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不意打ちとだまし討ち

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「敵は失策を犯した」
高らかにスカサハが告げる。軍議の場、参加している者が困惑の表情を浮かべている。
「それはどういうことか?」
 場を収めるためにレイルが問う。
「敵の指揮官に優劣がないのです。すなわち、ほぼ同列の身分の者が3人、各個撃破してくれと言わんばかりです」
「ふむ、そうは言うが総兵力は我らの倍以上だぞ。どう迎え撃つ?」
「たしかに、さしたる要害もない。わが領内は平地のみですからなあ」
 ベルトラン卿がぼやくように答える。主戦場はプロバンスになるので、戦場の状況は彼が一番詳しい。
「リン殿のもたらした情報によると、時期を合わせてわが領内に3方向から侵入し、わが軍を包囲殲滅することを目的としている」
「ふむ。時間差をつけて各個撃破は…厳しいか。かといって各方面に兵を分けるのは…」
「各方面で全部負けてこいということですね」
「ま、そうなるな」
 具体的な戦術について様々な意見が出るがこれといった決め手に欠ける。議論は冒頭のスカサハのセリフに戻っていった。
「ここです。ここに敵を誘い込みます」
スカサハが地図の一点を指さす。そこはわが軍の物資集積地の中でも最大の基地だった。城壁を築き、ちょっとした城砦になっている。ここは少し特殊な構造をしていた。緩やかな窪地になっており、そこの一番低い場所に向け少しづつ土地を堀下げ、掘り返した土砂を中央部に集め土塁と城壁を築く。
 仮に攻め寄せたとして、徐々に低い位置に下がってゆくことになり、城壁にたどり着いた時点で高低差が絶望的な状態になる。斜面も錯覚を利用してわかりにくくしており、斜面が始まるあたりにはわざと草を残しわかりにくくしている。
 基本戦術としては、敵の斥候などを利用して情報を流し、この地に誘導する。城砦を利用して挟み撃ちにして殲滅する。至ってシンプルである。
「敵は総指揮を執る者はいません。同格の3人の指揮官が個別に向かってくるのです。連携は取りにくくなるでしょうし、ほかの部隊が危地に陥ったとして、どの程度の救援を出すものかは未知数です」
「指揮官に面識があった場合は?もしくは救援体制が整っていた場合は?」
「そこは見極めが必要ですが、徐々に戦力を削るしかないですね。長期戦覚悟となります」
「そうなった場合は、敵の補給線を遮断するしかないな」
「むしろそう仕向けて、城を落とせば補給ができると誘導すれば」
「敵軍の疲弊は加速度的になるな」
「リン、アレス。遊撃部隊をすべて預ける」
「承知した」
「アレス。姉上に何かあったら…」
「うむ、わかっている。一生かけて責任を取る!」
「やだアレス、こんなところで…」
「姉上、いちゃついてる暇があったらとっとと出撃してください。爆破しますよ!?」
「いちゃなんかついてないわよ!? スカサハさんに手を出せない根性なしレイル!」
「出せないんじゃない、出さないんだ!」
「レイル殿、私はいつでもおっけいだぞ?」
「レイル殿。いや敢えて義弟と呼ぼう。女性に恥をかかせるものではない」
「待てこら、話がそれまくってんぞこの野郎」
「ってかレイル。わたしたちの部隊は補給線破壊でいいのよね?」
「ええ、お願いします」
「わかったわ、アレス、行くわよ!」
「うむ、君は俺が必ず守る」
 どっかずれた会話にしらっとした空気が流れだすが、スカサハの咳払いで引き戻される。
「南からの軍に迎撃部隊を出します。敵将は慎重通り越していっそ臆病といっていいレベルらしいので、逆に負けたふりして引きずり込みます」
「ベルトラン卿。1000の兵を率いて任に当たってくれ。地形をよく知るおぬしにしか任せられぬ」
「は! 謹んで承ります」
「北の部隊はセタンタが500をもってあたれ。挑発して引きずり込むのだ」
「承知!」
「東から来るのが本国から派遣されている軍で、これが半数を占めるらしい。現地の部隊が抜け駆けを試みていると情報を流せば突進してくるだろう」
「セタンタ。ここでこうして、このあたりのタイミングで…」
「ほう、なるほど。ここから部隊を移動させれば…」
「よろしく頼む」
「任せろ!」
 砦にはジーク率いる1500が入った。弓、投擲に長けた兵を多く配備している。レイル率いる本隊2000は砦の南東に潜んでいる。後詰めとして傭兵隊1000が北東に配置されていた。これはマッセナが指揮を執る。そしてレイルの指示に従い、2部隊は東に進み始めた。
 夕闇が迫る中、セタンタは一心に平野を駆け抜ける。敵陣に斬り込み、頃合いを見て引き上げる。これを繰り返した結果、敵将は完全に頭に血が上っているようだ。リンの手勢から伝えられた敵部隊の位置と進行方向、速度から割り出した地点。セタンタが率いる500は、彼に最も長い期間付き従い、その訓練を受け続けた最精鋭。半日にもわたる敗走にも士気を崩壊させることなく、敵部隊の誘導に成功していた。
「全軍、敵軍に突撃だ!」
 セタンタの大音声が響き渡る。太陽は地平線に沈みゆき、わずかな残光が大地を水平に照らす。東から進軍してきた軍には逆光になる位置関係になる。セタンタ率いる500と、敵の北方面軍が相次いでなだれ込んだ。
 敵の東方面軍から見れば、逆光を利用しての奇襲であるし、北方面軍から見れば、少数の奇襲部隊が本体に逃げ込むように見える。さらに一番数の多い東方面軍を邀撃に出た敵本隊と思い込んでしまったことで、この悲劇は引き起こされた。
 壮絶極まりない同士討ちが始まった。王国直轄の軍であったため、ほかの地方領主軍と装備が違う。それにより、お互いが友軍であると気づけなかった。片や奇襲を受けたと思っており片や敵本隊へ機種をかけたと思い込んでいる。そして闇が深まり、さらに相手を識別できない。だが、壊滅させた部隊の旗幟を改めた騎士が、味方の旗印であることに気付き、総司令官に報告する。お互い名乗りを上げ、味方であることに気付いた。あまりの惨状にお互いの指揮官が頭を抱えたその時、レイルとマッセナ、セタンタの軍が改めて奇襲をかけたのである。北方面軍の指揮官はセタンタに討たれた。オズワルド本隊は3割以上の損害を受けて敗走した。
 激しい戦闘のさなか、一人の傭兵隊長が壮絶な戦死を遂げた。後日流れたうわさで、敵軍に情報を流していたため粛清されたとまことしやかにささやかれたのだった。実際に情報が流されていたかは定かではない。
 夜が明けて、南から進軍してきた軍は自軍の敗戦を悟った。昨日までは正面の兵力は1000あまりであったのが、5000近い数に膨らんでいる。レイルの揃えられる兵力のほぼすべてが自軍に向かう状況。ほかの二路の軍はすでに敗れたのだ。陣の守りを固め、情報を集めるために斥候を放った。普通こういう状況下の斥候は未帰還の兵がある程度出るものだが、全員が生還し、昨夜の戦いで北方軍と本隊が壮絶な同士討ちの挙句敗走したとの情報をもたらしたことで、アヴィニヨン伯ジョシュアは降伏を決断した。
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