異能力正義社

アノンドロフ

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アザミの花事件

05

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「えー、ぜんぜんケガしてないじゃん! もっとハデな刺し傷を期待してたのに!」
 異能力正義社の医務室。あらゆるものを修復する能力を持った谷川純一は、隼人の頭にできたたんこぶを診ながらヒステリックに叫ぶ。それに抵抗するように、隼人も負けじと声を張り上げた。
「しょうがないじゃないですか! 今回は戦闘にならなかったのですから。医者なら、けがをせずに帰ってきたことに対して喜んでください!」
「はーい、よかったねー! これだけ元気ならダイジョーブだけど、次できたときは早めに来てねー!」
 純一は、手元にあった紙に気を付けておくべきことを書き込むと、隼人に押し付けるようにわたした。
「それじゃー、おだいじにー」
 そのままの勢いで、医務室から追い出されそうになる隼人だったが、丸いすに座ったまま動かない。
「純一君、これ、何ですか?」
 隼人が取り出したものに、純一は首をかしげる。
「それ? 僕がわたしたお守りだけど?」
「とぼけないでくれます?」
 折り紙でできたお守りの、セロハンテープをはがす。
「僕がきいているのは、この中身のことですよ。あなた、一体何を仕込んだのですか?」
 お守りの中から出てきたものは、ただの紙切れのように見える。純一はしらばくれていようと思っていたが、隼人が怖いのでやめた。
「隼人さん、フェロモンって知ってる?」
「フェロモン? アリの道しるべフェロモンとかのことですか?」
 アリがエサの場所を他のアリに伝えるときに、道しるベフェロモンというものを使うというのを思い出す。隼人の答えに、純一は満足そうにうなずく。
「そう、それ。フェロモンのなかにはね、ゴキブリのフンにあるような集合フェロモンっていうのがあってー、仲間を呼び寄せる効果があるの」
「……それとこれが、どう関係するのですか?」
 純一は、いたずらっ子のような笑みを顔全体に広げる。
「ヒト版の集合フェロモンみたいなものができたから、ちょっと紙に付けてお守りの中に入れたの」
 「君は今毒物を触っている」と言われたときのように、隼人の手が激しく震える。
「なんてものを、わたしてくれたのですか……」
 純一は口をとがらせると、回転いすの上で足をばたつかせる。
「だってー、隼人さんたちが調査に行ったのって観光地らしいし、そんな人の多いところでピンバッチを付けた人を探すなんてタイヘンでしょ? だから、向こうから見つけてもらった方がラクかなーって思って」
 純一の言い訳を聞きながら、隼人は赤川と探索したときを思い出す。
 ──あのとき、やけにアンケート調査やキャッチにつかまると思ったら、なるほど。このお守りのせいで僕らの方に視線が集まったからか。
 一人で納得する隼人。対して、純一は足をそろえると、「そういえば……」と目線を上にずらす。
「赤川さんに聞いた話だと、お守りに反応した人は少なかったみたいなんだよねー。やっぱり個体差があるのかな? それとも、お守りのふくろのせいで拡散されなかったのか。セロハンテープでぐるぐる巻きにしたのも、よくなかったのかも」
 隼人は、純一の目の前で手をひらひらさせる。反応なし。完全に、自分の世界に入り込んでしまったようだ。
「効果もビミョーなんだよねー。人の意識を集中させることしかできないからー。もう少し実験して、もっといいのを作んないと」
 このまま医務室に居続けてしまうと、自分が被験体になってしまうかもしれない。身の危険を感じた隼人は、純一が自分の世界に入り込んでいるすきに医務室の外へと出た。
 そのまま、階段を駆け上がり、社長室へ。ケガの様子を診てもらったあと、社長室に寄るようにと赤川に言われていたのだ。
 三回ノックすると、気の抜けた声がドアの向こうから聞こえた。
「は~い、どうぞ~」
「失礼します」
 ドアを開けると、バインダーが山積みになったデスクで、赤川が忙しそうに何かを読んでいた。
「……出直しましょうか?」
「いや、大丈夫。今のは私事だ」
 赤川は、バインダーの山をわきへどかした。
「君を呼んだのは、あの女性──君にはアザミと名乗ったんだっけ? アザミさんが起こした事件にかかわったものとして、君にも少し話しておいた方がいいと思ってね」
 アザミを捕まえたあと、隼人はあのまま建物内に残り、アザミにより操られていた能力者たちの洗脳を解いていた。その間に、赤川はアザミを引き渡すために警察署に訪れていた。そのときに、赤川はアザミと色々話していたのだろう。
「君がアザミさんから聞いたとおり、彼女の仲間は、あの立てこもり犯も含めて全員操られていた。彼女の仲間が起こした殺人事件などは、すべてアザミさんが自身の能力によって、命令をくだしたもの。本人がそう言っていたよ」
 「そして、もう一つ」と、赤川は人差し指をピンと立てる。
「アザミさんは、今まで受けてきた仕打ちを、まるでうわごとのように話してくれた。……今まで、誰かに聞いてほしかったのだろうね。誰かに話を聞いてもらって、やさしい言葉を投げかけてくれるような、まさしく仲間と呼べるような人が欲しかったと、そう言っていた」
「……そうですか」
 隼人の視線が、先ほど赤川がどけたバインダーへと向かう。それらすべてが、能力者主体の企業や団体の名前がラベリングされたものだった。
 隼人の視線がバインダーに向いているのに気づいたのか、赤川は微笑んで言う。
「アザミさんが出所したら、どこの組織を紹介しようかなと思って」
「……甘くないですか?」
 つい、隼人の口から冷たい言葉がこぼれる。アザミと名乗ったあの人は、間接的ではあるが人を殺し、事件を起こした。それ以前に、罪のない能力者たちを洗脳し、犯罪組織に引き入れていた。そのような人にまで、温情をかける必要はあるのかと疑問を抱くのは、無理のないことだろう。
 赤川は、微笑みを崩さずに答える。
「たしかに、アザミさんは悪いことをした。あのとき、私たちが調査をせずにいたら、彼女による被害はさらに大きくなっただろうね。でも、彼女の動機を聞く限り、アザミさんの能力を受け入れてくれる場所がなかったことが、原因なんじゃないかと思って。きっと、居場所さえあれば彼女の復讐心は消えるだろう?」
 なんて、平和的な考えだろうか。しかし、それこそが赤川の根幹そのものだ。
 ──この人の目標は、能力者が活躍できる社会を作ること。アザミのように、犯罪に手を染めざるを得ない能力者たちを、救うこと。
 ふと、昨日のアザミとの会話がフラッシュバックする。
『アンタは、たまたまあの男に出会えたから居場所があるだけで、本当ならアタシみたいに、何もかもを恨んでいたはず』
 ──なるほど、僕はもしかすると運がよかっただけなのかもしれない。この人に会えていなかったら、……この人に誘われていなかったら。想像しただけで寒気がする。
「──赤川さん」
「ん? 何だね?」
 首をかしげる赤川に、隼人はできるだけ穏やかな表情を作る。
「来週、あなたの好きなものを作ります。食堂で提供できるものであれば、何でも作りましょう」
 赤川の顔から、今まで浮かんでいた微笑みが消える。
「隼人君、それは、本当?」
「ええ。あなたをだますメリットなんて、なにもないでしょう?」
 おかしそうに笑う隼人。それを見て、赤川の瞳がキラキラと輝いた。
「やった、何を頼もう。隼人君の作るものはどれもおいしいからなぁ……悩むな」
「今日の夕方までに教えてくださいね」
 これほどまで喜んでもらえると思っていなかったためか、気恥ずかしくなる。それを隠すかのように、隼人は足早に社長室から出ていこうとした。
「そうそう、隼人君」
 赤川が、隼人の背中に言葉を投げかける。
「あのとき、ありがとうね」
 思わず振り返ると、赤川が胸元を指さしながら、にっこり笑っていた。

 社長室のドアを閉めて、隼人は壁にもたれかかりながら、ため息をついた。
「やっぱり、ばれていたのか……」
 隼人は、胸元を見る。そこには、ペンダントが輝いていた。
 あのとき──赤川が現れ、アザミの意識が完全に赤川の方へと向いていたとき。赤川はこっそりと能力を使って、奪われていたペンダントを隼人に戻していた。その後、赤川が挑発してアザミに能力を使わせようとしたタイミングで、隼人はこっそりと彼女の能力を自身の能力で打ち消したのだ。
 隼人は、内心焦っていた。なぜ、赤川は自分から洗脳されに行っているのだろうかと。本当に洗脳されてしまったら、一体どうすればいいのだろうかと。
 だが、あの赤川の様子を見た限り、隼人がアザミの能力を打ち消すのを予想したうえでの行動だった可能性もある。
 そのことにあきれながら、伊川隼人は考える。
 あのとき、赤川は兵器として育てられたから人格も感情もないと言っていた。そして、「赤川が兵器として育てられた」という部分は、本当のことであると隼人は知っている。この事実こそが、今の彼女を動かす原動力となっているのだから。
 しかし、今の赤川に人格や感情が欠失しているかというと、疑問が残る。誰かをまねているにしても、隼人の目の前にいる赤川は、心底楽しそうな表情を見せるからだ。
 ──あと、僕はこの人の笑顔を作りものだと思いたくない。さっきの、この人が見せた表情を、うそだと認めたくない。
 だから、結果的にはよかったのだ。あの場で、アザミの能力を打ち消しておいて。これならば、赤川の感情云々について、うやむやにできる。
「これだと、まるで自分のために能力を使ったみたいだな」
 嫌な結論に、行きついてしまった。つきものを振り落とすかのように、隼人は頭を左右に振る。

 こうして、通称『アザミの花事件』は、世紀の大事件へと発展する前に摘み取られたのだった。

〈Fin〉
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