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貞光さんと磯貝くんの場合。
貞光さんと磯貝くん。
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琴原祭が終わってから、二週間。あと数日で、後期授業が始まる頃。
朝食も食べ終わり、食器を洗っていた磯貝は、ぼんやりと物思いに耽る。
リレーのあとから、貞光の行方が分からなくなっている。隣の部屋に帰ってくる様子はなく、チャットアプリも開いていない。まるで、松永と一悶着あったときのようだ。
流石に、後期が始まるまでには帰ってくるだろうと思うが、それでも心配になる。彼は元気にしているのだろうか。
「……あ」
泡だらけになった手から、マグカップが滑り落ちた。
慌てて拾い上げて確認すると、飲み口がわずかに欠けてしまっている。
「……新しいの買いにいくか」
幸い、今日は予定がない。支度を整え、家から最も近い百円ショップへと向かった。
目的の品は、すぐに見つかった。
白いマグカップを買い物かごに入れ、「せっかくだから」と他のコーナーも見て回る。そういえば、透明のファイルがそろそろ無くなりそうだった。
文具コーナーに入り、A4サイズのファイルを探していると、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
その声の方を見ると、少し驚いた様子の男性がいた。歳は二十代後半ぐらいであり、彼の買い物かごには茶封筒や朱肉が入っていた。面識はない、はずだ。
どれだけ記憶を辿っても、やはりこの人のことは知らない。では、何故自分の名前を知っているのか。
「──あぁ、ごめんなさい。見覚えのある顔だったから、ここで出会ったことに驚いてしまって」
すっかり固まってしまった磯貝に対して、彼はにこやかに名乗る。
「僕は、貞光昭仁。貞光絢也の兄です」
──どうして、こうなったんだろう。
店を出て、貞光の兄を名乗る男性に車まで連行されて……気が付けば立派な一軒家の前にいた。
なお、この男が本当に貞光の兄なのかどうかについては、店内にいる間に確認させてもらった。スマホのアルバムに入っている家族写真を見せてくれたから、嘘はないだろう。
確認が終わったあと、磯貝は貞光が今何をしているのかを尋ねてみて、そして笛水市にある家へと行くことになってしまった。何故だ。
「ほら、そこで立ち止まっていないで、中に入りなよ」
おいでおいでと手招きする昭仁を見て、流れに身を任せることに決めた。
ガチガチに緊張しながら玄関を抜け、一階のリビングに案内される。広い──けれども、テレビドラマで出てくるような富豪の家のそれではなく、内装はどこか庶民的だ。
「取り敢えず、荷物はその辺りに置いてね」
「は、はい」
言われた通り、荷物を部屋の隅に置かせてもらい、辺りを見渡す。
「あの、絢さ──絢也さんは?」
家に案内されたということは、ここに貞光がいるということだろう。しかし、少なくとも、この部屋に彼はいない。おそらく、隣の部屋にも。
磯貝の問いに、昭仁は天井を指差した。
「二階の奥にね、絢也の作業部屋があるんだ。……あいつ、二週間前から部屋に籠りっぱなしで。浴室とか台所とかは使っている形跡があるから、僕たちがいない間に出てきているみたいだけどね」
「こんなことは、久し振りだ」と、昭仁は続ける。
「絢也は、絵を描くときは一人になりたがる。外部との繋がりを断ってしまうことで、景色の記憶を新鮮に保っているんだ。……だから、今はよっぽど良い題材を見付けたんだろうね」
「……そんなときに、俺が来て大丈夫ですか?」
それほどまでに熱中しているのであれば、自分が貞光に会いに行くことは、彼にとっての邪魔でしかないだろう。以前、「思うように絵が描けない」とも言っていた。
