上 下
4 / 33

崖崩れ

しおりを挟む
 馬に乗って現場へ急ぐ。ローリアに頼んでマナポーションをありったけ出してもらった。
 経費はギルド本部にツケておくことにしよう。

 急ぎつつ道路の様子を見る。この前クリフに仕込んだ道路表面の仕上げはうまく機能しているようで、水たまりは多くない。
「ぬかるむと途端に歩きにくくなるからな」
 ローリアのアイディアで道の横に一定の間隔で植えた木が雨宿りだったり日よけになっている。
 木を植えるというアイディアは森の民であるエルフじゃなければ出てこなかったのではないだろうか?

 3時間ほど進んだところで馬に休息を与える。
 歩哨小屋で身分証を出して水と飼葉を分けてもらう。
「この先の街道の修復に来たんだ」
「……お一人で、ですか?」
 けげんな顔をしている。先行して現場を確認するのだろうと勝手に解釈されているのだろうが、今回の現場には俺しか派遣されていない。
 むしろ俺一人の方が都合がいいのだ。

「状況はどうなっている?」
 歩哨小屋なら状況が伝わっていると考えて状況を聞いてみた。
「……ひどい状態です。崖が崩れて巨大な岩が道をふさいでいます。脇を迂回すれば人は通れなくはないのですが……」
「いつ崩れてくるかわからないってことか」
「そう、です」
 そう言って若い兵士はこぶしを握り締めてうつむいた。
「ただ事じゃないな? 何か事情があるのか?」
「いえ……個人的なことですので」
「いいから言ってみな。何か力になれるかもしれん」
 うつむいた兵士は目に涙をためながらこちらに向き直った。
「街道が閉ざされて、母の薬が落石の向こうで荷止めされているのです。今日明日で無くなるわけではありませんが、非常用のものはあと1回分しかなくて……」
 これだ。こういうことが起きる。だからこそ道は維持されないといけないんだ。

「わかった。必ず何とかする。だからお前さんは自分の仕事をきっちりやってくれ」
「……わかりました。話を聞いてくれてありがとうございます」
「なに、それも俺の仕事さ」
 ニヤリと笑って見せると、若い兵士も気を取り直してぎこちない笑みを浮かべた。それでいい。シケた顔してるやつには明るい未来なんか来ないからな。
 ひらりと手を振って馬にまたがる。軽く馬腹を蹴ると、いななきをあげて並み足で歩きだした。
 しばらく進んで足元がしっかりしていることを確認できると、足を速める。

「ったく、あんな話を聞かされちまったら本気出すしかねえよなあ……」
 ぼやきつつも俺は体内のエーテルを循環させる。
「すまん、ちょっと無理をさせる。あとで野菜をたっぷり食わせてやるからな」
「ブヒッ!?」
 首元に触れて身体強化魔法をかける。
「ブヒヒヒヒヒヒヒイイイイイイン!」
 馬は俺を乗せて、すさまじい勢いで走り出した。というかいつもの街道だったら普通に人をはね飛ばしてるな。
 街道が閉鎖されてて人がいないとわかっているからこそできる手段だ。

 しばらく駆けると人だかりが見えてきた。馬に巡らせていた魔力を少しづつ絞り、速度を落とす。
 街道を警備している兵が槍を構えて誰何してきた。

「止まれ!」
 指示に従って馬を止めて飛び降りる。
「魔法ギルド第三部所属魔導士のギルバートだ」
 身分証となっているメダルを見せると兵士は直立して敬礼してくる。
「ご、ご苦労様です」
「ああ、お疲れさん。現場へ案内してくれ」
「はっ!」
 兵士の先導に従って進む。地面に力なくへたり込んでいるのは、仲間が土砂に飲まれたのだと聞いた。
 馬車から荷物を降ろして半ばやけくそ気味に露店を開いている商人もいた。ダンジョンの手前には拠点があり、そこに持ち込むはずの物資だったが、生鮮食品のため復旧を待っていたらすべて傷んでしまうということだ。

 様々な人々の事情に関わりなく、自然は厳然としてそこに在る。そこには一切の遠慮も忖度もない。
 同時に人々も絶望に立ち止まったりしない。ひと時立ち止まっても、それでもまたたくましく生きていく。
 俺はそんな人の営みを少しでも助けたい。

「どうなってるのよ!」
 崖の上から落ちてきた岩の前で一人の若い女が喚き散らしていた。
「いえ、だからこの有様ですし……」
「そんなの見ればわかるわよ! わたしはこの先のダンジョンに用があるの!」
「危険なので、封鎖しております。ギルドから復旧の人員が来るまでお待ちください」
「だ・か・ら! 待ってられないのよ! こんな岩くらいフッ飛ばせばいいじゃない!」
「やめてください! 二次災害が起きたらどうするんですか!」
 うん、そうだよな。落石の原因は大雨による地盤の液状化だ。本来、土壌の水分がある程度抜けて固まるのを待ってから作業を開始すべきだ。
 ただ、今回に関しては、この街道は帝都のライフラインだ。だからこそ……俺が出張ってきた。

「あー、すんません。取り込み中失礼します」
 もめてるところに口を挟むのは……正直面倒だがそうも言ってられない。
「はっ!」
 兵士がこっちを振り向く。あからさまにほっとした顔をしているのは仕方ないだろう。
「なによ! いまわたしが話してるんだから邪魔しないで!」
「ああ、お待ちかねのギルド職員だ。第三部所属魔導士のギルバートだ」
 兵士の表情がパッと明るくなる。
「お待ちしていました!」
「やっと来たの? 早くあの岩を何とかして頂戴」
 ふんっとふんぞり返る女。……面倒だな、貴族か。
「まずは調査が必要です。無論お急ぎの事情は分かりますが、まずは安全を確保しないといけない。ご理解いただけますか、お嬢様」
「……どれくらいかかるの?」
「そうですね……1~2日は」
 女の表情が一変した。キッと眦が吊り上がる。
「そんなに待てないって言ってるでしょう!」
「……事情をお聞きしても?」
「うるさいわね! あんたにそんなこと関係ないでしょう!」
「安全を確保が最優先です。そこは譲れません」
「ああもう、御託は良いから早くしなさい!」
 うん、引き留めてたのはあんただよな。
 いろいろと釈然としないものを感じながら、俺は現地へと足を踏み入れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

異世界帰りの勇者は現代社会に戦いを挑む

大沢 雅紀
ファンタジー
ブラック企業に勤めている山田太郎は、自らの境遇に腐ることなく働いて金をためていた。しかし、やっと挙げた結婚式で裏切られてしまう。失意の太郎だったが、異世界に勇者として召喚されてしまった。 一年後、魔王を倒した太郎は、異世界で身に着けた力とアイテムをもって帰還する。そして自らを嵌めたクラスメイトと、彼らを育んた日本に対して戦いを挑むのだった。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...