騎士と女盗賊

響 恭也

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覚醒

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 戦いはあっけなかった。砦を包囲した時点ですでに勝負はついている。時間稼ぎもままならず反撃もできないままに討たれてゆく盗賊たちに一瞬哀れを感じてしまったが、そうなりたくなければ盗賊などに身を落とすからだ。
 似たようなことを考えていたと思われるジェド様もこちらを見て頷いていた。

「隊長殿、一応降伏勧告をしたほうがよろしいか?」
「貴殿は?」
「冒険者隊の先鋒を任されたジェラルドと言います」
「おお、貴公がそうか。降伏を呼びかけて投降すればよし、しない場合は」
「根切りですね?」
「そうだ。治安を悪化させるのは当国にとって致命的なのでな」
「承知した。なれば私が赴くがよろしいか?」
「お任せしよう。お手並み拝見というところだな」

 ジェド様が砦の門に近づいてゆく。あたしはそのやや後ろに付き従う形だ。伏兵や狙撃手がいないかを探知して、その身を守るのがあたしの任務だ。

「これが最後の勧告だ。投降せよ。さすれば罪人としての裁きはあろうが、それなりの扱いは保証する。どうか?」
「それなりの扱いとやらを具体的に言え!」
「お主らには裁判を受ける権利がある。情状によっては強制労働などで済むかもしれぬぞ」
「ふん、殺人は全て死刑だ。俺たちにはあとはないのさ」
「何があっても投降せぬと?」
「くどい!」
「さればこれまでだ。残念だが、な」
 その時、砦の城壁に数人の男が立ち上がり矢を引き絞っていた。
「危ない!」
 あたしはジェド様の前に立ちふさがり盾になろうとする。距離が離れすぎていてナイフでは届かないしショートボウでも同じだ。両手に愛用のナイフを逆手に構える。
 その時、あたしの体の中で、何かの歯車がかみ合ったような音がした。
 弓弦がびんっと音を立て、引き絞られていた弓が元に戻ろうとする力を伝えて矢が放たれる。何だろう、時間がすごくゆっくりだ。矢が徐々に近づいてくるように見える。あまり訓練されていない射手だったようで、あたしとジェド様に向けて当たる軌道の矢は3本。そして一斉に来ていれば捌けないがごくわずかにタイミングがずれている。
 第一矢を左手のナイフで身体の外に向けて弾く。二本目は同じく右手のナイフで弾いた。そして三本目はあたしの身体の中心に向けて飛んでいるこれを避ければジェド様の命にかかわるし、そもそも避けることができないタイミングだ。
 両手のナイフは振るわれており、この屋に届かせるにはわずかに時間が足りない。そしてふと思いついたことを実行してみた。顔付近に飛んできたのを襟元に仕込んでいたダガーをくわえ、首の力だけでそれを振るい、斬り飛ばすことに成功した。
 そして防いだと思った瞬間、時間の流れが元に戻る。弾かれた3本の矢以外はすべてあたしたちの至近に突き立っている。というか、一瞬の間に3本の矢を弾いて見せたあたしの絶技にジェド様を含めて呆然としているようだった。
「ジェド様、逃げますよ!」
「あ、ああ」
 届かないことを承知でダガーを投げつけ、踵を返す。後ろでなんか悲鳴が聞こえた気がするが振り向く暇もなくあたしたちは走り出した。
 すぐ背後には重装の冒険者を中心とした突貫部隊が控えており、ジェド様を収容と同時に前進を始める。指揮はアルフさんが執っているみたいだ。
「シェラッ!?」
「なに? ジェド様」
「お前、その傷……」
 ふと顔に手をやるとさっくりと頬が切れていた。弾いた鏃がかすめたか。
 ジェド様は懐から手巾を取り出しあたしの傷にあてる。ってそれ……
「ジェド様、それご実家から持ち出されたものでは?」
「ばか、そんなこと気にしてる場合か!」
「あう、すいません。けど、汚しちゃったらまずいんじゃ?」
「私の身を守ってくれた者に替えられるものではない。シェラ、お前がいなければ私は死んでいたと思う。ありがとう」
「いいんですよ。けど、自分でもなんであんなことができたのかわかりませんねえ……あれ?」
 そうつぶやくとすごい脱力感に襲われた。どうもあのスイッチが入ったような状態はあたしの身体にものすごい負荷がかかるみたいだ。
 あたしはそのままジェド様の腕の中で意識を飛ばしたらしい。というのは、後から戻ってきたアルフに思いきりからかわれたのだ。
 リースが思い切りスタッフをフルスイングして黙らせてくれたが、あたしは顔から火が出るかと思った。雇い主の前でなんて失態と思ったからだけど、どうもそれだけじゃないように見られている気がした。
 それ、あたしはいいけども、ジェド様に失礼なんじゃないかと思ったのだ。

 戦いは趨勢が覆るはずもなく、順当にと言っていいものか、砦は落ちた。もともと大公国の管理下にあったもので、抜け道なども先に抑えられていた。
 正面から攻め寄せる冒険者の部隊は魔法の使える者を前面に出し、その火力で制圧した。前面の盗賊たちは一気に粉砕され、散らばって逃げようにも、抜け道は全て抑えられている。一部が降伏したが他はすべて討たれたようだ。
 彼らに哀れを感じなくはない。けれど、盗賊に落ちる前に、何とか踏みとどまることはできなかったのか、だれか手を差し伸べる者はいなかったのか。あたしは運よくジェド様に拾ってもらえた。あの時国に残ったとしても結局お尋ね者だ。そうなればあたしなんかは犯罪者としてこいつらと同じ道を歩んでいたんじゃないか? そうならなかったかもしれないけど。
 ああ、だめだ、考えがまとまらない。疲労が頭を覆い頬の傷が心拍と同じリズムで鈍く疼く。眠い気がするが、傷の疼きで意識は覚醒する。どうしたもんだろうかと思っているとジェド様がテントに入ってきた。
「大丈夫か?」
「ああ、平気だよ。ジェド様」
「シェラ、無理をさせてしまったな」
「いや、ジェド様に死なれたらあたしも路頭に迷うからね」
「むう、すまない」
「いいんだ。あたしは望んでジェド様について行ってるから」
「そうだな。じゃあ、この言葉が相応しいな。ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
 あったかくて穏やかな空気が流れる。それは今までのあたしの生活にはなかったものだ。
 すごく居心地がよくて、気づいたら顔が笑みを浮かべていたらしい。ジェド様は相変わらずの無表情だけど、目元が少し緩んでいる。これって機嫌がいい時の表情なんだよね。
 それに気づいたあたしは少しうれしくなり、ジェド様を守り抜いた自分を頬ることができた気がした。

 この光景を見ていたレザが少し暴れたらしい。リア充は皆すべからく爆発しろと。
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