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第二章
第5話
しおりを挟むプールへ行くと、既にヒスティエ達は
水着に着替えていた。
「……うおぉぉぉ!!絶景か!!」
水着姿のヒスティエ達を見て、
ガンドは叫びながら崩れ落ちた。
「「………。」」
俺とクラト先輩はそんなガンドを
無視して話しかける。
「早いな。もう着替えたのか?」
「あれー?レウはガンド…みたいなのは気持ち悪いけど、照れたりとかしてくれないのかな?」
ふふふっと、俺に笑いかけるミル。
「…悪いな。そういうのはよく分からない。」
…そういう感情はまだよく理解できない。
「むーっ…。意外と手強いわね。こーんな可愛いヒスティエちゃん見ても表情が全く変わらないなんて…。」
そう言われて改めてヒスティエを見た。
ヒスティエは、白い生地にひらひらと
フリルが付いたホルターネック型の
ビキニを着ていた。
フリルにはヒスティエの瞳と同じ色の
青い糸で細かい刺繍がされてある。
清楚な雰囲気がヒスティエに合っていた。
髪型もいつもと違ってアップにしている。
「へ、変じゃないですか…?」
ヒスティエは恥ずかしそうに
俺に聞いてきた。
「いや、とてもヒスティエに似合っていると思う。」
そう微笑んで言えば、
ヒスティエはボンッと顔を真っ赤にして
蹲ってしまった。
「うわぁ…。レウ、それ、わざと?」
何故かミルも若干顔を赤くしている。
「何の事だ?」
「て、天然だった!!マジか!!」
し、心臓がァ~!と呟き始めたミル。
奇行は少しガンドに似ているな。
…本人には言わないが。
「あれれ?ルチアちゃんは何故ラッシュガードを着ているのかな?」
ルチアちゃんのビキニ姿見たかったんだけど、
と、にっこり笑うクラト先輩。
その言葉にルチアはまるでゴミでも
見るかの様な目をした。
「…ラッシュガード着たら駄目というルールがあるんですか?」
ルチアはむっとしつつ、答えた。
ルチアは白いラッシュガードを
しっかりと着込み、不機嫌に
腕を組んでいる。
「ないけど?」
きょとんとクラト先輩は言う。
「なら、いいじゃないですか。」
「残念だなー…楽しみにしていたのに。」
「!!?」
ルチアは突然顔を真っ赤にすると、
フードを被ってそっぽを向いた。
その反応にクラト先輩は満足したかの様に
うんうんと頷いている。
「あ、レウ達も着替えておいでよ。早く遊ぼう!!」
ミルはそう言って俺達の背中を
押して促した。
…ガンドは足で蹴られていたが。
着替える場所でガンドは
涙目でブツブツと文句を言っていた。
「ッたく、痛てーなぁー!レウ、俺の背中赤くねぇ?」
「…くっきりと跡がついてるぞ。」
「え?マジ??」
どんだけ強く蹴ったんだよと
悪態をつきながら着替え始めるガンド。
俺も着替えようと服に手をかけて
…ピタリと止まる。
「…どうした?レウ?」
ガンドが動かない俺を不審に見る。
クラト先輩もこちらを見ていた。
「…いや…何でもない。忘れ物をしたから、取ってくる。先に行っていてくれ。」
「お?そうなのか?んじゃあ、先に行ってるぞ。」
取り敢えず俺はそこから離れて
自分の部屋に戻る。
扉を閉めてため息を吐く。
「…ラッシュガード…で隠す…か。」
先程になって、ようやく気づいた。
俺の身体にはあちこちに傷跡がある。
しかもかなり古い傷だ。
それに、胸には思わず目を背けたくなる程
酷く醜い傷跡がある。
この傷跡を見れば、きっと
今の楽しい雰囲気が崩れる。
ガンドは…ぎこちなく
明るく振る舞うだろうな。
ヒスティエ、ミル、ルチア達は
遠回しに…聞いてくるか?
クラト先輩は…もしかしたら俺の過去に
ついて知っているかもしれない。
陛下の密偵と言っていたし。
でも、知らない場合…めんどくさい。
「…上だけ着替えて行くか。」
バサッとシャツを脱げば、
あの研究施設の時の傷跡が現れる。
傷の多くは上手く教えられた事が
出来なかった時に罰として
鞭で叩かれたり、ナイフで切られたり、
魔銃で撃たれたりしたものだ。
幸いかどうかは分からないが、
腕と脚はあまり傷つけられなかった。
多分、その後の訓練で魔銃が
使えなかったり、走れなかったり
することを避ける為だろう。
そんな暴力の中でよく自分は
壊れなかったなと今でも傷跡を
見る度に思う。
『今更、傷が増えた所で変わらないだろ?』
施設の連中はそう言いながら
楽しそうにナイフで痛めつけた。
「……変わらない訳がない。」
痛み、苦しみ、憎しみ…。
増え続けるソレらによって
ある者は壊れ、ある者は死んだ。
何故、俺達は傷つかなければならない…。
弱者だからか?親無しの子供だからか?
「そんな事……関係ない。」
そう、関係ないんだ。
『人が人を傷つける理由はね……。』
…誰が…言ったのだろうか。
『……××××××だよ。』
…何故か…懐かしい……?
ー コンコンッ。
「…ッ!」
部屋の扉のノックの音で
現実に引き戻される。
「…レウ?…どうしたの?」
「…母上。」
どうやら、母上が様子を見に来たようだ。
「皆、貴方を待っているわよ?」
「すみません。…今行きます。」
素早くラッシュガードを
しっかりと着込み、扉を開ける。
「…レウ、どうしたの?………ぁ。」
母上は俺の姿…ラッシュガードを
着ているのを見て、小さく声を漏らした。
「………必要だと思ったので。」
「……そう。」
母上は悲しげに目を伏せた。
「母上…気にしないで下さい。見られることに、抵抗がある訳ではありません。ただ、今の良い空気を壊したくないだけですから。」
「…えぇ。分かっているわ。」
母上はぎこちない笑顔を浮かべた。
…あぁ、そんな顔をさせたくないのに。
『君って本当に傲慢だね?人一人幸せにする事の難しさがわかってるの?…自分さえも幸せとは言い難いのに?…ははっ。』
「…レウ?」
後ろを振り返っても誰もいない。
…きっと、夢の少年だろう。
「…いえ、何も。」
傲慢でもいい。
俺はどうなったっていい。
ただ、大切な人を守りたいだけだ。
それが難しい事なんて分かっている。
痛いほどに。
痛みなどもう感じない筈の
胸の傷が何故かズキリと痛んだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「…殿下。」
薄暗い地下の部屋でコルネリウスは
分厚く古い本を読んでいた。
コルネリウスは少女の声に顔を
ゆっくりと上げて微笑む。
「首尾は、どうかな?」
「はい。計画通り、ヤード王国内は混乱に陥っています。ただ…。」
そこで少女は一旦声を途切らせた。
「ただ?…計算違いがあった?」
少女は暗い顔をして頷いた。
「はい…。混乱が思ったより早く終息しそうです。」
「それは…アルヴィート王国からの支援があったってことかな?」
「はい。」
コルネリウスは少し考えるように
目を閉じた。
「…誰が向こうに行ったかわかる?」
「…"戦神"と"厄災"です。」
「……それは予想外だったなぁ。」
コルネリウスはふぅとため息を吐いた。
戦争時、その姿を見た者は、
迷わず逃げろと言われる
"戦神"の二つ名を持つメイヒョルと、
政治方面でイヴァール王を支え、
不穏な輩には不幸を振りまくという
"厄災"の二つ名を持つケリック。
「"戦神"は行くだろうと思っていたが…"厄災"か…。」
狙い通りの成果は期待出来ないねと
コルネリウスは肩を竦める。
しかし、その顔は穏やかに笑っていた。
「ですが、思わぬ成果も上がっています。…ログル王が部下を庇い、重傷を負っているそうです。」
「へぇ!」
コルネリウスは
楽しげな声を上げた。
プレゼントを貰った子供の様な
無邪気さを含んで。
「ふふっ。そっかー…でも"戦神"がいるから……動けないね。残念だなー…。」
「では、残りの作戦は予定通りに?」
「……いや、少し変更するよ。君と…部隊の5人には、ある任務についてもらう。メンバーは君が決めてくれてかまわない。」
「はい。…殺し…ですか?」
少女は任務で必要なメンバーを
考えつつ質問する。
「うーん…監視…いや…観察かな?邪魔者は排除してもいいけど。」
コルネリウスは古い本を棚に戻す。
本の背表紙は汚れていて文字が読めない。
「任務は…ディオン・オールディスの息子…レウ・オールディスの能力を見て報告する事だ。」
「…え?」
少女は思わず声を漏らした。
暗殺か誘拐か盗みかと思っていたのに
主が命令したのは観察。
というか、観察って何だろう?と
頭にクエスチョンマークを
少女は浮かべた。
「あの…能力を観察とは…?」
「そのままの意味だよ。」
コルネリウスはにこにこと
少女を見ている。
少女の反応が面白くて。
「…報告によると、レウ・オールディスという人物はただの学生ではないように思える。僕の計画を少し潰したし…ね?」
コルネリウスが言っているのは、
魔術学校の件だろう。
あれは計画のほんの一部に過ぎないが、
思惑では監視カメラから
混乱した状況を面白半分に見ようと
思っていた。
しかし、監視カメラは途中で
ある男子生徒により壊された。
部下達はその男子生徒について
調べた方がいいとコルネリウスに
進言したが、コルネリウスは
レウ・オールディスについてもっと
よく調べろと命令した。
コルネリウスは監視カメラの映像を
もう一度よく見て確信した。
あの男子生徒はレウ・オールディスに
言われて、監視カメラを壊したのだと。
それがわかった時、コルネリウスは
素晴らしいと思わず呟いた。
混乱の最中、負傷しているのにも
関わらず、冷静に的確な状況判断をした。
戦争経験のある兵士でも、
彼と同じ行動はきっととれないだろう。
「僕は今一番、彼に興味を持っているんだよ。彼の生い立ちを調べても、殆ど何も出てこなかった…。あのオールディス家の子供にも関わらず。」
少女は俯く。
それは調べた自分自身がよく知っていると。
そして、情報を掴めなかった不甲斐なさに
悔しくて、ギリッと奥歯を噛んだ。
「だけど、一つ重要な事がわかった。オールディス家には、あの様な容姿の者はいない。遠縁の者にもいなかった。そして、キッカ・オールディスはそもそも、子を産める様な身体ではない。」
コルネリウスは棚から新たな古い本を
取り出し、パラパラとページを捲る。
「つまり、レウ・オールディスは二人の実の息子ではないと言う事だ。…では、レウ・オールディスは何処からオールディス家に来たのか。」
コルネリウスはあるページで
ピタリと手を止めた。
「…彼の容姿に、何か秘密がある筈だ。黒髪に灰色の瞳…。まるで、かの国滅ぼしの魔術師と同じ容姿じゃないか。」
コルネリウスはツッと、細い指で
本に描かれている人物をなぞった。
本には倒れ伏す人の中、ただ一人だけ
中央に立つ漆黒の髪の人物。
国滅ぼしの魔術師。
その名を知らない者など、
きっといないだろう。
子供の頃に絵本で読み聞かされ、
悪い事をすれば、国滅ぼしの魔術師に
連れ去られてしまう、と言われる。
子供達は最初はそんな筈はないでしょ?と、
半信半疑で親に問いかける。
しかし、親はわざと怖い顔をして
子供達に教える。
国滅ぼしの魔術師は実存した者だ、と。
「…かの魔術師と関係があると?」
少女は主に問いかける。
何故か声は震えていた。
「さあ?レウ・オールディスに直接聞いてみたいけど…。そもそも、彼が本当に実存したという確たる証拠はないし。それに物語では彼は最後に、苦しみながら死んだとされている。彼に親しい者がいたという記述もない。」
子孫がいる可能性は…かなり低いよね?と
少女に笑いかける。
「…………。」
少女は何も答えない。
顔を伏せている為、コルネリウスからは
少女がどの様な顔をしているのか
分からない。
「…どうかした?」
コルネリウスはパタンと
本を閉じる。
少女はゆっくりと口を開いた。
「…かの魔術師についてなら、ここにある本よりも…ナグル王国にある本の方が詳しいかと。」
「ナグル王国か…。確かに歴史書には、ナグル王国の場所に亡国はあったと、記述されているね。」
ふむ、とコルネリウスが
考えるように本を棚に戻し、
腕を組んだ。
「ナグル王国か…。まず、入国するのも大変なんだよね…あの国は。…ああ、そう言えば。」
コルネリウスは少女を見た。
「君って、ナグル王国出身だったね。」
「ッ……はい。」
少女は何故か悲しげに、
苦しげに目を伏せた。
「…まだ、そんな顔をするのかい?」
コルネリウスは少女の顎を少し
持ち上げ、少女を見つめる。
そして、さらりと額にかかる髪をはらう。
「…君は、もう昔の君ではない。君は一度死んだ。そして、君は僕のものになった。君は僕の為に動き、僕は君に望んだものをあげると。…それは絶対に破れない契約。」
コルネリウスは少女の額にある
赤い石に口付けを落とした。
少女は目を閉じ、笑顔で
それを受け入れる。
「…私は、貴方のもの。全ては貴方の為に。」
コルネリウスは目を閉じる。
少女は同じ様にコルネリウスの
シミ一つない綺麗な白い額に、
口付けを落とした。
「「…全ては…未来の為に。」」
たとえソレが、
実現不可能だと言われようとも、
二人は…たった二人は…
「必ず…実現させる。」
コルネリウスの見開いた
アメジストの瞳は、鋭い光を帯びていた。
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