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ビンのふたが開かない!!
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異能力正義社の医務室。医者である谷川純一は、幼い子供のように鼻歌を歌いながら、真っ赤な文字で「ドント・オープン」と書かれた戸棚を開けた。
手入れのゆきとどいた、ホコリ一つ積もっていない棚の上に、ラベルの貼られた小瓶が、ずらりと並んでいる。
純一は、その中から不透明な色つきのガラスビンを選びだし、金属製のふたとビンを握って、ひねろうとした。
が、
「あれ?」
ビンとふたが、接着剤で止められているかのように、動かない。
「え? ウソ、なんで?」
純一はさらに力を込めてみたが、開きそうな気配が少しもしない。
そのまま一分ほどビンと格闘していた純一だったが、先が見えなくなってきたため、ビンを持ったまま医務室を出た。
◆◇ ◇◆
「純一、何持ってんだ?」
異能力正義社の長い廊下。ツナギ姿の男に声をかけられた純一は、男にビンを差し出した。
「柊さん、このビン開けて?」
男────柊カイトはビンを受け取ると、先ほど純一がしていたように、力を込めて、ふたを回そうとした。
少し動いたような気がしたが、あくまで「気がした」だけであって、実際はほとんど動いていない。
「───ごめん、俺には無理だった」
柊からビンを受け取る純一。その顔には、天真爛漫な性格の彼にしては、珍しく悲しげな表情が浮かんでいる。
「そのふた、金属だよな? だったら、ふただけ湯に浸けてみろ。開くかもしれないぜ?」
かわいそうに思った柊は、純一にそう提案してみたが、純一は首を横に振りながら
「このビン、逆さにしちゃダメなんだ」
と言って、「……」と黙ってしまった。
なんと声をかけていいのか分からず、口を開けたり閉めたりしている柊に、何かを思いついたらしい純一は、背を向けてこの場を立ち去ろうとする。
「えっ、あんたどこ行くんだ?」
驚いた柊がとっさにそう尋ねると、純一は足を止めずに、
「雅さんに頼んでみる。あの人なら、ゼッタイに開くと思うから」
と答えた。
───白金雅。彼女は、この社の中で最も強い、数少ない荒事専門の女性だ。
あいつなら開くだろな、と思った柊は、純一の背中に向かって「開くといいな」と言おうとしたが、「いや、待てよ」と思い直した。
「それはやめてくれ‼」
柊の言葉を聞き、足を止める純一。ものすごいスピードで走り寄る柊に、
「どうしたの?」
と、首をかしげながら尋ねる。
「そんなことされたら、俺が女子より力が弱いのがバレるじゃんか!」
「え? うん、そうだけど?」
柊の「一大事」が、純一に伝わっていない。「そりゃとーぜんでしょ」と言ってるかのように首を縦に振って、続ける。
「柊さんが女性よりも力が弱いことはホントのことだし、バレちゃっても僕にはかんけーないし」
「そりゃそうだけどさぁ! だけど、あんただって、力が弱いってことが──」
「うん、分かってる」
最後まで聞かずにそう答える純一を見て、柊は
「あんたには、プライドってやつがないのか……?」
と、呆れたように言ったが、それにも純一は「うん」とすぐに答えた。
「……いいか? あんたにはプライドがなくても、俺にはあるんだ。せめて男に頼んでくれないか?」
肩に手を乗せ、ぼそぼそとささやく柊の言葉を聞いたのか聞いていないのか、純一は、前から歩いてくる人物を指差した。
「隼人さんならいい?」
柊の返事を待たずに、子犬のように人物───伊川隼人のもとへ駆け寄る。そして、ビンを隼人に渡すと、開けてくれるように頼んだ。
「ああ、いいですよ」
隼人は快く引き受けると、グッと力を込めた。
彼は、白髪碧眼という儚い見た目に反して、実は腕力と握力だけはトップレベルの強さをほこる。
しかし、それでもビンは開かなかった。
「すみません。これ、かたすぎます」
頭を下げる隼人からビンを受け取った純一は、
「隼人さんでもダメかー。それじゃー、やっぱり雅さんに頼もー」
と、柊を見て、いじわるく微笑む。
