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9年前
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「だー! ホント意味わかんない!」
ランは、机の上の紙束を払い落とした。
「今はそれなりに豊かだし、ここも向こうも大勢死んで損ばっかりだから戦争なんてやんなくていいって思って言ってやったのに、『いいから策考えろ』って、そもそも子供にさせることじゃないでしょ!」
「まあまあ、落ち着いてよラン」
私は、珍しく荒れているランをなだめながら、一年前のことを思い出していた。
あの日、お城の中庭でランと出会ったとき、もう会うことはないだろうと思っていた。しかし、そのあとお父様から紹介された、新しい宮廷魔術師がその人、ランディア・オルバートだったのだ。彼女は私と歳が近いけど、そのときすでに賢者の称号まで手に入れていた。
そんな彼女の宮廷魔術師としての仕事は、魔物の大群が攻めてきたときの魔法攻撃や結界を張るぐらい。これは、年に一回あるかないかで、あんまりそっちでの仕事はないようだ。しかし、賢者でもあるランは、大臣の補佐や策士の代わりのようなこともしないといけないそうだ。そんなこと、子供に任せるようなことじゃないって、私は最初そう思っていた。しかし、ランが来てくれてから、国は豊かになっていっているらしい。この前、大臣がそう言いながらランをほめていた。だから、彼女の意見は尊重されると思ったのに却下されるなんて……複雑だなぁ。
「まあいいわ。そう言ってくるなら論破すればいいだけ……!」
不敵な笑みを浮かべながら、ランは羽ペンで何かを書いていく。上から覗きこんでみたけれど、難しすぎてさっぱりわかんなかった。
彼女のペンが止まったのは、秒針がちょうど五週したときだった。
「これ、後で持っていこ……疲れた……」
ランは燃え尽きたようだ。天井の隅っこを見つめて、
「あ、天使様だ……やっほー」
と言っている。……これって、大丈夫なのだろうか……?
「ラン……何か見えるの……?」
「アリーシャ……なにか大変なことってある?」
「……へ?」
大変なこと? ランがオーバーヒートしてること? うーん……。
「……ダンスのレッスンが、嫌なことくらいかな……」
「ダンス? でも、アリーシャってそういうの得意じゃない」
得意だ、確かに。でも……。
「私、リードする側をしたいんだ……」
「あー……アリーシャらしい……」
「あとは、剣術を習いたいんだけど……お父様が許してくれなくて」
あははははっとランが笑い転げた。そうやって笑ってくれるのはいいけど……ちょっと、ね……。
「ごめんごめん、おもしろくってつい。そんな怖い顔しないで」
っと言いながらも、まだ笑っているラン。
……まぁ、許すけど。
「つまり、アリーシャはカッコいいことをしたいわけだ。私にいい考えがある」
ランは私の顔をじっと見つめながら、言う。
「魔法はどう?」
「魔法……」
魔法って、かっこいいのだろうか……?
