乾坤一擲

響 恭也

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戦後のその後

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 李成梁は敗走しヌルハチ率いる女真軍は凱歌を上げた。今まで小競り合いこそあれ大軍同士がぶつかり合う会戦での勝利はなかった。だがこの一戦で明の威信は地に落ちた。山海関近隣の地域はヌルハチの手に落ちたのである。
「義父上、助力感謝いたします」
「ふむ、それはよい。おぬしの器量ありしゆえじゃ。して、これからどうする?」
「はい、まずは周辺を固めつつ、モンゴル平原を手に入れます」
「ほう、モンゴルとな? かのチンギス・ハーンを生んだ地と聞く」
「はい、長城付近を制圧するにも、モンゴルの領域と接することとなります。なれば彼らを味方につけておくに越したことはないかと」
「ふふふ、見事。このまま北京を衝くとか言い出したらぶん殴ろうと思っていたぞ」
「それも考えましたがね。明がモンゴルに領土などを餌に呼び込んだら袋のネズミになり申す。ゆえに先に彼らを味方に付けようと」
「よい、後は思うままにやれ。一つ助言をしておこうか。彼の李成梁なる将は世知に長けておる。よってこのままおめおめと戻って処刑とはなるまいよ。なればあ奴の後ろ盾となり、あ奴の手で首都周辺を混乱させればよい。さすればモンゴル攻略の時間くらいは稼げよう」
「義父上の慧眼感服いたす!」
「明は広い。ここにきて改めて思うた。ここの土地でも全土の1割にも満たぬという。ヌルハチよ、中国は幾度となく南北に分割されて相争った。そなたのいう後金という国号もそれに倣ったか?」
「金は宋を南に追いやって立った国です。まずはそれに倣うことを考えました」
「それでよい。高い目標は必要だが現実味がなければだれもついてこぬ。まあ、儂はそれを学ぶまでに何度も部下が離れていったがな」
「義父上の偉大さを理解できぬ臣下など不要!」
「まあ、そう思っていたこともある。だがの、国が広がれば人が足りんようになる。今はまだ小さな勢力だ。だがだんだんとそうも言っておれんようになるのじゃ。これは先達からの忠告である。まずはそなたの好きなようにやってみるがいい」
「はい!」

 こうして信長は女真の国を離れた。今回日ノ本軍の主力となっていた伊達には山海関にため込まれていた財貨を褒賞として与えている。伊達軍を名乗っているが、実際には現地徴募の兵である。出所はアイヌであったり、沿海州の民であったりした。指揮官は伊達家の武士であるが、今回は見事な働きを見せたのである。

 ヌルハチは精鋭の騎兵を率いてモンゴルに向かい、かの地の領有を宣言した。アルタン・ハーンの威名はすでに地に落ち、彼の孫の世代が分裂し、勢力争いを繰り広げる。ヌルハチは交互に命を結び、手を結ばない者は攻め滅ぼした。こうしてモンゴル高原を制圧し、カラコルムの主となる。カラコルムはチンギス・ハーンの築いた都で、モンゴルでは特別な意味があった。ここを制圧したことにより、モンゴル高原の主という名分を得ることに成功し、ヌルハチがアルタン・ハーンの孫娘を妻に迎えたことで名分は加速した。こうしてモンゴルはヌルハチの手に落ち、かつて世界を席巻した騎馬民族の末裔が彼のもとに集うのである。

 一方明では、李成梁が軍権を剥奪され、投獄される間際に勅使を殺害し、近隣の城市を糾合して反乱を起こした。背後の女真はモンゴルに遠征しているためほぼ気にすることはなく、むしろヌルハチから食料、物資の支援がされている。こうして北京周辺を荒らしまわることに成功した。
 明の朝廷は更に迷走し、地方軍閥の兵を呼び込んで討伐を図ったが、逆にその兵が李成梁に寝返る始末であった。ただ働きの上に共倒れを露骨に狙うような扱いでまともに戦うと思う方がおかしいのだが、誰もそこに気付かない。もはや末期であった。
 こうして首都周辺が混乱する中で地方の混乱も続き、自立した軍閥が各地で王を自称し始める。だがそれを押さえるだけの力も指導力も発揮することができず、明の落日はさらに加速するのだった。

 琉球で秀隆はひとり釣り糸を垂れていた。直虎を失ったあと、彼は特に何をすることもなく、職務をこなすがそれ以外の時間は一人で釣り糸を垂れる時間が多くなっている。
 妻を失った悲しみをいやすのに必要な時間であると周囲は特にそれをとがめることはなく、むしろそっとしておきましょうといった風であった。

「秀隆殿。知らせが参りましたぞ」
「ほう、龍伯殿、どのような?」
「長城周辺で、ヌルハチ殿率いる女真軍が、明の大軍を撃破したとの知らせでござる」
「兄上…無茶してなければよいのですがねえ」
「あの大御所がそれをしないとでも?」
「確かに、先陣に立って突撃しても不思議ではないですな」
「老黄忠じゃないんだから…ねえ」
「はっはっは、かの老将軍の話がまことならば、齢70を超えて先陣に立ったと聞きますなあ」
「いい加減隠居しろよと言いたくなったでしょうな」
「まあ、それで手柄をたてたというのが恐ろしいですな」
「いやまったく」
「話がそれました。福建あたりを切り取ろうと豊久が申し出てきております」
「ふむ、沿岸に限ってならばと但し書きを付けましょうか」
「その真意は?」
「内陸部まで制圧するにはいろいろと足りませんな。補給線を伸ばして勝った軍はありません」
「沿岸ならば海という名の補給線が使えると?」
「左様。ただし長期的な保持は難しいでしょうな」
「豊久には功を焦るなと申しつけます」
「よろしくお願いしますよ」
「はっ!」
「ルソンはどうですか?」
「えすぱにやの兵は駆逐できたそうで、ただ、ほるとぎすの兵がマラッカという地に居座っていると」
「現地の民をうまくまとめて反乱を起こさせましょう。そしてそこに解放者として乗り込むと」
「まあ、やり口は南蛮人どもと変わりませんなあ」
「そこはそれ、彼らよりましな統治を心掛けるだけですよ」
「ふむ、それはおっしゃる通りですか。少なくともキリスト教を強制しないだけでよいかと」
「信仰心というのはその民の根幹をなします。それを奪うだけで操り人形のようになる。人が人を家畜化する手法になりうるのです」
「うーむ、秀隆様も真っ黒ですな」
「どのあたりが?」
「そりゃあ、腹に決まっており申す。まあ、儂も同じですがね」
「お互い様じゃないですか」
「そうですなあ」
「「はっはっはっは!」」
 二人の笑い声は琉球の青い空に吸い込まれていった。
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