「頼むから、待ってくれよ!」
遠ざかっていく純一を、また引き止める柊。
純一は嫌そうな顔をしながら戻ってくると、隼人の隣に大人しく並んだ。
「俺を忘れてくれちゃあ困るな。俺を誰だ思ってる!」
少し胸を張る柊。
「柊カイトさん」
間髪いれずに答える、純一と隼人。
「……俺は、何のためにここにいると思ってる」
気を取り直して、続ける柊。
「ガールズハント」
またもや間髪いれずに答える、純一と隼人。
「それじゃなくて───」
自分の思っているような答えが出そうでないので、柊は自分で答えを言う。
「───俺は、技術屋じゃねーか」
「ああ、そうだったそうだった」という純一と隼人の言葉を無視して、
「俺が、そのビンを開ける装置を作ってやる‼ 待ってろ‼」
と言うと、柊は技術室に向かって走っていった。
◆◇ ◆◇
それから、数十分後。
満足げな柊と共に現れたのは、無闇に触ってはいけなさそうな機械だった。
機械から飛び出している、太短い、先のとがった二本の棒を見て、隼人は、赤川頼朝が持っている、頭に着ける洗脳の道具を思い出し、身震いした。
「なんですか? これは」
「よくぞ訊いてくれた!」
柊はたからかに、機械の名前を言った。
「これは、自動ビン開け機。その名も、『グレートディバイディング』だ‼」
静寂が訪れた。
純一と隼人の顔には、「この人、なんでオーストラリアのグレートディバイディング山脈と同じ名前をつけたんだろう」という文字が浮かんでいる。
「……純一、そのビン、貸してみ?」
静寂を絶ちきろうと、柊は純一からビンを受け取り、機械にセットした。
きらきら星の音楽と共に、二本の棒がまわりだす。
そして数分後、「チンっ」と音がして、機械の扉がひとりでに開いた。もちろん、中にはふたが外れたビンがあった。
機械へと小走りに駆け寄り、純一は、ビンを取り出した。
「あ、よかったー。生きてる生きてるー」
嬉しそうな純一を見て、柊は「作った甲斐があった」と思いながら、
「その中、何入ってんの?」
と尋ねた。
純一は笑顔で、
「ウジ虫。ハエの卵を孵化させたんだー」
と答える。
このあと、柊と隼人、そして通りすがりの女性陣が悲鳴をあげたのは、言うまでもない。
〈Fin〉
手入れのゆきとどいた、ホコリ一つ積もっていない棚の上に、ラベルの貼られた小瓶が、ずらりと並んでいる。
純一は、その中から不透明な色つきのガラスビンを選びだし、金属製のふたとビンを握って、ひねろうとした。
が、
「あれ?」
ビンとふたが、接着剤で止められているかのように、動かない。
「え? ウソ、なんで?」
純一はさらに力を込めてみたが、開きそうな気配が少しもしない。
そのまま一分ほどビンと格闘していた純一だったが、先が見えなくなってきたため、ビンを持ったまま医務室を出た。
◆◇ ◇◆
「純一、何持ってんだ?」
異能力正義社の長い廊下。ツナギ姿の男に声をかけられた純一は、男にビンを差し出した。
「柊さん、このビン開けて?」
男────柊カイトはビンを受け取ると、先ほど純一がしていたように、力を込めて、ふたを回そうとした。
少し動いたような気がしたが、あくまで「気がした」だけであって、実際はほとんど動いていない。
「───ごめん、俺には無理だった」
柊からビンを受け取る純一。その顔には、天真爛漫な性格の彼にしては、珍しく悲しげな表情が浮かんでいる。
「そのふた、金属だよな? だったら、ふただけ湯に浸けてみろ。開くかもしれないぜ?」
かわいそうに思った柊は、純一にそう提案してみたが、純一は首を横に振りながら
「このビン、逆さにしちゃダメなんだ」
と言って、「……」と黙ってしまった。
なんと声をかけていいのか分からず、口を開けたり閉めたりしている柊に、何かを思いついたらしい純一は、背を向けてこの場を立ち去ろうとする。
「えっ、あんたどこ行くんだ?」
驚いた柊がとっさにそう尋ねると、純一は足を止めずに、
「雅さんに頼んでみる。あの人なら、ゼッタイに開くと思うから」
と答えた。
───白金雅。彼女は、この社の中で最も強い、数少ない荒事専門の女性だ。
