異能力正義社

アノンドロフ

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桐島凧

後日談

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 「ずっとここにいたい」という彼──今は柊と名乗っているそうだが──の願いを聞き入れて、……ついでに、「せめて一週間だけでも一緒にいてほしい」という頼みも承諾して、今日で三日目。
 俺はなぜか、異能力正義社にいた。
 柊の話によると、社長が俺に会いたがっているそうだ。……なぜだ?
 何度か柊に社長のことについて訊いてみたのだが、柊は「会えばわかる」としか答えてくれなかった。仕方なく真田にも訊いてみたが、柊に口止めされているらしかった。
 ゆえに、俺は今から顔も名前も知らない人間と会うことになってしまったのだ。せめて、名前だけでも教えてほしかったのだが。

 バクバクする疑似心臓を抑えながら応接室のドアをノックすると、どこか緊張したような返答があった。
 ……やや低い女性の声。歳は、若い方だろう。
 ゆっくりとドアを開けると、社長らしい人物が立ち上がった。
「お越しいただきありがとうございます。桐島さん」
 見覚えのある髪と瞳の色。そして、彼女がはめているグローブは、あの日俺を殺そうとした人物が付けていたものと、同じもの。おそらく、指先からワイヤーが出るタイプ。
「赤川……頼朝、なのか?」
 思わずそう尋ねると、彼女はキョトンとして言った。
「柊君から、聞いていなかったんですか?」
「ああ、全く」
 ……本当に、赤川頼朝だった.

