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復興の宣言
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「スカサハ殿、これはなんとしたことだ?」
「あなたが簀巻きにされてる理由? それはあなたが一番よくわかってるでしょう?」
「何のことだ、誤解だ!」
「あなたの子飼いの兵が東に走り去った。それをあえて見逃した。それがわからないほど愚かじゃないわよね?」
「くっ、どういうことだ?」
「軍議はね、全部フェイクなの」
「なっ!?」
「籠城する情報を流せば、敵さんは迎撃してくるなんて思わない。城に拠って守りを固めながら挟撃ならば、野戦兵力を封じるだけの抑えを残せばいい。事実上はただの兵力の分散。そう思えば油断してくれるでしょう?」
「………」
「そもそも本国からきている部隊をつぶせばこっちの勝ち。後方の補給線を遮断したのもこの部隊。砦に食料が集積されている情報を流したのもね。あなたの部下が本体に向かうことを見逃した理由はもう一つあってね。おかげさまで敵本隊の位置が正確にわかったわ」
「…悪魔め。殺せ」
「いわれなくても。あなたの部下は当家でしっかりと使いつぶさせていただくわ」
絶望に塗りつぶされて、裏切っていた傭兵隊長の意識は闇に落ちた。
翌日、アヴィニヨン軍が味方の敗北を知る。各個撃破の餌食となり、残されたのは自軍のみである。そして正面の陣取っていた部隊に追加で両翼にも部隊が見える。半包囲されつつある状況で、よくて自軍の半壊、半分以上の確率で全滅。ジョシュア卿が降伏を決断したのはその状況がさらに悪化する報告を受けてだった。すなわち、後方の連絡の遮断である。退路を探るための斥候がことごとく戻らなかった。これで退却しようとしているところに伏兵が待ち受ける。絶望しかない。
「アヴィニヨンのジョシュア、レイル卿に降伏いたします。もし許されるならば臣下に降りたく」
「ジョシュア卿。あなたの賢明な判断に感謝する。そのままアヴィニヨンはあなたに預ける」
「いいのですか? 仮にですが私が後方で再度反旗を翻せば、今の勢力など吹き飛びますよ?」
「その通りだ。まあ、あれだ。まずは私の今後の展望を聞いてもらおうか」
「は、はあ・・・?」
「フリード王国を再興する」
「………はい?」
「父の国を取り戻す。そのために戦っているのだよ」
「レイル卿、もしやあなたは…?」
「理由はよくはわからない、だが私は今ここにいる」
「エレス王自身もそうですが、王子、王女、王妃に至るまで生死不明となっていると史書には書かれております。フリード城は原因不明の爆発で更地になったと」
「そうなのか。わたしはティルナノグの地で目覚めた。100年の時を超えてな」
「はい」
「私の身の証を立てられるものは、父の紋章が入ったこの剣しかない。それだけの根拠で大陸を支配している国に戦いを挑むのだ。立ち去ってもらっても構わぬぞ」
「いえ、いいえ、私は正直戦は苦手です。ですが、この地を豊かにすることはできました」
「うん、だから私はこの地に攻め入らなかった。この地の民を戦いに巻き込むに忍びなかったのだ」
「わが王よ。この地の富をあなたの覇業に役立てていただきたい。私はシャイロック卿の才知に及びませんが」
「私のシャイロックになってくれるのか。ありがとう」
レイルはプロバンスの地でフリード王国の再興を宣言した。エレス王の末裔であると名乗り、それ自体を名分として王国領を取り戻すので、元フリードの遺臣に集結を命じる檄を出した。各地に動揺が走る。数世代をまたいでしまっているので、フリードに対する忠誠心などは風化してしまっている。だが、オズワルド王国の統治下で、もとフリード王国の騎士や貴族などはかなり抑圧されており、その不満をあおる旗頭になっていった。このあたりの心理誘導はスカサハが考えた部分でもある。実にあくどい。
檄に応じ、功を上げたものにはそれなりに地位と褒章を約束する。まあ、お約束ではある。レイルの支配領域は全体の1割にも満たない。まずは有象無象であっても数をそろえないと意味がない。玉石混交の中から、珠玉を拾い上げることを求められる。考えるだけでもしんどい作業である。
レイルは執務室のドアを開け、すぐに閉めた。やたら大量の書類が部屋を埋め尽くしていたのである。唐突に肩を叩かれ振り向くと、すごくイイ笑顔をしたスカサハが立っていた。どの程度イイかというと、目が全く笑っていないあたりか。
「レイル殿、どうした?」
「いや、執務室の中が機能と様変わりしていてだね、見間違いかなーって」
「大丈夫、現実を見よう」
「いや、大丈夫じゃない・・よな?」
「現実から逃げていては何も始まらないぞ?」
「逃げてない、逃げてないぞ? ただ見間違いじゃないかと疑っているだけだ!」
「うん、それって現実逃避っていうからね?」
「や、まって、ドアを開かないで、やだああああああああああ」
襟首をつかまれてレイルは執務室に引きずり込まれる。彼の断末魔のような悲鳴が場内に響き渡った。
「これがどこそこから来た挨拶状。こっちは商人からの挨拶状、特産品の買い付けの許可を求めてる。こっちは・・・見なくていい、お見合いの申し込みだ」
スカサハから書類の説明を受け内容を確認し、問題ないものはサインをして決済箱に。問題のある者は問題点を指摘して差し戻しに。ひたすらその作業を繰り返す。その日はレイルの目が焦点を失い、指がつるまでサインが繰り返された。
「あなたが簀巻きにされてる理由? それはあなたが一番よくわかってるでしょう?」
「何のことだ、誤解だ!」
「あなたの子飼いの兵が東に走り去った。それをあえて見逃した。それがわからないほど愚かじゃないわよね?」
「くっ、どういうことだ?」
「軍議はね、全部フェイクなの」
「なっ!?」
「籠城する情報を流せば、敵さんは迎撃してくるなんて思わない。城に拠って守りを固めながら挟撃ならば、野戦兵力を封じるだけの抑えを残せばいい。事実上はただの兵力の分散。そう思えば油断してくれるでしょう?」
「………」
「そもそも本国からきている部隊をつぶせばこっちの勝ち。後方の補給線を遮断したのもこの部隊。砦に食料が集積されている情報を流したのもね。あなたの部下が本体に向かうことを見逃した理由はもう一つあってね。おかげさまで敵本隊の位置が正確にわかったわ」
「…悪魔め。殺せ」
「いわれなくても。あなたの部下は当家でしっかりと使いつぶさせていただくわ」
絶望に塗りつぶされて、裏切っていた傭兵隊長の意識は闇に落ちた。
翌日、アヴィニヨン軍が味方の敗北を知る。各個撃破の餌食となり、残されたのは自軍のみである。そして正面の陣取っていた部隊に追加で両翼にも部隊が見える。半包囲されつつある状況で、よくて自軍の半壊、半分以上の確率で全滅。ジョシュア卿が降伏を決断したのはその状況がさらに悪化する報告を受けてだった。すなわち、後方の連絡の遮断である。退路を探るための斥候がことごとく戻らなかった。これで退却しようとしているところに伏兵が待ち受ける。絶望しかない。
「アヴィニヨンのジョシュア、レイル卿に降伏いたします。もし許されるならば臣下に降りたく」
「ジョシュア卿。あなたの賢明な判断に感謝する。そのままアヴィニヨンはあなたに預ける」
「いいのですか? 仮にですが私が後方で再度反旗を翻せば、今の勢力など吹き飛びますよ?」
「その通りだ。まあ、あれだ。まずは私の今後の展望を聞いてもらおうか」
「は、はあ・・・?」
「フリード王国を再興する」
「………はい?」
「父の国を取り戻す。そのために戦っているのだよ」
「レイル卿、もしやあなたは…?」
「理由はよくはわからない、だが私は今ここにいる」
「エレス王自身もそうですが、王子、王女、王妃に至るまで生死不明となっていると史書には書かれております。フリード城は原因不明の爆発で更地になったと」
「そうなのか。わたしはティルナノグの地で目覚めた。100年の時を超えてな」
「はい」
「私の身の証を立てられるものは、父の紋章が入ったこの剣しかない。それだけの根拠で大陸を支配している国に戦いを挑むのだ。立ち去ってもらっても構わぬぞ」
「いえ、いいえ、私は正直戦は苦手です。ですが、この地を豊かにすることはできました」
「うん、だから私はこの地に攻め入らなかった。この地の民を戦いに巻き込むに忍びなかったのだ」
「わが王よ。この地の富をあなたの覇業に役立てていただきたい。私はシャイロック卿の才知に及びませんが」
「私のシャイロックになってくれるのか。ありがとう」
レイルはプロバンスの地でフリード王国の再興を宣言した。エレス王の末裔であると名乗り、それ自体を名分として王国領を取り戻すので、元フリードの遺臣に集結を命じる檄を出した。各地に動揺が走る。数世代をまたいでしまっているので、フリードに対する忠誠心などは風化してしまっている。だが、オズワルド王国の統治下で、もとフリード王国の騎士や貴族などはかなり抑圧されており、その不満をあおる旗頭になっていった。このあたりの心理誘導はスカサハが考えた部分でもある。実にあくどい。
檄に応じ、功を上げたものにはそれなりに地位と褒章を約束する。まあ、お約束ではある。レイルの支配領域は全体の1割にも満たない。まずは有象無象であっても数をそろえないと意味がない。玉石混交の中から、珠玉を拾い上げることを求められる。考えるだけでもしんどい作業である。
レイルは執務室のドアを開け、すぐに閉めた。やたら大量の書類が部屋を埋め尽くしていたのである。唐突に肩を叩かれ振り向くと、すごくイイ笑顔をしたスカサハが立っていた。どの程度イイかというと、目が全く笑っていないあたりか。
「レイル殿、どうした?」
「いや、執務室の中が機能と様変わりしていてだね、見間違いかなーって」
「大丈夫、現実を見よう」
「いや、大丈夫じゃない・・よな?」
「現実から逃げていては何も始まらないぞ?」
「逃げてない、逃げてないぞ? ただ見間違いじゃないかと疑っているだけだ!」
「うん、それって現実逃避っていうからね?」
「や、まって、ドアを開かないで、やだああああああああああ」
襟首をつかまれてレイルは執務室に引きずり込まれる。彼の断末魔のような悲鳴が場内に響き渡った。
「これがどこそこから来た挨拶状。こっちは商人からの挨拶状、特産品の買い付けの許可を求めてる。こっちは・・・見なくていい、お見合いの申し込みだ」
スカサハから書類の説明を受け内容を確認し、問題ないものはサインをして決済箱に。問題のある者は問題点を指摘して差し戻しに。ひたすらその作業を繰り返す。その日はレイルの目が焦点を失い、指がつるまでサインが繰り返された。
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