あいつなら開くだろな、と思った柊は、純一の背中に向かって「開くといいな」と言おうとしたが、「いや、待てよ」と思い直した。
「それはやめてくれ‼」
柊の言葉を聞き、足を止める純一。ものすごいスピードで走り寄る柊に、
「どうしたの?」
と、首をかしげながら尋ねる。
「そんなことされたら、俺が女子より力が弱いのがバレるじゃんか!」
「え? うん、そうだけど?」
柊の「一大事」が、純一に伝わっていない。「そりゃとーぜんでしょ」と言ってるかのように首を縦に振って、続ける。
「柊さんが女性よりも力が弱いことはホントのことだし、バレちゃっても僕にはかんけーないし」
「そりゃそうだけどさぁ! だけど、あんただって、力が弱いってことが──」
「うん、分かってる」
最後まで聞かずにそう答える純一を見て、柊は
「あんたには、プライドってやつがないのか……?」
と、呆れたように言ったが、それにも純一は「うん」とすぐに答えた。
「……いいか? あんたにはプライドがなくても、俺にはあるんだ。せめて男に頼んでくれないか?」
肩に手を乗せ、ぼそぼそとささやく柊の言葉を聞いたのか聞いていないのか、純一は、前から歩いてくる人物を指差した。
「隼人さんならいい?」
柊の返事を待たずに、子犬のように人物───伊川隼人のもとへ駆け寄る。そして、ビンを隼人に渡すと、開けてくれるように頼んだ。
「ああ、いいですよ」
隼人は快く引き受けると、グッと力を込めた。
彼は、白髪碧眼という儚い見た目に反して、実は腕力と握力だけはトップレベルの強さをほこる。
しかし、それでもビンは開かなかった。
「すみません。これ、かたすぎます」
頭を下げる隼人からビンを受け取った純一は、
「隼人さんでもダメかー。それじゃー、やっぱり雅さんに頼もー」
と、柊を見て、いじわるく微笑む。
「頼むから、待ってくれよ!」
遠ざかっていく純一を、また引き止める柊。
純一は嫌そうな顔をしながら戻ってくると、隼人の隣に大人しく並んだ。
「俺を忘れてくれちゃあ困るな。俺を誰だ思ってる!」
少し胸を張る柊。
「柊カイトさん」
間髪いれずに答える、純一と隼人。
「……俺は、何のためにここにいると思ってる」
気を取り直して、続ける柊。
「ガールズハント」
またもや間髪いれずに答える、純一と隼人。
「それじゃなくて───」
自分の思っているような答えが出そうでないので、柊は自分で答えを言う。
「───俺は、技術屋じゃねーか」
「ああ、そうだったそうだった」という純一と隼人の言葉を無視して、
「俺が、そのビンを開ける装置を作ってやる‼ 待ってろ‼」
と言うと、柊は技術室に向かって走っていった。
◆◇ ◆◇
それから、数十分後。
満足げな柊と共に現れたのは、無闇に触ってはいけなさそうな機械だった。
機械から飛び出している、太短い、先のとがった二本の棒を見て、隼人は、赤川頼朝が持っている、頭に着ける洗脳の道具を思い出し、身震いした。
「なんですか? これは」
「よくぞ訊いてくれた!」
柊はたからかに、機械の名前を言った。
「これは、自動ビン開け機。その名も、『グレートディバイディング』だ‼」
静寂が訪れた。
純一と隼人の顔には、「この人、なんでオーストラリアのグレートディバイディング山脈と同じ名前をつけたんだろう」という文字が浮かんでいる。
「……純一、そのビン、貸してみ?」
静寂を絶ちきろうと、柊は純一からビンを受け取り、機械にセットした。
きらきら星の音楽と共に、二本の棒がまわりだす。
そして数分後、「チンっ」と音がして、機械の扉がひとりでに開いた。もちろん、中にはふたが外れたビンがあった。
機械へと小走りに駆け寄り、純一は、ビンを取り出した。
「あ、よかったー。生きてる生きてるー」
嬉しそうな純一を見て、柊は「作った甲斐があった」と思いながら、
「その中、何入ってんの?」
と尋ねた。
純一は笑顔で、
「ウジ虫。ハエの卵を孵化させたんだー」
と答える。
このあと、柊と隼人、そして通りすがりの女性陣が悲鳴をあげたのは、言うまでもない。
〈Fin〉
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