「昨日、柊君からあなたの話を聞いて。もしまたお話ができるならと思って、お願いしたんですよ」
 そう言ってニコニコと笑う彼女は、人形のように無表情だった赤川と同じ人物のように思えなかった。
 今の姿は、あまりに無害すぎて怖くなる。
 応接室の柔らかいソファーに座って、紅茶やクッキーを勧められて。まるで、あの日俺が彼女にしたことを返されているような感覚に陥りながら、俺は。
「お前の、目的は何だ」
 どれだけ、目の前の彼女が無害そうであったとしても、俺は彼女の過去を見ている。
 だから、警戒はどうしても解けない。
「……やっぱり、ばれたか」
 微笑みは崩さないまま、赤川はそう呟くとティーカップを持ち上げる。そして、一口飲んだあと、そっとソーサーの上に戻した。
「目的……というほどでもないんだけども、私は、あなたを雇いたいと思っている」
「……それが、お前にとって何のメリットになる」
 赤川は、深海のような色の目を伏せる。
「日向小春。この名前、知っているでしょう?」
「なぜ、お前がその名を知っている」
 彼女の口からこぼれたその名前に、俺は思わず声を荒げてしまった。
 赤川は、意を決したように、続ける。
「日向小春さんは、交通事故で亡くなった──ことになっている。でも、本当はそうではないのかもしれないんだ。……日向小春さんを轢き殺した人間は、赤川義朝の部下だったから」
「それは……まさか、俺にホムンクルスを作らせるために、小春を殺したということか?」
 小春が死んだのは、赤川義朝のせい?
 小春が死んで、俺が狂って、ホムンクルスを作ろうとするところまで、全て赤川義朝が仕組んだこと?
 それでは、あまりに──。
「──落ち着け」
 赤川頼朝の声が、部屋に響く。
 それは、俺に告げられた言葉ではなく、いつの間にか俺の背後に立っている人物に向けられた言葉なのだろう。
 実際、その人物は何かを頭に突き付けている。
「落ち着きたまえ。今の殺気は、私に向けられたものではない」
「でも……」
「いいから、部屋の外に出たまえよ、相田君。何かあればすぐに呼ぶから」
 その人物──声からおそらく男性──は、渋々というように何かを降ろすと、音もなく部屋から出ていった。
 正直、殺されるかと思った。
 赤川はため息をつく。
「失礼。彼は、殺気に敏感なんだ。たぶん、私が殺されるのではと勘違いしたのだろう」
「はぁ……」
 それはまた、物騒な。
 しかし、何かあればすぐに助けが来るほど、赤川は慕われているということだ。
「さて、話をもとに戻そう。赤川義朝は、あなたにホムンクルスを作らせるためだけに、日向小春さんを殺した。……私の父が、あなたの人生を狂わせた。私は、その償いをしたい」
「だが、それはお前と関係ないだろう? お前はただ、赤川義朝の娘として生まれただけであって……あの男と話ができれば、俺はそれで」
「それはできない」
 赤川は、俺の言葉を遮るように、首を横に振る。
「赤川義朝は、死んだ」
「……」
「私が、殺した」
「……そうか」
 赤川が、自身の父親のことを名前で呼んだ時点で、彼女が父親のことを憎んでいるように、なんとなく感じていた。
 一体、何があったのだろう。おそらく、その原因こそ赤川を変えたきっかけなのだろうが。
「まあ、私の話はいいんだ。私の話は。……あなたを雇いたい理由は、もうひとつあるのだけれども、──あまり、気持ちのよくない話だけれども、どうする?」
「どうするって訊かれても……じゃあ、教えてくれ」
 気持ちのよくない話というところが引っ掛かるが、俺は今日だけで三回も衝撃的な話を聴いている。今更何を言われたとしても、驚かない自信はあった。
 赤川は、重々しく口を開く。
「たしか、あなたは金堂道筆という人に出会ったことがあると思うんどけど」
「あぁ、そうだな」
「その人、私の伯父だ。今は、NEUTの日本支部長をしている」
 ……伯父? 本当に?
「えっと……その、お前の伯父さんが、俺を雇う理由と関係しているのか?」
「伯父……というか、伯父が所属している方の組織と関係があるというか……」
 先ほど、赤川が言ったNEUTという単語に、俺は聞き覚えがない。
「NEUTは、世界の均衡を保つための組織だ。犯罪組織の壊滅とか色々行っているのだけれど、最も大きな役割が危険因子の監視と抹殺だ」
 ──なるほど。だから、金堂道筆はホムンクルスの情報を消そうとしていたのか。
 そして、おそらく赤川も……。
「察しの通り、私もNEUTの一員だ。……そうでもしないと、私はNEUTに消されている」
「それは、お前が能力者だからか?」
 赤川は、頷いて見せた。
「そうだ。NEUTは、能力者は危険な存在だと考えている。だから、自分たちの監視下におこうとしている。……自由を奪おうとするのだよ」
 「だから」と、赤川は続ける。
「私の伯父も、私も、NEUTの一員になることを選んだ。そうすれば、私たちへの干渉は小さくなるし、少なくとも異能力正義社の社員全員はという名目で自由にすることができる。そして、能力者がどれほど社会に貢献できるのか、証明できるんだ」
 自己犠牲。彼女の話を聴いて、真っ先に浮かんだ単語。
 ──赤川は、自分の身を使って社員を守り続けている。それも、さっきの口ぶりからすると、このことはあまり社員に話していない。人によっては嫌がることだろうと、彼女自身が考えているからだ。
「……少しでも、疑ってしまって悪かった。お前は、本物だよ」
「本物? とは?」
「さあな……ところで、いつまで異能力正義社を続けるつもりだ? お前のその能力だと、数百年は生きることになるだろう?」
「まあね……できれば、この場所がいらなくなるまでは、続けるつもりだよ」
 どこまでも、徹底している。
 赤川頼朝はあまりに白く、濁ったものが感じられない。それは、幼いころの赤川が、何色にも染まれる存在だったからなのかもしれないが。
 何にせよ、赤川は頼もしく、そしてどこか脆そうに見えたのだ。
 俺は少し冷めてしまった紅茶を飲むと、赤川に頭を下げる。
「俺にできることは限られていると思うが……ぜひ、ここで働かせてほしい」
「ああ、もちろん。あなたの人生の全てを、この私が保障しよう」

〈fin〉
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