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① 胡蝶にあらずな幻影
しおりを挟む神龍と、魔神の加護の元で竜王国と、魔帝国の長い争いが続いていた。
俺は、ゾニア。
ゾニアガルズ・ドラゴニア。
竜王国の第二王子にして、竜王の称号を授かる、天才剣士である。
兄にして、第一王子の、"戦神"ファブル、正しくはファブルズ・ドラゴニアには、今はまだ及ばないが、そのうち追い抜いてみせる。奴の持つ、"神龍之加護"さえ俺に移れば。
加護は真の勇気を持つ者に宿るとされており、戦場で帝国の魔族を何匹も討っている俺に移るのも時間の問題だろう。
ましてや、あの"出涸らし"ライミスに移るはずなんて有り得ない。
目障りに無駄に努力をして、
親父と兄貴に目をかけられているだけの、妾の子供であるライミス=ドラゴニアなんかには。
そう思っていたのに…
「ゾニア兄さん、いや凶星に心を売った魔帝よ、覚悟はできているな」
初めてだった。
あの出涸らしが、こんなに強い言葉を使うのも、
そして、俺が誰かを恐れるということも。
あの戦神との戦いの最中ですら、ここまで臆することなどなかったというのに。
「ライミス、最後だ。貴様、この戦いがファブルの仇などとつまらないことを言うなよ?」
ーーファブル。
それは、俺が越えられなかった壁。
そして、嫉妬に狂った俺はついに、魔神に魂を売り、力を得た。
英雄を殺し、願いは叶った。
思えば、罪の多い人生だった。
傲慢な立ち居振る舞い。
そして、嫉妬に燃えて闇に墜ちるような浅はかさ。
こうなるのも、必然か。
「ああ、もちろん。いつだって悪いのはこの世界だよ…」
そこには神竜の勇者と、その決戦に敗北した逆竜の魔帝がいた。
「罵倒しても文句は出ないと言うのに、甘いヤツだ、ライミス。」
そして、神々しく輝くつるぎは、雷のように俺に振り下ろされた。
「ーーーーまたね、ゾニア兄さん」
最期にそんな言葉が、聞こえた気がした。
そこで、傲慢でエゴの塊のような性格だけではなく、立派な兄をも闇落ちすることで手にかけて、あげく、勇者となった弟に倒され幕を引いた第二王子。
ーーーーーという夢を見た。
なんて、長い夢だろうか。
もしかして、起床予定時刻を超過しているのではと思い、時計をちらと見るがまだ数分前だ。
寝汗で気持ち悪いベットを後に、鏡に向かう。
間違いない、俺は俺だ。
俺の名前は、ゾニアではないし、ましてや王子でもない。
天官 菓芯。それが俺の名前、両親から貰ったものである。
そもそも、竜王国とか魔帝国ではなくここは日本だ。人権が保証され、治安もよく、戦争を放棄した平和な国だ。
つまり異様ににリアルな夢であったと、そう結論付けて良いだろうし、ライトノベルの読みすぎかもしれないから少し控えてみるのもいいだろう。
だが、それなのにまだ、こころになにか引っかかるような感じがしていた。
すると、部屋の隅に気配を感じた。
「おはよう、カシン。相変わらず変な名前だよね。」
そちらの方を見ると、メイド服の美少女がこちらへ一礼し、挨拶に余計な一言を加えた。
……え?
「メイド服の美少女がこちらへ一礼し、挨拶に余計な一言を加えた!?!?!?!?」
「なんとまあ、それはびっくりだよね。なんで解説口調なのかは置いといて、声が大きいよね。」
眠そうな瞳は、少し見開かれて、青みがかった髪は無造作なまま。気の抜けた表情はどこかあどけない。
「って、クラスメイトのヒスイさんだよね???」
「そうだよね。てか、今更だよね。まあ、ほとんど初絡みだししかないんだけどね。」
緋彗、緋彗 氷。
同じクラスだが、話したことは無いし、いわゆるカーストが違うと言うやつで、僕が教室の端で本好きで集まってるのに対して、ヒスイさんは、教室の中央にいつも1人でいる。
顔がいいと言うのはそれだけで、確かな優位性を持っている。
特に誰とも話さず、バイトで忙しいらしく誰とも放課後の予定を立てたりしない、それなのに彼女はみんなから、排斥されることも虐げられることも無く、むしろ尊敬されている。
もちろんそれは、美少女と言うだけではない。
完璧とまでは行かずとも、器用貧乏よりはなんでもこなすオールラウンダーであるからだ。
それは、勉強、運動、オシャレなど多岐にわたる。
しかし、彼女の私生活はずっと謎に包まれてきた。
一部男子は、その秘密が気になって夜も眠れないとか。
その秘密が、まさかこんな…
「カシン、君は勘違いをしているよね。」
「え、なにが??」
「わたしは毎朝メイド服を着てただのクラスメイトの家に突撃している訳では無いんだよね。」
つまりそれは、俺のことが好きということになるのだろうか。
「まだ、勘違いしているよね。」
「じゃあなんで、今日の朝に限って、メイド服を着て、俺の家にいるということになるんだ?」
「そんなの分からない」
…わからない!?
何故か、少しムスッとしたヒスイさん。
「ただ、おそらくは昨日の夢が原因だと思うんだよね。」
……………夢、か。
これは偶然、なわけないよな。
「その夢っていうのはもしかして竜王国に関係したりするか?」
「こんな時に、カシンの厨二病に付き合う気は無いんだよね。」
そう冷たく言って、ヒスイさんの表情がくもる。
冷たい表情が似合うと言ったら、変かもしれないが美麗さが際立つのだった。
…というか、誤解だったのか?
「なんてね。やっぱ、カシンも関係してたのか。」
ヒスイさんはそう言って、悪戯な笑みを浮かべる。
「その顔、好きだな。」
「………」
「………」
あれ、今俺なんて言った?
というより、さっきからだ。なぜ、この状況で俺はこんなに落ち着いていられるんだ。
いつもは、クラスで女子と話すにも緊張するのに。
ましてや、今は2人きりだし、俺の部屋だ。
そして、今のチャラ男みたいな発言。
いやチャラいわけじゃないんだが。つまり、なんかいつもより気が大きくなっているような。
心に引っかかていたものの正体。
前世とでも言えそうな、鮮明な記憶による影響。
前世、か。
そういえば、あいつは王子だったよな…
そして、ヒスイさんの服装、これはメイド服だが、この意味するところは……
「ヒスイさん、その夢っていうのは…」
そこで、ヒスイさんの頬が赤くなっているのに気づいた。
「下心出しすぎ…だよね…」
口元を手で隠し、目をそらす。
その向きのまま、続ける。
「えっと、確か……クズ王子の専任メイド、フリース・ルコアだった。シンデレラストーリーと見せかけてからの、クズ王子の落差が凄かったんだよね。」
フリース・ルコア。
もちろん、知っている。
クズ王子というのは無論俺のことを指しているだろう。それだけの、嫌がらせをゾニアはやってきた。
しかし、弁明する訳では無いが、それには理由がある。
「カシンは、どんな夢を?」
「………」
「まさか…だよね?」
ーーーそれは、ゾニアはメイドであるフリースのことが好きだったからである。
「俺は…俺はそのクズ王子だ。だが、あれには理由があったんだ。それはフリースを好きだったからなんだ。もちろん、フリースの気を引くためという理由もあったが、第一は平民の出身であるフリースを政治絡みのいざこざに巻き込みたくなかったからなんだ。身分の壁などなければ、あんなことはしていなかった。」
「カシン…?」
「そして、大事なことを言わないといけない。この世界には、少なくともこの国には、身分の違いなどは無い。だから、ヒスイ 、君に、なんのしがらみもなく思いを伝えることができる。先に言っておくが、これは天官 菓芯が、緋彗 氷へ向けた思いなんだ。」
「……ん」
「ヒスイ、好きだ!結婚を前提に付き合ってくれ!」
………………ヒスイ、好きだ!結婚を前提に付き合ってくれ!?!?!?
まただ、あの前世の暴走。
いや、この前世には自我と呼ぶべきものがある。
つまり魂のような何か、
少し格好つけて呼ばせてもらうとするなら『幻影』である。
そして、俺が幻影の言葉を訂正しようとした時、ヒスイさんがまたあの、悪戯な笑みを浮かべる。
「んふふ、言質とったよね♪」
「お前もか、フリース!!!!」
ーーーその日は2人揃って遅刻したのだった。
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