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「私を実の姉だと思っていたのよね?」
義父があの卒業パーティーで明かすまでは、弟は、そう思っていたはずだ。
私同様、弟の姉への恋情(いや、劣情というべきか)に気づいていた義父は、愛する女性の娘である私を守るために、あえて弟に本当は姉弟ではなく従姉弟なのだという事を教えなかった。弟の私への劣情の歯止めとなるように。
「でも、そうじゃなかった。どれだけ僕が嬉しかったか分かるか?」
「分からないし、分かりたくもないわね」
二度と私を訪ねに来ないように、元婚約者に対してと同じように、本音をぶちまける事にした。
「姉だと思っていた女に劣情を抱くなど、気持ち悪いとしか思えないもの」
「え?」
私にそう返されるとは思わなかったのだろう。弟は、ぽかんとした顔になった。全く似ていないのに、その顔は不思議と数日前、私と会話を交わした時の奴のそれに似ている。母親が違うとはいえ同じ父親を持つ兄弟だからだろうか。
「唯一、優しくしてやったから『本当は姉弟じゃなかった、愛しているんだ』と言えば、私が泣いて喜ぶとでも思っていたの? お前、私に何をしてくれた? いずれ女公爵を追い出し、馬鹿王子を排除するつもりだったなどと言っていたけど、実際、そうしてくれたのは、お義父様だったじゃない。お前は私に劣情を抱くだけで何もしてくれなかったわ。ああ、子供だったから何もできなかったという言い訳はしないでね。いずれ助けるつもりだったなんていう戯言は、今現在、つらい状況を耐えている人間には無意味だもの」
まあ、別に私は「つらい状況」にいた訳ではない。公爵令嬢として、王子の婚約者として、何不自由なく生きてこれたのだから。
ただ愛だけが与えられなかっただけだ。
けれど、そんなもの、その日生きるだけでも大変な状況にいる人間からすれば、「だから何だ?」と言われるだけだろう。
「姉弟でも、姉弟でなくても、私は、お前が大嫌いで気持ち悪いとしか思えない。もう二度と私の前に現れないで」
話は終わりだと応接室から出ようとしたのだが、弟が待ったをかけた。
「待ってくれ! 姉上! ずっと姉弟として過ごしていたんだ。僕を男として見るのは困難だろう。だから、これからは、僕を弟としてではなく一人の男として見て欲しい。貴女にそう見てもらえるように、僕も努力するから!」
「……これだけ言っても、まだ分からないの? 学年首席になれるほど勉強はできたけど、それ以外では頭が悪いのね」
弟の見当違いな必死な訴えに、私はこれ見よがしに溜息を吐いた。
「姉だと思っていた女に劣情を抱くなど気持ち悪い。本当は姉弟じゃなかったとしても関係ない。気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! おぞましい! ハゲろ! もげろ!」
そこまで怒鳴ってから、私は声を上げて笑った。
「ああ、もげなくても、お前はもう子供ができない体だから、あんまり意味がないわね。あはは!」
「……何言っているんだ? 姉上」
てっきり別れる前に義父が教えていると思っていたのだが、そうではなかったらしい。今の今まで私の罵倒に呆然としていたのに、知らされて即、我に返ったくらいなのだから。
「あのお義父様が愛する女性の尊厳を踏みにじった上、命を奪った女公爵と王家の血を存続させるはずないでしょう。三日三晩高熱で苦しんだ事があるでしょう? それ、お義父様がお前に子種をなくす薬をこっそり投与したせいだから」
王女と王子にもそうしたかったのだろうが、さすがの義父も王族の二人には接近できなかった。だから、代わりに私が動いた。
私は王子と王女の従姉妹で、さらには王子の婚約者であり王女の親友らしいので(王女が周囲にそう言っていた)何度も二人とお茶会する機会があった。その際に、王女には不妊症になる薬を混ぜたお茶を、王子には義父が弟に投与したのと同じ子種をなくす薬を混ぜたお茶を飲ませた。
義父が私に、そうしろ頼んだ事も命令した事もない。私を気遣ってくれた義父の恩に報いるためと王家への恨みで私が勝手にした事だ。
王子と王女を子供ができない体にした事に罪悪感などない。
私も王家に恨みがあったし、最初に私を拒絶したのは奴のほうだ。何をされても仕方ないだろう。
王女に対しても、彼女が私に従姉妹としての情や友情を持っていたとしても私にはない。父親が無関心でも、私と違い、母親や周囲の愛や関心を持たれている彼女に好意などない。義父と私の恨みを晴らすために、王女を裏切っても心は痛まない。
「……父上が僕にそんな事をするはずがない」
そう反論する弟だが、その声には力がなかった。心のどこかで弟も分かっているのだ。形式上とはいえ親子だのに、義父に息子に対する情などない。義父は、いつだって息子に対して距離を置いて接していたのだから。彼にとっての自分は、ただ単に復讐のための道具にすぎない。ならば、息子を子供ができない体にする事すらためらずに実行するだろうと。
「そう信じたいなら信じればいい」
私は息を吸い込むと大声で怒鳴りつけた。
「二度と私の前に現れるな! 種無しクソ野郎!」
その後、私の言葉通り、弟が私の前に現れる事は二度となかった。
弟が私の言葉を守ったからではない。
元婚約者同様、死んだからだ。
修道院の近くにある林の中で刺殺体で発見されたのだ。