しかし、昭仁は「大丈夫、大丈夫」というように磯貝の背中を叩いた。
「……本当に、行っていいんですか?」
「うん。流石に、友だちに対して怒ることはないだろうし。それに、そろそろあいつも息抜きが必要だ。二週間籠りっぱなしは身体に悪い」
その答えで、昭仁の意図が分かった。
磯貝をその部屋に行かせることで、貞光の作業を無理矢理中断させようとしているのだ。そのために、わざわざ磯貝を自宅まで連れてきたのだろう。
それならば──と、磯貝は昭仁に言われた通り階段を上り、奥の部屋へと歩を進める。
控えめにノックするが、返事はない。僅かにドアを開けて、なかを覗いてみた。
学校の美術室のようなその部屋は、床のあちこちに絵の具を落とした跡があり、油絵具の独特な匂いが充満していた。
南側に大きな採光窓があり、そこからの光がキャンバスを照らすように、イーゼルを設置している。
そして、その前に座っているのは──。
「──絢さん」
磯貝の呼び掛けに反応し、彼がこちらを振り向いた。その弾みで、一つに束ねた髪が揺れ、日の光を受けた瞳がキラリと輝いた。
「……」
暫し磯貝を見つめたあと、貞光は手に持っていた筆とパレットを机に置いて、ゆっくりと立ち上がる。
「絢さん?」
そのただならぬ雰囲気に、磯貝は再び呼び掛けるが、貞光は返事をしないまま、一直線に歩み寄った。
その距離わずか数センチ。
「はわ、まって絢さん、心の準備が」
「──動くな」
貞光の手が磯貝へと伸び、そのまま顔をがっちりと固定する。
太陽のような虹彩の目が、磯貝の頭の上から下へとゆっくり動いていくのがわかった。
「──うん」
彼は、色々な角度から磯貝を眺めた後、満足そうにキャンバスの前へと戻っていく。
そして、筆とパレットを持ち直してから、ぐりんとこちらを二度見した。
「な、なんでお前がこんなところに?」
ようやく我に帰ったのだろう、彼は信じられないというような表情を浮かべている。
「それは、たまたま絢さんのお兄さんに会って──」
取り敢えず経緯を説明しようと、磯貝は貞光へと近づく。
すると、貞光は慌てた顔でキャンバスの前に立ちふさがった。
「み、見るな! 見ないで、欲しい……」
両手を広げているが、全く隠せていない。
青く澄みきった空の下、こちらを向いている青年──これが誰なのか、すぐにピンときた。
「もしかして、俺を描いてくれたの?」
そう尋ねると、貞光は顔を真っ赤にして俯いた。
「その……格好よかったから」
消え入りそうな声で紡がれた返答に、思わず破顔する。
同時に、「自分は貞光からこういう風に見られている」のだと分からせられたようで、気恥ずかしく感じた。
二人の間に、暫しの沈黙が流れる。それを終わらせたのは、貞光の方だった。
ゆっくりと顔を上げた彼は、「あっ」と声を挙げた。
「颯、顔に絵の具が……」
「え、どこ?」
おそらく、先ほど貞光が磯貝の顔に触れたとき、付いたものなのだろう。拭い取ろうと手をやるが、貞光が止めた。
「待て。それでは塗り広げてしまうだけだ。……着いてこい」
そして、そのまま階段の方へと向かう姿を、磯貝は追った。
「絢也、やっと部屋から出てきてくれた」
一階では、嬉しそうな表情の昭仁が待ち構えていた。貞光は一瞬だけ足を止めると、ちらりと視線を向けた。
「絵、ほぼ完成した。もう見てもいいぞ」
「本当か? 楽しみにしてたんだよ!」
バタバタと、あわただしく階段を駆け上がる音が聞こえる。言葉通り、楽しみにしていたのだろう。
正直、自分がモデルになった絵を見られるのは恥ずかしかったのだが、わざわざ止めに行くほどではない。
「こっちだ」
言われるがまま、磯貝は貞光の後ろをついていく。
歩く度に左右に揺れる黒髪が、愛らしい。
衝動的に彼を抱き締めたくなってしまうが、僅かな理性が何とか押しとどめた。
