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柊カイト
真田正八
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机の上の不採用通知を前に、頭を抱えた。これで丁度五社目だ。やはり、高卒でこの歳では駄目なのだろうかと、ふと考えてしまう。
二年前も、同じだった。
その頃は、大学の不合格通知を前に頭を抱えた記憶がある。その後、浪人して同じ大学を受験したが失敗。これはもう無理だろうと大学受験を諦め、就職活動を始めたがそれもいい結果がでない。
そもそも、この俺があんなに偏差値の高いところへ行ける訳がない。もう少し、偏差値を落とせばよかったのだ。
それでも、二度も同じ大学を受験したのは、親からの圧が原因だった。
俺は、孤児だった。
七歳の誕生日を迎える頃に、真田家に拾われた。真田家には正八という非常に優秀な子どもがいたが病死。家業を正八に継がせる予定だったため、その代わりを探していたらしい。
そして、正八と歳が近く名前も正八と漢字が同じである俺に、彼らは運命的な何かを感じたらしかった。彼らは俺の名前を聞いた瞬間、引き取ることに決めたそうだ。
しかし、俺は彼らが期待するような人間にはなれなかった。
成績は平均的で、運動も得意ではない。特技と呼べるものはなく、長所でさえもわからない。あるのは能力だけだが、それは他の能力者がいないと使えないもの。
俺は、正八にはなれなかったのだ。
はじめの頃は前向きな言葉を掛けてくれた彼らだったが、時が経つにつれ正八と正八を比べるようになった。辛辣な言葉を掛けられる度に、自分の価値がわからなくなっていた。
それで、このざまである。
どこにも、必要とされていない現状が、胸に刺さって痛い。
「……仕方がない」
まったく興味がなく引き出しに閉まっておいたチラシを引っ張り出す。
異能力正義社という、数年前に設立した会社の、社員募集のチラシである。募集条件に「能力者であること」としか書かれていなかったため、就職先が見つからなかったときのための候補としてとっておいたのだ。
この一週間後、採用通知が家に届いた。
「──以上が、異能力正義社の決まりだ。何か、質問はあるかい?」
社長の赤川頼朝は、その深海のような青い瞳を向ける。何を考えているのかが読み取れないが、逆に俺の考えていることが読まれているような、そんな力のこもった瞳だ。
「いえ、大丈夫です」
「それならよかった。私は人に何かを説明するのが苦手でね──」
そう言いながら、赤川は薄く微笑んだ。ただ話しているだけで、彼女という存在の大きさが伝わってくる。
──この人は、俺と同じ次元の人間ではない。おそらく、この姿で、言葉で、態度で、多くの人間を圧倒してきたのだろう。
「──もう、行ってくれても構わないよ? 早く顔合わせもしたほうがいいしね」
赤川にそう言われ、一礼してまわれ右をする。
粗相のないように振る舞えたかどうかは不明だが、普段の自分よりもちゃんとできたような気がする。
「あ、そうそう」
足を止めて、彼女の方を見る。
赤川は先ほどまでのクールな雰囲気とはうってかわって、親しみのある暖かな笑みをこちらに向けた。
「うちのモットーは『みんななかよく』だから、そう固くならなくてもいいからね。私、堅苦しいの嫌いだから」
人が変わったかのようなその雰囲気に、呆気に取られる。そんな俺を見て、赤川はただニコニコと笑うだけだった。
「あ、こんにちは。あなたが真田さんですか?」
事務室のドアを開けると、白髪の少年が本から顔を上げた。
「僕は伊川隼人です。よろしくお願いします」
「あ、あぁ、よろしく」
少年──伊川隼人は本を閉じると、ペコリと頭を下げる。それにつられて、俺も頭を下げると、彼が持っていた本の表紙が見えた。レシピ本だった。
「分からないことがあったら、何でも訊いてください。──と言っても、僕も入社してそんなに経ってませんけど」
「そうなのか?」
「はい、まだ二ヶ月ぐらいですね」
どうりで、若いと思った。どうみても、隼人は高校生ぐらいだったのだ。
暫く隼人と雑談をしてから、赤川に教えられていた自分の席に荷物を置くと、部屋の外に出た。
事務室には隼人以外誰もいなかったのである。廊下に出れば誰かがいるのかもしれないと思った。
そして、そいつは現れた。四足歩行のロボットに股がって。
「おい、あんたが新人か?」
ロボットの高さは俺の身長と同じぐらい。よって、その少年は前屈みになってこちらを見下ろしている。一つにまとめたピンク色に近い派手な茶髪と、その髪色には合っていない汚れたツナギが目につく。
「二人入ったって聞いたが、どっちだ? あ、俺は柊カイトだ。柊って呼んでくれ」
「お、俺は真田正八……」
「そーだった、俺はこいつを頼朝に見せにいかねーと。わりーな正八、またな!」
そう言うがはやいか、柊はロボットに乗ったまま階段をかけ上がっていった。
嵐か台風のような奴だった。あんな人物とこれから仲良くやっていけるのだろうか。不安しかない。
さて、進もうか戻ろうかと考えていると、今度は階段をかけ降りてくる音がしてきた。もちろん、柊である。
柊は俺を見ると、ニヤリと笑う。
「頼朝からの伝言だ。俺とあんたに依頼だって。初日で任されるとか、あんた、期待されてんじゃねーの?」
その期待が俺にとってどのぐらい重いのか、目の前の少年には分からないのだろう。
このときの俺は、柊は俺とは比べ物にならないぐらいすごいやつなのだろうと思っていた。そして、彼の能力を見て、彼の才能を目の当たりにして、妬ましく感じてしまった。
俺の初仕事の話は、割愛しよう。この仕事によって、俺のなかでの柊は越えられない壁であり、俺の能力を認めてくれた人となった。それからさきは、ただの仕事仲間であり、友人でもあった。
──彼の秘密を知るまでは。
二年前も、同じだった。
その頃は、大学の不合格通知を前に頭を抱えた記憶がある。その後、浪人して同じ大学を受験したが失敗。これはもう無理だろうと大学受験を諦め、就職活動を始めたがそれもいい結果がでない。
そもそも、この俺があんなに偏差値の高いところへ行ける訳がない。もう少し、偏差値を落とせばよかったのだ。
それでも、二度も同じ大学を受験したのは、親からの圧が原因だった。
俺は、孤児だった。
七歳の誕生日を迎える頃に、真田家に拾われた。真田家には正八という非常に優秀な子どもがいたが病死。家業を正八に継がせる予定だったため、その代わりを探していたらしい。
そして、正八と歳が近く名前も正八と漢字が同じである俺に、彼らは運命的な何かを感じたらしかった。彼らは俺の名前を聞いた瞬間、引き取ることに決めたそうだ。
しかし、俺は彼らが期待するような人間にはなれなかった。
成績は平均的で、運動も得意ではない。特技と呼べるものはなく、長所でさえもわからない。あるのは能力だけだが、それは他の能力者がいないと使えないもの。
俺は、正八にはなれなかったのだ。
はじめの頃は前向きな言葉を掛けてくれた彼らだったが、時が経つにつれ正八と正八を比べるようになった。辛辣な言葉を掛けられる度に、自分の価値がわからなくなっていた。
それで、このざまである。
どこにも、必要とされていない現状が、胸に刺さって痛い。
「……仕方がない」
まったく興味がなく引き出しに閉まっておいたチラシを引っ張り出す。
異能力正義社という、数年前に設立した会社の、社員募集のチラシである。募集条件に「能力者であること」としか書かれていなかったため、就職先が見つからなかったときのための候補としてとっておいたのだ。
この一週間後、採用通知が家に届いた。
「──以上が、異能力正義社の決まりだ。何か、質問はあるかい?」
社長の赤川頼朝は、その深海のような青い瞳を向ける。何を考えているのかが読み取れないが、逆に俺の考えていることが読まれているような、そんな力のこもった瞳だ。
「いえ、大丈夫です」
「それならよかった。私は人に何かを説明するのが苦手でね──」
そう言いながら、赤川は薄く微笑んだ。ただ話しているだけで、彼女という存在の大きさが伝わってくる。
──この人は、俺と同じ次元の人間ではない。おそらく、この姿で、言葉で、態度で、多くの人間を圧倒してきたのだろう。
「──もう、行ってくれても構わないよ? 早く顔合わせもしたほうがいいしね」
赤川にそう言われ、一礼してまわれ右をする。
粗相のないように振る舞えたかどうかは不明だが、普段の自分よりもちゃんとできたような気がする。
「あ、そうそう」
足を止めて、彼女の方を見る。
赤川は先ほどまでのクールな雰囲気とはうってかわって、親しみのある暖かな笑みをこちらに向けた。
「うちのモットーは『みんななかよく』だから、そう固くならなくてもいいからね。私、堅苦しいの嫌いだから」
人が変わったかのようなその雰囲気に、呆気に取られる。そんな俺を見て、赤川はただニコニコと笑うだけだった。
「あ、こんにちは。あなたが真田さんですか?」
事務室のドアを開けると、白髪の少年が本から顔を上げた。
「僕は伊川隼人です。よろしくお願いします」
「あ、あぁ、よろしく」
少年──伊川隼人は本を閉じると、ペコリと頭を下げる。それにつられて、俺も頭を下げると、彼が持っていた本の表紙が見えた。レシピ本だった。
「分からないことがあったら、何でも訊いてください。──と言っても、僕も入社してそんなに経ってませんけど」
「そうなのか?」
「はい、まだ二ヶ月ぐらいですね」
どうりで、若いと思った。どうみても、隼人は高校生ぐらいだったのだ。
暫く隼人と雑談をしてから、赤川に教えられていた自分の席に荷物を置くと、部屋の外に出た。
事務室には隼人以外誰もいなかったのである。廊下に出れば誰かがいるのかもしれないと思った。
そして、そいつは現れた。四足歩行のロボットに股がって。
「おい、あんたが新人か?」
ロボットの高さは俺の身長と同じぐらい。よって、その少年は前屈みになってこちらを見下ろしている。一つにまとめたピンク色に近い派手な茶髪と、その髪色には合っていない汚れたツナギが目につく。
「二人入ったって聞いたが、どっちだ? あ、俺は柊カイトだ。柊って呼んでくれ」
「お、俺は真田正八……」
「そーだった、俺はこいつを頼朝に見せにいかねーと。わりーな正八、またな!」
そう言うがはやいか、柊はロボットに乗ったまま階段をかけ上がっていった。
嵐か台風のような奴だった。あんな人物とこれから仲良くやっていけるのだろうか。不安しかない。
さて、進もうか戻ろうかと考えていると、今度は階段をかけ降りてくる音がしてきた。もちろん、柊である。
柊は俺を見ると、ニヤリと笑う。
「頼朝からの伝言だ。俺とあんたに依頼だって。初日で任されるとか、あんた、期待されてんじゃねーの?」
その期待が俺にとってどのぐらい重いのか、目の前の少年には分からないのだろう。
このときの俺は、柊は俺とは比べ物にならないぐらいすごいやつなのだろうと思っていた。そして、彼の能力を見て、彼の才能を目の当たりにして、妬ましく感じてしまった。
俺の初仕事の話は、割愛しよう。この仕事によって、俺のなかでの柊は越えられない壁であり、俺の能力を認めてくれた人となった。それからさきは、ただの仕事仲間であり、友人でもあった。
──彼の秘密を知るまでは。
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