1 / 1
祭りの後の夢
しおりを挟む
「これはこれは、あなたがここにやって来るとは珍しい。
「お前が呼び出したのだろう、と? はは、そうでしたそうでした。
「すみませんが、その目付きやめてもらえませんか? ゾクゾクして怖いんですよ。
「もっと友好的に接してくださいよ。
「お前は友人じゃない? ご名答。
「それでも、僕はあなたの知人ではないですか。
「腐れ縁。
「なに嫌そうな顔してるんですか! 僕のような、心の美しい人間が知り合いなんですよ? 素晴らしくないですか?
「……僕は嘘をついてません。ついでに、悪魔でもありません。
「証拠、ですか……? あいにく、ここには何もありませんからねぇ……。
「話ぐらいなら出来ますけど? 聞きますか?」
◆◇◆◇
「カイト君! お祭り行こうよ!」
朝、仕事に行く準備をしていたら、いきなりインターホンがなった。
驚いて玄関のドアを開けると、そこには中学時代からの友人・日向小春が立っていたのだ。浴衣姿で。
「……一緒にお祭り行こうよ……もちろん、今夜だけど……」
「待て、俺はまだ何も言ってねェのに、なぜそんな目で俺を見る。断りづらいだろうが」
「うっ……やっぱり嫌、だったよね……」
なんか、ものすごい罪悪感。しかし、それでも俺は、この誘いを断らないといけない。
「本当に悪いが……」と前置きしてから、きっぱりと言う。
「俺、たぶん体力持たねェから無理」
「……人、少ない時間でも……? 早めに行けば、大丈夫なんじゃ……」
「仕事があるからな……」
「そっか……」
シュン、と目を伏せる小春。さらに罪悪感が両肩にのしかかってくる。
うぐぐぐぐぐぐ……。
「……仕事、早めにあがれるかも知れねェけど……」
「え?」と不思議そうな顔をする小春から目をそらす。
……素直に言えない自分が憎い。それと、さっきまでの「行かない」の一点張りだったのを曲げようとすることが、人の意見に流されているようで、なかなか変えられないのも嫌だ。
「えーっと、つまり……仕事、早めに終わらせて、それからだから店、あんま出てないかも知れねェけど……あと、人多くなる前に帰りたいから、いれる時間、短くなるだろうけど……それでも、いいか?」
「うん! ありがとう!」
スイッチを切り替えたように、パッと笑顔になる小春。それと同時に、ストンと、肩にのしかかっていた罪悪感が降りた。
それから、待ち合わせの場所やら時間やらを相談し、帰って行く小春を、玄関で見送った。
正直、楽しみだった。
四時頃には、まあそれなりに店が出ていたから良かった。唐揚げを買い食いしたり、金魚すくいをしてみたりしながら、ブラブラと、道路の両側に並んでいる店を見ていけた。
そして、花火が始まる一時間ほど前になると、一気に人が増えてきた。
「人が増えたし、そろそろ動こうぜ?」
「うん」
前からどんどんやって来る人を避けながら、店の裏にある土手へ出ようとした。
そのとき俺は、前から歩いてきた三歳ぐらいの少年を見て、驚いて立ち止まってしまった。
光を反射して輝く、白い髪。そして、真夏の青空のような、青い瞳。まるで、童話の世界から抜け出して来たかのようだ、という言葉にぴったりなほど、非現実的でどこか儚い。
思わずじっと見つめていた俺だったが、ふと違和感を覚えた。
三歳ぐらいの子供────しかも少年────って、こんなに静かなもんだったか?
ワーワー走っている子供がいるにもかかわらず、この少年は母親らしき女性にピッタリくっついて、ワーキャー騒ぎもせず、黙々と店を眺めていっている。
あるもの全てが珍しいはずだというのに、目を輝かせもせずに、まるでそうすることが義務であるかのように、黙々と店を眺めている。
「───カイト君? どうしたの?」
小春は見ていなかったのか、不思議そうな目で俺を見た。
「いや、何でもない」
そう言って、なぜかまた気になってきたので後ろを振り返り、そして思わず固まった。
さっきの少年の後ろに、背の高い男がいる。そいつはまるで、空気に色を着けたもののように、透けていた。
ヒュッと喉から息が漏れる。それと同時に、男が振り返った。
目が合ってしまった。
すぐに目を反らそうとしたのだが、なぜか動くことができない。
ああ、これはいろいろとヤバいやつだ。
頭のなかで、昨日見たホラー映画が再生される。
このあと、こいつが家までついてくるんだ。んで、寝たら金縛りに会うんだ……。
そう思っていると、男がニコリと微笑んだ。
そこで、記憶が途切れた。
「───それにしても、この青年はいつまで気絶しているのでしょうかねぇ。そろそろ、起きていただきたいところなんですけど。あとそれと、その目、やめてもらえませんか? 僕、命の恩人なんですけど?」
「うるさい、失せろ」
……なんか、話し声が聞こえてくる。ゆっくり目を開けてみると、男と子供の姿が見えた。
ん? ……ここ……どこだ? 体を起こして、辺りを見渡してみる。
ここは部屋……だろうか? ……部屋の床も壁も天井も、赤と黒のひし形が交互に並べられているような模様で統一されている。
部屋の奥には、白のソファ。それ以外は、なにもない。
そして、俺の右側に、男と子供。
男はさっきの幽霊で。
子供はさっきの白髪の少年だった。
「ああ、やっと起きてくださいましたか。ずっと待っていたのですよ?」
男はそう言って薄く微笑みながら、ソファに座った。いつの間にか、ソファがここまで移動していたようだ。
そういえば、こいつ、さっきより実体感がある。向こう側が透けて見えない。
「……ここは、どこなんだ……? あと、あんたら一体……?」
「ああ、これは失礼。まだ名乗ってませんでしたね」
男は、手足を組んだ。
「僕は、落沈昇といいます。落ちて沈むで『オチシズミ』、上昇の『昇』で『ノボル』と読みます。────まあ、本名ではないのですがね。そして、こちらの子供は伊川隼人君です」
「何でお前は本名名乗ってないのに、僕は本名なんだよ。あと、いつの間に僕の名前……」
「まあまあ、いいじゃないですか、それぐらい」
「それぐらいじゃない。それ個人情報」
今、ツッコミたいところがあった。しかし、話のテンポがよすぎて、中に入ることが出来なかった。だから、ここで言わせてもらおう。
伊川隼人、お前は本当に子供なのか?
あれ? ちょっと待て。
「落、沈……だと?」
落沈……どこかでその名を見たことがあるような気がする。最近ではなく、二、三年ぐらい……確か、新聞、だっただろうか……内容は思い出せないが、なかなか衝撃的だったことは覚えている。
「ところで、あなたのことは何と呼べばいいのでしょうか?」
どうやら、俺の独り言は聞こえていなかったようだ。
とりあえず、「桐島だ」とだけ答えて、あの新聞の内容を思い出そうとした。
したのだが、
「さて、自己紹介も終わりましたし、いよいよ本題に入っていきますね。その前に桐島君、いい加減立ち上がって下さいませんか? これ以外座るものはないので仕方がないのですが、さすがに床に座られるとねぇ、汚れてしまうじゃないですか、床が」
という落沈の言葉で思考が遮られた。
俺、こいつ苦手かもしれない。そう思いながら、立ち上がる。
そういえば、どうして俺がこんなところにいるのかの理由を、聞いていない。
「それでは、簡単に説明させていただきます。───あなたの、あの祭りでの最後の記憶はなんですか?」
「祭りでの、最後の記憶───?」
最後の記憶───確か───。
「あんたと目が合ったのが、最後だと思う───」
「そうですか……やはり、ああいう記憶は消えるものなんですね───」
落沈の返事を聞いて、なぜかズキリと頭が痛んだ。それと同時に、嫌な予感がした。
落沈の、なんか絶対にヤバいことがあったような言葉と、幽霊かもしれないこいつが実体を持って目の前にいること。まさか俺は───。
「まさか、俺は死んだんじゃ───」
「え? いや、あなたは生きてますけど?」
落沈は、少し不思議そうな顔をしてから、続ける。
「出店の一つにですね、ビニール製の、風船みたいなのを売ってるところがあったでしょう? ちょうど、あなたが土手へ出ようとした時に曲がった角にあった出店がそうなんですけど───あそこの裏にですね、爆弾が仕掛けられていたのですよ。おまけに、そこで売られていた風船には引火しやすいガスが入れられていまして、凄い爆発でした。───伊川隼人君が爆弾に気付き、僕が急いであなたたち二人をここへ転送していなければ……今頃、あなたたちも、あの辺りにいた人たちみたく、亡くなっていたでしょうねぇ」
───待てよ、まさか───。
「───小春は、死んだのか?」
思わず口から漏れた言葉を聞いて、落沈は一瞬キョトンとすると、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「その小春さんって、あなたの隣にいた女性ですか? そうならば、間違いなく亡くなられていると思います。───すみません、転送できる人の数は限られてまして、これが限界だったんです」
「───なんで、俺を助けたんだ?」
なんで、小春ではなく、俺が助かったんだ?
「なんで、あいつじゃなく、俺が助かったんだ? なんで、俺だけ助かったんだ?」
「へぇ、なんだか、意外ですね」
落沈の笑みに、思わずゾッとした。
「どういうことだよ……」
「いやぁ、こういうときって喜ぶんじゃないかと思いましてね。ほら、あなたは奇跡的に助かったのですよ? 普通、喜ぶ───」
「っざっけんじゃねェよ!」
気付けば、俺は落沈をおもいっきり殴っていた。幽霊のくせに、殴ったときに触れた肌の温度は、温かかった。
もう一発、ぶちかましてやろうかと胸ぐらを掴むと、伊川隼人の小さな手が、くいっと俺の服を引っ張った。
「……確かに、こいつの言っていることはとにかく腹が立つけど……それでも、殴るのはだめだと思う」
……幼児に説教された。なんだか、自分がちっぽけな人間のように感じてくる。
おとなしく手を離し、「すまなかった」と頭を下げて、上げると、落沈の、なにごともなかったかのような笑顔があった。
「いえいえ、気にしないでくださいよ。むしろ、安心しました」
落沈は、ずいっと体を前のめりにさせた。
「あなたは、今回の事件で亡くなられた人を、助けたいと思っていますよね?」
「……ああ、まあ」
「それなら、良かった」
再びソファにもたれかかる、落沈。
「実を言うと、僕にも助けないといけない人がいましてね。伊川隼人君のお母さんなんですけど……彼女を助けないと、伊川隼人君は家に帰ることができなくなりますから……僕がこの部屋を通して送り届けることも可能なんですけど、それでは彼は、普段通りの生活を送ることができなくなる。そうなると、僕の大切な一人娘に、会うことができなくなってしまいますから……」
……へ?
