上 下
2 / 6

9年前

しおりを挟む
「だー! ホント意味わかんない!」
 ランは、机の上の紙束を払い落とした。
「今はそれなりに豊かだし、ここも向こうも大勢死んで損ばっかりだから戦争なんてやんなくていいって思って言ってやったのに、『いいから策考えろ』って、そもそも子供にさせることじゃないでしょ!」
「まあまあ、落ち着いてよラン」
 私は、珍しく荒れているランをなだめながら、一年前のことを思い出していた。
 あの日、お城の中庭でランと出会ったとき、もう会うことはないだろうと思っていた。しかし、そのあとお父様から紹介された、新しい宮廷魔術師がその人、ランディア・オルバートだったのだ。彼女は私と歳が近いけど、そのときすでに賢者の称号まで手に入れていた。
 そんな彼女の宮廷魔術師としての仕事は、魔物の大群が攻めてきたときの魔法攻撃や結界を張るぐらい。これは、年に一回あるかないかで、あんまりそっちでの仕事はないようだ。しかし、賢者でもあるランは、大臣の補佐や策士の代わりのようなこともしないといけないそうだ。そんなこと、子供に任せるようなことじゃないって、私は最初そう思っていた。しかし、ランが来てくれてから、国は豊かになっていっているらしい。この前、大臣がそう言いながらランをほめていた。だから、彼女の意見は尊重されると思ったのに却下されるなんて……複雑だなぁ。
「まあいいわ。そう言ってくるなら論破すればいいだけ……!」
 不敵な笑みを浮かべながら、ランは羽ペンで何かを書いていく。上から覗きこんでみたけれど、難しすぎてさっぱりわかんなかった。
 彼女のペンが止まったのは、秒針がちょうど五週したときだった。
「これ、後で持っていこ……疲れた……」
 ランは燃え尽きたようだ。天井の隅っこを見つめて、
「あ、天使様だ……やっほー」
と言っている。……これって、大丈夫なのだろうか……?
「ラン……何か見えるの……?」
「アリーシャ……なにか大変なことってある?」
「……へ?」
 大変なこと? ランがオーバーヒートしてること? うーん……。
「……ダンスのレッスンが、嫌なことくらいかな……」
「ダンス? でも、アリーシャってそういうの得意じゃない」
 得意だ、確かに。でも……。
「私、リードする側をしたいんだ……」
「あー……アリーシャらしい……」
「あとは、剣術を習いたいんだけど……お父様が許してくれなくて」
 あははははっとランが笑い転げた。そうやって笑ってくれるのはいいけど……ちょっと、ね……。
「ごめんごめん、おもしろくってつい。そんな怖い顔しないで」
っと言いながらも、まだ笑っているラン。
 ……まぁ、許すけど。
「つまり、アリーシャはカッコいいことをしたいわけだ。私にいい考えがある」
  ランは私の顔をじっと見つめながら、言う。
「魔法はどう?」
「魔法……」
 魔法って、かっこいいのだろうか……?
「今、魔法ってかっこよくないって思った?」
 私は頷かない。こういうとき、ランはたいてい私の思っていることが分かっているからだ。
「魔法ってかっこいいよ? 結界張ったりとか、治癒魔法とかは地味かもしれないけど、攻撃魔法は最高にかっこいいとおもうんだけど。ほら、想像してみて。城に魔物の大群が押し寄せてきたとするでしょ? 兵士たちでは、どうにもできない量。そんなとき、アリーシャがドッカーンって爆発魔法を使ったら、どう? かっこよくない?」
「どっかーん……」
 言われた通り、想像してみる。ピンチのとき、魔法で皆を助ける王女。
 うん。確かにかっこいいかもしれない。
「でも、魔法ってたしか、血筋で変わってくるんじゃ……」
「それは近代魔法。近代魔法は自分の血液に含まれている魔力を使うから。でも、古代魔法は自分の魔力だけじゃなくて、精霊の力を借りるから、魔力のない人でも大丈夫よ」
 「それに、私がこっそり教えられるしね」と付け加えるラン。
 私は、首を縦に振った。
 その夜、ぜんぜん眠れなかった。
 翌日から魔法を習うことへのわくわくもあったけれど、なにより、初めて友だちと秘密を持ったことが、うれしかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

豹の獣人騎士は鼬の魔法使いにご執心です。

yu-kie
ファンタジー
小さなお姫様は逃げてきた神殿に祭られたドラゴンの魔法で小さな鼬になってしまいました。 魔法を覚えて鼬の魔法使いになったお姫様は獣人との出会いで国の復興へ向けた冒険の旅にでたのでした。 獣人王子と滅びた国の王女の夫婦の冒険物語 物語の構想に時間がかかるため、不定期、のんびり更新ですm(__)m半年かかったらごめんなさい。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

プリンセス・ロンド 運命の兄王と妹姫

月森あいら
ファンタジー
西洋ふうファンタジー。血のつながらない兄妹である王子と姫の、流転の恋を描きます。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

異世界最強の賢者~二度目の転移で辺境の開拓始めました~

夢・風魔
ファンタジー
江藤賢志は高校生の時に、四人の友人らと共に異世界へと召喚された。 「魔王を倒して欲しい」というお決まりの展開で、彼のポジションは賢者。8年後には友人らと共に無事に魔王を討伐。 だが魔王が作り出した時空の扉を閉じるため、単身時空の裂け目へと入っていく。 時空の裂け目から脱出した彼は、異世界によく似た別の異世界に転移することに。 そうして二度目の異世界転移の先で、彼は第三の人生を開拓民として過ごす道を選ぶ。 全ての魔法を網羅した彼は、規格外の早さで村を発展させ──やがて……。 *小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。

処理中です...