こうして、磯貝は貞光により洗面所へと連れてこられた。
「──家で使っている絵の具は、水に溶ける製品なんだ。筆も水洗いできるし、扱いやすい」
そう言いながら、貞光は先に自身の両手を洗い、次にティッシュを濡らした。それで拭き取るのだろう。
「ありがとう。あとは自分で──」
「いや、俺がやる。そもそも、俺が絵の具の付いた手で触ったせいなんだ。それぐらいさせて欲しい」
「そ、そう……?」
まあ、自分では拭き取りずらいので、断る理由はない。
「……一応、目は閉じてくれ」
「うん。わかった」
目のなかに、絵の具が入るのを防ぐためなのだろう。大人しく目を閉じて、貞光が己を触れるのを待つ。
最初に左頬へと五指が触れる。その後、右頬にティッシュが何度か当てられた。
冷たい、水の感触が頬に残されたまま、貞光の手が離れる。そして、水を流す音。
「取れた?」
「いや、まだだ」
それならば──と、磯貝は目を閉じたまま、貞光が戻るのを待った。その時間は非常に短く、すぐに彼の両手が磯貝の顔を挟む。
そして──。
「──!」
あまりの衝撃に、磯貝はすぐさま目を開いた。
視界に飛び込んできたのは、瞼を閉じた貞光の顔のみ。その顔が徐々に離れていくと共に、瞼がゆっくりと持ち上がる。
少し潤んだ瞳に、驚いた表情の磯貝が写っていた。
「め、目を閉じろと言ったはずだが……」
頬を真っ赤に染め、そう抗議する彼に磯貝のストッパーが外れる。
貞光の頭と肩に手を回し、そのまま抱き寄せる。
──唇には、まだ柔らかい感触が残っている。
貞光は一瞬だけ身体を硬直させたが、迷わず磯貝の背中へと腕を回し、さらに身体を密着させる。
互いの頬が、触れ合った。
「颯一郎」
「うん」
「俺は、お前のことが……」
来た、と思った。
待ちに待った瞬間が、今まさに訪れようとしているのだ。磯貝は、貞光がこれから言う言葉を聞き漏らすものかと、耳を澄ませた。
そして、その言葉が貞光の口から発せられる寸前。磯貝は第三者の気配を感じ、顔を上げた。
昭仁と、目が合った。
「……あ」
朝食も食べ終わり、食器を洗っていた磯貝は、ぼんやりと物思いに耽る。
リレーのあとから、貞光の行方が分からなくなっている。隣の部屋に帰ってくる様子はなく、チャットアプリも開いていない。まるで、松永と一悶着あったときのようだ。
流石に、後期が始まるまでには帰ってくるだろうと思うが、それでも心配になる。彼は元気にしているのだろうか。
「……あ」
泡だらけになった手から、マグカップが滑り落ちた。
慌てて拾い上げて確認すると、飲み口がわずかに欠けてしまっている。
「……新しいの買いにいくか」
幸い、今日は予定がない。支度を整え、家から最も近い百円ショップへと向かった。
目的の品は、すぐに見つかった。
白いマグカップを買い物かごに入れ、「せっかくだから」と他のコーナーも見て回る。そういえば、透明のファイルがそろそろ無くなりそうだった。
文具コーナーに入り、A4サイズのファイルを探していると、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
その声の方を見ると、少し驚いた様子の男性がいた。歳は二十代後半ぐらいであり、彼の買い物かごには茶封筒や朱肉が入っていた。面識はない、はずだ。
どれだけ記憶を辿っても、やはりこの人のことは知らない。では、何故自分の名前を知っているのか。
「──あぁ、ごめんなさい。見覚えのある顔だったから、ここで出会ったことに驚いてしまって」
すっかり固まってしまった磯貝に対して、彼はにこやかに名乗る。
「僕は、貞光昭仁。貞光絢也の兄です」
──どうして、こうなったんだろう。
店を出て、貞光の兄を名乗る男性に車まで連行されて……気が付けば立派な一軒家の前にいた。