「……三年前、新聞か何かで、僕の名前出てきませんでしたか? 僕は三年前、ある人物に殺されたんです。そのとき、産まれたばかりの娘を誘拐されました。……顔だけでも見たかったのですが、どこにいるのかわからず、困っていたときに、ある人からアドバイスをいただきましてね……娘に最も会う確率の高い人物が産まれたのと同時に、乗り移ってしまえ、と。心の奥底に潜んでいれば、その子供の精神的な成長に害を与えることはありませんから。……そして、選ばれたのが伊川隼人君なんですよ」
……随分と、とんでもない話だ。
なるほど、だからこいつは、伊川隼人の後ろに立っていたのか。
「それで、あなたにお願いがあるのです」
落沈はそう言って、じっと俺の目を覗きこんだ。力のこもった目で。
「僕は幽霊なので、物に触れることはできませんし、伊川隼人君から離れることもできません。……お願いです。どんな手を使ってもいいので、この事件を無かったことにしてくれませんか? これは、あなたにしかできないんです」
「いや、無理だろさすがに。もう過ぎてしまったことなんだろ? それは」
そう言ったが、落沈は「何を言っているのです?」と言わんばかりに、口角を持ち上げ、そして言った。
「それならば、戻ってしまえばいいじゃないですか」
「いやいや、どうやってやんだよ、そんなこと」
「この空間を、過去に繋げてやればいいだけの話じゃないですか。そもそも、この空間は僕の意思で動いてますし」
「お、おう」
全然納得していないのだが、これ以上の説明は不要だろう。
「それで、引き受けてくれます?」
「ああ、爆弾の処理ぐらい、朝飯前だしな」
「そうですか、あなたを助けて本当に良かった」
落沈は、サッと手を動かした。そこはポッカリ穴が開いて、暗闇が待ち構えていた。
「それでは、頼みましたよ」
俺は、闇へ手を伸ばし、そして───。
──────────────────────────────────────────────────────────────。
◆◇◆◇
「さて、こんな感じですかね。もしかすると、少し違っているかもしれませんが。
「このあと、もちろん桐島君は爆弾を解除し、人々を救うことが出来ました。
「それにしても、おかしいと思いませんか?
「どうして、十七、八の青年が、爆弾の解除なんてできたのでしょう?
「僕が思うにおそらく、あの青年はどこかの非合法的な組織と関わりがあったのでしょう。
「理由は、病気の治療費といったところでしょうか。
「証拠が本当に好きなんですねぇ、あなたは。もちろん、ありますよ?
「僕の姿を見ることができるのは、十年以内に亡くなられるであろう人間だけなんですよ。もちろん、あなたを除いてですけど。
「あの青年は、自分が近い将来死ぬであろうことを知っていたはずです。
「だって、自分は助かったのに、少しも嬉しそうな顔をしなかったじゃないですか。
「……ああ、そういえばこの話、二十年以上前のことなんですよね。ってことは、もう亡くなられていますね。
「少しでも、祭りのような日々を、過ごしていたならいいのですが……。
「さて、これで僕の好感度は上がりましたか?
「え? 全く変わっていないと?
「フフ、あなたはひどい人ですねぇ」
「伊川隼人君?」
〈Fin〉
「お前が呼び出したのだろう、と? はは、そうでしたそうでした。
「すみませんが、その目付きやめてもらえませんか? ゾクゾクして怖いんですよ。
「もっと友好的に接してくださいよ。
「お前は友人じゃない? ご名答。
「それでも、僕はあなたの知人ではないですか。
「腐れ縁。
「なに嫌そうな顔してるんですか! 僕のような、心の美しい人間が知り合いなんですよ? 素晴らしくないですか?
「……僕は嘘をついてません。ついでに、悪魔でもありません。
「証拠、ですか……? あいにく、ここには何もありませんからねぇ……。
「話ぐらいなら出来ますけど? 聞きますか?」
◆◇◆◇
「カイト君! お祭り行こうよ!」
朝、仕事に行く準備をしていたら、いきなりインターホンがなった。
驚いて玄関のドアを開けると、そこには中学時代からの友人・日向小春が立っていたのだ。浴衣姿で。
「……一緒にお祭り行こうよ……もちろん、今夜だけど……」
「待て、俺はまだ何も言ってねェのに、なぜそんな目で俺を見る。断りづらいだろうが」
「うっ……やっぱり嫌、だったよね……」
なんか、ものすごい罪悪感。しかし、それでも俺は、この誘いを断らないといけない。
「本当に悪いが……」と前置きしてから、きっぱりと言う。
「俺、たぶん体力持たねェから無理」
「……人、少ない時間でも……? 早めに行けば、大丈夫なんじゃ……」
「仕事があるからな……」
「そっか……」
シュン、と目を伏せる小春。さらに罪悪感が両肩にのしかかってくる。
うぐぐぐぐぐぐ……。
「……仕事、早めにあがれるかも知れねェけど……」
「え?」と不思議そうな顔をする小春から目をそらす。
……素直に言えない自分が憎い。それと、さっきまでの「行かない」の一点張りだったのを曲げようとすることが、人の意見に流されているようで、なかなか変えられないのも嫌だ。
「えーっと、つまり……仕事、早めに終わらせて、それからだから店、あんま出てないかも知れねェけど……あと、人多くなる前に帰りたいから、いれる時間、短くなるだろうけど……それでも、いいか?」
「うん! ありがとう!」
スイッチを切り替えたように、パッと笑顔になる小春。それと同時に、ストンと、肩にのしかかっていた罪悪感が降りた。
それから、待ち合わせの場所やら時間やらを相談し、帰って行く小春を、玄関で見送った。
正直、楽しみだった。
四時頃には、まあそれなりに店が出ていたから良かった。唐揚げを買い食いしたり、金魚すくいをしてみたりしながら、ブラブラと、道路の両側に並んでいる店を見ていけた。
そして、花火が始まる一時間ほど前になると、一気に人が増えてきた。
「人が増えたし、そろそろ動こうぜ?」
「うん」
前からどんどんやって来る人を避けながら、店の裏にある土手へ出ようとした。
そのとき俺は、前から歩いてきた三歳ぐらいの少年を見て、驚いて立ち止まってしまった。
光を反射して輝く、白い髪。そして、真夏の青空のような、青い瞳。まるで、童話の世界から抜け出して来たかのようだ、という言葉にぴったりなほど、非現実的でどこか儚い。
思わずじっと見つめていた俺だったが、ふと違和感を覚えた。
三歳ぐらいの子供────しかも少年────って、こんなに静かなもんだったか?
ワーワー走っている子供がいるにもかかわらず、この少年は母親らしき女性にピッタリくっついて、ワーキャー騒ぎもせず、黙々と店を眺めていっている。
あるもの全てが珍しいはずだというのに、目を輝かせもせずに、まるでそうすることが義務であるかのように、黙々と店を眺めている。
「───カイト君? どうしたの?」
小春は見ていなかったのか、不思議そうな目で俺を見た。
「いや、何でもない」
そう言って、なぜかまた気になってきたので後ろを振り返り、そして思わず固まった。
さっきの少年の後ろに、背の高い男がいる。そいつはまるで、空気に色を着けたもののように、透けていた。
ヒュッと喉から息が漏れる。それと同時に、男が振り返った。
目が合ってしまった。
すぐに目を反らそうとしたのだが、なぜか動くことができない。
ああ、これはいろいろとヤバいやつだ。
頭のなかで、昨日見たホラー映画が再生される。
このあと、こいつが家までついてくるんだ。んで、寝たら金縛りに会うんだ……。
そう思っていると、男がニコリと微笑んだ。
そこで、記憶が途切れた。
「───それにしても、この青年はいつまで気絶しているのでしょうかねぇ。そろそろ、起きていただきたいところなんですけど。あとそれと、その目、やめてもらえませんか? 僕、命の恩人なんですけど?」
「うるさい、失せろ」
……なんか、話し声が聞こえてくる。ゆっくり目を開けてみると、男と子供の姿が見えた。
ん? ……ここ……どこだ? 体を起こして、辺りを見渡してみる。
ここは部屋……だろうか? ……部屋の床も壁も天井も、赤と黒のひし形が交互に並べられているような模様で統一されている。
部屋の奥には、白のソファ。それ以外は、なにもない。
そして、俺の右側に、男と子供。
男はさっきの幽霊で。
子供はさっきの白髪の少年だった。
「ああ、やっと起きてくださいましたか。ずっと待っていたのですよ?」
男はそう言って薄く微笑みながら、ソファに座った。いつの間にか、ソファがここまで移動していたようだ。
そういえば、こいつ、さっきより実体感がある。向こう側が透けて見えない。
「……ここは、どこなんだ……? あと、あんたら一体……?」
「ああ、これは失礼。まだ名乗ってませんでしたね」
男は、手足を組んだ。
「僕は、落沈昇といいます。落ちて沈むで『オチシズミ』、上昇の『昇』で『ノボル』と読みます。────まあ、本名ではないのですがね。そして、こちらの子供は伊川隼人君です」
「何でお前は本名名乗ってないのに、僕は本名なんだよ。あと、いつの間に僕の名前……」
「まあまあ、いいじゃないですか、それぐらい」
「それぐらいじゃない。それ個人情報」
今、ツッコミたいところがあった。しかし、話のテンポがよすぎて、中に入ることが出来なかった。だから、ここで言わせてもらおう。
伊川隼人、お前は本当に子供なのか?
