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刻一刻
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「というわけで、危険な桟道ではなく坑道を使って向こうに行けるようにしたいと考えているのです」
「なるほど。それは素晴らしいことです」
桟道を守る任を負った彼らの表情からは何もうかがえない。にこやかな笑顔を貼り付けている。
「これまでご苦労があったことでしょう」
「ええ、幾多の仲間が谷底にのみ込まれました……」
「俺はギルドの土木課の者です。だからこそ、あなた方の苦労、そして仕事の意義はよくわかっているつもりです」
土木課、という単語に少し彼らの表情が動いた。というか、こんな僻地にまでうちらの悪評は伝わっているんだろうか?
「……道とは何ですか?」
唐突な質問に面食らうが、俺がギルドに赴任した最初の日、ガンドルフに言われた言葉がすべてだ。
「俺が一番大事にしている言葉は……道はすべてを運んでくる。人々が暮らすうえで必要なものも、よくないものも。それでも「道を守ることは人々をの生活の根本をまもること」だと思っています」
「そう、ですか。わかりました。工事の無事を祈っています」
「ありがとうございます」
最後の言葉を交わした時、彼は心からの笑顔を浮かべていたように思えた。
何とか修理したスコップを手に俺は岩壁の前に立つ。神に祈るなんてのは性に合わないが、事故が起きる時、起きないとき、その結果は不平等だ。
取っ手を下に、切っ先を上に。騎士が誓いを立てる時と同じしぐさでスコップをかざす。
祈ってよい結果を引き寄せられるならいくらでも祈ってやる。そんな罰当たりなことを考えながら、俺はスコップを突き立てた。
掘削という概念を込めたスコップ面がガッと音を立てながら壁面に突き立つ。
「ディグ」
一言の呪を紡ぐと、人間が一人すっぽり収まる程度の穴が開いた。
それと共に穴の上面からバサッと砂が落ちてくる。俺はあらかじめ予定されていた場所に向けてスコップを突き立てて呪文を唱えていった。
「ふう……」
工事は順調に進んでいる。俺がスコップを突き立て、掘削の呪文を唱えることで砂岩の結合が解かれる。その砕けた砂を兵たちが背後に運び出す。
崖下に落とせばいいという意見も出たが、俺はあえてそれをさせなかった。
この砂は俺の魔力を含んでいる。いざというときの保険になりうる。
リチャード陛下の言葉。妨害が入るという可能性で、先遣隊が事故で全滅などという事態はそれこそ計画を大きく止めることになるだろう。
帝国は基本的に融和策をとっている。だが皇帝が代替わりすればその方針もどうなるかわからない。
それが共和国と王国の考えるリスクなのだろう。
そのこと自体はわからなくもない。しかし直近を見るなら、このフロンティア計画がうまく行ったとして、帝国がしっかりと利益を享受するまでにどれだけの年月がかかるのか。
それこそ100年では効かない、それこそエルフの寿命が尽きるほどの時間がかかってもおかしくない。
いろいろと考えることは尽きないが、工事は順調に推移していった。
「というわけで、明日にはめどがつきそうですね」
「ご苦労様、ギルバートさん」
ローレット殿下とお茶を飲みながら状況の確認をする。
「それで……彼らのことなんですけど」
「そうですね、若干事後承諾になるのですが、彼らをギルドで雇用したいと考えています」
「それはどういう意味です?」
「こういった坑道は手入れが大変なんですよ。あと、この山道も拡張の余地があります。今後を見据えて整備したい」
「ならばここで生活している彼らなら、というわけね。いいでしょう」
「ありがとうございます。すぐにでも伝えましょう!」
俺は一気にカップのお茶を飲み干し、天幕の外に出た。
直後、爆発音が響き熱風が俺の頬を叩く。
「何事だ!」
即座に動いたのはゴンザレスのオッサンだった。
「隊長! あれを!」
周辺を警戒していた兵が指さす先で桟道が業火に包まれ焼け落ちていく姿が見えた。
「まずい!」
分断された。そのことに気づくと、俺は慌てて砂山に駆け寄る。
「顕現!」
霊体化していたベフィモスを呼び出すと砂山に向けて放り投げた。
「あおおおおおおおおおおおおん!」
砂山の頂点に駆け上がると遠吠えを上げるベフィモス。
砂山がばさっと崩れると、そのまま壁を形作る。
俺はベフィモスにごっそり持っていかれた魔力をポーションを必死に飲み下して補充する。
まずいとか言ってられる場合じゃない。
「ギルバートさん!」
「ローレット! そこの陣に立て籠もれ!」
「ローリア! 頼む!」
「やれやれ、仕方ありません。報酬はギルさんでいいですよ」
「なんでもいいから早くしてくれ!」
「……冗談が通じる状況ではありませんね」
肩をすくめたローリアがふっと手を翻すと、俺の背後で人間が斃れた。
仲間が倒れている姿に目もくれず、黒ずくめの集団が迫っている。
「ギルバート! お前もこっちだ!」
ゴンザレスのオッサンが壁の上に仁王立ちになって大声で俺に呼びかける。
そこに複数の射手から矢が射込まれるが、ゆらりと体を揺らすだけでその矢はすり抜けたかのようにその背後に飛び去った。
「だめだ! クリフたちが孤立している」
「ならどうする?」
俺は無言で坑道に向かって走り出す。
「だあああああ、無茶ばっかするなお前は!」
「いまさらだ!」
「ロビン! 兵をまとめて殿下を守れ!」
「はっ、命にかえても!」
「ゆるさん、必ず生きて復命せい!」
「ははっ!」
オッサンは数人の重歩兵を率いて俺についてくる。
坑道を進む。壁面は魔法で砂岩を岩盤に変えて強化してあった。
天井はアーチ状に加工し、直上からかかる重量を徐々に分散して和らげる構造にしてある。
帝都近くの鉱山のメンテに行っていた経験が生きた形だ。
スコップ面に魔力を流し、片面を光らせて灯りにする。もう間もなく最深部、というところで先客がいた。
「あんたたち……」
そこにいたのは桟道を管理していた人々だった。
「すまん」
代表して俺と話していた男、コンラルドだった。
「ああ、やはりか」
「気づかれていたか、まあそうだよな」
「なぜこうなった?」
「桟道に火を放って、逃げようとしたら逃げ道がふさがれていてな。やむなくここに逃げ込んだ」
「そうか。土魔法は使えるか?」
「桟道の修理で」
「ならいい、手伝え」
実体化しているベフィモスはただそこにいるだけで俺の魔力を際限なく吸い上げる。
ポーションは走りながら2つ目を口にした。
そして間もなく3つ目を口に入れないといけない。
刻一刻と俺の限界は迫る。
そして背後から人の気配が近づいてくる。この状況で味方だと思うほど俺の頭はおめでたくはない。
「オッサン!」
「任せろ。だが……急いでくれよ?」
なぜここで工事が止まっていたか。それはここの壁面だけが頑強な岩盤でできていたからだ。
岩盤に手を当てその向こうを探ると……戦闘を繰り広げるような魔力の揺らぎが感じられる。
俺はスコップを振り上げ、切っ先に魔力を集中して振り下ろした。
「なるほど。それは素晴らしいことです」
桟道を守る任を負った彼らの表情からは何もうかがえない。にこやかな笑顔を貼り付けている。
「これまでご苦労があったことでしょう」
「ええ、幾多の仲間が谷底にのみ込まれました……」
「俺はギルドの土木課の者です。だからこそ、あなた方の苦労、そして仕事の意義はよくわかっているつもりです」
土木課、という単語に少し彼らの表情が動いた。というか、こんな僻地にまでうちらの悪評は伝わっているんだろうか?
「……道とは何ですか?」
唐突な質問に面食らうが、俺がギルドに赴任した最初の日、ガンドルフに言われた言葉がすべてだ。
「俺が一番大事にしている言葉は……道はすべてを運んでくる。人々が暮らすうえで必要なものも、よくないものも。それでも「道を守ることは人々をの生活の根本をまもること」だと思っています」
「そう、ですか。わかりました。工事の無事を祈っています」
「ありがとうございます」
最後の言葉を交わした時、彼は心からの笑顔を浮かべていたように思えた。
何とか修理したスコップを手に俺は岩壁の前に立つ。神に祈るなんてのは性に合わないが、事故が起きる時、起きないとき、その結果は不平等だ。
取っ手を下に、切っ先を上に。騎士が誓いを立てる時と同じしぐさでスコップをかざす。
祈ってよい結果を引き寄せられるならいくらでも祈ってやる。そんな罰当たりなことを考えながら、俺はスコップを突き立てた。
掘削という概念を込めたスコップ面がガッと音を立てながら壁面に突き立つ。
「ディグ」
一言の呪を紡ぐと、人間が一人すっぽり収まる程度の穴が開いた。
それと共に穴の上面からバサッと砂が落ちてくる。俺はあらかじめ予定されていた場所に向けてスコップを突き立てて呪文を唱えていった。
「ふう……」
工事は順調に進んでいる。俺がスコップを突き立て、掘削の呪文を唱えることで砂岩の結合が解かれる。その砕けた砂を兵たちが背後に運び出す。
崖下に落とせばいいという意見も出たが、俺はあえてそれをさせなかった。
この砂は俺の魔力を含んでいる。いざというときの保険になりうる。
リチャード陛下の言葉。妨害が入るという可能性で、先遣隊が事故で全滅などという事態はそれこそ計画を大きく止めることになるだろう。
帝国は基本的に融和策をとっている。だが皇帝が代替わりすればその方針もどうなるかわからない。
それが共和国と王国の考えるリスクなのだろう。
そのこと自体はわからなくもない。しかし直近を見るなら、このフロンティア計画がうまく行ったとして、帝国がしっかりと利益を享受するまでにどれだけの年月がかかるのか。
それこそ100年では効かない、それこそエルフの寿命が尽きるほどの時間がかかってもおかしくない。
いろいろと考えることは尽きないが、工事は順調に推移していった。
「というわけで、明日にはめどがつきそうですね」
「ご苦労様、ギルバートさん」
ローレット殿下とお茶を飲みながら状況の確認をする。
「それで……彼らのことなんですけど」
「そうですね、若干事後承諾になるのですが、彼らをギルドで雇用したいと考えています」
「それはどういう意味です?」
「こういった坑道は手入れが大変なんですよ。あと、この山道も拡張の余地があります。今後を見据えて整備したい」
「ならばここで生活している彼らなら、というわけね。いいでしょう」
「ありがとうございます。すぐにでも伝えましょう!」
俺は一気にカップのお茶を飲み干し、天幕の外に出た。
直後、爆発音が響き熱風が俺の頬を叩く。
「何事だ!」
即座に動いたのはゴンザレスのオッサンだった。
「隊長! あれを!」
周辺を警戒していた兵が指さす先で桟道が業火に包まれ焼け落ちていく姿が見えた。
「まずい!」
分断された。そのことに気づくと、俺は慌てて砂山に駆け寄る。
「顕現!」
霊体化していたベフィモスを呼び出すと砂山に向けて放り投げた。
「あおおおおおおおおおおおおん!」
砂山の頂点に駆け上がると遠吠えを上げるベフィモス。
砂山がばさっと崩れると、そのまま壁を形作る。
俺はベフィモスにごっそり持っていかれた魔力をポーションを必死に飲み下して補充する。
まずいとか言ってられる場合じゃない。
「ギルバートさん!」
「ローレット! そこの陣に立て籠もれ!」
「ローリア! 頼む!」
「やれやれ、仕方ありません。報酬はギルさんでいいですよ」
「なんでもいいから早くしてくれ!」
「……冗談が通じる状況ではありませんね」
肩をすくめたローリアがふっと手を翻すと、俺の背後で人間が斃れた。
仲間が倒れている姿に目もくれず、黒ずくめの集団が迫っている。
「ギルバート! お前もこっちだ!」
ゴンザレスのオッサンが壁の上に仁王立ちになって大声で俺に呼びかける。
そこに複数の射手から矢が射込まれるが、ゆらりと体を揺らすだけでその矢はすり抜けたかのようにその背後に飛び去った。
「だめだ! クリフたちが孤立している」
「ならどうする?」
俺は無言で坑道に向かって走り出す。
「だあああああ、無茶ばっかするなお前は!」
「いまさらだ!」
「ロビン! 兵をまとめて殿下を守れ!」
「はっ、命にかえても!」
「ゆるさん、必ず生きて復命せい!」
「ははっ!」
オッサンは数人の重歩兵を率いて俺についてくる。
坑道を進む。壁面は魔法で砂岩を岩盤に変えて強化してあった。
天井はアーチ状に加工し、直上からかかる重量を徐々に分散して和らげる構造にしてある。
帝都近くの鉱山のメンテに行っていた経験が生きた形だ。
スコップ面に魔力を流し、片面を光らせて灯りにする。もう間もなく最深部、というところで先客がいた。
「あんたたち……」
そこにいたのは桟道を管理していた人々だった。
「すまん」
代表して俺と話していた男、コンラルドだった。
「ああ、やはりか」
「気づかれていたか、まあそうだよな」
「なぜこうなった?」
「桟道に火を放って、逃げようとしたら逃げ道がふさがれていてな。やむなくここに逃げ込んだ」
「そうか。土魔法は使えるか?」
「桟道の修理で」
「ならいい、手伝え」
実体化しているベフィモスはただそこにいるだけで俺の魔力を際限なく吸い上げる。
ポーションは走りながら2つ目を口にした。
そして間もなく3つ目を口に入れないといけない。
刻一刻と俺の限界は迫る。
そして背後から人の気配が近づいてくる。この状況で味方だと思うほど俺の頭はおめでたくはない。
「オッサン!」
「任せろ。だが……急いでくれよ?」
なぜここで工事が止まっていたか。それはここの壁面だけが頑強な岩盤でできていたからだ。
岩盤に手を当てその向こうを探ると……戦闘を繰り広げるような魔力の揺らぎが感じられる。
俺はスコップを振り上げ、切っ先に魔力を集中して振り下ろした。
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