44 / 49
桐島凧
12
しおりを挟む
それは、あまりにも突然のことだった。
早朝。いつものように窓を開けて換気をしようとしていると、黒い大型車がこちらに向かってくるのが見えて。嫌な予感がした俺は、まだ眠っていた彼をたたき起こし、急いで薬品棚の奥へと隠した。
そして、その数秒後。見知らぬ男達が、研究所のドアを開けることなく侵入してきた。
彼らが言った用件は、一つ。
「ホムンクルスの製造方法を教えろ」
この用件を聞いて、ついに赤川義朝が俺の嘘を見破ったのかとボンヤリ思ったのだが、実際は違った。
彼らの背後から現れたのは、あの日俺がクビにし、全く別の研究機関で働いていたはずの研究者の一人。
「……お前、漏らしたのか?」
俺の質問に、そいつはやや申し訳なさそうな顔で頷いた。
……ああ、馬鹿だな、俺は。
赤川義朝ばかりを警戒していて、元研究員たちが外部に漏らす可能性にまで頭が回らなかった。
しかし、今更後悔していても意味はなく。俺にできることはホムンクルスについての情報を誰にも渡さないこと。ただ、それだけだ。
……不思議と、恐怖心はなかった。
二度目の、要求。俺は、それをきっぱりと断って。
彼が隠れたままでいることを祈りながら、何度も何度も殴られて。
決意が揺らぎそうになるのを、何とか堪えながら。
俺は、一度も口を開くことなく、そのまま意識が遠のいていった。
意識が戻るまで、それほど時間はかからなかったのかもしれない。
ぼんやりと霞んだ視界の中で、泣きそうな顔をした彼がいた。彼の手には、よくわからない機械があって、それから伸びたコードは俺の身体へと続いているようだ。
「……お前……なぜ、あそこから出てきたんだ」
この部屋ではないどこかからか、あの男達の声が聞こえてくる。なぜ、そんな状況で、彼はここにいるのか。
「はやく、逃げろ。奴等に見つかると危険だ」
彼は顔をぐしゃぐしゃに歪め、身体を震わせる。
「だって……このままだと、カイトさんが……」
「俺のことはいい。そもそも、この怪我だと助かるわけがないだろ……」
「ケガなら、俺が治すから……この機械で、何とかなるはずだから……だから」
「怪我が治っても、俺は死ぬ」
できれば、こんなことは最後まで伝えたくなかった。しかし、このままだと彼は、俺の治療がおわるまで意地でもここに居続けるだろう。
「俺の身体は……いつ死んでもおかしくない。一ヶ月も持てば上等だと、医者に言われた」
「そんな……」
「悪かった」
彼の手から、機械が落ちた。そのはずみでコードが抜けて、全身の痛みとだるさが戻ってくるのを感じた。
彼によって止められていた「死」が、近づいてきている。
「はやく、行くんだ」
口の中に、血の味が広がる。これ以上話すのは、無理なのかもしれない。
俺が助からないのを知ってもなお動かない彼に、重たい手を伸ばして。頬に、触れた。
きっと、お前はこの先、様々な困難に見舞われることになるだろう。裏切られ、拒絶され、何度も泣いて、誰かを憎むことに。
だが、お前なら大丈夫。お前は、俺の子供だから。素直で優しい良い子だから。お前を助けてくれる人は、絶対に現れるから。
あぁ、あと少しでも時間があったのなら──こんな、切羽詰まった状況ではなかったのなら──色んな言葉を、贈れたかもしれないのに。
早朝。いつものように窓を開けて換気をしようとしていると、黒い大型車がこちらに向かってくるのが見えて。嫌な予感がした俺は、まだ眠っていた彼をたたき起こし、急いで薬品棚の奥へと隠した。
そして、その数秒後。見知らぬ男達が、研究所のドアを開けることなく侵入してきた。
彼らが言った用件は、一つ。
「ホムンクルスの製造方法を教えろ」
この用件を聞いて、ついに赤川義朝が俺の嘘を見破ったのかとボンヤリ思ったのだが、実際は違った。
彼らの背後から現れたのは、あの日俺がクビにし、全く別の研究機関で働いていたはずの研究者の一人。
