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傭兵隊長レイル

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 うっそうとした森の中、簡易の柵を中心とした城壁と、見張り台を兼ねた櫓が立っている小さな開拓村があった。東西の門は閉ざされ、大きな篝火が中央の広場に焚かれている。その日は旅芸人の一座が訪れており、村人と村と契約している傭兵が中心部の広場で飲んで騒いでいた。その日は収穫を祝う宴が張られており、旅芸人の一座は去年も同じころ合いに訪れていた。
 騒ぎの外周で一人果実酒を舐めながら、焙った肉にかじりつく青年というよりは少年の面差し。黒髪に碧眼、黒を基調としたチェーンメイルを着こみ、傍には愛用の両手剣。はしゃぐ子供たちを見て自らも微笑みを浮かべていた。そんな彼のもとに一人の兵が近づく。やや細身の少年に比べると偉丈夫といってよい立ち姿はスキのない一流の戦士のたたずまいだった。

「若、こんなとこで何してるんです?」
「ああ、マッセナ。俺たちは所詮よそ者だからね。ふるまいを感謝してちびちびやってるだけさ」
「そうですかい。ただまあ、ここに腰を据えてもいい気もしますね。ここはいいところだ」
「そうだな。で、酒場のおかみさんとはどうなんだ?」
 厳めしい顔が一気に赤く染まる。その赤さは酒によるものだけではない。頭から湯気を噴きだしそうな勢いでマッセナと呼ばれた戦士は反論した。
「いやあのその、いや別にアデルのことがあってここにいたいとかいうわけじゃないんですよええ」
「誰もそうはいってないが?」
「くううう、若はいつからそんなにお人が悪くなったんですかい?」
「こんな家業やってて、若様でいられるほうがおかしいだろ」
「まあ、そりゃそうですが・・」

 宴の盛り上がりは最高潮に達した。年若い踊り子が見事な剣舞を披露している。両手に持ったレイピアは篝火の明かりを照り返し、彼女のしなやかな舞踏をさらに引き立てる。周囲の一座の者が楽器を打ち鳴らし、青年が吹き鳴らす笛の音が相まって、観衆を更なる陶酔に引きずり込む。
 そんなさなか、鐘の音が鳴り響いた。少年は食べ加来の肉を一気に咀嚼して飲み込むと、大音声で告げた。

「野郎ども! 迎撃の支度をしろ!」
 おおう!応えを返しと周辺の傭兵たちが身支度を始める。酒を飲むことを禁じていた一部の当番兵は櫓に駆け上がっていく。
「東側からゴブリン部隊、数は不明、松明が・・・およそ30!」
「兵種は?」
「暗がりで不明。魔法兵はいないようです!」
「可能な限り弓で数を減らせ! マッセナ、前衛を頼む!」
「合点! 野郎ども、続け!」
 マッセナのもとに20名ほどの兵が集まる。皮鎧を着こみ、手には近接戦闘をこなせる武器を構えていた。櫓や城壁上から10ほどの弓兵が松明の明かりめがけ矢を射こむ。暗がりのため、相手を完全に視認しての狙撃は不可能だ。唐突に巻き起こった戦闘にも村人は慣れた様子で手近な家に駆け込み、自警団に所属する若者は武器を取る。といっても農具兼用の鎌や手斧などで、あとは古びた槍を持ったものが少しいるだけで、戦力としては非常に心もとないものだった。
 そんな彼ら、数は30名ほどが戦闘時は傭兵隊長に指揮を任せるとの取り決めに従い、彼らは少年のもとに集まる。
「レイルさん、俺たちはどうしたらいい?」
 問いかけてきた少年は村長の息子である。次の村長と公認されており、自然と若者たちのリーダーに収まっていた。彼も槍を手にしている。
「ジーク、東はそろそろマッセナが打って出る。西の門に敵が来るかもしれない。この前子供たちに頼んで、城門の上に石を積み上げてある。半数は誰かが近づいてきたら相手を見極めて投石で攻撃。半数は城門が突破されないように防衛を頼む!」
「了解だ! みんな、行くぞ! 城壁上はライアンが指示を出せ! 異常があったらすぐに知らせるんだ!」
「わかった! いくぞ!」

 ほどなくして、傭兵の一団が南にある隠し門から城壁外に出て、ゴブリンどもの後方に襲撃をかけた。ギィギィと声を上げ、何らかの指示が飛んだのか、城壁から離れ逃走に移った。見張りを残して、マッセナは城壁を北側から回り西門へ向かう。予想に違わず、近くの森に潜む盗賊団「レッドフォックスズ」が潜んでいた。城壁上の村人を狙撃しようとしていた盗賊団の弓兵は、逆に顔面に矢を打ち込まれ声を上げる間もなく絶命する。レイル自身が率いる10の兵とマッセナ率いる20名が挟み撃ちの形で斬り込んだ。
 激しくも短い戦闘が終わり、敵兵は30名ほどを討たれて逃げ去った。近くを偵察させたが、後続や援軍はいなかったようだ。
「若、お見事な手並みです」
「剛腕マッセナがいて、あの程度の敵に負けたら父に叱られる」
「いえいえ、普通はあの状況で西に敵の本命がいるとか思いませんて」
「偽撃転殺の計だ。東声撃西ともいう。要するに陽動作戦だな」
「ははあ、そんなもんですか」
「まあ、あれだ。収穫直後の食料を狙ってきたか」
「ああ、そうですね。今年は豊作でしたし」
「いずれ奴らとも決着をつけないとだな」
「そうですね」
 頷くマッセナとともに、彼らは東門から村に帰還した。村人の歓呼の声に出迎えられ、ジークも笑顔で手を振ってくる。
「おお、レイル殿。此度の奮戦、感謝いたす」
「いえ、契約に従ったまでです」
「ところで、ゴブリンと盗賊団の動きが活発になっているようです。西の村と連絡を取りたいのですが」
「わかりました、一小隊を護衛につけましょう。また、明日から巡回を強化します」
「ありがとうございます。今夜はゆっくりとお休みくだされ」
「ありがとう、そうさせてもらいます」

 兵の半数を念のため警戒に残し、彼自身は割り当てられた小屋に戻る。鎧を外し、寝台に潜り込むとやはり戦闘の疲れがあったためか、その意識は闇に沈んでいくのだった。
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