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一週間耐久生活
四日目
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「これは、俺が小さい頃の話」
揺らめく四つの火を前にして、誰かが語り始める。
「小学生ぐらいのとき、父はよく街の方へ仕事に行っていた。そのとき住んでいた場所は海と山と小さいお店ぐらいしかなかったから、父がたまに買ってきてくれる珍しいものが楽しみだった。──あるとき、父がお土産に色鉛筆を買ってきてくれた。一本で七色同時に描けるやつ。友だちも話でしか知らないものだったからとても嬉しくて、なくさないようにマジックで名前を書いて、学校に持っていった。もちろん、見せびらかすようなことはしていないよ? 内気な性格だったから、一番仲のよかった友だちに見せただけで、あとは筆箱の中にしまっていた。でも数日後、その色鉛筆がなくなっていたんだ。もう悲しくて、家に帰ってからトイレで泣いていたよ。父になくなったって言えなかったし。──次の日、授業中に斜め前の席に座っていた友だち──その頃一番仲がよかった友だち──が、見たことのある鉛筆を出すのをたまたま見てしまった。それは俺が持っていたものと同じあの色鉛筆だった。そのときは『買ってもらったのかな』と思っていたけれど、胸騒ぎがした。そこで授業が終わったあと、友だちが教室から出ていったのを見てから彼の机の上に出しっぱになっている色鉛筆を見た。俺のならば名前があるはずだと思ったからだ。……結論を言おう。俺の名前はなかった。あったのは、何かで薄く削られた跡だった。それから彼とは話していない」
フッと一つ火が消える。残りの三つの火は大きく揺らめく。
「次は僕だねー」
先ほどの人物から変わったのだろうか、軽快な声に変わる。
「僕は職業柄、いろんな死体を解剖してきた。普段はカエルとかネズミとかぐらいしか解剖できないから、僕にとっては人体を学べる貴重な機会なんだ。あの日はたしか、女の人だったかな? さっきまで平然と歩いてたのに、いきなり電池切れみたいに倒れたの。目の前でそんなことがあったから驚いたけど、すぐに確認してみたらそのときにはもう死んでいた。その場でできることはいろいろやってみたけど効果なし。仕方がないから、医務室まで運んでいってお腹を裂いてみた。げーいんきゅーめーって感じだねー。死体はあとで元どおりにできるから、やってみようと思ったんだ。その人の体は、何もおかしいところがないようにみえた。そのまま標本にしたいぐらい、灰も肝臓もきれいな状態だった。心臓を調べて見ようって思うまで、その人の異常さに気がつかなかったよ。その人、心臓がなかったんだ」
また火が一つ消える。その人物は続けて言う。
「もちろん、この話は嘘だよー。そんな状態で歩けるわけないし。それに僕、死体では解剖したことないから~」
風が吹いたのだろうか、三つ目の火も消えてしまう。これで、残る火はあと一つとなった。
火は踊るように揺らめく。それに魅了されたかのように、誰一人言葉を発さない。
「なにやってるんですか?」
突然、部屋が明るくなった。風呂上がりだろうか首にタオルを巻いた隼人は、大量のろうそくを囲むようにして座っている四人をいぶかしげに見つめる。
「百物語だよ」
「百物語といっても、怪談話はほとんどしてないけどな」
「よくこんなにろうそく持ってこれましたね……」
「ねー、次ってだれー? 真田さん?」
「俺もうネタ切れだ。……ちょうどいい、隼人は何かないか?」
「怖い話……」隼人は後ろを振り返る。そこには誰もいない……はずなのだが。
「全然怖くないけど……こいつの話でいっか。……え? だめ? ……やっぱり使えない奴だ」
誰もいないはずの空間に話しかけている隼人の姿に恐怖する四人。
「……すみません、だめだって言われました」
「……誰に?」
「幽霊ですけど?」
さも当然というふうに言う隼人。真田は、静かに最後の火を消した。
揺らめく四つの火を前にして、誰かが語り始める。
「小学生ぐらいのとき、父はよく街の方へ仕事に行っていた。そのとき住んでいた場所は海と山と小さいお店ぐらいしかなかったから、父がたまに買ってきてくれる珍しいものが楽しみだった。──あるとき、父がお土産に色鉛筆を買ってきてくれた。一本で七色同時に描けるやつ。友だちも話でしか知らないものだったからとても嬉しくて、なくさないようにマジックで名前を書いて、学校に持っていった。もちろん、見せびらかすようなことはしていないよ? 内気な性格だったから、一番仲のよかった友だちに見せただけで、あとは筆箱の中にしまっていた。でも数日後、その色鉛筆がなくなっていたんだ。もう悲しくて、家に帰ってからトイレで泣いていたよ。父になくなったって言えなかったし。──次の日、授業中に斜め前の席に座っていた友だち──その頃一番仲がよかった友だち──が、見たことのある鉛筆を出すのをたまたま見てしまった。それは俺が持っていたものと同じあの色鉛筆だった。そのときは『買ってもらったのかな』と思っていたけれど、胸騒ぎがした。そこで授業が終わったあと、友だちが教室から出ていったのを見てから彼の机の上に出しっぱになっている色鉛筆を見た。俺のならば名前があるはずだと思ったからだ。……結論を言おう。俺の名前はなかった。あったのは、何かで薄く削られた跡だった。それから彼とは話していない」
フッと一つ火が消える。残りの三つの火は大きく揺らめく。
「次は僕だねー」
先ほどの人物から変わったのだろうか、軽快な声に変わる。
「僕は職業柄、いろんな死体を解剖してきた。普段はカエルとかネズミとかぐらいしか解剖できないから、僕にとっては人体を学べる貴重な機会なんだ。あの日はたしか、女の人だったかな? さっきまで平然と歩いてたのに、いきなり電池切れみたいに倒れたの。目の前でそんなことがあったから驚いたけど、すぐに確認してみたらそのときにはもう死んでいた。その場でできることはいろいろやってみたけど効果なし。仕方がないから、医務室まで運んでいってお腹を裂いてみた。げーいんきゅーめーって感じだねー。死体はあとで元どおりにできるから、やってみようと思ったんだ。その人の体は、何もおかしいところがないようにみえた。そのまま標本にしたいぐらい、灰も肝臓もきれいな状態だった。心臓を調べて見ようって思うまで、その人の異常さに気がつかなかったよ。その人、心臓がなかったんだ」
また火が一つ消える。その人物は続けて言う。
「もちろん、この話は嘘だよー。そんな状態で歩けるわけないし。それに僕、死体では解剖したことないから~」
風が吹いたのだろうか、三つ目の火も消えてしまう。これで、残る火はあと一つとなった。
火は踊るように揺らめく。それに魅了されたかのように、誰一人言葉を発さない。
「なにやってるんですか?」
突然、部屋が明るくなった。風呂上がりだろうか首にタオルを巻いた隼人は、大量のろうそくを囲むようにして座っている四人をいぶかしげに見つめる。
「百物語だよ」
「百物語といっても、怪談話はほとんどしてないけどな」
「よくこんなにろうそく持ってこれましたね……」
「ねー、次ってだれー? 真田さん?」
「俺もうネタ切れだ。……ちょうどいい、隼人は何かないか?」
「怖い話……」隼人は後ろを振り返る。そこには誰もいない……はずなのだが。
「全然怖くないけど……こいつの話でいっか。……え? だめ? ……やっぱり使えない奴だ」
誰もいないはずの空間に話しかけている隼人の姿に恐怖する四人。
「……すみません、だめだって言われました」
「……誰に?」
「幽霊ですけど?」
さも当然というふうに言う隼人。真田は、静かに最後の火を消した。
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