あれ? ちょっと待て。
「落、沈……だと?」
落沈……どこかでその名を見たことがあるような気がする。最近ではなく、二、三年ぐらい……確か、新聞、だっただろうか……内容は思い出せないが、なかなか衝撃的だったことは覚えている。
「ところで、あなたのことは何と呼べばいいのでしょうか?」
どうやら、俺の独り言は聞こえていなかったようだ。
とりあえず、「桐島だ」とだけ答えて、あの新聞の内容を思い出そうとした。
したのだが、
「さて、自己紹介も終わりましたし、いよいよ本題に入っていきますね。その前に桐島君、いい加減立ち上がって下さいませんか? これ以外座るものはないので仕方がないのですが、さすがに床に座られるとねぇ、汚れてしまうじゃないですか、床が」
という落沈の言葉で思考が遮られた。
俺、こいつ苦手かもしれない。そう思いながら、立ち上がる。
そういえば、どうして俺がこんなところにいるのかの理由を、聞いていない。
「それでは、簡単に説明させていただきます。───あなたの、あの祭りでの最後の記憶はなんですか?」
「祭りでの、最後の記憶───?」
最後の記憶───確か───。
「あんたと目が合ったのが、最後だと思う───」
「そうですか……やはり、ああいう記憶は消えるものなんですね───」
落沈の返事を聞いて、なぜかズキリと頭が痛んだ。それと同時に、嫌な予感がした。
落沈の、なんか絶対にヤバいことがあったような言葉と、幽霊かもしれないこいつが実体を持って目の前にいること。まさか俺は───。
「まさか、俺は死んだんじゃ───」
「え? いや、あなたは生きてますけど?」
落沈は、少し不思議そうな顔をしてから、続ける。
「出店の一つにですね、ビニール製の、風船みたいなのを売ってるところがあったでしょう? ちょうど、あなたが土手へ出ようとした時に曲がった角にあった出店がそうなんですけど───あそこの裏にですね、爆弾が仕掛けられていたのですよ。おまけに、そこで売られていた風船には引火しやすいガスが入れられていまして、凄い爆発でした。───伊川隼人君が爆弾に気付き、僕が急いであなたたち二人をここへ転送していなければ……今頃、あなたたちも、あの辺りにいた人たちみたく、亡くなっていたでしょうねぇ」
───待てよ、まさか───。
「───小春は、死んだのか?」
思わず口から漏れた言葉を聞いて、落沈は一瞬キョトンとすると、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「その小春さんって、あなたの隣にいた女性ですか? そうならば、間違いなく亡くなられていると思います。───すみません、転送できる人の数は限られてまして、これが限界だったんです」
「───なんで、俺を助けたんだ?」
なんで、小春ではなく、俺が助かったんだ?