義父があの卒業パーティーで明かすまでは、弟は、そう思っていたはずだ。
私同様、弟の姉への恋情(いや、劣情というべきか)に気づいていた義父は、愛する女性の娘である私を守るために、あえて弟に本当は姉弟ではなく従姉弟なのだという事を教えなかった。弟の私への劣情の歯止めとなるように。
「でも、そうじゃなかった。どれだけ僕が嬉しかったか分かるか?」
「分からないし、分かりたくもないわね」
二度と私を訪ねに来ないように、元婚約者に対してと同じように、本音をぶちまける事にした。
「姉だと思っていた女に劣情を抱くなど、気持ち悪いとしか思えないもの」
「え?」
私にそう返されるとは思わなかったのだろう。弟は、ぽかんとした顔になった。全く似ていないのに、その顔は不思議と数日前、私と会話を交わした時の奴のそれに似ている。母親が違うとはいえ同じ父親を持つ兄弟だからだろうか。
「唯一、優しくしてやったから『本当は姉弟じゃなかった、愛しているんだ』と言えば、私が泣いて喜ぶとでも思っていたの? お前、私に何をしてくれた? いずれ女公爵を追い出し、馬鹿王子を排除するつもりだったなどと言っていたけど、実際、そうしてくれたのは、お義父様だったじゃない。お前は私に劣情を抱くだけで何もしてくれなかったわ。ああ、子供だったから何もできなかったという言い訳はしないでね。いずれ助けるつもりだったなんていう戯言は、今現在、つらい状況を耐えている人間には無意味だもの」
まあ、別に私は「つらい状況」にいた訳ではない。公爵令嬢として、王子の婚約者として、何不自由なく生きてこれたのだから。
ただ愛だけが与えられなかっただけだ。
けれど、そんなもの、その日生きるだけでも大変な状況にいる人間からすれば、「だから何だ?」と言われるだけだろう。
「姉弟でも、姉弟でなくても、私は、お前が大嫌いで気持ち悪いとしか思えない。もう二度と私の前に現れないで」
話は終わりだと応接室から出ようとしたのだが、弟が待ったをかけた。
「待ってくれ! 姉上! ずっと姉弟として過ごしていたんだ。僕を男として見るのは困難だろう。だから、これからは、僕を弟としてではなく一人の男として見て欲しい。貴女にそう見てもらえるように、僕も努力するから!」
「……これだけ言っても、まだ分からないの? 学年首席になれるほど勉強はできたけど、それ以外では頭が悪いのね」
弟の見当違いな必死な訴えに、私はこれ見よがしに溜息を吐いた。
「姉だと思っていた女に劣情を抱くなど気持ち悪い。本当は姉弟じゃなかったとしても関係ない。気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! おぞましい! ハゲろ! もげろ!」
そこまで怒鳴ってから、私は声を上げて笑った。
「ああ、もげなくても、お前はもう子供ができない体だから、あんまり意味がないわね。あはは!」
「……何言っているんだ? 姉上」
てっきり別れる前に義父が教えていると思っていたのだが、そうではなかったらしい。今の今まで私の罵倒に呆然としていたのに、知らされて即、我に返ったくらいなのだから。
「あのお義父様が愛する女性の尊厳を踏みにじった上、命を奪った女公爵と王家の血を存続させるはずないでしょう。三日三晩高熱で苦しんだ事があるでしょう? それ、お義父様がお前に子種をなくす薬をこっそり投与したせいだから」
王女と王子にもそうしたかったのだろうが、さすがの義父も王族の二人には接近できなかった。だから、代わりに私が動いた。
私は王子と王女の従姉妹で、さらには王子の婚約者であり王女の親友らしいので(王女が周囲にそう言っていた)何度も二人とお茶会する機会があった。その際に、王女には不妊症になる薬を混ぜたお茶を、王子には義父が弟に投与したのと同じ子種をなくす薬を混ぜたお茶を飲ませた。
義父が私に、そうしろ頼んだ事も命令した事もない。私を気遣ってくれた義父の恩に報いるためと王家への恨みで私が勝手にした事だ。
王子と王女を子供ができない体にした事に罪悪感などない。
私も王家に恨みがあったし、最初に私を拒絶したのは奴のほうだ。何をされても仕方ないだろう。
王女に対しても、彼女が私に従姉妹としての情や友情を持っていたとしても私にはない。父親が無関心でも、私と違い、母親や周囲の愛や関心を持たれている彼女に好意などない。義父と私の恨みを晴らすために、王女を裏切っても心は痛まない。
「……父上が僕にそんな事をするはずがない」
そう反論する弟だが、その声には力がなかった。心のどこかで弟も分かっているのだ。形式上とはいえ親子だのに、義父に息子に対する情などない。義父は、いつだって息子に対して距離を置いて接していたのだから。彼にとっての自分は、ただ単に復讐のための道具にすぎない。ならば、息子を子供ができない体にする事すらためらずに実行するだろうと。
「そう信じたいなら信じればいい」
私は息を吸い込むと大声で怒鳴りつけた。
「二度と私の前に現れるな! 種無しクソ野郎!」
その後、私の言葉通り、弟が私の前に現れる事は二度となかった。
弟が私の言葉を守ったからではない。
元婚約者同様、死んだからだ。
修道院の近くにある林の中で刺殺体で発見されたのだ。
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