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彼女は巻き込まれにきた
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以前、アリスタと遭遇した本屋。
目的の本を取ろうとしたエウリは同時に伸びてきた手とぶつかった。
「「あ、ごめんなさい」」
同時に謝った二人は聞き覚えのある互いの声に顔を上げた。
エウリもそうだが、相手もフードを深く被っているため顔は分からない。
女性の平均身長のエウリよりも小柄。ゆったりとしたマントに包まれていても分かる華奢な肢体。生地の質も仕立ても良さそうなマントから垣間見えるのは、デザインは簡素ながら、やはり生地の質も仕立てのよさそうなドレス。そして、先程一瞬だけ見えた白くたおやかな手。まず間違いなく女性だ。
「デイア様?」
「エウリ様?」
しばし互いの顔は見えない状態だったが見つめ合った後、デイアが、がしっとエウリの腕を摑んだ。これが男性ならエウリは間違いなく悲鳴を上げている。
「デ、デイア様?」
「叔父様の館から出て、どこにいたの? 叔父様に尋ねても、しばらくあなたに会うなと仰るし我が家には来てくださらないし、わたくしもお兄様も心配したのよ」
パーシーの館から出て三日経っている。エウリとアンはパーシーが望んだ通りグレーヴスのホテルに滞在していた。
「申し訳ありません。パーシーが、お義母様やオルフェ様に私が今いる居場所を伝えたと言っていたので、てっきりあなたにも伝わっているとばかり思っていました」
「……ええ。確かに、お祖母様やお父様はご存知みたいだったわ。でも、わたくしやお兄様が訊いても叔父様と同じ、しばらくあなたに会うなと仰るばかりだったわ」
突然エウリを家から追い出したのだ。何かあるのだろうと思っていたが、やはりそのようだ。デイアやハークに「エウリにしばらく会うな」などと言っているのだから。彼らにとって大切なこの兄妹を巻き込みたくないのだろう。
「なら、しばらく私と距離を置いてください。あの三人が何を知っていて企んでいるかは分かりませんが、私もあなた方兄妹を巻き込みたくありませんから」
エウリは本を手にする事なく歩き出した。ペイア・ラーキの新刊を買いにきたのだが、今は一刻も早くデイアから離れたほうがよさそうだ。
「待って!」
デイアも本を手にする事なくエウリを追ってきた。
「……だから、デイア様、しばらく私から離れ」
エウリは最後まで言えなかった。
本屋を出た所で、傍を走っていた馬車の開いた扉から伸びてきた男の腕がエウリの体に巻きつき中に押し込まれそうになったからだ。
「エウリ様!?」
デイアは、エウリにとって、そしてエウリを馬車の中に押し込もうとしている男にとってもだろう、予想外な行動に出た。何と今にも馬車の中に押し込まれそうになっているエウリに抱きついてきたのだ。
「うわっ!」
華奢な女性二人とはいえ、人間二人分の体重をまともに受けた男は悲鳴を上げた。
走行中の馬車の床に、男、エウリ、デイアが転がり込んできた。
男とデイアに挟まれたエウリは、かなり苦しい上、男と接触しているという事態そのものに気を失いたくなってきた。幸いというべきか、男とデイアがさっさと離れてくれたので気絶もせず悲鳴も上げずにすんだ。悲鳴はともかく気絶はできない。自分だけでなくデイアもいるのだから。
「おい! 余計なのが一人入ってきたぞ!」
エウリとデイアを馬車の中に引き込んだ(正確にはエウリだけでデイアは勝手についてきたのだが)男が御者台にいるもう一人の男に怒鳴りつけた。
「途中で放り出すか」
御者台の男の返答に、こんな状況だというのにデイアが落ち着いた様子で言った。
「放り出すなら、わたくしだけでなくエウリ様もよ。そうすれば、わたくしもエウリ様も、あなた達の事は黙っておくわ」
「げっ! ミュケーナイ侯爵令嬢だ!」
改めてデイアを見た男は驚愕していた。
今の騒動でエウリもデイアもフードが外れてしまった。そのせいで、デイアの見事な赤毛が露になったのだ。見るからに貴族女性、しかも、これだけ鮮やかな赤毛となるとミュケーナイ侯爵令嬢しかいないのだ。
「……何でよりによって」
御者台の男が呟いた。
それはエウリも同じ気持ちだ。二人の男の狙いは明らかにエウリだ。だのに、デイアは自分から巻き込まれにきたのだ。
十中八九、あの三人、義母とオルフェとパーシーは、この事態を予想していたのだろう。
だからこそ、彼らにとって大切な兄妹を巻き込むまいとしていたというのに、デイアは彼らの配慮を台無しにしてくれたのだ。
あの三人が、この事態を予想していたのなら対策を立ててないはずがない。エウリは勿論、巻き込まれてしまった(自分から首を突っ込んできたとも言えるが)デイアも必ず救い出してくれるはずだ。
だが、それでも自分の心の平安のためにエウリはこう言った。
「あなた達の狙いは私でしょう? デイア様は解放して。ミュケーナイ侯爵令嬢、しかも未来の皇太子妃に何かしたら無事ではすまないわよ」
「駄目よ! エウリ様と一緒じゃなきゃ、わたくしは解放されてなどやらないわ!」
妙な言い回しで、デイアは自分の意見を主張した。
「私なら大丈夫です。あなたが捕まったままでいるほうが大事ですから」
「大丈夫などという保証などないでしょう? あなたに何かあったら、お兄様は勿論、お父様が生涯苦しむわ」
「……ハーク様はともかく、オルフェ様に対してそう言うのは大袈裟ですよ」
ただこの姿を傍で見ていたいというだけで求婚してきたオルフェだ。
もしかしたら、アンの言う通り、息子のためという思惑もあるのかもしれない。
それでも、一応「妻」になるとはいえ、ここ最近親しくなっただけのエウリを失ったくらいで生涯苦しむというのは大袈裟だ。
「……そうね。お父様が、あなたには、まだ何も仰っていないから分からないかもしれない。でも、これだけは憶えておいて。お父様にとって、あなたは我が子達よりも優先する存在なの。それだけ大切に想っているのよ」
互いに床に座り込んだまま、エウリをじっと見つめるデイアの瞳は、以前見たような波ひとつない湖面のような静かで、どこか切なくなる眼差しだった。
「……どういう意味ですか?」
「……気になる事を言って申し訳ないけれど、わたくしからは、これ以上言えない。お父様が自分から言いたいと仰っていたし、わたくしもそうすべきだと思うから」
デイアがこう言った以上、口を割らせるのは無理だ。可憐でおっとりした外見とは裏腹に、かなり頑固な少女だというのは、もう分かっている。
(……この騒ぎがひと段落したら、オルフェ様とちゃんと話し合ったほうがいいわね)
デイアの言葉の真意を問うだけではない。この結婚そのものについてもだ。
(……あなたの言った通り、結婚は当事者だけの問題ではないわね。ハーク様)
ハークを何とも思っていない頃ならば、彼の父親と結婚し、その結果、彼が傷つこうがどうでもよかった。
だが、今は男性としては愛せなくても人として好意を持っている。アリスタのように傷つけたくないのだ。……今でも充分傷つけているのかもしれないけれど。
ハークだけではない。義母やデイア、結婚相手であるオルフェ、ミュケーナイ侯爵一家を、もう充分すぎるほど好きになっている。
だから、エウリがどういう人間かも知らずに優しくされるのは胸が痛む。
ハークは話さなくていいと言った。
デイアは知りたいとは思わないと言った。
……それでも「秘密」を黙ったまま表面だけの付き合いをする事に耐えられなくなってきたのだ。
……二年前も大好きな人達に対して「秘密」を抱えている事に耐え切れず、またアリスタとの離婚で迷惑をかけた事もあって、縁を切られる事を覚悟で養父母や二人の親友に話した。
エウリの全てを知っても彼らのエウリに対する態度は変わらなかった。
……今回も、そんな奇跡が起きると思っている訳ではない。
それでも、再びそんな奇跡が起きるのなら――。