「なんで、あいつじゃなく、俺が助かったんだ? なんで、俺だけ助かったんだ?」
「へぇ、なんだか、意外ですね」
落沈の笑みに、思わずゾッとした。
「どういうことだよ……」
「いやぁ、こういうときって喜ぶんじゃないかと思いましてね。ほら、あなたは奇跡的に助かったのですよ? 普通、喜ぶ───」
「っざっけんじゃねェよ!」
気付けば、俺は落沈をおもいっきり殴っていた。幽霊のくせに、殴ったときに触れた肌の温度は、温かかった。
もう一発、ぶちかましてやろうかと胸ぐらを掴むと、伊川隼人の小さな手が、くいっと俺の服を引っ張った。
「……確かに、こいつの言っていることはとにかく腹が立つけど……それでも、殴るのはだめだと思う」
……幼児に説教された。なんだか、自分がちっぽけな人間のように感じてくる。
おとなしく手を離し、「すまなかった」と頭を下げて、上げると、落沈の、なにごともなかったかのような笑顔があった。
「いえいえ、気にしないでくださいよ。むしろ、安心しました」
落沈は、ずいっと体を前のめりにさせた。
「あなたは、今回の事件で亡くなられた人を、助けたいと思っていますよね?」
「……ああ、まあ」
「それなら、良かった」
再びソファにもたれかかる、落沈。
「実を言うと、僕にも助けないといけない人がいましてね。伊川隼人君のお母さんなんですけど……彼女を助けないと、伊川隼人君は家に帰ることができなくなりますから……僕がこの部屋を通して送り届けることも可能なんですけど、それでは彼は、普段通りの生活を送ることができなくなる。そうなると、僕の大切な一人娘に、会うことができなくなってしまいますから……」
……へ?
「……三年前、新聞か何かで、僕の名前出てきませんでしたか? 僕は三年前、ある人物に殺されたんです。そのとき、産まれたばかりの娘を誘拐されました。……顔だけでも見たかったのですが、どこにいるのかわからず、困っていたときに、ある人からアドバイスをいただきましてね……娘に最も会う確率の高い人物が産まれたのと同時に、乗り移ってしまえ、と。心の奥底に潜んでいれば、その子供の精神的な成長に害を与えることはありませんから。……そして、選ばれたのが伊川隼人君なんですよ」
……随分と、とんでもない話だ。
なるほど、だからこいつは、伊川隼人の後ろに立っていたのか。
「それで、あなたにお願いがあるのです」
落沈はそう言って、じっと俺の目を覗きこんだ。力のこもった目で。
「僕は幽霊なので、物に触れることはできませんし、伊川隼人君から離れることもできません。……お願いです。どんな手を使ってもいいので、この事件を無かったことにしてくれませんか? これは、あなたにしかできないんです」
「いや、無理だろさすがに。もう過ぎてしまったことなんだろ? それは」
そう言ったが、落沈は「何を言っているのです?」と言わんばかりに、口角を持ち上げ、そして言った。
「それならば、戻ってしまえばいいじゃないですか」
「いやいや、どうやってやんだよ、そんなこと」
「この空間を、過去に繋げてやればいいだけの話じゃないですか。そもそも、この空間は僕の意思で動いてますし」
「お、おう」
全然納得していないのだが、これ以上の説明は不要だろう。
「それで、引き受けてくれます?」
「ああ、爆弾の処理ぐらい、朝飯前だしな」
「そうですか、あなたを助けて本当に良かった」
落沈は、サッと手を動かした。そこはポッカリ穴が開いて、暗闇が待ち構えていた。
「それでは、頼みましたよ」
俺は、闇へ手を伸ばし、そして───。
──────────────────────────────────────────────────────────────。
◆◇◆◇
「さて、こんな感じですかね。もしかすると、少し違っているかもしれませんが。
「このあと、もちろん桐島君は爆弾を解除し、人々を救うことが出来ました。
「それにしても、おかしいと思いませんか?
「どうして、十七、八の青年が、爆弾の解除なんてできたのでしょう?
「僕が思うにおそらく、あの青年はどこかの非合法的な組織と関わりがあったのでしょう。
「理由は、病気の治療費といったところでしょうか。
「証拠が本当に好きなんですねぇ、あなたは。もちろん、ありますよ?
「僕の姿を見ることができるのは、十年以内に亡くなられるであろう人間だけなんですよ。もちろん、あなたを除いてですけど。
「あの青年は、自分が近い将来死ぬであろうことを知っていたはずです。
「だって、自分は助かったのに、少しも嬉しそうな顔をしなかったじゃないですか。
「……ああ、そういえばこの話、二十年以上前のことなんですよね。ってことは、もう亡くなられていますね。
「少しでも、祭りのような日々を、過ごしていたならいいのですが……。
「さて、これで僕の好感度は上がりましたか?
「え? 全く変わっていないと?
「フフ、あなたはひどい人ですねぇ」
「伊川隼人君?」
〈Fin〉
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

ビンのふたが開かない!!~異能力正義社~
アノンドロフ
キャラ文芸
異能力正義社 それは、能力を正義のために使おうとする者達が集まった組織。非常時にはとことん強い彼らだが、彼らの日常は、常に何かがずれている。
これは、ビンのふたが開かなくなったときの話。

夢の話~異能力正義社~
アノンドロフ
キャラ文芸
奥寺琴音は、売れないシンガーソングライター。ある日、彼女は一人の青年と出会う。そのことが、彼女の人生を大きく変えたのかもしれない。
異能力正義社、第二弾。
帝都の守護鬼は離縁前提の花嫁を求める
緋村燐
キャラ文芸
家の取り決めにより、五つのころから帝都を守護する鬼の花嫁となっていた櫻井琴子。
十六の年、しきたり通り一度も会ったことのない鬼との離縁の儀に臨む。
鬼の妖力を受けた櫻井の娘は強い異能持ちを産むと重宝されていたため、琴子も異能持ちの華族の家に嫁ぐ予定だったのだが……。
「幾星霜の年月……ずっと待っていた」
離縁するために初めて会った鬼・朱縁は琴子を望み、離縁しないと告げた。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
これは、私の描くフィクションです!
三谷朱花
キャラ文芸
私、葉山鳴海は、根っからの腐女子だ。現実に出会った人間をBLキャラ化するぐらいには。
そんな私は、職場のエレベーターに乗っている時に出会った。職場の同僚子犬と掛け合わせるのにぴったりな長身の美形に!
その長身の美形、なんと放射線技師である私の科である放射線科のドクターだった。
目の前で交わされる子犬と美形のやり取りに、私は当然興奮した!
え? 私のリアルはどうなのさ、って?
とりあえず、恋はしないから。だから、2次元……いや、これからは2.5次元で楽しませてもらいます!
※毎日11時40分に更新します。
後拾遺七絃灌頂血脉──秋聲黎明の巻──
国香
キャラ文芸
これは小説ではない。物語である。
平安時代。
雅びで勇ましく、美しくおぞましい物語。
宿命の恋。
陰謀、呪い、戦、愛憎。
幻の楽器・七絃琴(古琴)。
秘曲『広陵散』に誓う復讐。
運命によって、何があっても生きなければならない、それが宿命でもある人々。決して死ぬことが許されない男……
平安時代の雅と呪、貴族と武士の、楽器をめぐる物語。
─────────────
『七絃灌頂血脉──琴の琴ものがたり』番外編
麗しい公達・周雅は元服したばかりの十五歳の少年。それでも、すでに琴の名手として名高い。
初めて妹弟子の演奏を耳にしたその日、いつもは鬼のように厳しい師匠が珍しくやさしくて……
不思議な幻想に誘われる周雅の、雅びで切ない琴の説話。
彼の前に現れた不思議な幻は、楚漢戦争の頃?殷の後継国?
本編『七絃灌頂血脉──琴の琴ものがたり』の名琴・秋声をめぐる過去の物語。

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる