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笑みを浮かべて

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「正面、歩兵中心に1万。背後に野戦陣地。騎兵中心に2000が駐留」

 歩兵の旗印を見ると、様々な貴族の混成軍のようだ。うまく分断を誘えれば各個撃破はできるか?

「陣の背後には帝都正門、その前に皇帝旗を掲げた部隊あり。皇帝陛下が在り。傍らには……黒の傭兵ガイウス殿!」



 旧来の傭兵団の皆にはさざ波のように動揺が走る。ガイウスは絶対的な将だった。彼のもと、傭兵団は負けたことがなかったのだ。

 そしてつい先日、大軍をガイウス率いるわずかな兵に翻弄され、大敗している。

 こっちの軍にしてみれば鬼門というか疫病神というか、苦手意識は否めない。



「まあ、あれだ。ガイウスは切り札だ。そう簡単には出てこない。まずは真正面の重装歩兵を蹴散らすぞ」

「はっ!」

 出てくるとすれば必勝の態勢を整えたとき。例えば、前衛の部隊と陣を突破して疲弊と損害が頂点に達しているわが軍に突撃を敢行するとか、かね。

 まずいな。対策なんざ全く浮かばない。だからいっそ笑うことにした。ピンチの時こそふてぶてしく笑えって誰かに教わったような気がする。

 そもそも指揮官がオタオタしてたら兵は安心して戦えない。

 にやにやするのも変だし、なるべくゆったりとした表情を心がける。



「重装歩兵、防壁陣だ!」

 今から敵陣を抜くのに防壁陣? というフレデリカの目線がこちらに向く。

「真正面からあの重厚な陣を抜くのは難しい。であれば、表面を薄く削るように厚みを減らすか、押し返す。それとも……?」

「ちょ、どうするの!?」

「いくつか手はある。ああ云った陣形はかき乱してやればいい」

「騎兵を使う?」

「それも手だが、あの大軍よりも怖いのが陣にこもってるからな。まずは奴らを引ッパりだそうか」

「え? そんなことできるの?」

「できるかどうかじゃない、やるかどうかだ」

「答えになってない!」



 俺はそれだけ言うと指揮を執るために前線に出た。歩兵同士のぶつかり合いが始まっている。

 ウォードは最前列に近い位置で声を張り上げている。

「進め、進め、進め!」

 盾を構えた重装歩兵が掘塔をそろえて前進していく。



「弓兵! 敵の頭上に矢をお見舞いしてやれ!」

「「応!!」」

 敵も同じくらいのタイミングで弓兵の攻撃が始まった。

 矢戦の応酬のさなか、歩兵たちがぶつかり合う。盾で押し、槍を突き出し、敵を一人でも倒さんと突き進む。

 倒れた兵は後列の兵が埋めて陣列を維持する。後列の兵はあらかじめ拾っておいた石を敵に向けて投げ込む。

 弓兵の練度はこちらが上のようだ。敵の弓隊は大きな被害を受け下がり始める。



「矢が途切れた、ここだ! 強撃! 敵を叩いた後は……全軍後退!」

「「応!!」」



 槍を立てて、頭上からの一撃を加える。そのまま数語槍を衝き込む。敵がひるんだ一瞬を逃さず後退を始めた。整然と後ずさるこっちの陣列に、敵の前衛がくらいついてくる。

「防ぎ矢! 放て!」

「「応!!」」

 敵の突進の勢いが正確な射撃で若干鈍る。だが、勢いがついてしまった流れはそう簡単に跳ね返せない。徐々に押し込まれてしまう。



「敵はひるんだぞ! 押せ、押せ!」

 敵の指揮官が単純で助かる。ここで損害を出していられないからな。



「父の仇をとるはいまぞ! 進め、進めえええええええええええ!!」



「なんだあれ?」

 という俺の問いに、隣にいた俺の護衛の兵が、だいぶ前の戦いでケネスが討ち取ったエーガー卿の息子だと言っている。

 俺は馬上で大弓を引き絞り……放った。

 矢は放物線を描き、エーガー卿の息子とやらの顔面に突き立った。

 断末魔を上げるいとまもなく落馬した彼は、後続の騎馬の馬蹄にかけられ肉泥と化す。



「あれだけ叫んで目立てばいい的だ」

 俺の一言に周囲の兵が笑い声をあげる……絶好の挑発だ。敵の前衛指揮官は完全に頭に血が上り、突撃を命じてきた。敵の勢いはいや増し、防戦一方となってさらに押し込まれる。

 もはや重装歩兵たちは盾を投げ捨て潰走しているように見える。

 敵は騎乗の兵を先陣に立て、追撃してきた。敵の陣列は徐々に伸びてきて、横一列だった陣形が膨らんだ三角形になっている。



「頃合いだ。鏑矢を上げろ!」

 俺の横を並走していた兵が、足を止めると、くるっと振り向きざまに鏑矢を打ち上げた。

 ヒュー―――っと風を切る音が戦場に響き渡る。



「続け!」

 ウォルフガングが率いる獣人族の軽歩兵が敵の側面に食らいつくように攻撃を仕掛けた。



「撃て、撃て、くらわしたるニャアアアアアアアアアア!!」

 さらに側面に展開していたシーマの弓兵が、茂みから現れて、真横に矢を放つ。



 そこに一呼吸遅れて反対側からブラウンシュヴァイク公の指揮下にあった騎兵が突入した。

 歩兵の奇襲を受けて、さらに弓兵による攻撃を受けた。敵の目は完全にそっちに向いているところに、反対側から騎兵突撃を受けたのだ。

 敵陣は大混乱に陥る。



「南無八幡大菩薩、我ここに汝に問う。我が矢敵将を射抜けば、この戦に勝ち、その勝利を汝に捧げん……扇抜き!」

 那須与一に倣って、八幡様に祈りをささげる。弓を支える左手の指し示す先には、混乱する軍を必死に立て直そうとする敵将の姿があった。

 指揮官とか隊長とかが指示を仰ぐべき大将は彼らの目線の先にある。

 小刻みに手綱を引き、ゆらゆらと揺れ動くさまは、それこそ波間に漂う小舟の上の扇だ。時が止まったような静寂の中、その無軌道な動きを予測して……ゆっくり息を吐きながら右手の力を抜く。

 引き絞られていた力を解き放たれた弦は、ビィンと音を立て、ため込んだ力を矢へと移動させる。

 風切り音を発して放物線を描いた矢は真一文字に飛翔し、敵将の胸甲のど真ん中に突き立った。



「ぐふっ!?」

 心臓を貫いた矢を見てけげんな表情を浮かべていた敵将はそのまま崩れるように落馬した。



「敵将討ち取った! 者ども! 敵を粉砕せよ!」

 これでこの戦闘の趨勢は決まった。敵将はそれなりに名のある将であったのだろうが、それを失った以上奴らはただの寄せ集めだ。

 旌旗ごとに分裂した敵軍は文字通り崩壊した。



「逃げる敵は追うな!」

 俺の指示に従い、最低限の打撃を加えた後はすぐに再構築する。

「重装歩兵、前へ! 槍構え!」

「「応!!」

 敵は逃げていく方向には野戦陣がある。追撃と並行して突破したかったが、軍勢が崩壊と同時に門を開いて騎兵が出てきた。

 馬上槍を振るい檄を飛ばす敵将には見覚えがあった。



「ヴァレンシュタイン伯アルブレヒト、参る!」

 もちろん騎兵だけで2000じゃない。中核となる騎兵はその1割ほどだ。くさびを穿つために槍兵が先行し、槍先をそろえて突撃してくる。本来ならその攻撃を受け止めて跳ね返すところだが、追撃態勢から急速前進しているので、そのままぶちかりあって乱戦になる。



 ここに戦いの第二幕が開いた。
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