「今、魔法ってかっこよくないって思った?」
私は頷かない。こういうとき、ランはたいてい私の思っていることが分かっているからだ。
「魔法ってかっこいいよ? 結界張ったりとか、治癒魔法とかは地味かもしれないけど、攻撃魔法は最高にかっこいいとおもうんだけど。ほら、想像してみて。城に魔物の大群が押し寄せてきたとするでしょ? 兵士たちでは、どうにもできない量。そんなとき、アリーシャがドッカーンって爆発魔法を使ったら、どう? かっこよくない?」
「どっかーん……」
言われた通り、想像してみる。ピンチのとき、魔法で皆を助ける王女。
うん。確かにかっこいいかもしれない。
「でも、魔法ってたしか、血筋で変わってくるんじゃ……」
「それは近代魔法。近代魔法は自分の血液に含まれている魔力を使うから。でも、古代魔法は自分の魔力だけじゃなくて、精霊の力を借りるから、魔力のない人でも大丈夫よ」
「それに、私がこっそり教えられるしね」と付け加えるラン。
私は、首を縦に振った。
その夜、ぜんぜん眠れなかった。
翌日から魔法を習うことへのわくわくもあったけれど、なにより、初めて友だちと秘密を持ったことが、うれしかった。
ランは、机の上の紙束を払い落とした。
「今はそれなりに豊かだし、ここも向こうも大勢死んで損ばっかりだから戦争なんてやんなくていいって思って言ってやったのに、『いいから策考えろ』って、そもそも子供にさせることじゃないでしょ!」
「まあまあ、落ち着いてよラン」
私は、珍しく荒れているランをなだめながら、一年前のことを思い出していた。
あの日、お城の中庭でランと出会ったとき、もう会うことはないだろうと思っていた。しかし、そのあとお父様から紹介された、新しい宮廷魔術師がその人、ランディア・オルバートだったのだ。彼女は私と歳が近いけど、そのときすでに賢者の称号まで手に入れていた。
そんな彼女の宮廷魔術師としての仕事は、魔物の大群が攻めてきたときの魔法攻撃や結界を張るぐらい。これは、年に一回あるかないかで、あんまりそっちでの仕事はないようだ。しかし、賢者でもあるランは、大臣の補佐や策士の代わりのようなこともしないといけないそうだ。そんなこと、子供に任せるようなことじゃないって、私は最初そう思っていた。しかし、ランが来てくれてから、国は豊かになっていっているらしい。この前、大臣がそう言いながらランをほめていた。だから、彼女の意見は尊重されると思ったのに却下されるなんて……複雑だなぁ。
「まあいいわ。そう言ってくるなら論破すればいいだけ……!」
不敵な笑みを浮かべながら、ランは羽ペンで何かを書いていく。上から覗きこんでみたけれど、難しすぎてさっぱりわかんなかった。
彼女のペンが止まったのは、秒針がちょうど五週したときだった。
「これ、後で持っていこ……疲れた……」
ランは燃え尽きたようだ。天井の隅っこを見つめて、
「あ、天使様だ……やっほー」
と言っている。……これって、大丈夫なのだろうか……?
「ラン……何か見えるの……?」
「アリーシャ……なにか大変なことってある?」
「……へ?」
大変なこと? ランがオーバーヒートしてること? うーん……。
「……ダンスのレッスンが、嫌なことくらいかな……」
「ダンス? でも、アリーシャってそういうの得意じゃない」
得意だ、確かに。でも……。
「私、リードする側をしたいんだ……」
「あー……アリーシャらしい……」
「あとは、剣術を習いたいんだけど……お父様が許してくれなくて」
あははははっとランが笑い転げた。そうやって笑ってくれるのはいいけど……ちょっと、ね……。
「ごめんごめん、おもしろくってつい。そんな怖い顔しないで」
っと言いながらも、まだ笑っているラン。
……まぁ、許すけど。
「つまり、アリーシャはカッコいいことをしたいわけだ。私にいい考えがある」
ランは私の顔をじっと見つめながら、言う。
「魔法はどう?」
「魔法……」
魔法って、かっこいいのだろうか……?
「今、魔法ってかっこよくないって思った?」
私は頷かない。こういうとき、ランはたいてい私の思っていることが分かっているからだ。
「魔法ってかっこいいよ? 結界張ったりとか、治癒魔法とかは地味かもしれないけど、攻撃魔法は最高にかっこいいとおもうんだけど。ほら、想像してみて。城に魔物の大群が押し寄せてきたとするでしょ? 兵士たちでは、どうにもできない量。そんなとき、アリーシャがドッカーンって爆発魔法を使ったら、どう? かっこよくない?」
「どっかーん……」
言われた通り、想像してみる。ピンチのとき、魔法で皆を助ける王女。
うん。確かにかっこいいかもしれない。
「でも、魔法ってたしか、血筋で変わってくるんじゃ……」
「それは近代魔法。近代魔法は自分の血液に含まれている魔力を使うから。でも、古代魔法は自分の魔力だけじゃなくて、精霊の力を借りるから、魔力のない人でも大丈夫よ」
「それに、私がこっそり教えられるしね」と付け加えるラン。
私は、首を縦に振った。
その夜、ぜんぜん眠れなかった。
翌日から魔法を習うことへのわくわくもあったけれど、なにより、初めて友だちと秘密を持ったことが、うれしかった。
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