138 / 172
マラッカの戦い
しおりを挟む
マラッカに香辛料を買い付けに来た船からの情報が入った。ジパングの王がマラッカに来るという。それもわずかな兵のみを率いて。そしてブルネイやルソンの代官も集まるということだ。
「これは好機なのではないか?」
「ジパングの王を捕らえて火刑に処すのじゃ!」
「いやそれよりも香料諸島の権益を取り戻すんだ!」
「だが今のままでも利益は出ているぞ?」
「前よりは少ない!」
「だが質がそろっている。樽の中身もまちまちじゃない。商売としては非常にまっとうな相手だ」
「貴様異教徒におもねるか!」
「そうは言っていない。だが俺は商人だ。まっとうな商売をする相手をだまし討ちにはしない!」
「ここで功績を上げれば、ポルトガルが再び独立できるかもしれない!」
「待て、それはスペイン王室に対する反乱とみなすぞ!」
「知らないととでも思っているのか? フェリペ二世は崩御していると」
「ぐぬ…」
侃々諤々である。そして総督が決断を下した。
「アチェに艦隊を進める。陸上兵力も連れて行くぞ」
「素晴らしい、総督の決断を神は嘉したもう!」
「総督、あのジパングには魔王がいます。魔王と戦ってはなりません!」
「ポルトガル復興は我が悲願なのだ。アジアの富を王家にもたらせばスペインからの独立が叶う」
「それは交易でも可能なはずです。ここは焦ってはいけません!」
「すまんな。君たち武装商船艦隊はインド東岸で待機を。万が一我らが敗れたときは…」
「神の加護があります。わたしも旗艦に乗って勝利を祈らせていただく!」
こうしてマラッカ攻撃の艦隊が編成された。アチェに寄港し、編制を確認する。この時点で相手に気取られているの煽り込み済みで、艦隊はまっすぐにマラッカを目指し、陸戦隊の半数はここから南下し、マラッカ対岸の城砦を落とす。要するに最初にマラッカが落ちたときの戦術を再現するわけである。これがインド方面艦隊の悪夢の始まりであった。
大谷吉継率いる部隊は陸戦隊を何度も襲撃した。ひと当てしては退き、昼夜を分かたず攻撃を加えた。進軍中に狙撃などで敵兵の神経を削り、落とし穴などの罠も仕掛けられている。
いきなり多くの兵が討たれるわけではない。一度の襲撃で戦死者は出ても数名。負傷者の方が多い。これはゲリラ戦の常とう手段で、負傷者が増えれば行軍の足手まといになる。負傷者を見捨てれば兵の指揮は維持できないし、兵数を減らすということは指揮官にとってのある種のタブーである。こうしてずるずると損害を増やしていくのだった。
一方艦隊は、沿岸からの砲撃に苦戦していた。だが西岸の砲は陸戦隊が潰してくれるはずと信じて戦い続けるが、一向に止む気配がない。海峡の中では大型の帆船は逆に身動きが取れず、日本艦隊の切り込みを受けて次々と拿捕されてゆく。
不利と判断して総督が撤退を指示したが時すでに遅く、アチェの港は制圧されていた。そもそも緩衝地帯としてどちらにも属さない港として存在していたが、ゴア総督の侵攻によって前線を押し上げられてしまった格好だ。
広い海域に出れば西洋の船は速い。何とか追撃を振り切ってセイロン島、コロンボの港に逃げ込むことに成功したのだった。
しかしながら陸戦隊を回収できず、艦隊も半数近くが未帰還である。ゴアの兵力の半数以上を失うという大敗北であった。
後日の交渉によって捕虜の返還は何とかできた。だが、関税の引き上げや、マラッカ海峡通行税の引き上げなど、欧州側に取っては非常に屈辱的な内容となっており、彼らは後日の復仇を誓うのだった。
「やや画竜点睛を欠きましたな」
「まあ、仕方あるまい。航海術は奴らの方が上じゃ」
「まあ、それゆえに海峡に引っ張り込んだのですが」
「しかしあれじゃ。あの大谷平馬という若者の采配は見事じゃった」
「たしかに。不正規戦のさわりは教えましたが、まさかあそこまで徹底的にやるとは」
ゴアの陸戦兵は、兵力の1割を失っていたが、精根尽き果て捕虜となっていた。行軍中の間断ない奇襲によって精神をやってしまった兵が相次ぎ、夜中に叫び出す者もいた。
「あれは…もう兵としては無理じゃなあ」
「まあ、自業自得です」
「しかし秀隆よ。おぬしの黒さは健在じゃな」
「兄上こそ。そういえば今回は自重していただき、恐悦至極」
「まあ、宗茂に簀巻きにされていたからな」
「ああ、義姉上の命ですから仕方ありませんね」
「まて、宗茂の主家は織田じゃぞ? 百歩譲って信忠の命ならばわかるが、なぜ帰蝶が!?」
「義姉上だからです」
「だから…?」
「織田家で一番怖い人を怒らせたいですか?」
「ぐぬ!?」
「そういうことです」
そうしいぇ秀隆は肩をすくめ、やれやれとつぶやいた。これでしばらくは防備を整える時間を作ることができた。そしてこの策を巡らせた石田三成の妻にある意味恐れを感じたのである。
「これは好機なのではないか?」
「ジパングの王を捕らえて火刑に処すのじゃ!」
「いやそれよりも香料諸島の権益を取り戻すんだ!」
「だが今のままでも利益は出ているぞ?」
「前よりは少ない!」
「だが質がそろっている。樽の中身もまちまちじゃない。商売としては非常にまっとうな相手だ」
「貴様異教徒におもねるか!」
「そうは言っていない。だが俺は商人だ。まっとうな商売をする相手をだまし討ちにはしない!」
「ここで功績を上げれば、ポルトガルが再び独立できるかもしれない!」
「待て、それはスペイン王室に対する反乱とみなすぞ!」
「知らないととでも思っているのか? フェリペ二世は崩御していると」
「ぐぬ…」
侃々諤々である。そして総督が決断を下した。
「アチェに艦隊を進める。陸上兵力も連れて行くぞ」
「素晴らしい、総督の決断を神は嘉したもう!」
「総督、あのジパングには魔王がいます。魔王と戦ってはなりません!」
「ポルトガル復興は我が悲願なのだ。アジアの富を王家にもたらせばスペインからの独立が叶う」
「それは交易でも可能なはずです。ここは焦ってはいけません!」
「すまんな。君たち武装商船艦隊はインド東岸で待機を。万が一我らが敗れたときは…」
「神の加護があります。わたしも旗艦に乗って勝利を祈らせていただく!」
こうしてマラッカ攻撃の艦隊が編成された。アチェに寄港し、編制を確認する。この時点で相手に気取られているの煽り込み済みで、艦隊はまっすぐにマラッカを目指し、陸戦隊の半数はここから南下し、マラッカ対岸の城砦を落とす。要するに最初にマラッカが落ちたときの戦術を再現するわけである。これがインド方面艦隊の悪夢の始まりであった。
大谷吉継率いる部隊は陸戦隊を何度も襲撃した。ひと当てしては退き、昼夜を分かたず攻撃を加えた。進軍中に狙撃などで敵兵の神経を削り、落とし穴などの罠も仕掛けられている。
いきなり多くの兵が討たれるわけではない。一度の襲撃で戦死者は出ても数名。負傷者の方が多い。これはゲリラ戦の常とう手段で、負傷者が増えれば行軍の足手まといになる。負傷者を見捨てれば兵の指揮は維持できないし、兵数を減らすということは指揮官にとってのある種のタブーである。こうしてずるずると損害を増やしていくのだった。
一方艦隊は、沿岸からの砲撃に苦戦していた。だが西岸の砲は陸戦隊が潰してくれるはずと信じて戦い続けるが、一向に止む気配がない。海峡の中では大型の帆船は逆に身動きが取れず、日本艦隊の切り込みを受けて次々と拿捕されてゆく。
不利と判断して総督が撤退を指示したが時すでに遅く、アチェの港は制圧されていた。そもそも緩衝地帯としてどちらにも属さない港として存在していたが、ゴア総督の侵攻によって前線を押し上げられてしまった格好だ。
広い海域に出れば西洋の船は速い。何とか追撃を振り切ってセイロン島、コロンボの港に逃げ込むことに成功したのだった。
しかしながら陸戦隊を回収できず、艦隊も半数近くが未帰還である。ゴアの兵力の半数以上を失うという大敗北であった。
後日の交渉によって捕虜の返還は何とかできた。だが、関税の引き上げや、マラッカ海峡通行税の引き上げなど、欧州側に取っては非常に屈辱的な内容となっており、彼らは後日の復仇を誓うのだった。
「やや画竜点睛を欠きましたな」
「まあ、仕方あるまい。航海術は奴らの方が上じゃ」
「まあ、それゆえに海峡に引っ張り込んだのですが」
「しかしあれじゃ。あの大谷平馬という若者の采配は見事じゃった」
「たしかに。不正規戦のさわりは教えましたが、まさかあそこまで徹底的にやるとは」
ゴアの陸戦兵は、兵力の1割を失っていたが、精根尽き果て捕虜となっていた。行軍中の間断ない奇襲によって精神をやってしまった兵が相次ぎ、夜中に叫び出す者もいた。
「あれは…もう兵としては無理じゃなあ」
「まあ、自業自得です」
「しかし秀隆よ。おぬしの黒さは健在じゃな」
「兄上こそ。そういえば今回は自重していただき、恐悦至極」
「まあ、宗茂に簀巻きにされていたからな」
「ああ、義姉上の命ですから仕方ありませんね」
「まて、宗茂の主家は織田じゃぞ? 百歩譲って信忠の命ならばわかるが、なぜ帰蝶が!?」
「義姉上だからです」
「だから…?」
「織田家で一番怖い人を怒らせたいですか?」
「ぐぬ!?」
「そういうことです」
そうしいぇ秀隆は肩をすくめ、やれやれとつぶやいた。これでしばらくは防備を整える時間を作ることができた。そしてこの策を巡らせた石田三成の妻にある意味恐れを感じたのである。
10
お気に入りに追加
454
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する
土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。
異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。
その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。
心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。
※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。
前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。
主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。
小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
私は、忠告を致しましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。
ロマーヌ様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる