異能力正義社

アノンドロフ

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桐島凧

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 それは、あまりにも突然のことだった。
 早朝。いつものように窓を開けて換気をしようとしていると、黒い大型車がこちらに向かってくるのが見えて。嫌な予感がした俺は、まだ眠っていた彼をたたき起こし、急いで薬品棚の奥へと隠した。
 そして、その数秒後。見知らぬ男達が、研究所のドアを開けることなく侵入してきた。
 彼らが言った用件は、一つ。
「ホムンクルスの製造方法を教えろ」
 この用件を聞いて、ついに赤川義朝が俺の嘘を見破ったのかとボンヤリ思ったのだが、実際は違った。
 彼らの背後から現れたのは、あの日俺がクビにし、全く別の研究機関で働いていたはずの研究者の一人。
「……お前、漏らしたのか?」
 俺の質問に、そいつはやや申し訳なさそうな顔で頷いた。
 ……ああ、馬鹿だな、俺は。
 赤川義朝ばかりを警戒していて、元研究員たちが外部に漏らす可能性にまで頭が回らなかった。
 しかし、今更後悔していても意味はなく。俺にできることはホムンクルスについての情報を誰にも渡さないこと。ただ、それだけだ。

 ……不思議と、恐怖心はなかった。
 二度目の、要求。俺は、それをきっぱりと断って。
 彼が隠れたままでいることを祈りながら、何度も何度も殴られて。
 決意が揺らぎそうになるのを、何とか堪えながら。
 俺は、一度も口を開くことなく、そのまま意識が遠のいていった。

 意識が戻るまで、それほど時間はかからなかったのかもしれない。
 ぼんやりと霞んだ視界の中で、泣きそうな顔をした彼がいた。彼の手には、よくわからない機械があって、それから伸びたコードは俺の身体へと続いているようだ。
「……お前……なぜ、あそこから出てきたんだ」
 この部屋ではないどこかからか、あの男達の声が聞こえてくる。なぜ、そんな状況で、彼はここにいるのか。
「はやく、逃げろ。奴等に見つかると危険だ」
 彼は顔をぐしゃぐしゃに歪め、身体を震わせる。
「だって……このままだと、カイトさんが……」
「俺のことはいい。そもそも、この怪我だと助かるわけがないだろ……」
「ケガなら、俺が治すから……この機械で、何とかなるはずだから……だから」
「怪我が治っても、俺は死ぬ」
 できれば、こんなことは最後まで伝えたくなかった。しかし、このままだと彼は、俺の治療がおわるまで意地でもここに居続けるだろう。
「俺の身体は……いつ死んでもおかしくない。一ヶ月も持てば上等だと、医者に言われた」
「そんな……」
「悪かった」
 彼の手から、機械が落ちた。そのはずみでコードが抜けて、全身の痛みとだるさが戻ってくるのを感じた。
 彼によって止められていた「死」が、近づいてきている。
「はやく、行くんだ」
 口の中に、血の味が広がる。これ以上話すのは、無理なのかもしれない。
 俺が助からないのを知ってもなお動かない彼に、重たい手を伸ばして。頬に、触れた。

 きっと、お前はこの先、様々な困難に見舞われることになるだろう。裏切られ、拒絶され、何度も泣いて、誰かを憎むことに。
 だが、お前なら大丈夫。お前は、俺の子供だから。素直で優しい良い子だから。お前を助けてくれる人は、絶対に現れるから。

 あぁ、あと少しでも時間があったのなら──こんな、切羽詰まった状況ではなかったのなら──色んな言葉を、贈れたかもしれないのに。
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