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エルフの賢者

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 僕はアルバートほか、戦える冒険者を連れて森に向かった。いつの間にか草原が拓かれて、森へ道ができている。
 森のエルフたちの境界を越えなければ、一切の手出しはなかったこともあり、木材の切り出しや、薬草、山菜などの収集に市民が出向いていたからだ。

 食料の収穫は都市内である程度賄えているが、結局人はパンのみにて生きているわけじゃない。
 森の恵みは僕たちの食卓を潤してくれていた、というわけだ。

「殿。エルフたちはこちらへ出向くと言っていたのでしょう?」
「そうだね。ただこちらから出向くことで彼らに誠意を見せた方がいいかなと思ってね」
「舐められはしますまいか?」
「言いたいことはわかるよ。ただ最初から頭ごなしに従えと言っても彼らは納得しないかもしれない。最終的にこちらの傘下に入るにしても、彼らのメンツをつぶすようなことはしない方がいいと思ってね」
「なるほど。殿の度量に感服しましたぞ!」
 アルバートはがははははと豪快に笑っている。彼がこういう態度をとってくれることで、とってつけたような僕の意見でも、周りがそれっぽく受け取ってくれていた。
 だが同時にベテランの冒険者としてその目はしっかりと見開かれていた。
 アルバートの右手が目にもとまらぬ速さで振られると、前方の木の上から悲鳴すら上げられず、眉間を投げナイフで貫かれた大型の猛獣が落ちてきた。
 周囲を見ると、武器に手をかけている者、さらにエーテルを圧縮し始めている者もいた。

『うん、皆さんずいぶん強くなってますね』
「……なにをしたんだい?」
 内心こめかみを押さえながら問いかけると、姿があれば間違いなく素晴らしい笑顔を浮かべているであろうチコはこう言い放った。
『ちょっと彼らの成長を速めただけですよ』
「おい!?」
 非常にとんでもないことをサラッと言われた。
『んー、彼らが討伐している魔物とかにちょいとエーテルを流し込んで強化するんですよ。そうすると、彼らがその魔物を倒した時の強化率が上昇しましてですね』

 魔物を倒すと、その体内に蓄えられていたエーテルが霧散する。そのエーテルを吸収し、自らのものにすることで体内のエーテル強度が上昇する。
 エーテル強度が上昇すればそのまま強さが向上する。一定の強度に達すると、吸収したエーテルが定着し、さらに能力が底上げされる。
 その定着した状態をレベルアップと呼んでいた。
『いやー、アルバートさん。殿の役に立てるだけの強さを一刻も早く手にするのだ、って、文字通り練る間も惜しんで戦ってましたからねえ。あ、ちょっとだけマナを使わせてもらって彼らの武具とかは新調してありますよ』
「お、おう……」
『それにこれから会うエルフの賢者は、そうでもしておかないとまずいです。マスターの次の位階の人が鼻息一つで吹っ飛ばされたら冗談抜きで舐められちゃいます。もうぺろぺろですよ』
「……間違ってはないと思う。けど、今度からは僕にも一言ほしいなー」
『えー、だってそんなことをしたらおもしろくな……ナンデモナイデスヨー』
「おいっ!」

 そうこうしているうちに森の前に到着した。先ぶれは走らせていたので、数人のエルフがこちらを迎えてくれている。
 彼らの案内に従って森の中を進む。あらかじめ彼らが倒してくれているのか魔物の影はない。
 お互いの武具を物珍しげに見ている様子が、警戒心はまだ残っているよなーという状況だった。
 さて、エルフの結界を……若干身構えていたのだが普通に超えることができた。
 エルフの集落は樹を利用して建てられた、木の幹に部屋がくっついていたり、太い枝の上に建てられている住居であったりしていた。
 物珍しさに周囲を見渡していると、奥の方に平屋建てのがあった。普通の建物なんだけど、一つだけ異質なのはその建物は、周りの樹木から完全に切り離されていることだった。
 建物が族長の住居とのことで、そこの会議室で会談が行われるという話だ。住居に入ろうとしたときに、武器を預けるように言われたが、アルバートがそれを拒絶した。若干もめたが、そもそも関係性は定着していないので、お互いが武装したままの会談となった。

「ようこそいらしてくださった。私はミラリムのアリエル。この森のエルフを束ねる者です」
 若い女性が出迎えてくれた。そして僕の顔を見ると全身を硬直させて、表情が引きつりまくっている。
「どうも。ガルニアの主、クロノと言います」
 椅子から立ち上がり、ぺこりと一礼する。
「……私たちをどうこうするつもりはないのですね?」
「どういう意味かな?」
「あなた一人で私たちが束でかかっても敵わないということですよ。お判りでしょう?」
「え? そうなの?」
「……えー」
 アリエルさんはぽかんとした顔をして、若干間の抜けた声を上げた。
 ぽかんとしてても美人は美人なんだなあとかこっちも間の抜けたことを考えていた。

「そう、ですね。そちらの戦士の方」
 アルバートを指し示す。本人も、俺? みたいな顔をしている。
「ああ、そういう意味か。そうだな、いっぺんやりあってみるかい?」
「やめておきましょう。間違いなく相討ちになります」
「はは、俺の力はそこまでになっていたのか。いやはや」
 
『あのアリエルさんって人。すごいですね。天然ものですよ』
「どういうこと?」
『生まれ持っての才能ってことです。アルバートさんも素晴らしい才能をお持ちでして、普通あのペースでエーテル強度って上がらないんですよね』

 チコの解説によると、彼らの強さは、アルバートが78000、アリエルは77000という。くだんの魔獣が目覚めたとして、一撃では消滅させられないほどの力だ。
 そして、僕の評価値は……約400万らしい。
 アリエルさんは僕の力を正確に測ったわけじゃない。けど自分よりも圧倒的に濃密なエーテルを感じ取ったということだった。

「まず、ミラリムの里はクロノ様の庇護下に入ります。そして、私の感覚では正確ではありませんが、結界の奥の魔獣はおそらくクロノ様よりも弱い。討伐もそうですが、理想としては魔獣を支配下に置くことができれば……」
「さらなる戦力になるってことだね」
「そうです。私とアルバート殿が前衛を引き受け、ガルニアとミラリムの精鋭でかかれば……」
 彼女の手はぐっと握りしめられていた。それは絶望の中で一筋の光明を見た思いなのだろう。
 そんななか、僕の脳裏にチコからの警告が届いた。

『封印に反応が見えます』
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