異能力正義社

アノンドロフ

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桐島凧

06

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『カイト君、誕生日おめでとう! プレゼント渡したいから、今日そっちに行ってもいいかなぁ?』
『悪い、今見た。17時には終わるから、それ以降なら大丈夫だ。ありがとう』
『了解! お仕事頑張ってね~』

「カノジョか?」
 昼休み。小春からのメールに返事を返していると、先輩からそう尋ねられた。
「まあ、そうっすね」
「そうか、大事にしろよ」
「うっす」
 なぜバレたのか……? メールの文面は見えないようにしていたのに。まさか、超能力者か? 思考が読めるのか?
「今、変なこと考えてるだろ」
「なぜバレた」
 思わずそう言うと笑われた。解せぬ。
「お前、表情が柔らかくなったよな。前まで人形みたいだったのに」
「なんすか。俺、そんなに変わってます?」
「おう、変わってる変わってる」
 先輩は豪快に笑いながら、俺の頭を掻き回す。髪型が崩れるからやめて欲しいが、まあいい。今日は気分もいいしな。

「桐島。お前に電話だ」
 休憩が終わり、中断していた作業を再開しようと手袋をはめ直したとき。先輩から電話の子機を差し出された。相手が誰なのかを尋ねたが、首を横に振られた。仕方なく、子機を耳に当てる。
「はい。桐島です」
『君が桐島か。思っていたよりも声が若いな。歳はいくつかね?』
「……どこに言う必要が? それより、あなたは誰ですか?」
『名前を訊かなかったのかね? 俺は赤川義朝。誰かはわかるだろう?』
 赤川義朝。研究費が足りなくて悩んでいた所長に対し、研究費を出す代わりに指示した物を作れという提案をしてきた人物。数日前の会議で、赤川の提案を承けたはずだが。
「知ってますけど、何の用ですか?」
なぜ、名指しで俺を?
 俺は、この研究所の中ではまだまだ下っ端だ。たしかにいくつか論文を出してはいるが、俺にはまだ大きな成果がない。だから、なぜ俺に電話を掛けてきたのかがわからない。
 赤川は、芝居のかかった調子で、こう答えた。
『君に一つ、依頼したいことがある。──君のことは、噂で知っているよ。そこに置いておくにはもったいないほどの、才能をね。そんな君に、俺の願いを叶えてもらいたい』
「──ものによりますけど。何ですか? 願いって」
『君なら、必ず成功させられる。──人類の夢、ホムンクルスの生成にな』
 ホムンクルス──人造人間。
 人によって作られた、人間。
「──テメェ馬鹿にしてんのか? そんな非現実的なこと、できるわけがねェだろ。それに、もしも本当に生成できたとしてみろ。人の価値はどうなんだ? 生まれたホムンクルスに人権はあるのか? いくらあんたが金を出してくれていようとも、俺はその願い、叶えるつもりはねェ」
 しんと、部屋が静まりかえった。先輩は、あわあわと口を動かしている。
 しばらくしてから、子機から声が流れる。
『──それならば、これはどうだろう。君の病気の治療薬。つい最近、うちの構成員がとある場所から入手してな。それを君にやろう。どうだろうか?』
「──断る。俺は、生命倫理に反したくない」
『それでは──』
 俺は、赤川が何かを言う前に、プツリと電話を切った。
 ああ、腹が立つ。なんとか耐えたが、これ以上は無理だな。
 子機を机の上へ雑に放り、手袋もゴミ箱に投げ入れる。
「俺、もう帰る」
「はぁ!?」
 先輩が、目を見開いた。
「桐島、まだ作業あるだろ!? せめてそれをやってから──」
「明日にまわしても大丈夫なやつしかねェよ。んじゃ、また」
 先輩の制止も聞かずに、研究所を出た。これ以上ここにいると、先輩たちに迷惑がかかる。
 はやく、あの話を忘れよう。このままだとむしゃくしゃするだけだ。
 今日は、俺の誕生日だし。
 ……そうだ、小春だ。小春を呼ぼう。今日は日曜日だから、あいつは休みだ。きっと、すぐに来てくれる。
 メールを送ると、すぐに返事が来た。今から、家に向かってくれるようだ。
 俺もはやく帰らなくては。あいつを待たせてしまう。

 家でいくら待っても、小春は来なかった。
 何度か電話を掛けてみたが、一向に繋がる気配もない。
 もしかして何かあったのでは、と思い始めたとき、ようやく電話が掛かってきた。
 しかし、掛かってきた番号は小春のものだったが、電話の声は男性のものだった。
 声の主は、小春の父のもの。彼は、俺に「はやくここまで来い」と、俺が通院している病院を示した。
 言われた通り病院まで行くと、俺の主治医が待っていた。
 そして、主治医から日向小春が事故にあい、即死だったことを告げられた。

「桐島君、ごめんね……」
 主治医が、申し訳なさそうに言う。管轄外であるはずの彼がここにいるのは、俺のことをよく知る人に言ってもらったほうが傷つきにくいだろうとか、そういった配慮なのだろう。
「別に、あなたのせいじゃないでしょ……」
 顔を背け、涙をこらえる。誰に彼女の死を告げられようと、心臓にナイフが突き刺さったように胸は痛む。
「桐島君、無理しなくていい。私でよければ、いくらでも話を聞くよ」
 差し出されたティッシュで涙を拭く。それでも、ダムが決壊したかのように溢れてくる。
「──どうして、俺よりも先にあいつが死なないといけなかったのですか?」
 俺は、いつ死んでもおかしくない病気を抱えていた。それに対し、小春は羨ましいほどの健康体だった。
 だから、先に死ぬのは俺だと思っていた。あいつが死ぬ未来なんて、想像できなかったのだ。
「あいつは──命の恩人だった。あいつがいたからこそ、俺は生きたいと思えた。それなのに、どうして──」
 ──どうして、あいつが死んだんだ。あんないいやつに、死ななくてはいけない理由があったのか。どうして、俺が生きてあいつが死んだのか。どうして、自分勝手な俺が生きているのか。
 どうして、どうして、どうして──。
 あいつがいなければ、生きる意味なんてないというのに。
「……そうか──やり直せばいいんだ──」
「桐島、君?」
「そうだ、作ればいいじゃねェか……はは、ははははは……」

 このときの俺は、はっきり言って狂っていた。
 病院を出た俺は、すぐに赤川義朝に電話し、莫大な研究費と俺用の研究室を貰った。
 それから5年後、俺はついにホムンクルスを作ったのだった。
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