「……お前、漏らしたのか?」
俺の質問に、そいつはやや申し訳なさそうな顔で頷いた。
……ああ、馬鹿だな、俺は。
赤川義朝ばかりを警戒していて、元研究員たちが外部に漏らす可能性にまで頭が回らなかった。
しかし、今更後悔していても意味はなく。俺にできることはホムンクルスについての情報を誰にも渡さないこと。ただ、それだけだ。
……不思議と、恐怖心はなかった。
二度目の、要求。俺は、それをきっぱりと断って。
彼が隠れたままでいることを祈りながら、何度も何度も殴られて。
決意が揺らぎそうになるのを、何とか堪えながら。
俺は、一度も口を開くことなく、そのまま意識が遠のいていった。
意識が戻るまで、それほど時間はかからなかったのかもしれない。
ぼんやりと霞んだ視界の中で、泣きそうな顔をした彼がいた。彼の手には、よくわからない機械があって、それから伸びたコードは俺の身体へと続いているようだ。
「……お前……なぜ、あそこから出てきたんだ」
この部屋ではないどこかからか、あの男達の声が聞こえてくる。なぜ、そんな状況で、彼はここにいるのか。
「はやく、逃げろ。奴等に見つかると危険だ」
彼は顔をぐしゃぐしゃに歪め、身体を震わせる。
「だって……このままだと、カイトさんが……」
「俺のことはいい。そもそも、この怪我だと助かるわけがないだろ……」
「ケガなら、俺が治すから……この機械で、何とかなるはずだから……だから」
「怪我が治っても、俺は死ぬ」
できれば、こんなことは最後まで伝えたくなかった。しかし、このままだと彼は、俺の治療がおわるまで意地でもここに居続けるだろう。
「俺の身体は……いつ死んでもおかしくない。一ヶ月も持てば上等だと、医者に言われた」
「そんな……」
「悪かった」
彼の手から、機械が落ちた。そのはずみでコードが抜けて、全身の痛みとだるさが戻ってくるのを感じた。
彼によって止められていた「死」が、近づいてきている。
「はやく、行くんだ」
口の中に、血の味が広がる。これ以上話すのは、無理なのかもしれない。
俺が助からないのを知ってもなお動かない彼に、重たい手を伸ばして。頬に、触れた。
きっと、お前はこの先、様々な困難に見舞われることになるだろう。裏切られ、拒絶され、何度も泣いて、誰かを憎むことに。
だが、お前なら大丈夫。お前は、俺の子供だから。素直で優しい良い子だから。お前を助けてくれる人は、絶対に現れるから。
あぁ、あと少しでも時間があったのなら──こんな、切羽詰まった状況ではなかったのなら──色んな言葉を、贈れたかもしれないのに。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっ☆パラ
うらたきよひこ
キャラ文芸
こんなハーレム展開あり? これがおっさんパラダイスか!?
新米サラリーマンの佐藤一真がなぜかおじさんたちにモテまくる。大学教授やガテン系現場監督、エリートコンサル、老舗料理長、はたまた流浪のバーテンダーまで、個性派ぞろい。どこがそんなに“おじさん心”をくすぐるのか? その天賦の“モテ力”をご覧あれ!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
オレは視えてるだけですが⁉~訳ありバーテンダーは霊感パティシエを飼い慣らしたい
凍星
キャラ文芸
幽霊が視えてしまうパティシエ、葉室尊。できるだけ周りに迷惑をかけずに静かに生きていきたい……そんな風に思っていたのに⁉ バーテンダーの霊能者、久我蒼真に出逢ったことで、どういう訳か、霊能力のある人達に色々絡まれる日常に突入⁉「オレは視えてるだけだって言ってるのに、なんでこうなるの??」霊感のある主人公と、彼の秘密を暴きたい男の駆け引きと絆を描きます。BL要素あり。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる