16 / 18
16
しおりを挟む
ウィルも国王を首だけで生かす事に抗議はしなかった。
自分の出生を最初から知っていたウィルは、国王の事も「父親」とは思っていないのだ。むしろ、「王太子として生きて死ね」そう言い続けていた国王に嫌悪感しかなかった。
どこかに飛ばしたらしく彼の右手の上から生首が消えた。
「……私としばらく距離を置きたかったと言ったわね?」
イレーヌは彼と向き合った。
「……最初は確かに、お前は私にとってアイリーンの身代わりだった」
分かっていた事だが、それでも直接彼の口から「お前はアイリーンの身代わりだ」と聞かされイレーヌは胸が痛んだ。
「けれど、お前が言う通り、誰も誰かの身代わりになどなれない。お前はアイリーンにはなれないし、アイリーンも、お前にはなれない」
イレーヌは目を瞠った。
「私が胎の子を殺そうとした時、『この子を失ったら心が死ぬ』と言われて、どれだけ外見が似ていても、お前はアイリーンとは違う人間なのだと、ようやく分かった」
――お前は違うんだな。
あれは、イレーヌとアイリーンの我が子に対する考え方なのだろうか?
「リーンは、ちょっと複雑な家庭環境で育ったからね。同じ人間でも、君と違って我が子に愛情は全く持てないんだ。特に、あの馬鹿娘は外見はリーンにそっくりだのに、リーンと違って品性も知性もない愚鈍だからね」
魔王の言葉は親としてどうなんだというものだが、イレーヌは否定できなかった。実際の彼女を見ると、その通りとしか思えないからだ。
「……アイリーンになれない私は不要でしょうに、なぜ、殺さなかったの?」
「アイリーンではないお前に興味を抱いたからだ」
「え?」
「だが、すぐに、それを認める事ができなかった。長年、アイリーンを想っていたんだ。すぐに切り替えは出来ない。だから、お前と距離を置いて自分の心を見つめ直したかった」
「……十八年も経って、再び私の前に現われたのは、あなたなりの結論が出たからなのね」
十八年も経ってしまったのは、彼の言う通り、長い間、アイリーンを想い過ぎて「すぐに切り替えができなかった」からと。
もう一つは、人間と魔族の時間に対する感覚の違いだろう。人間にとって十八年は長い。赤ん坊だったウィルが立派な青年に成長した年月だ。けれど、人間よりもずっと長い時を生きる魔族にとっては瞬く間だ。
彼が出した結論がイレーヌを殺す事でも構わない。
……我が子に父の面影を見て勝手に罪悪感を抱いて「あなたを見ているとつらい」と宣う自分など、いないほうがいいのだ。
「私に全てを奪われても、自分である事だけは手放さない。そのお前の誇り高さに心を奪われたんだ」
彼の魔族特有の黒い瞳が真っ直ぐにイレーヌの青い瞳を見つめた。
「お前を愛している。イレーヌ」
彼が初めてイレーヌの名を呼んだ。
「アイリーン」ではなく「イレーヌ」と。
イレーヌは静かに涙を流した。感極まったのだ。
「……私もあなたを愛しています。セバスチャン」
セバスチャンがイレーヌを抱きしめようとして邪魔が入った。
「……これ以上は、俺達がいなくなってからにしてくれ」
心底嫌そうな顔でウィルが言った。
魔王は無言で、にこにこと笑っている。彼が何を考えているのかイレーヌには分からなかったが怒っている訳ではなさそうだ。
「……ごめんなさい」
イレーヌが謝っているのは、ただ単に今この瞬間、息子であるウィルの存在を忘れていた事だけではない。国を奪い家族を殺し、我が子さえ殺そうとした男であっても憎む事ができず愛してしまう、そんなどうしようもない女が彼を産んだ母である事も含めてだ。
「貴女が俺に謝る事は何もないんだ」
ウィルもイレーヌの謝罪の意味が正確に分かったのだろう。そう言ってきた。
「……謝るのは私の自己満足に過ぎないわ。謝ったところで家族も臣下達も生き返らない。あなたの理不尽に過ごした十八年が帳消しになる訳じゃない」
「……確かに、母である貴女から引き離され、国王の許で王太子として生きた時間は孤独で苦痛だった。それでも、この体験があったから現在の俺になった。やり直そうとは思わない。それに、貴女とこうして再会できたんだ。充分帳消しになるよ」
ウィルは微笑んだ。
「……ウィル」
父がいつも自分達家族に向けていたような優しい微笑みにイレーヌは泣きたくなった。
「あなたの父上……お祖父様が、貴女を責めていると思っているのなら、それは違うと思う」
ウィルが突然、そんな事を言いだした。
「ウィル?」
イレーヌにはウィルが何を言いたいのか分からなかった。
「貴女が我が子に生きていてほしいと願うように、貴女の父上だって、そう思うはずだ。人間なら我が子の死や不幸など絶対に望んだりしないだろう?」
それは、我が子を愛せない魔族である魔王やセバスチャンへの当てつけにも聞こえるが、ウィルにそんな気は毛頭なく、ただ単に事実として言っているようだ。
まあ本当に当てつけだとしても、魔王とセバスチャンは動じないと思うが。
「……お父様達が普通の状況で亡くなったのなら、そうでしょう」
けれど、イレーヌは国を奪い家族を殺した男を愛したのだ。絶対に許されるはずがない。
「……そうだな。いくら俺が言っても、貴女自身がそう思わない限り、罪悪感はなくならないよな」
ウィルは、ほろ苦く笑った。
自分の出生を最初から知っていたウィルは、国王の事も「父親」とは思っていないのだ。むしろ、「王太子として生きて死ね」そう言い続けていた国王に嫌悪感しかなかった。
どこかに飛ばしたらしく彼の右手の上から生首が消えた。
「……私としばらく距離を置きたかったと言ったわね?」
イレーヌは彼と向き合った。
「……最初は確かに、お前は私にとってアイリーンの身代わりだった」
分かっていた事だが、それでも直接彼の口から「お前はアイリーンの身代わりだ」と聞かされイレーヌは胸が痛んだ。
「けれど、お前が言う通り、誰も誰かの身代わりになどなれない。お前はアイリーンにはなれないし、アイリーンも、お前にはなれない」
イレーヌは目を瞠った。
「私が胎の子を殺そうとした時、『この子を失ったら心が死ぬ』と言われて、どれだけ外見が似ていても、お前はアイリーンとは違う人間なのだと、ようやく分かった」
――お前は違うんだな。
あれは、イレーヌとアイリーンの我が子に対する考え方なのだろうか?
「リーンは、ちょっと複雑な家庭環境で育ったからね。同じ人間でも、君と違って我が子に愛情は全く持てないんだ。特に、あの馬鹿娘は外見はリーンにそっくりだのに、リーンと違って品性も知性もない愚鈍だからね」
魔王の言葉は親としてどうなんだというものだが、イレーヌは否定できなかった。実際の彼女を見ると、その通りとしか思えないからだ。
「……アイリーンになれない私は不要でしょうに、なぜ、殺さなかったの?」
「アイリーンではないお前に興味を抱いたからだ」
「え?」
「だが、すぐに、それを認める事ができなかった。長年、アイリーンを想っていたんだ。すぐに切り替えは出来ない。だから、お前と距離を置いて自分の心を見つめ直したかった」
「……十八年も経って、再び私の前に現われたのは、あなたなりの結論が出たからなのね」
十八年も経ってしまったのは、彼の言う通り、長い間、アイリーンを想い過ぎて「すぐに切り替えができなかった」からと。
もう一つは、人間と魔族の時間に対する感覚の違いだろう。人間にとって十八年は長い。赤ん坊だったウィルが立派な青年に成長した年月だ。けれど、人間よりもずっと長い時を生きる魔族にとっては瞬く間だ。
彼が出した結論がイレーヌを殺す事でも構わない。
……我が子に父の面影を見て勝手に罪悪感を抱いて「あなたを見ているとつらい」と宣う自分など、いないほうがいいのだ。