なお、この男が本当に貞光の兄なのかどうかについては、店内にいる間に確認させてもらった。スマホのアルバムに入っている家族写真を見せてくれたから、嘘はないだろう。
確認が終わったあと、磯貝は貞光が今何をしているのかを尋ねてみて、そして笛水市にある家へと行くことになってしまった。何故だ。
「ほら、そこで立ち止まっていないで、中に入りなよ」
おいでおいでと手招きする昭仁を見て、流れに身を任せることに決めた。
ガチガチに緊張しながら玄関を抜け、一階のリビングに案内される。広い──けれども、テレビドラマで出てくるような富豪の家のそれではなく、内装はどこか庶民的だ。
「取り敢えず、荷物はその辺りに置いてね」
「は、はい」
言われた通り、荷物を部屋の隅に置かせてもらい、辺りを見渡す。
「あの、絢さ──絢也さんは?」
家に案内されたということは、ここに貞光がいるということだろう。しかし、少なくとも、この部屋に彼はいない。おそらく、隣の部屋にも。
磯貝の問いに、昭仁は天井を指差した。
「二階の奥にね、絢也の作業部屋があるんだ。……あいつ、二週間前から部屋に籠りっぱなしで。浴室とか台所とかは使っている形跡があるから、僕たちがいない間に出てきているみたいだけどね」
「こんなことは、久し振りだ」と、昭仁は続ける。
「絢也は、絵を描くときは一人になりたがる。外部との繋がりを断ってしまうことで、景色の記憶を新鮮に保っているんだ。……だから、今はよっぽど良い題材を見付けたんだろうね」
「……そんなときに、俺が来て大丈夫ですか?」
それほどまでに熱中しているのであれば、自分が貞光に会いに行くことは、彼にとっての邪魔でしかないだろう。以前、「思うように絵が描けない」とも言っていた。
しかし、昭仁は「大丈夫、大丈夫」というように磯貝の背中を叩いた。
「……本当に、行っていいんですか?」
「うん。流石に、友だちに対して怒ることはないだろうし。それに、そろそろあいつも息抜きが必要だ。二週間籠りっぱなしは身体に悪い」
その答えで、昭仁の意図が分かった。
磯貝をその部屋に行かせることで、貞光の作業を無理矢理中断させようとしているのだ。そのために、わざわざ磯貝を自宅まで連れてきたのだろう。
それならば──と、磯貝は昭仁に言われた通り階段を上り、奥の部屋へと歩を進める。
控えめにノックするが、返事はない。僅かにドアを開けて、なかを覗いてみた。
学校の美術室のようなその部屋は、床のあちこちに絵の具を落とした跡があり、油絵具の独特な匂いが充満していた。
南側に大きな採光窓があり、そこからの光がキャンバスを照らすように、イーゼルを設置している。
そして、その前に座っているのは──。
「──絢さん」
磯貝の呼び掛けに反応し、彼がこちらを振り向いた。その弾みで、一つに束ねた髪が揺れ、日の光を受けた瞳がキラリと輝いた。
「……」
暫し磯貝を見つめたあと、貞光は手に持っていた筆とパレットを机に置いて、ゆっくりと立ち上がる。
「絢さん?」
そのただならぬ雰囲気に、磯貝は再び呼び掛けるが、貞光は返事をしないまま、一直線に歩み寄った。
その距離わずか数センチ。
「はわ、まって絢さん、心の準備が」
「──動くな」
貞光の手が磯貝へと伸び、そのまま顔をがっちりと固定する。
太陽のような虹彩の目が、磯貝の頭の上から下へとゆっくり動いていくのがわかった。
「──うん」
彼は、色々な角度から磯貝を眺めた後、満足そうにキャンバスの前へと戻っていく。
そして、筆とパレットを持ち直してから、ぐりんとこちらを二度見した。
「な、なんでお前がこんなところに?」
ようやく我に帰ったのだろう、彼は信じられないというような表情を浮かべている。
「それは、たまたま絢さんのお兄さんに会って──」
取り敢えず経緯を説明しようと、磯貝は貞光へと近づく。
すると、貞光は慌てた顔でキャンバスの前に立ちふさがった。
「み、見るな! 見ないで、欲しい……」
両手を広げているが、全く隠せていない。
青く澄みきった空の下、こちらを向いている青年──これが誰なのか、すぐにピンときた。
「もしかして、俺を描いてくれたの?」
そう尋ねると、貞光は顔を真っ赤にして俯いた。
「その……格好よかったから」
消え入りそうな声で紡がれた返答に、思わず破顔する。
同時に、「自分は貞光からこういう風に見られている」のだと分からせられたようで、気恥ずかしく感じた。
二人の間に、暫しの沈黙が流れる。それを終わらせたのは、貞光の方だった。
ゆっくりと顔を上げた彼は、「あっ」と声を挙げた。
「颯、顔に絵の具が……」
「え、どこ?」
おそらく、先ほど貞光が磯貝の顔に触れたとき、付いたものなのだろう。拭い取ろうと手をやるが、貞光が止めた。
「待て。それでは塗り広げてしまうだけだ。……着いてこい」
そして、そのまま階段の方へと向かう姿を、磯貝は追った。
「絢也、やっと部屋から出てきてくれた」
一階では、嬉しそうな表情の昭仁が待ち構えていた。貞光は一瞬だけ足を止めると、ちらりと視線を向けた。
「絵、ほぼ完成した。もう見てもいいぞ」
「本当か? 楽しみにしてたんだよ!」
バタバタと、あわただしく階段を駆け上がる音が聞こえる。言葉通り、楽しみにしていたのだろう。
正直、自分がモデルになった絵を見られるのは恥ずかしかったのだが、わざわざ止めに行くほどではない。
「こっちだ」
言われるがまま、磯貝は貞光の後ろをついていく。
歩く度に左右に揺れる黒髪が、愛らしい。
衝動的に彼を抱き締めたくなってしまうが、僅かな理性が何とか押しとどめた。
こうして、磯貝は貞光により洗面所へと連れてこられた。
「──家で使っている絵の具は、水に溶ける製品なんだ。筆も水洗いできるし、扱いやすい」
そう言いながら、貞光は先に自身の両手を洗い、次にティッシュを濡らした。それで拭き取るのだろう。
「ありがとう。あとは自分で──」
「いや、俺がやる。そもそも、俺が絵の具の付いた手で触ったせいなんだ。それぐらいさせて欲しい」
「そ、そう……?」
まあ、自分では拭き取りずらいので、断る理由はない。
「……一応、目は閉じてくれ」
「うん。わかった」
目のなかに、絵の具が入るのを防ぐためなのだろう。大人しく目を閉じて、貞光が己を触れるのを待つ。
最初に左頬へと五指が触れる。その後、右頬にティッシュが何度か当てられた。
冷たい、水の感触が頬に残されたまま、貞光の手が離れる。そして、水を流す音。
「取れた?」
「いや、まだだ」
それならば──と、磯貝は目を閉じたまま、貞光が戻るのを待った。その時間は非常に短く、すぐに彼の両手が磯貝の顔を挟む。
そして──。
「──!」
あまりの衝撃に、磯貝はすぐさま目を開いた。
視界に飛び込んできたのは、瞼を閉じた貞光の顔のみ。その顔が徐々に離れていくと共に、瞼がゆっくりと持ち上がる。
少し潤んだ瞳に、驚いた表情の磯貝が写っていた。
「め、目を閉じろと言ったはずだが……」
頬を真っ赤に染め、そう抗議する彼に磯貝のストッパーが外れる。
貞光の頭と肩に手を回し、そのまま抱き寄せる。
──唇には、まだ柔らかい感触が残っている。
貞光は一瞬だけ身体を硬直させたが、迷わず磯貝の背中へと腕を回し、さらに身体を密着させる。
互いの頬が、触れ合った。
「颯一郎」
「うん」
「俺は、お前のことが……」
来た、と思った。
待ちに待った瞬間が、今まさに訪れようとしているのだ。磯貝は、貞光がこれから言う言葉を聞き漏らすものかと、耳を澄ませた。
そして、その言葉が貞光の口から発せられる寸前。磯貝は第三者の気配を感じ、顔を上げた。
昭仁と、目が合った。
「……あ」
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