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桐島凧
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一年も終わりに近づいて来た頃、今年二回目の発作が来た。
さすがに何十回も経験しているのでパニックになることはないのだが、吐き出した血に混ざっている寄生虫の大きさがいつもよりも大きくて多いように感じた。
丁度家の中で親が近くにいたため、病院に運ばれるまでの時間は短いのではと思ったが、違和感がずっと頭の上にのし掛かってくる。そのことに疑問を感じながら、いつものように気を失った。
目が覚めると、いつもの病院の天井が飛び込んできた。体を起こそうとしたが、上手く力が入らない。手術で麻酔でも使ったのだろうか。
仕方なく、目だけを動かして周りを見ると、ベッドの横で母が寝ているのが分かった。
呼んでみようとして、口を開いたが声が出ない。まだ麻酔が切れてないのかもしれない。
もうどうしようもないので、母と同じように寝た。
次に目が覚めると、母が動き回っていた。
「母さん……?」
少し掠れた声で呼んでみると、母は一瞬動きを止め、そして勢いよくこちらを振り向いた。
「かいちゃん……!」
何故だろう、涙目になっているのだが。
困惑している俺には構わず、母は爆弾発言をした。
「良かった……やっと目を覚ましてくれた……このまま起きなかったらどうしようかと……私は、私は……」
「やっとって……どれぐらい寝てたんだ?」
まさか何日も寝てはないだろうと思いながらも、母の様子がおかしいのでそう尋ねてみると、彼女は涙を拭いながらこう答えた。
「一週間よ」
「……へ?」
医者の言うことによると、正確には七日と十一時間だそうだ。そのうちの何時間かは本気で寝ていたので省くとしても、七日は確実に意識がなかったらしい。
どうしてそうなったかというと、原因はまだはっきりとはしていないが、恐らく寄生虫が薬に慣れてしまったからだろうということだ。
もしそうだとすると、今まで飲んでいた寄生虫の動きを鈍くさせる薬は効きにくくなったということで、発作はこれまで以上に増えるというわけだ。
「──だけど、今より強い薬は君の身体には無理だ」
母が荷物を取りに帰ったために、俺を含めて二人しかいない。馴染みの医者はたんたんと俺に話をする。
「君の身体は、長年の薬の副作用で弱っている。そこへさらに強い薬を投与すれば、最悪の場合死んでしまうかもしれない。でも、今と同じ薬では、今まで通りの効果は期待できないだろう。……正直、私もどうするべきか決めかねている。だから、君に判断を委ねたい」
医者は、言葉を区切る。一瞬、医者の顔が歪んだように見えたが、すぐに先程までと同じような落ち着いた表情で、続ける。
「君は、どうしたい? 強い薬に掛けてみるか、安全な治療法が見つかるまで、今まで通りの処方でいくか」
「俺は──」
俺は、どちらでもいい。
死ぬ覚悟はずっと前からできていた。だから、少しでも助かる可能性があるならと前者を選ぶことも、できるだけ死ぬ確率を減らしたいからと後者を選ぶことも、ない。
「俺は──」
しかし、その後の言葉が出ない。どちらでもいいと、言うことができない。
理由は、わからない。ただ、それでは駄目だという気がする。
俺には、生きたいという意志がないのに。生きたいと思えることがないのに。
──いや、違う。生きたいと思わないように生きてきたのに。
幼い頃、医者から初めてこの病気について聞いたとき、俺は長生きすることができないということを悟った。
だから、死ぬときに悔いを残さないように、人との接触を避けた。
しかし、日向と関わってしまった。気の置けない友人と言っても、過言ではないほどに。
そのためだろうか、死にたいと思うたびにあいつの顔がちらつくのは。どうしても、生きたいという気持ちになってしまうのは。
「──生きたいです」
零れたのは、そんな言葉と涙だった。そこから、感情が波のように押し寄せてくる。
「生きたい……長く、長く……死にたくない……」
「……そうか」
医者は、俺の頭をかき回した。少し、嬉しそうに見える。
「良かった。君は、あのときから一度も取り乱さずにいたから。……幼いのに、何もかも受け入れてしまったように見えたから。君の心が壊れてしまったんじゃないかって心配してたんだ」
医者が、ティッシュの箱を差し出す。一枚とって鼻をかんでから、やっと答えを出した。
翌日、病室に大量の本が運ばれてきた。全て寄生虫に関する本で、あの医者から借りた物だ。
俺が出した答えは、今まで通りの薬でいくこと。ただし、それだけで治療法が見つかるまで待っているつもりはない。自分も、研究をするつもりだ。もちろん、ただの中学生がそこまでできるとは思っていない。今は、基礎知識をつけていく段階だ。
まだ自分の知識だけでは本の内容を理解することはできないので、母に頼んで図書館から借りてきてもらった中学・高校の理科と数学の教科書を読み込む。高校の理科は生物と化学だけにしてもらったが、量が多い。
しかし、なんとかなりそうな気がする。これでも、読む速さや読解力には自信がある。今回の長期入院の間に読みきれるだろう。
こう思いながら、最初の一冊に手を伸ばした。
さすがに何十回も経験しているのでパニックになることはないのだが、吐き出した血に混ざっている寄生虫の大きさがいつもよりも大きくて多いように感じた。
丁度家の中で親が近くにいたため、病院に運ばれるまでの時間は短いのではと思ったが、違和感がずっと頭の上にのし掛かってくる。そのことに疑問を感じながら、いつものように気を失った。
目が覚めると、いつもの病院の天井が飛び込んできた。体を起こそうとしたが、上手く力が入らない。手術で麻酔でも使ったのだろうか。
仕方なく、目だけを動かして周りを見ると、ベッドの横で母が寝ているのが分かった。
呼んでみようとして、口を開いたが声が出ない。まだ麻酔が切れてないのかもしれない。
もうどうしようもないので、母と同じように寝た。
次に目が覚めると、母が動き回っていた。
「母さん……?」
少し掠れた声で呼んでみると、母は一瞬動きを止め、そして勢いよくこちらを振り向いた。
「かいちゃん……!」
何故だろう、涙目になっているのだが。
困惑している俺には構わず、母は爆弾発言をした。
「良かった……やっと目を覚ましてくれた……このまま起きなかったらどうしようかと……私は、私は……」
「やっとって……どれぐらい寝てたんだ?」
まさか何日も寝てはないだろうと思いながらも、母の様子がおかしいのでそう尋ねてみると、彼女は涙を拭いながらこう答えた。
「一週間よ」
「……へ?」
医者の言うことによると、正確には七日と十一時間だそうだ。そのうちの何時間かは本気で寝ていたので省くとしても、七日は確実に意識がなかったらしい。
どうしてそうなったかというと、原因はまだはっきりとはしていないが、恐らく寄生虫が薬に慣れてしまったからだろうということだ。
もしそうだとすると、今まで飲んでいた寄生虫の動きを鈍くさせる薬は効きにくくなったということで、発作はこれまで以上に増えるというわけだ。
「──だけど、今より強い薬は君の身体には無理だ」
母が荷物を取りに帰ったために、俺を含めて二人しかいない。馴染みの医者はたんたんと俺に話をする。
「君の身体は、長年の薬の副作用で弱っている。そこへさらに強い薬を投与すれば、最悪の場合死んでしまうかもしれない。でも、今と同じ薬では、今まで通りの効果は期待できないだろう。……正直、私もどうするべきか決めかねている。だから、君に判断を委ねたい」
医者は、言葉を区切る。一瞬、医者の顔が歪んだように見えたが、すぐに先程までと同じような落ち着いた表情で、続ける。
「君は、どうしたい? 強い薬に掛けてみるか、安全な治療法が見つかるまで、今まで通りの処方でいくか」
「俺は──」
俺は、どちらでもいい。
死ぬ覚悟はずっと前からできていた。だから、少しでも助かる可能性があるならと前者を選ぶことも、できるだけ死ぬ確率を減らしたいからと後者を選ぶことも、ない。
「俺は──」
しかし、その後の言葉が出ない。どちらでもいいと、言うことができない。
理由は、わからない。ただ、それでは駄目だという気がする。
俺には、生きたいという意志がないのに。生きたいと思えることがないのに。
──いや、違う。生きたいと思わないように生きてきたのに。
幼い頃、医者から初めてこの病気について聞いたとき、俺は長生きすることができないということを悟った。
だから、死ぬときに悔いを残さないように、人との接触を避けた。
しかし、日向と関わってしまった。気の置けない友人と言っても、過言ではないほどに。
そのためだろうか、死にたいと思うたびにあいつの顔がちらつくのは。どうしても、生きたいという気持ちになってしまうのは。
「──生きたいです」
零れたのは、そんな言葉と涙だった。そこから、感情が波のように押し寄せてくる。
「生きたい……長く、長く……死にたくない……」
「……そうか」
医者は、俺の頭をかき回した。少し、嬉しそうに見える。
「良かった。君は、あのときから一度も取り乱さずにいたから。……幼いのに、何もかも受け入れてしまったように見えたから。君の心が壊れてしまったんじゃないかって心配してたんだ」
医者が、ティッシュの箱を差し出す。一枚とって鼻をかんでから、やっと答えを出した。
翌日、病室に大量の本が運ばれてきた。全て寄生虫に関する本で、あの医者から借りた物だ。
俺が出した答えは、今まで通りの薬でいくこと。ただし、それだけで治療法が見つかるまで待っているつもりはない。自分も、研究をするつもりだ。もちろん、ただの中学生がそこまでできるとは思っていない。今は、基礎知識をつけていく段階だ。
まだ自分の知識だけでは本の内容を理解することはできないので、母に頼んで図書館から借りてきてもらった中学・高校の理科と数学の教科書を読み込む。高校の理科は生物と化学だけにしてもらったが、量が多い。
しかし、なんとかなりそうな気がする。これでも、読む速さや読解力には自信がある。今回の長期入院の間に読みきれるだろう。
こう思いながら、最初の一冊に手を伸ばした。
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