「私に全てを奪われても、自分である事だけは手放さない。そのお前の誇り高さに心を奪われたんだ」
彼の魔族特有の黒い瞳が真っ直ぐにイレーヌの青い瞳を見つめた。
「お前を愛している。イレーヌ」
彼が初めてイレーヌの名を呼んだ。
「アイリーン」ではなく「イレーヌ」と。
イレーヌは静かに涙を流した。感極まったのだ。
「……私もあなたを愛しています。セバスチャン」
セバスチャンがイレーヌを抱きしめようとして邪魔が入った。
「……これ以上は、俺達がいなくなってからにしてくれ」
心底嫌そうな顔でウィルが言った。
魔王は無言で、にこにこと笑っている。彼が何を考えているのかイレーヌには分からなかったが怒っている訳ではなさそうだ。
「……ごめんなさい」
イレーヌが謝っているのは、ただ単に今この瞬間、息子であるウィルの存在を忘れていた事だけではない。国を奪い家族を殺し、我が子さえ殺そうとした男であっても憎む事ができず愛してしまう、そんなどうしようもない女が彼を産んだ母である事も含めてだ。
「貴女が俺に謝る事は何もないんだ」
ウィルもイレーヌの謝罪の意味が正確に分かったのだろう。そう言ってきた。
「……謝るのは私の自己満足に過ぎないわ。謝ったところで家族も臣下達も生き返らない。あなたの理不尽に過ごした十八年が帳消しになる訳じゃない」
「……確かに、母である貴女から引き離され、国王の許で王太子として生きた時間は孤独で苦痛だった。それでも、この体験があったから現在の俺になった。やり直そうとは思わない。それに、貴女とこうして再会できたんだ。充分帳消しになるよ」
ウィルは微笑んだ。
「……ウィル」
父がいつも自分達家族に向けていたような優しい微笑みにイレーヌは泣きたくなった。
「あなたの父上……お祖父様が、貴女を責めていると思っているのなら、それは違うと思う」
ウィルが突然、そんな事を言いだした。
「ウィル?」
イレーヌにはウィルが何を言いたいのか分からなかった。
「貴女が我が子に生きていてほしいと願うように、貴女の父上だって、そう思うはずだ。人間なら我が子の死や不幸など絶対に望んだりしないだろう?」
それは、我が子を愛せない魔族である魔王やセバスチャンへの当てつけにも聞こえるが、ウィルにそんな気は毛頭なく、ただ単に事実として言っているようだ。
まあ本当に当てつけだとしても、魔王とセバスチャンは動じないと思うが。
「……お父様達が普通の状況で亡くなったのなら、そうでしょう」
けれど、イレーヌは国を奪い家族を殺した男を愛したのだ。絶対に許されるはずがない。
「……そうだな。いくら俺が言っても、貴女自身がそう思わない限り、罪悪感はなくならないよな」
ウィルは、ほろ苦く笑った。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
誓いません
青葉めいこ
恋愛
――病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?
誓いません。
私は、この人を愛していませんから、誓えません。
小説家になろうにも投稿しています。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
腐女子令嬢は再婚する
青葉めいこ
恋愛
男性に恐怖と嫌悪を抱いているが腐女子でもある男爵令嬢エウリ。離婚歴のある彼女に宰相令息が求婚してきた。高飛車な結婚条件を出し何とか逃げたものの今度は彼の父親、宰相に求婚される。普通なら到底受け入れられない結婚条件を受け入れてくれた上、宰相の顔が、この世で一番好きな事もあり再婚を決めたエウリだが⁉
小説家になろうに掲載しているのを投稿しています。
完結しました。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる