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熱き血潮のたぎり

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「勝鬨をあげよ!」

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!」」

 敵軍は敗走した。追撃は適度なところで切り上げ部隊をまとめる。

 常に自分の倍以上の兵力を跳ね返してきた盾兵部隊はへたり込んでいる。彼らの体力はぎりぎりのところだった。

 というか、先ほどの敗走が擬態で、今ここに敵が迫っていたらなすすべもなく討たれるだろう。シーマ率いる斥候部隊が周囲を警戒しているので奇襲はない。

 そもそも見晴らしがよい丘陵に陣を張っているのでこれをかいくぐって奇襲を仕掛けるとすれば……、いや、やめよう。今考えても仕方ないことだ。



 生き残った兵たちは肩を抱いて歓声を上げる。そして、倒れて動かない肩を並べて戦っていた仲間の前で声を上げて泣く。

 これが戦場だ。常に死は隣にある。そこから少しでも距離を取るために俺たちは訓練に明け暮れる。

「皆、よく戦ってくれました!」

 本陣から皇女が出てきた。倒れた兵に目をやり、悲しげな表情を浮かべる。

 一瞬目を伏せ、顔を上げると飛び切りの笑顔を浮かべていた。

「わたしのために戦っていただきました。この戦いで散っていった勇士には名誉を、後日必ず報いることをお約束します」

「各指揮官は戦功をあげた者を推薦するように。皆、疲れているだろうが戦死者の埋葬を頼む」

「「応!」」



 アントニオが買い付けてきた食料を兵たちにふるまった。訓練の中にはわざと飢えさせて、原始的な本能を呼び覚ますといった手法もある。

 むろん戦闘前には兵糧を使わせている。死に物狂いの力は長続きしたいからだ。

 彼らは飲み、食い、そして死者に対して追悼をささげる。

 あいつは勇敢だった。やつは立派に戦った。と、戦死した戦友をたたえる。そして無言のうちに思うのだ。次は俺の番だろうと。



 そうして一夜を訓練用キャンプで過ごし、城に帰還した。すでに一戦を遂げ、敵を蹴散らしたことは伝わっている。

 テムジンを先頭として入ってきたケンタウロス騎兵には歓呼の声が上がった。これまで孤高を保ってきた彼らにも変化が訪れるきっかけになるかもしれない。



 祝勝会はにぎわっていた。さっそくというべきか、近隣の領主があいさつの使者をよこしている。この一戦の勝利、1500が5000の兵を蹴散らした情報は様々な影響をもたらすだろう。先日の大敗を補うにはまだ足りないが、それでも消えたと思われていたフレデリカ皇女の存在を示すことになる。

 なにより、これまで面従腹背を貫いてきた獣人族、それもケンタウロス族を従えたということは大きい。主たる村はこちらの指揮下に入っていたが、そこに属さない小規模な獣人族もいる。それこそ家族単位で遊牧をしているような者たちだ。

 主力が砦に戻ったので、防衛の任についていた兵を偵察と敵が遺していった物資の回収に向かわせている。5000の兵を養う物資はこちらを潤してくれるだろうし、武具についても配備を進められる。

 実際問題として、矢が足りない。防ぎ矢で敵の足止めを行い、騎兵の機動力で敵陣を粉砕した。といえば簡単だが、実際問題として薄氷の勝利ではあったのだ。



 むろん、討伐軍はこれからもやってくるだろうし、5000が敗れたなら次は1万といったように、より手ごわくなるだろう。

 しかし、皇子たちの派閥はほぼ互角で、こちらに大兵力を回す余力はない。それこそが新たな派閥を立ち上げるスキマになる。彼らに拮抗できるだけの勢力を築くことはなかなかに難しいだろう。

 結局、彼らを脅かすほどの勢力を築くに至った時点で協力されてこちらに向かってくる危険性がある。

 もちろん分断工作は行うし、そもそもそういう形で協力できるのならば、今こうやって争っていない。

 多難すぎる前途にため息を漏らすと、ふっと左手に暖かい感触があった。



「大丈夫ですよ」

「気楽に言ってくれるね」

「あなた一人で背負う必要はないんです」

 何をいまさらと思うが意外とその一言が胸に響いた。ああ、確かにそうだ。

 にっこりと笑顔を向けてくるフレデリカ皇女に少しだけ鼓動が高まる。手の温かさがじんわりと体に広がっていくようだ。そうして、改めて彼女の方を振り向くと……。

 直後、彼女の表情は一変し、ニヤリとした笑みを浮かべる。その変化に俺の心臓は急速に普段通りに戻っていく。実に残念だ。

「うふふ、今よしみを通じようとしてきた方々はせいぜい宣伝塔になっていただきましょう。彼らが重く用いられたとなれば、寝返りを考える人々も出ることでしょう」

「あてにならんだろ?」

「皇女殿下の理想に感銘しはせ参じました、みたいな方が信用なりませんよ。それこそ傭兵のように、報酬分は働く。報酬が出ている間は裏切らないと言われる方がまだ信じられます」

「傭兵やってると、ちょいちょい、信用とか信頼って何だって思うよ」

 それこそ戦闘が終わった後に値切られるとかはよく聞く話だ。戦死者の保証に当てないといかんというのはわかるし、防衛戦だと収入は鹵獲物資くらいしかない。

 そうなったとき、うちではやらんけど、傭兵がそのまま野盗になって略奪を働くなんてのは珍しくもなかった。



 皇女が差し出してきたグラスを受け取り、中身を一気に煽る。強い酒精が喉を焼いた。かッと体が熱くなり、今まで口を閉ざしていたタガが外れる。



「今日は勝った、けど明日はわからん。俺たちの前途は山あり谷ありだ。しかし、動き出してしまった。一歩を踏み出した。この事実は覆せない。

 だからこそ、明日も勝たないといけない。勝ち続けないといけない」



 独り言だが声が大きかったようだ。じっと兵たちが俺を見ている。

「誇り高き獣人族のつわものよ。貴様らの血潮はたぎっているか?」

「「応!!」」

「わが剣のもと、皇女殿下の指し示す方へ共に歩んでくれるか?

「「応!!」」

「ならば俺も誓おう。貴様らを勝利に導くと。自由を勝ち取るために戦い抜くと!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」

 俺が振り上げた手に、兵たちが応える。そこには部族の壁を越えた一体感が見られた。

 戦いは兵力、すなわち数だ。しかし数だけをそろえても烏合の衆という言葉がある。

 中核となる最強の兵がいれば軍としての柱になる。

 俺は無駄に上がったテンションそのままに、兵たちを煽り続けた。

 翌日目覚めて、二度と酒は飲むまいと誓うのだった。
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