚でも、お前は、いや、君は私を愛してくれた。何よりハークとデイアを産んでくれた。だから、大抵の事は許そうと思った。妻に愛されているのに愛せず、他の女性を愛している不実な夫である私には、それしかできないと思ったから」
帝国は男尊女卑で一夫多妻だ。正妻以外の女性を愛そうと(しかも、心の中でだ)「不実な夫」とは誰も思わないのに。生真面目で優しいオルフェは愛されているのに愛し返せない事を心苦しく思いそう言うのだろう。
「だが、今回の事は絶対に許さない。なぜなら、この子は、私が唯一愛した女性が愛し最期まで気にかけた娘だからだ」
オルフェの言う「この子」はエウリだろう。この場に現れてから彼はエウリをそう言っている。
最期までエウリを愛し気にかけた女性など、たった一人しかいない。
だが、その人は――。
(……いえ、待って、それなら、全ての説明がつくわ)
オルフェが、エウリの姿に執着し、高飛車な結婚条件さえ受け入れ「妻」にしようとした理由がそれなら全ての説明がつく。
「……オルフェ様、あなたは」
「意味が分かりません! 貴方は、この女を愛しているから妻にしたい訳ではないのですか!? 貴方が愛した女とこの女は、どんな関係があるのです!?」
エウリの言葉に被さるように女は喚いた。
「お前に話す義理はない」
素っ気なく応対した夫の代わりに、なぜか女はエウリに矛先を向けた。
「お前! お前は、それでいいの!?」
「……意味が分からないわ」
エウリは女が先程オルフェに向けたのと同じ言葉を返した。女が何を言いたいのか本当に意味不明だった。
「分からないの!? 旦那様は、お前を愛しているから第二夫人にするんじゃないわ! 旦那様が愛した女とお前が何らかの係わりがあるから妻にするのよ! それでいいの!?」
エウリは思わず笑ってしまった。今の状況にはそぐわないが、鈴の音を転がすような彼女の笑い声は、この場にいる人間の耳に心地よく聞こえた。
「な、何がおかしいの!?」
「いえ、言葉だけを聞くと、まるで、あなたが私の心配をしているようだから」
無論、女に、そんな思いなどないのは分かっている。女は、とにかく旦那様とエウリの結婚をやめさせたくて言っているのだ。
「結論を言うなら構わないわ。オルフェ様に愛する方がいても。私がオルフェ様と結婚するのは、オルフェ様のお顔がこの世で一番好きで、しかも、私の出した高飛車な結婚条件を受け入れてくださったからですもの」
「高飛車な結婚条件?」
女は、どうやらエウリがオルフェに出した結婚条件を知らないらしい。
エウリからは話していない。愛する夫に新たな妻ができるのを不快に思うのは分かるが、初対面で彼女ばかりか養父まで侮辱した女だ。話す義理などない。
そして、どうやら、ミュケーナイ侯爵一家も、わざわざ女に教えていないらしい。まあ、この女とあまり話などしたくないだろうから、それも当然か。
それに、誰かが女にエウリの結婚条件を教えたとしても結果は変わらない。この女が自分以外の女性をオルフェの妻と認めるはずがないのだから。
「お前は、旦那様を愛しているから結婚したいんじゃないの?」
信じられないと言いたげな女に、エウリは微笑んだ。
「オルフェ様だって、私の外見しか興味ないからお互い様でしょう。それに、もうあなたには関係ない話だわ」
「わたくしは旦那様の正妻よ! 旦那様を愛していない女を第二夫人に認められるはずないでしょう!」
「本気でオルフェ様を愛している女性でも認める気など欠片もないくせに」
「お前の許しなど要らないし、先程も言ったが、お前はもう私の妻ではなくなる」
毒づくエウリに続いて冷ややかにオルフェが言った。
「どういう意味です!?」
「お前を帝国から追放する。そして、戻ってくる事は絶対に許さない。元皇女でも侯爵夫人でもない。ただの女として生きるんだ。それが、お前への罰だ。言っておくが、皇帝陛下は、すでに了承済みだ」
気色ばむ女にオルフェは淡々と告げた。
オルフェの様子からして穏便には済ませないようだ。それに気づいて、エウリは安堵した。
愛する夫から離されて、元皇女でも侯爵夫人でもない、ただの女として生きる。
確かに、この高慢で気位の高い女には何よりもつらい罰だろう。
後はパーシーとアン、彼の部下達に任せて居間を出たエウリとミュケーナイ侯爵一家|(オルフェとハークとデイア)だった。
「すまなかったな。危険な目に遭わせて」
「いえ。絶対に助けはくると信じていましたし、謝らなければならないのは、私のほうです」
居間を出た直後謝罪したオルフェに、エウリはそう言うと頭を下げた。
「デイア様を巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした」
「エウリ様が謝る事はないわ。わたくしは自分から巻き込まれにいったもの」
デイアにもその自覚はあったらしい。
「……デイアならそうするだろうからと何も教えなかったというのに、まさか、この子が攫われる場に遭遇するとはな」
さすがは父親と言うべきか、オルフェは娘の行動が予想できていたのだ。
「何にしろ、彼女の目的は私だったのに、巻き込んだ上、ひどい言葉を聞かせてしまった事は申し訳なく思っています」
デイア自身言っていた通り、自分から巻き込まれにきたとしても、母親からあんなひどい言葉を聞かさていいはずがない。エウリが、そのきっかけになってしまったのは、本当に申し訳なく思っている。
「エウリ様のせいじゃないわ。それに、あなたは、わたくしのために怒ってもくれた。それをありがたいと思っているわ」
「……あなたのためではありません。私が嫌なんです。あの言葉を言う母親を見るのも、言われる娘を見るのも」
もし、言われているのが友人であり義理の娘となるデイアでなくても、見知らぬ女性でも、エウリは同じように怒っていただろう。
それくらいエウリにとっては最大の禁句だったのだ。
「……あなたにとっては絶対に聞きたくない言葉かもしれないけれど、わたくしは、お母様が『産むんじゃなかった』と言ってくれたお陰で、あの人を生物学上の母親と割り切る事ができたわ。あそこまで、わたくしを否定する人を母として慕うのが馬鹿馬鹿しくなったの。あの人以外の身内からは過ぎるくらいの愛情を与えられている。それで、充分だわ」
「……あの女、デイアに、またそんな事を?」
「あの人に何を言われても、わたくしはもう気にしませんわ。それに、もう二度と、あの人がわたくし達の前に現れる事はないのでしょう?」
忌々し気に呟く父親にデイアが柔らかな口調で言った。
「……デイア、お前を苛めた時は、ここに追いやるだけだったのに、今回は身分を剥奪し帝国からの追放だ。幼い我が子達よりも、この子を捜す事を優先したりもした。お前達よりも、この子を大切にしていると思われるかもしれないが」
「貴方が私とデイアを父親として愛している事は、ちゃんと分かっています。父上」
ハークが父親の言葉を遮って言った。
「わたくしへの苛めと今回の事は比較にもならないでしょう。今回の被害者がエウリ様でなくても、お父様は同じようになさったわ。今回のほうが罰が重いからって、それで、わたくしとお兄様への愛情がないとは思わないわ」
「……本当に、お前達は私には過ぎた子供達だよ」
家族のしんみりした話し合いに口を挟むのは気が引けるが、エウリには、どうしても聞きたい事があった。
「……オルフェ様、あなたにお聞きしたい事があります。できれば、二人きりでお話したいのですが」
「私も君に話さなければならない事がある」
オルフェの科白に驚いたのは彼の妻だけではない。エウリも充分驚いている。
(オルフェ様、愛している女性がいるの?)
政略結婚だというこの女はともかく、だったら、どうして、仮初めでもエウリを「妻」に迎えようとしているのだろう?
オルフェは愛していても相手の女性は違うのだろうか?
オルフェは素晴らしい男性だが世の女性全てが彼に恋する訳ではない。エウリだってアリスタやハークという素晴らしい男性から愛されても同じ想いを返せなかったのだから。
「どこの誰です!? 貴方が妻に迎えたかった女というのは!?」
「知ってどうする?」
激昂する妻にオルフェは醒めた眼を向けた。
「決まっています! 二度と貴方に近づけないようにするんです!」
エウリにしようとした事を、その女性にしようというのか?
そんな事、オルフェが許すはずがないし、エウリだって許さない。見知らぬ女性でも彼女が最も忌避する行為がされるのを見過ごす事などできない。
「そんな必要などないさ。もう彼女は、この世のどこにもいないのだから」
亡くなっているのか。
「では、貴方の生涯の妻は、わたくしだけですわね」
女は今の状況にはそぐわない嬉しそうな笑顔を見せた。
デイアやオルフェではないが、この女の頭の中には何が詰まっているのだろう?
エウリを攫い未遂だったとはいえ女性にとって最悪な事をしようとしたのだ。それを断罪するために皆、ここに集まったというのに。
「いいや。私は、この子を新たな『妻』に迎えるし、お前は私の妻ではなくなる」
「どういう事ですか!?」
「この子を攫い、ひどい事をしようとしたお前を私は絶対に許さない」
オルフェは無表情で淡々と言っているが、なぜか深く強い怒りを感じた。
エウリは首を傾げた。オルフェが、これほど怒っている理由が分からないのだ。
オルフェにとって重要なのは、エウリという一人の女性ではなく、その姿だ。初めて面と向かって会話した求婚の時でさえ「君の外見にしか興味がない」とはっきり言われた。
女は「妻は、わたくしだけでいい」とエウリを排除したくて、こんな事をした。それは、オルフェのせいではないが、彼の性格なら責任を感じエウリにすまないと思うのかもしれない。
そうだとしても、これほど怒る事だろうか?
「それほど貴方は、この下賤な女に心を奪われたというのですか!? いくら、この女が、わたくしよりも若くて美しいからって、こんな女のどこがいいの!? この女は、貴方ばかりかハークまで誑し込んでいるんですよ!?」
オルフェは一瞬だけ強い怒りと不快感を見せたが、さすがは「帝国の盾」と謳われる冷静沈着な宰相、一切の感情の乱れを感じさせない声で呼びかけた。
「カシオペア」
エウリが聞く限り初めてオルフェは妻の名前を呼んだ。彼が妻を語る時、常に「あれ」呼ばわりだったから。
呼ばれた当の本人も久しぶりだったのだろう(結婚して十八年、さすがに全く名前を呼ばれなかったなどという事はないだろう)女は目を丸くして夫を見返した。
「……旦那様?」
「政略結婚でも、お前は、いや、君は私を愛してくれた。何よりハークとデイアを産んでくれた。だから、大抵の事は許そうと思った。妻に愛されているのに愛せず、他の女性を愛している不実な夫である私には、それしかできないと思ったから」
帝国は男尊女卑で一夫多妻だ。正妻以外の女性を愛そうと(しかも、心の中でだ)「不実な夫」とは誰も思わないのに。生真面目で優しいオルフェは愛されているのに愛し返せない事を心苦しく思いそう言うのだろう。
「だが、今回の事は絶対に許さない。なぜなら、この子は、私が唯一愛した女性が愛し最期まで気にかけた娘だからだ」
オルフェの言う「この子」はエウリだろう。この場に現れてから彼はエウリをそう言っている。
最期までエウリを愛し気にかけた女性など、たった一人しかいない。
だが、その人は――。
(……いえ、待って、それなら、全ての説明がつくわ)
オルフェが、エウリの姿に執着し、高飛車な結婚条件さえ受け入れ「妻」にしようとした理由がそれなら全ての説明がつく。
「……オルフェ様、あなたは」
「意味が分かりません! 貴方は、この女を愛しているから妻にしたい訳ではないのですか!? 貴方が愛した女とこの女は、どんな関係があるのです!?」
エウリの言葉に被さるように女は喚いた。
「お前に話す義理はない」
素っ気なく応対した夫の代わりに、なぜか女はエウリに矛先を向けた。
「お前! お前は、それでいいの!?」
「……意味が分からないわ」
エウリは女が先程オルフェに向けたのと同じ言葉を返した。女が何を言いたいのか本当に意味不明だった。
「分からないの!? 旦那様は、お前を愛しているから第二夫人にするんじゃないわ! 旦那様が愛した女とお前が何らかの係わりがあるから妻にするのよ! それでいいの!?」
エウリは思わず笑ってしまった。今の状況にはそぐわないが、鈴の音を転がすような彼女の笑い声は、この場にいる人間の耳に心地よく聞こえた。
「な、何がおかしいの!?」
「いえ、言葉だけを聞くと、まるで、あなたが私の心配をしているようだから」
無論、女に、そんな思いなどないのは分かっている。女は、とにかく旦那様とエウリの結婚をやめさせたくて言っているのだ。
「結論を言うなら構わないわ。オルフェ様に愛する方がいても。私がオルフェ様と結婚するのは、オルフェ様のお顔がこの世で一番好きで、しかも、私の出した高飛車な結婚条件を受け入れてくださったからですもの」
「高飛車な結婚条件?」
女は、どうやらエウリがオルフェに出した結婚条件を知らないらしい。
エウリからは話していない。愛する夫に新たな妻ができるのを不快に思うのは分かるが、初対面で彼女ばかりか養父まで侮辱した女だ。話す義理などない。
そして、どうやら、ミュケーナイ侯爵一家も、わざわざ女に教えていないらしい。まあ、この女とあまり話などしたくないだろうから、それも当然か。
それに、誰かが女にエウリの結婚条件を教えたとしても結果は変わらない。この女が自分以外の女性をオルフェの妻と認めるはずがないのだから。
「お前は、旦那様を愛しているから結婚したいんじゃないの?」
信じられないと言いたげな女に、エウリは微笑んだ。
「オルフェ様だって、私の外見しか興味ないからお互い様でしょう。それに、もうあなたには関係ない話だわ」
「わたくしは旦那様の正妻よ! 旦那様を愛していない女を第二夫人に認められるはずないでしょう!」
「本気でオルフェ様を愛している女性でも認める気など欠片もないくせに」
「お前の許しなど要らないし、先程も言ったが、お前はもう私の妻ではなくなる」
毒づくエウリに続いて冷ややかにオルフェが言った。
「どういう意味です!?」
「お前を帝国から追放する。そして、戻ってくる事は絶対に許さない。元皇女でも侯爵夫人でもない。ただの女として生きるんだ。それが、お前への罰だ。言っておくが、皇帝陛下は、すでに了承済みだ」
気色ばむ女にオルフェは淡々と告げた。
オルフェの様子からして穏便には済ませないようだ。それに気づいて、エウリは安堵した。
愛する夫から離されて、元皇女でも侯爵夫人でもない、ただの女として生きる。
確かに、この高慢で気位の高い女には何よりもつらい罰だろう。
後はパーシーとアン、彼の部下達に任せて居間を出たエウリとミュケーナイ侯爵一家|(オルフェとハークとデイア)だった。
「すまなかったな。危険な目に遭わせて」
「いえ。絶対に助けはくると信じていましたし、謝らなければならないのは、私のほうです」
居間を出た直後謝罪したオルフェに、エウリはそう言うと頭を下げた。
「デイア様を巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした」
「エウリ様が謝る事はないわ。わたくしは自分から巻き込まれにいったもの」
デイアにもその自覚はあったらしい。
「……デイアならそうするだろうからと何も教えなかったというのに、まさか、この子が攫われる場に遭遇するとはな」
さすがは父親と言うべきか、オルフェは娘の行動が予想できていたのだ。
「何にしろ、彼女の目的は私だったのに、巻き込んだ上、ひどい言葉を聞かせてしまった事は申し訳なく思っています」
デイア自身言っていた通り、自分から巻き込まれにきたとしても、母親からあんなひどい言葉を聞かさていいはずがない。エウリが、そのきっかけになってしまったのは、本当に申し訳なく思っている。
「エウリ様のせいじゃないわ。それに、あなたは、わたくしのために怒ってもくれた。それをありがたいと思っているわ」
「……あなたのためではありません。私が嫌なんです。あの言葉を言う母親を見るのも、言われる娘を見るのも」
もし、言われているのが友人であり義理の娘となるデイアでなくても、見知らぬ女性でも、エウリは同じように怒っていただろう。
それくらいエウリにとっては最大の禁句だったのだ。
「……あなたにとっては絶対に聞きたくない言葉かもしれないけれど、わたくしは、お母様が『産むんじゃなかった』と言ってくれたお陰で、あの人を生物学上の母親と割り切る事ができたわ。あそこまで、わたくしを否定する人を母として慕うのが馬鹿馬鹿しくなったの。あの人以外の身内からは過ぎるくらいの愛情を与えられている。それで、充分だわ」
「……あの女、デイアに、またそんな事を?」
「あの人に何を言われても、わたくしはもう気にしませんわ。それに、もう二度と、あの人がわたくし達の前に現れる事はないのでしょう?」
忌々し気に呟く父親にデイアが柔らかな口調で言った。
「……デイア、お前を苛めた時は、ここに追いやるだけだったのに、今回は身分を剥奪し帝国からの追放だ。幼い我が子達よりも、この子を捜す事を優先したりもした。お前達よりも、この子を大切にしていると思われるかもしれないが」
「貴方が私とデイアを父親として愛している事は、ちゃんと分かっています。父上」
ハークが父親の言葉を遮って言った。
「わたくしへの苛めと今回の事は比較にもならないでしょう。今回の被害者がエウリ様でなくても、お父様は同じようになさったわ。今回のほうが罰が重いからって、それで、わたくしとお兄様への愛情がないとは思わないわ」
「……本当に、お前達は私には過ぎた子供達だよ」
家族のしんみりした話し合いに口を挟むのは気が引けるが、エウリには、どうしても聞きたい事があった。
「……オルフェ様、あなたにお聞きしたい事があります。できれば、二人きりでお話したいのですが」
「私も君に話さなければならない事がある」
10
お気に入りに追加
205
あなたにおすすめの小説
誓いません
青葉めいこ
恋愛
――病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?
誓いません。
私は、この人を愛していませんから、誓えません。
小説家になろうにも投稿しています。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる