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輪廻
一周目
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「うぐぐぐぐ……ああぁ……」
パソコンの前で、大きく伸びをする。肩と腰が痛い。あと、目。
色素が少ない分、光の刺激が強いのか……?
「赤川さん……やっぱりパソコン代わってください……目が限界です」
「そうは言っても」
赤川さんは、雑誌から顔を上げた。
「手書きが面倒だからパソコンを使いたいって言ったの、君だったでしょ?」
「確かにそうですけど……」
「相田君にでも頼んでくれたまえ。私は忙しい」
はいそうですか。
僕から見たら暇そうですけどね。
なんてことは言えない。
しかし……相田さんは相田さんで、忙しそうなんだよな……どうしよ。
「隼人さん、どーしたの?」
隣の席に、ビンを抱えた谷川純一君が座った。そのビンからは、カサコソと嫌な音が聞こえてくる。
「……それ、何入ってるんですか?」
「んーと、ないしょー」
純一君は、ニコニコ笑いながらビンを机の上に置こうとした。
が。
表面がツルツルしていたためか、ビンは純一君の手から滑って離れ。
ゴロゴロと机の上を転がって床に落ち。
パリーンと音をたてて割れ。
中から出てきたのは───。
「うーわ」
ムカデ大量。
え? 何。蠱毒でもやろうとしてたの? 純一君は、ついに呪いにまで手を出したのか?
いや待て、そんなこと考えてる場合じゃない。この大量ムカデをはやくどうにかしないと、社内がパニックフェスティバル状態になってしまう。
「純一君、急いで回収しないと───」
「隼人さん、間に合わなかったっぽい」
背後から、冷気を感じる。恐る恐る振り返ってみると、同僚の白金雅さんが立っていた。
しかも、太刀装備。
「……」
あー、怖い。目がいつも以上に鋭い。
助かったのは、その目が僕ではなく純一君に向けられていたことだ。
「……谷川純一」
雅さんは太刀を鞘から抜いた。ちなみに、これは模造刀ではない。本物だ。
「お前を、始末する」
目が本気。
って、ちょっと待て。純一君は能力的にどうにかなるとして、物の多い室内であんな大きな刀振ったら───。
「───落ち着いてください!」
時、すでに遅し。
太刀が、ざっくりと長机を切断していた。
そして、その机では、相田康介さんがボトルシップを作っていた。
大きく傾き、下り坂のようになった机の上を、ボトルシップに使われる小さな部品が、次から次へと滑っていく。
……現状を確認しよう。
素手でムカデを回収する純一君。
なぜか満足げに太刀を鞘に戻す雅さん。
突然の出来事で呆然としている相田さん。
そして、切断された机と、大量のムカデ。
……何だよ、この空間……。
「おーい、君らー」
赤川さんは、机と僕らの顔を見比べてから、言った。
「その机、弁償ね」
───こんなことがあって、正直僕は嫌になっていた。止めようとしていたのに、なぜか巻き添えを食らってしまったのも理由の一つだ。しかし、これから起こる事件のことを考えると、そんなものに嫌だ嫌だと言っていたときのほうが、何千倍もマシだ。
さて、それから一時間後。
片付けを終え、冷えたお茶を飲みながら休んでいた僕は、遠くからした地響きみたいな爆発音に、驚かされた。
窓を見ると、住宅街のほうから煙が昇っていた。耳鳴りのように、鋭い音が響いている。
あの感じだと、ただの火災ではなさそうだ。もしかすると……。
「赤川さん、あれって───」
「爆弾、だね」
赤川さんは、顔を歪ませた。
「規模は小さいようだけどね。テロか何かか?」
テロなら、次があるかもしれない。その前に、手を打たないと……。
……まさか、いや、そんなこと……あるわけ……。
「赤川さん、僕の思い違いかもしれないんですけど───。
───この電子音、あなたにも聞こえていますか?」
赤川さんの顔色が、スゥゥっと青白くなった。きっと、僕も同じような顔色をしていることだろう。
◇◆ ◆◇
頭が───痛い。
寝起きのように、頭がぼんやりとしている。
僕は、ちゃんと起きているのか? それとも、夢の中なのか?
目を開けると、視界がぼやけて見えた。コンクリートと鉄骨が、ジェンガのように重なっている。ほんの少しの衝撃で、崩れてしまいそうだ。
やっぱり、あれは爆弾だった。身体能力、頭脳レベル、異能力ともにトップクラスの人間たちが集まっているにも関わらず、爆弾に誰も気付かなかったとは……とんだ笑い話だ。
「……皆は、どうなんだろ……」
僕の身体は、もう使い物にならないと思う。下半身へと降ってきた大きなコンクリート片で、骨が何本かやられているのが分かる。痛覚がマヒしているのか、そこまで痛まない。これは助かったとしても、普段通りの生活には戻れないだろう。
それにしても、残念だ。
こんな中途半端なところで、何もできずに終わってしまうのは───。
僕は、目を閉じた。
どうしようのない現実から、逃げようとした。
目を開けたとき、いつもの風景が出迎えてくれることを、願った。
「───君、伊川隼人君」
誰かが、僕を呼んでいる。ほっといて欲しいと思いながら、目を開けた。
そこには、一人の男がいた。
やや茶色がかった瞳と髪。黒い背広。
そして、そいつは透けていた。
「……また、あんたか」
僕は、こいつのことが嫌いだ。
僕の一番古い記憶の中でも、こいつは気味の悪い笑顔を浮かべていた。
今もそうだ。この場に合わないような笑顔を浮かべ続けている。
「何の用だ?」
「フフ、あなたが助けを求めているように見えたのでね、こうして、出てきてあげたのですよ」
そいつは、芝居がかかった風に、両手を肩の高さまで上げた。その仕草に、イラッとする。
「まさか最後に、あんたの顔を見ることになるとは……」
「それじゃあ、誰の顔が見たかったのです?」
僕の脳裏に、和装のあの人が現れる。ダメだ、こいつのペースに乗せられていく……。
表情に出ないようにしていたが、ちゃんとできなかったのだろう。そいつはクツクツ笑い声をこぼしながら、ガレキの山に座った。
そして、いつものニヤニヤした笑みを顔に貼り付けた。
「……僕がここに来た理由はですね、このままでは僕の役目を果たすことができなくなるからです。あなただって、大切なお仲間を、失いたくないでしょう?」
「……」
「今から、僕はあなたに大切なことを伝えます。この事件の真相と、あなたがこれから、どうすればいいのかを───」
闇が、僕を包み込む───。
パソコンの前で、大きく伸びをする。肩と腰が痛い。あと、目。
色素が少ない分、光の刺激が強いのか……?
「赤川さん……やっぱりパソコン代わってください……目が限界です」
「そうは言っても」
赤川さんは、雑誌から顔を上げた。
「手書きが面倒だからパソコンを使いたいって言ったの、君だったでしょ?」
「確かにそうですけど……」
「相田君にでも頼んでくれたまえ。私は忙しい」
はいそうですか。
僕から見たら暇そうですけどね。
なんてことは言えない。
しかし……相田さんは相田さんで、忙しそうなんだよな……どうしよ。
「隼人さん、どーしたの?」
隣の席に、ビンを抱えた谷川純一君が座った。そのビンからは、カサコソと嫌な音が聞こえてくる。
「……それ、何入ってるんですか?」
「んーと、ないしょー」
純一君は、ニコニコ笑いながらビンを机の上に置こうとした。
が。
表面がツルツルしていたためか、ビンは純一君の手から滑って離れ。
ゴロゴロと机の上を転がって床に落ち。
パリーンと音をたてて割れ。
中から出てきたのは───。
「うーわ」
ムカデ大量。
え? 何。蠱毒でもやろうとしてたの? 純一君は、ついに呪いにまで手を出したのか?
いや待て、そんなこと考えてる場合じゃない。この大量ムカデをはやくどうにかしないと、社内がパニックフェスティバル状態になってしまう。
「純一君、急いで回収しないと───」
「隼人さん、間に合わなかったっぽい」
背後から、冷気を感じる。恐る恐る振り返ってみると、同僚の白金雅さんが立っていた。
しかも、太刀装備。
「……」
あー、怖い。目がいつも以上に鋭い。
助かったのは、その目が僕ではなく純一君に向けられていたことだ。
「……谷川純一」
雅さんは太刀を鞘から抜いた。ちなみに、これは模造刀ではない。本物だ。
「お前を、始末する」
目が本気。
って、ちょっと待て。純一君は能力的にどうにかなるとして、物の多い室内であんな大きな刀振ったら───。
「───落ち着いてください!」
時、すでに遅し。
太刀が、ざっくりと長机を切断していた。
そして、その机では、相田康介さんがボトルシップを作っていた。
大きく傾き、下り坂のようになった机の上を、ボトルシップに使われる小さな部品が、次から次へと滑っていく。
……現状を確認しよう。
素手でムカデを回収する純一君。
なぜか満足げに太刀を鞘に戻す雅さん。
突然の出来事で呆然としている相田さん。
そして、切断された机と、大量のムカデ。
……何だよ、この空間……。
「おーい、君らー」
赤川さんは、机と僕らの顔を見比べてから、言った。
「その机、弁償ね」
───こんなことがあって、正直僕は嫌になっていた。止めようとしていたのに、なぜか巻き添えを食らってしまったのも理由の一つだ。しかし、これから起こる事件のことを考えると、そんなものに嫌だ嫌だと言っていたときのほうが、何千倍もマシだ。
さて、それから一時間後。
片付けを終え、冷えたお茶を飲みながら休んでいた僕は、遠くからした地響きみたいな爆発音に、驚かされた。
窓を見ると、住宅街のほうから煙が昇っていた。耳鳴りのように、鋭い音が響いている。
あの感じだと、ただの火災ではなさそうだ。もしかすると……。
「赤川さん、あれって───」
「爆弾、だね」
赤川さんは、顔を歪ませた。
「規模は小さいようだけどね。テロか何かか?」
テロなら、次があるかもしれない。その前に、手を打たないと……。
……まさか、いや、そんなこと……あるわけ……。
「赤川さん、僕の思い違いかもしれないんですけど───。
───この電子音、あなたにも聞こえていますか?」
赤川さんの顔色が、スゥゥっと青白くなった。きっと、僕も同じような顔色をしていることだろう。
◇◆ ◆◇
頭が───痛い。
寝起きのように、頭がぼんやりとしている。
僕は、ちゃんと起きているのか? それとも、夢の中なのか?
目を開けると、視界がぼやけて見えた。コンクリートと鉄骨が、ジェンガのように重なっている。ほんの少しの衝撃で、崩れてしまいそうだ。
やっぱり、あれは爆弾だった。身体能力、頭脳レベル、異能力ともにトップクラスの人間たちが集まっているにも関わらず、爆弾に誰も気付かなかったとは……とんだ笑い話だ。
「……皆は、どうなんだろ……」
僕の身体は、もう使い物にならないと思う。下半身へと降ってきた大きなコンクリート片で、骨が何本かやられているのが分かる。痛覚がマヒしているのか、そこまで痛まない。これは助かったとしても、普段通りの生活には戻れないだろう。
それにしても、残念だ。
こんな中途半端なところで、何もできずに終わってしまうのは───。
僕は、目を閉じた。
どうしようのない現実から、逃げようとした。
目を開けたとき、いつもの風景が出迎えてくれることを、願った。
「───君、伊川隼人君」
誰かが、僕を呼んでいる。ほっといて欲しいと思いながら、目を開けた。
そこには、一人の男がいた。
やや茶色がかった瞳と髪。黒い背広。
そして、そいつは透けていた。
「……また、あんたか」
僕は、こいつのことが嫌いだ。
僕の一番古い記憶の中でも、こいつは気味の悪い笑顔を浮かべていた。
今もそうだ。この場に合わないような笑顔を浮かべ続けている。
「何の用だ?」
「フフ、あなたが助けを求めているように見えたのでね、こうして、出てきてあげたのですよ」
そいつは、芝居がかかった風に、両手を肩の高さまで上げた。その仕草に、イラッとする。
「まさか最後に、あんたの顔を見ることになるとは……」
「それじゃあ、誰の顔が見たかったのです?」
僕の脳裏に、和装のあの人が現れる。ダメだ、こいつのペースに乗せられていく……。
表情に出ないようにしていたが、ちゃんとできなかったのだろう。そいつはクツクツ笑い声をこぼしながら、ガレキの山に座った。
そして、いつものニヤニヤした笑みを顔に貼り付けた。
「……僕がここに来た理由はですね、このままでは僕の役目を果たすことができなくなるからです。あなただって、大切なお仲間を、失いたくないでしょう?」
「……」
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