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13話 我が名を呼ぶもの

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「うきゅうううううううう……」

 ぶすぶすと煙を上げつつひっくり返るヌエにウォードがやってきて怪しげな液体をぶっかけると、みるみるその傷が癒されて行く。

「ふむ、まずまずの結果……」

 あまりに怪しげな行動に誰もツッコミが入れられない。

 やむなく俺が質問した。



「えーっと、今何をしたのかな?」

「ああ、薬草をブレンドして、途中で見つけた霊水に溶かし込んでみたやつをぶっかけたんだ」

 うん、いろいろツッコミどころは多い。とりあえず目的から聞いてみた。

「何を作ろうと?」

「いわゆるポーションってやつだね。遥か神代の時代には普通にあったそうだよ」

 まあ、魔法があるんだからそういったものがあってもいいと思う。愛刀もある意味マジックアイテムとやらになったようだし。

「端的にまとめると?」

「けが人とかをすぐに治せたら?」

「いいね!」

 そのセリフに驚きを浮かべる者もいればげっそりしている者もいる。あとで聞いたがウォードは凝り性で、いろんな実験を暇を見つけてはやっているらしい。あの農業スキルや細工の腕も素やって培われたようで……。



「う、うう……おおお!? 我、生きてる!」

 ヌエが意識を取り戻したようだ。まあ、あっちこっち凄い勢いで焦げたりしてたからなあ……。



「大丈夫か?」

「お、おお。霊薬を使ってくれたのか。ありがたし」

「霊薬?」

「うむ、今では失われた技と聞くが、薬草と霊水を混ぜ合わせ……「待った!」」

 間にウォードが割り込んでくる。

「その話、ちょーっと詳しく聞かせていただきたい!」

 目がぎらついている。獲物を見つけたクマのように……。そしてヌエの巨体をわしっと抱えると、物陰に連れて行き、しばらく戻ってこなかった。



 彼らが戻ってきた時、人影はなぜか二つだった。

「いやあ、いいお話を聞けました」

 ウォードはやたらつやつやしている。その何かすっきりした表情を見てチコさんがとても良い子には聞かせられないような表現で妄想を語りだす。一部の女性兵が目を輝かせてチコさんの周囲に集っていた。乙女のタシナミ、らしいが怖すぎる。



「で、まさかとは思うが……」

 目の前に現れたたおやかな美女は……たぶんヌエなんだろう。

「うむ、我じゃ。主よ、コンゴトモヨロシク」

 なぜ何処だけ片言なのかと突っ込もうとしたら「様式美とあのクマが言っておったぞ」とのことらしい。

「まあ、いい。それで、「主」呼びってことは……?」

「いやあ、まさか殺されかけるとは思わなんだぞ。深手を負って死んだふりをしたことはあったがな」

「木下の伝承はそういうことかよ」

「くくく、我は借りは必ず返す主義じゃ。倍返しでな!」

 ドヤ顔でふんぞり返るヌエ。プルンと胸部装甲が揺れた。これは……いいものだ、というあたりで矢が飛んできてヌエの顔面に直撃する。

「旦那! また浮気してるニャー!」

「くっくっく、なかなかの弓勢よ。じゃが我の面の皮を貫くには至らなんだな」

 いや、ちょっぴり額に刺さってるぞ。あと少し血が出てる。まあ、貫通はしてないみたいだな。



「むう、こやつもなかなかの使い手。主がいなければ手を貸しても良いほどじゃ」

「にゅう、なかなかやるニャ。強敵と書いてともって呼べるくらいニャ」

 お前ら現代日本の漫画でも読んでるのか?



「んで、ヌエ、これからどうするんだ?」

「おお、それじゃ。我に名をいただきたい」

「そう、だな……」

「良き名を期待するぞ」

 目をキラキラさせながらこっちを見上げるヌエ。まるでご褒美を待ちわびる犬のようだ。尻尾があったらブンブン振っているに違いない……そういや蛇の形をした尾があったなとか益体もないことを思い出す。

「ふむ、お前は雷を統べる力があるんだったな……ならば神鳴りから転じて神鳴かんなはどうか?」

「おお、おお! 素晴らしい! 主との契りここに結ばれた。我はこの身が続く限り主とその血筋の者に対して守護を与えよう!」

「といっても俺はいま天涯孤独だが?」

「なに、主とて若き益荒男、妻など何人でも娶れよう」

 そのセリフに目を輝かせるものもいた。シーマは若干固まっていたが。

「いや、妻は一人でいい。何人も養うような甲斐性は俺にはないぞ」

「ふむ、番はただ一人か、それもまた好ましい」

 シーマの表情がパァァァァァと明るくなる。別にお前と結婚すると言ったわけじゃないんだが。

「まあ、よい。流れのままに因果は巡るじゃろ」



 なんか気になることを言われた気がするが、そこは置いておこう。



「ふん!」

 ヌエ、改め神鳴は何やら気合を入れると、一頭の馬に姿を変えた。

「我が木下と名乗っておったころの姿じゃ。主とともに戦場を駆け抜けようぞ!」

 それは美しい姿だった。こんな美しい馬を見たことがない。木下を巡って平家と源氏は争いを始めたというが、それも納得できるほどだった。

 俺はそのまま裸馬にまたがる。ぽんぽんと首筋を叩き、膝で馬腹を閉めると、ゆったりと歩き出した。

 そして、たてがみを掴み、軽く馬腹を蹴ると、疾走に移る。森の中にも関わらず平地を行くような速さで景色が流れる。恐怖はない。風と一体になったような爽快感だけが俺たちを包んでいた。

「主よ、しっかりと捕まっておれ」

「へ?」

 目の前に現れた倒木をひらりと飛び越すと、木下の蹄はそのまま空を蹴り、空へと駆け上がった。

「うおおおおおおお!」

 そこから見える光景に、俺は言葉を忘れたかのように叫び続けた。
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