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第二章
第1話
しおりを挟むー ヒュンッ!
「ぐぅギァ…ッ…!!」
男の悲鳴とともにビシャッと
生暖かい鮮血が頬を濡らした。
「……何で今日はこんなに多いんだ。」
俺はポツリと呟き、ため息を吐いた。
「…ふふっ、理由は分かってるよね?」
ガサリと音を立てて茂みから
姿を現すクラト先輩。
「…クラト先輩。」
「まあ、でもこれだけいたら…ため息吐きたくなるよねー…。」
クラト先輩は俺の背後に
転がる死体を見ながら
首をコキッと鳴らした。
「ざっと……20…30人くらいかな?帝国以外にも国内の連中もいるね、多分。」
クラト先輩はゴソゴソと死体を調べ始める。
「それにしても…魔銃使わないでこれだけ殺れるとか…凄いね、レウ君。僕、まだ13人なんだけど。」
「…こちらの方が使い慣れてるんで。」
「…それと音を気にしなくてすむもんね?」
クラト先輩はクスリと笑った。
「今度、レウ君の魔銃にサイレンサー機能を組み込むように言っておくよ。」
「…ありがとうございます。」
「さて…じゃあ、もうひと頑張りしますか。」
今日は月が隠れている。
隠密行動には最適だが、それは
敵にとってもそうだ。
クラト先輩は背負っていた
スナイパー型の魔銃を構えて
暗がりに銃口を向けた。
「…楽しい夏休みを潰されないために。」
…レウがクラトの首を絞めるまで、
あと二時間。
そうなる経緯を語るなら、
時は二日前へと遡る…。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
街での事件で倒れてから
数日後の昼下がり…
俺は訛ってしまった身体を解すために
外で訓練をしていた。
「…ふッ!」
「甘いッ!!」
死角からの脇腹への攻撃を
避けられ、そして手首を捕まれて
行き良いよく投げ飛ばされた。
「…ッ!」
何とか地面に着く前に
受け身をとって止まり、すぐに
立ち上がる。
「…受け身は上手くなったな。」
「師匠に何千回と飛ばされてますからね…。」
「ワハハッ!そうだったな!!」
俺の師匠は…一見小柄で温和な四十代くらいの
男に見えるが、体術ではこの国で
トップクラスの腕前をもっていて、
父上の魔術学校時代の先輩でもある。
イヴァール王に頼まれた時には、
今も戦場で敵軍と戦っている。
そして、俺の事を父上と同じぐらい
知っている。三本傷の男の事も…。
「帝国軍の格闘術に、アルヴィート王国軍の格闘術、更に俺のオリジナル…あとは経験をもうちょい増やせば、まさに無敵だな。」
師匠は苦笑しながら、構えの姿勢をとった。
「…実践の構えじゃないですか。」
「フハハッ!安心しろ、身体強化魔術は使わないでやる。」
「使っていたら、運が良くて複雑骨折…運が悪ければ死にますから。」
昔、父上が師匠の技を受けて
腕があらぬ方向に曲がっていた。
急いで俺は治癒魔術を発動したが…。
「は?お前なら魔術でパパっと治せばいいだろ。」
キョトンとした顔で言う師匠。
「…父上に暫くは魔術を使うなと言われてますので。」
そう、2回も倒れたとあっては
こうなるだろうなとは思っていたが、
父上に魔術の使用禁止を言いわたされた。
魔銃と魔力の調整の為の腕輪も没収された。
だから、自分で触れて使用する
身体強化魔術などの魔術しか使えない。
…バレたら怖いから使わないけど。
「なーるほど…。じゃあ、レウが可愛く「使わせてくださいっ!」ってお願いすれば一発だぜ?」
「…無理じゃないですか?」
老医師のお孫さんなら
いいよって言ってしまいそうだが…。
「あ、目をうるうるさせてからの上目遣いだぞ。」
「………本当ですか?」
魔銃を使って魔術の練習が
したいので、師匠の提案に食いつく。
「あー……間違いなくディオンは、鼻血を出しながら、レウの頭の心配をするだろうな、うん。」
「それじゃあ、駄目じゃないですか…。」
というか、何で鼻血?
「ま、俺がディオンに言っておくわー。だから、明日ぐらいには許可もらえるんじゃね?」
ニカッと笑う師匠。
戦場で"破壊神"と恐れられている人物と
同一人物であるのが信じられないぐらい
子供のように無邪気な笑顔だ。
「ありがとうございます。」
俺がお礼を言うと何故かニヤリと
笑う師匠。
「よし、これで明日には身体強化魔術使って、やれるな!!」
…ルビがおかしい気がするのは気のせいか?
「よしッ!!早速ディオンに言ってくるから、ナイフ投げとかやっとけ。」
言うや否や師匠は凄い勢いで
走って行った。
「……今、父上は会議中じゃなかったっけ。」
きっとまた、ノックもなしに
部屋に入るんだろうな…。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「…ふぅ。」
ディオンはギシッと音をたてて
椅子にもたれかかった。
朝から昼食抜きでぶっ続けで会議。
そして、ここ一週間仕事が忙しく、
睡眠は仕事の合間に、
椅子かソファでの仮眠のみ。
食事もきちんと摂ってない。
「お疲れ様です。あとは、書類にサインをして頂ければ本日の業務は終了です。」
ユリヤは上司を労いつつも、
ドンッと山積みの書類を机に置いた。
ディオンは書類、それからユリヤを
見てからまた溜息を吐いた。
「…何でしょう?」
「……ちょっと減らせないか?」
「無理です。」
ユリヤは即答した。
ディオンは少し涙目になった。
「大丈夫です、すぐに終わりますよ。……多分。」
「…ボソッと多分って聞こえた気がするんだが。」
「気のせいですね。さあ、頑張りましょう。」
コーヒーをディオンの前に
置いてから、ユリヤも書類の整理を
椅子に座りつつ、やり始めた。
「……はぁー。」
ディオンは仕方なく、
胸ポケットから万年筆を取り出して
書類にサインを……
ー バキッバキッ!!
…しようとしたら、いきなり
扉が凄い音をたてて壊れた。
「「……………。」」
思わず、ディオンとユリヤは
時が止まったかのように呆然としたが、
すぐに2人とも警戒態勢をとる。
「…うぉっ、意外と脆いもんだなぁ~。一刀両断出来ると思ったのに…チッ。」
扉の破片を蹴りながら部屋に
舌打ちして入って来た人物を見て、
2人は警戒態勢を解いた。
「…メイヒョル様、扉は壊すものではありません。開けるものです。」
ユリヤは修理代は誰が
払うと思ってるんですかと、
ジト目でレウの師匠であり、
ディオンの先輩であるメイヒョルを見た。
「俺は硬そうな扉があったら、壊したくなるんだよ(棒)。」
ニヤリと不敵に笑うメイヒョル。
「…そう言えば先輩、王の間の扉も壊した事がありましたね。」
ディオンがその時の事を思い出したのか
遠い目をした。
「あー!!そうだったな!何かムシャクシャしてたんだよなぁー、あの時。」
「「扉をストレス発散に使わないでください!!」」
2人は同時にメイヒョルにツッコミをいれた。
「フハハッ!まぁ、そんな怒んなってー。」
メイヒョルはディオンの前で
立ち止まり、ジッとディオンを見る。
「…で、何故こちらに?」
ディオンは訝しげにメイヒョルを
見つめ返した。
「…お前、レウに魔術禁止って言ったらしいじゃねぇか。」
レウの名にピクリと反応するディオン。
そんなディオンを見て、
メイヒョルは思わず口角が上がった。
「何時でもポーカーフェイスだったお前が、レウの名にこんなに動揺するとか……ぷぷッ。」
「煩いですよ…。で、それが何です?」
ディオンはぷいっとそっぽを向く。
「別にレウが倒れたのは、魔術を使用したせいじゃねぇじゃん。何で禁止させんだよ。」
「……………。」
ディオンは何も答えない。
「路地裏で倒れとったのは、精神的なもんだって医者が言ってたんだろ?…俺もレウを見つけた時、そうかなって思ったし。」
そう、レウを路地裏で見つけたのは
久しぶりに弟子の様子を見に来た
メイヒョルだった。
「……………。」
まだ、ディオンは何も答えない。
「…最近、またサルザット帝国で動きがあるの知ってんだろ。幾らレウが強くたって鍛錬を怠れば、怪我をするし、最悪死ぬ。なのにお前は鍛錬をさせないつもりか?」
「そんな事はわかってるッ!!」
ディオンはメイヒョルを睨む。
金色の瞳は鋭く光っていた。
しかし、メイヒョルは全く怯まない。
「なら、禁止する必要ねぇだろ。」
「…先輩はッ。」
ディオンはギリッと唇を噛む。
「先輩はッ、心配じゃないんですか?貴方の弟子ですよ!?……所詮、手のかかる後輩の息子ですか?どうでもいい存在なのですか!?」
メイヒョルはディオンの言葉に
ピクリと反応し、冷めた目を向けた。
「俺はレウを信じてるからな。」
メイヒョルはグイッと
ディオンの襟首を引っ張った。
「レウの事が心配なら、大切に檻の中に閉じ込めておけばいいじゃねぇか。実際、お前はそれが出来るだけの力があるしな。なのに、お前はレウが戦火に巻き込まれるのを承知してる。…レウが望んでいるから…叶えてやりたいからだ。」
「……ッ。」
「お前は中途半端なんだよ。」
メイヒョルはディオンの襟首から
手を離して、勢い良く右手を振りかぶった。
ー バキッ!
「……ヴッ!!」
ディオンの口から呻き声が漏れる。
頬は真っ赤に腫れ、
唇は切れて血がたらりと出ていた。
「…レウがどうでもいい存在だと?俺がいつそんな事を言った?…なぁ?」
「…ッ。」
部屋にピリピリと
メイヒョルの殺気が漂い始める。
「ッ!!メイヒョル様、やめて下さい!!」
このままだと、ディオンが
メイヒョルに殺されかねないと
ユリヤは急いで制止の声をあげた。
「…………はァ。わーったよ。」
メイヒョルは殺気を抑えて、
終わりという感じに両手を上げた。
「…俺が言いたかった事は以上だ。じゃあな。」
メイヒョルはディオンに
背を向けて部屋から出て行った。
「……………。」
部屋には扉の破片が散乱し、
重苦しい空気が漂い、
困惑顔のユリヤと苦虫を
噛み潰したような顔のディオンがいた。
「……クソッ!!」
ディオンはイラつきながら
酷く乾いた喉をコーヒーで潤した。
「……ィッ!」
ディオンは切れた唇がコーヒーで沁み、
痛そうに顔を歪めた。
「…見事に図星を指されましたね。」
ユリヤはふぅっとため息を吐いた。
「…ユリヤも私を殴るか?」
自嘲気味にディオンは笑う。
そんなディオンにユリヤは
ただ目を伏せた。
「…私には、貴方を殴る資格はありません。部下としてではなく、レウを大切に思う者の1人としてです。」
ディオンは顔に片手を軽く当てて、
天井を仰いだ。
「……すまない。」
その懺悔は誰に対するものだろうか。
ただ、それはとても低く、
小さい声でポツリと発せられ、
すぐに空気に溶けた。
---------------------------------------------
更新が遅くなりすみません…。
第2章が始まりました!
早速新キャラであるメイヒョルを
登場させてしまいました(笑)
イヴァール王やニコレッタが
お好きな皆様…出番が少なくてすみません(汗)
ちゃんとこれから出番が
あるので安心してください。
これからも応援宜しくお願いします。
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