(私の全てを知っても、それでも嫁だと認めてくれるのなら――)
結婚条件の最後「自分のしたい事を優先する」は撤回する。
ミュケーナイ侯爵一家のために、エウリはできるだけの事をしよう。
「……エウリ様、大丈夫よ。きっと助かるわ」
エウリが黙っている事を、この状況への不安からだと思ったらしいデイアが励ますように彼女の手を握ってきた。
気丈に振舞っていてもデイア自身も不安だろうに、この状況で他人を気遣えるのは彼女が優しいからだろう。外見こそ似ていなくても、そういうところは彼女の父親や兄と同じだ。
「ええ。必ず助かります」
パーシー達が何らかの対策を立ててないはずがない。だから、この状況に対して不安はないのだが、その最中、デイアが嫌な想いをしないかが心配だった。
あの三人は兄妹を巻き込むまいとしていたのだ。それは、兄妹がこの騒動で嫌な想いをする事を分かっていたからだろう。
だが、今更放り出そうとしてもデイアは絶対に応じないだろうし、無理矢理放り出したとしても、この馬車を追いかけてこようと無茶をしそうだ。
……捕まったエウリに無理矢理引っついてきたのだ。デイアが外見からは想像できない無鉄砲な少女だというのは証明済みだ。だから、男達も彼女を放り出さずエウリと一緒に馬車に乗せたままでいるのだろう。
「着いたぞ」
御者台の男が言った。
男とエウリとデイアが馬車から外に出ると目の前には館があった。ミュケーナイ侯爵家ほどではないが、それなりに広く優美な館だ。
「……何で?」
デイアが館を見たまま呆然と呟いた。
「デイア様?」
「……何考えているのよ。あの女……」
エウリの呼びかけにも気づかない様子で、デイアが俯き額を押さえて呟いた。呟きだったが、その口調の苦々しさは傍にいるエウリに充分伝わってきた。
「……あの、デイア様。もしかしなくても、この館の主、いえ私達、正確には私をさらってくるように命じた人間が誰か分かってます?」
デイアはエウリが初めて見る不機嫌絶頂という顔で吐き捨てるように言った。
「……わたくしの生物学上の母親よ」
目的の本を取ろうとしたエウリは同時に伸びてきた手とぶつかった。
「「あ、ごめんなさい」」
同時に謝った二人は聞き覚えのある互いの声に顔を上げた。
エウリもそうだが、相手もフードを深く被っているため顔は分からない。
女性の平均身長のエウリよりも小柄。ゆったりとしたマントに包まれていても分かる華奢な肢体。生地の質も仕立ても良さそうなマントから垣間見えるのは、デザインは簡素ながら、やはり生地の質も仕立てのよさそうなドレス。そして、先程一瞬だけ見えた白くたおやかな手。まず間違いなく女性だ。
「デイア様?」
「エウリ様?」
しばし互いの顔は見えない状態だったが見つめ合った後、デイアが、がしっとエウリの腕を摑んだ。これが男性ならエウリは間違いなく悲鳴を上げている。
「デ、デイア様?」
「叔父様の館から出て、どこにいたの? 叔父様に尋ねても、しばらくあなたに会うなと仰るし我が家には来てくださらないし、わたくしもお兄様も心配したのよ」
パーシーの館から出て三日経っている。エウリとアンはパーシーが望んだ通りグレーヴスのホテルに滞在していた。
「申し訳ありません。パーシーが、お義母様やオルフェ様に私が今いる居場所を伝えたと言っていたので、てっきりあなたにも伝わっているとばかり思っていました」
「……ええ。確かに、お祖母様やお父様はご存知みたいだったわ。でも、わたくしやお兄様が訊いても叔父様と同じ、しばらくあなたに会うなと仰るばかりだったわ」
突然エウリを家から追い出したのだ。何かあるのだろうと思っていたが、やはりそのようだ。デイアやハークに「エウリにしばらく会うな」などと言っているのだから。彼らにとって大切なこの兄妹を巻き込みたくないのだろう。
「なら、しばらく私と距離を置いてください。あの三人が何を知っていて企んでいるかは分かりませんが、私もあなた方兄妹を巻き込みたくありませんから」
エウリは本を手にする事なく歩き出した。ペイア・ラーキの新刊を買いにきたのだが、今は一刻も早くデイアから離れたほうがよさそうだ。
「待って!」
デイアも本を手にする事なくエウリを追ってきた。
「……だから、デイア様、しばらく私から離れ」
エウリは最後まで言えなかった。
本屋を出た所で、傍を走っていた馬車の開いた扉から伸びてきた男の腕がエウリの体に巻きつき中に押し込まれそうになったからだ。
「エウリ様!?」
デイアは、エウリにとって、そしてエウリを馬車の中に押し込もうとしている男にとってもだろう、予想外な行動に出た。何と今にも馬車の中に押し込まれそうになっているエウリに抱きついてきたのだ。
「うわっ!」
華奢な女性二人とはいえ、人間二人分の体重をまともに受けた男は悲鳴を上げた。
走行中の馬車の床に、男、エウリ、デイアが転がり込んできた。
男とデイアに挟まれたエウリは、かなり苦しい上、男と接触しているという事態そのものに気を失いたくなってきた。幸いというべきか、男とデイアがさっさと離れてくれたので気絶もせず悲鳴も上げずにすんだ。悲鳴はともかく気絶はできない。自分だけでなくデイアもいるのだから。
「おい! 余計なのが一人入ってきたぞ!」
エウリとデイアを馬車の中に引き込んだ(正確にはエウリだけでデイアは勝手についてきたのだが)男が御者台にいるもう一人の男に怒鳴りつけた。
「途中で放り出すか」
御者台の男の返答に、こんな状況だというのにデイアが落ち着いた様子で言った。
「放り出すなら、わたくしだけでなくエウリ様もよ。そうすれば、わたくしもエウリ様も、あなた達の事は黙っておくわ」
「げっ! ミュケーナイ侯爵令嬢だ!」
改めてデイアを見た男は驚愕していた。
今の騒動でエウリもデイアもフードが外れてしまった。そのせいで、デイアの見事な赤毛が露になったのだ。見るからに貴族女性、しかも、これだけ鮮やかな赤毛となるとミュケーナイ侯爵令嬢しかいないのだ。
「……何でよりによって」
御者台の男が呟いた。
それはエウリも同じ気持ちだ。二人の男の狙いは明らかにエウリだ。だのに、デイアは自分から巻き込まれにきたのだ。
十中八九、あの三人、義母とオルフェとパーシーは、この事態を予想していたのだろう。
だからこそ、彼らにとって大切な兄妹を巻き込むまいとしていたというのに、デイアは彼らの配慮を台無しにしてくれたのだ。
あの三人が、この事態を予想していたのなら対策を立ててないはずがない。エウリは勿論、巻き込まれてしまった(自分から首を突っ込んできたとも言えるが)デイアも必ず救い出してくれるはずだ。
だが、それでも自分の心の平安のためにエウリはこう言った。
「あなた達の狙いは私でしょう? デイア様は解放して。ミュケーナイ侯爵令嬢、しかも未来の皇太子妃に何かしたら無事ではすまないわよ」
「駄目よ! エウリ様と一緒じゃなきゃ、わたくしは解放されてなどやらないわ!」
妙な言い回しで、デイアは自分の意見を主張した。
「私なら大丈夫です。あなたが捕まったままでいるほうが大事ですから」
「大丈夫などという保証などないでしょう? あなたに何かあったら、お兄様は勿論、お父様が生涯苦しむわ」
「……ハーク様はともかく、オルフェ様に対してそう言うのは大袈裟ですよ」
ただこの姿を傍で見ていたいというだけで求婚してきたオルフェだ。
もしかしたら、アンの言う通り、息子のためという思惑もあるのかもしれない。
それでも、一応「妻」になるとはいえ、ここ最近親しくなっただけのエウリを失ったくらいで生涯苦しむというのは大袈裟だ。
「……そうね。お父様が、あなたには、まだ何も仰っていないから分からないかもしれない。でも、これだけは憶えておいて。お父様にとって、あなたは我が子達よりも優先する存在なの。それだけ大切に想っているのよ」
互いに床に座り込んだまま、エウリをじっと見つめるデイアの瞳は、以前見たような波ひとつない湖面のような静かで、どこか切なくなる眼差しだった。
「……どういう意味ですか?」
「……気になる事を言って申し訳ないけれど、わたくしからは、これ以上言えない。お父様が自分から言いたいと仰っていたし、わたくしもそうすべきだと思うから」
デイアがこう言った以上、口を割らせるのは無理だ。可憐でおっとりした外見とは裏腹に、かなり頑固な少女だというのは、もう分かっている。
(……この騒ぎがひと段落したら、オルフェ様とちゃんと話し合ったほうがいいわね)
デイアの言葉の真意を問うだけではない。この結婚そのものについてもだ。
(……あなたの言った通り、結婚は当事者だけの問題ではないわね。ハーク様)
ハークを何とも思っていない頃ならば、彼の父親と結婚し、その結果、彼が傷つこうがどうでもよかった。
だが、今は男性としては愛せなくても人として好意を持っている。アリスタのように傷つけたくないのだ。……今でも充分傷つけているのかもしれないけれど。
ハークだけではない。義母やデイア、結婚相手であるオルフェ、ミュケーナイ侯爵一家を、もう充分すぎるほど好きになっている。
だから、エウリがどういう人間かも知らずに優しくされるのは胸が痛む。
ハークは話さなくていいと言った。
デイアは知りたいとは思わないと言った。
……それでも「秘密」を黙ったまま表面だけの付き合いをする事に耐えられなくなってきたのだ。
……二年前も大好きな人達に対して「秘密」を抱えている事に耐え切れず、またアリスタとの離婚で迷惑をかけた事もあって、縁を切られる事を覚悟で養父母や二人の親友に話した。
エウリの全てを知っても彼らのエウリに対する態度は変わらなかった。
……今回も、そんな奇跡が起きると思っている訳ではない。
それでも、再びそんな奇跡が起きるのなら――。
(私の全てを知っても、それでも嫁だと認めてくれるのなら――)
結婚条件の最後「自分のしたい事を優先する」は撤回する。
ミュケーナイ侯爵一家のために、エウリはできるだけの事をしよう。
「……エウリ様、大丈夫よ。きっと助かるわ」
エウリが黙っている事を、この状況への不安からだと思ったらしいデイアが励ますように彼女の手を握ってきた。
気丈に振舞っていてもデイア自身も不安だろうに、この状況で他人を気遣えるのは彼女が優しいからだろう。外見こそ似ていなくても、そういうところは彼女の父親や兄と同じだ。
「ええ。必ず助かります」
パーシー達が何らかの対策を立ててないはずがない。だから、この状況に対して不安はないのだが、その最中、デイアが嫌な想いをしないかが心配だった。
あの三人は兄妹を巻き込むまいとしていたのだ。それは、兄妹がこの騒動で嫌な想いをする事を分かっていたからだろう。
だが、今更放り出そうとしてもデイアは絶対に応じないだろうし、無理矢理放り出したとしても、この馬車を追いかけてこようと無茶をしそうだ。
……捕まったエウリに無理矢理引っついてきたのだ。デイアが外見からは想像できない無鉄砲な少女だというのは証明済みだ。だから、男達も彼女を放り出さずエウリと一緒に馬車に乗せたままでいるのだろう。
「着いたぞ」
御者台の男が言った。
男とエウリとデイアが馬車から外に出ると目の前には館があった。ミュケーナイ侯爵家ほどではないが、それなりに広く優美な館だ。
「……何で?」
デイアが館を見たまま呆然と呟いた。
「デイア様?」
「……何考えているのよ。あの女……」
エウリの呼びかけにも気づかない様子で、デイアが俯き額を押さえて呟いた。呟きだったが、その口調の苦々しさは傍にいるエウリに充分伝わってきた。
「……あの、デイア様。もしかしなくても、この館の主、いえ私達、正確には私をさらってくるように命じた人間が誰か分かってます?」
デイアはエウリが初めて見る不機嫌絶頂という顔で吐き捨てるように言った。
「……わたくしの生物学上の母親よ」
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