乾坤一擲

響 恭也

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奥州決戦

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 さて、陸前の地に集った軍勢は主だったもので柴田権六、前田利家、佐々成政らの織田古参の武闘派をはじめとし、三河より徳川信康以下三河衆。甲斐より武田義信。越後より上杉景勝。相模から北条氏直。そして織田信忠が総大将として参陣した。信忠自身の手勢他、五郎秀信と六郎信秀も来ている。
 秀信の参陣に当たり、ひと悶着あったそうだ。寒いのは嫌でござると西国の温暖さに慣れた不識庵がぼやき始めたのである。そして信忠がその説得に回った。
「越後より寒いところなどごめん被る!」
「そういうが不識庵よ、場合によっては日ノ本最後の大戦だぞ?」
「ですが最後の大敵となった島津とも決着がついてしまいましたが」
「東北勢はお主の敵たり得ずと?」
「左様です」
「まだ見ぬ武辺者がおるやもしれぬ。どのような武者も初陣は皆無名よ」
「いたらいたで景勝より報告があるはずですぞ」
「そうか、此度のいくさには薩摩より島津維新殿がわしの帷幄に入ることとなっておる」
「ほう…あの鬼島津を体現した御仁とな?」
「左様。ところでサツマイモを知っているか?」
「おお、あれはうまいですな。あの甘さがなんとも」
「うむ、これは叔父上から聞いた話なのだが」
「秀隆様から?」
「甘みというのは酒精のもととなっているそうじゃ。ゆえにサツマイモを種とともによき水に付け込み、九州の温暖な気候で醸され…」
 不識庵の喉がぐびりと音を立てる。
 信忠は父そっくりの笑みを浮かべ不識庵に告げた。
「維新殿が試作品を安土に持ってきているのだよ。イモ焼酎のな」
「殿、何なりと命じてくだされ!」
(ちょろい)と信忠がほくそ笑む。
 上機嫌の不識庵の後ろで、小島弥太郎が深いため息をついていたのだった。

 東北の政情は混とんとしている。南部晴政が年明けすぐ没しており、後を継いだのは嫡子の春継であるが、ひと月待たずに謀殺されている。そして信直がさらにそのあとを襲った。だが前主を暗殺してその座を奪ったとの悪評をうやむやにするためにこの大同盟を利用したともいわれるが、そもそも、1か月やそこらでこんな根回しができるはずもなく、もともと信直主導で動いており、それがある程度形になったのと晴政の病死の時期がたまたま一致したこと。ついでに春継は事故死である。そして大崎と伊達の一件も偶然である。そもそも、一斉に蜂起して防戦の暇もなく伊達をつぶし、最上を落とし、東北を統一して関東になだれ込む予定が狂ったことで、一番頭を抱えているのは首謀者である信直であったのかもしれない。

 織田と同盟国の各軍は最精鋭のみを動員せよと通達されていた。よって各家それぞれのえりすぐりの武者が集っていた。それゆえに兵の数は多くて5000、者によっては3000ほどで、奥州北部を軒並み動員した連合軍と同数か、やや少ないほどの兵力である。ちなみに、兵站は武蔵徳川家が大部分を担っていた。家康は徳川の家督を信康に譲り、武蔵の内政に心血を注いでいる。

 信忠は麾下の軍に大まかな指示として、敵の大物見には鉄砲隊で追い返す方針でなるべく白兵戦を避けるようにさせた。射撃も散発的に抑えさせていた。それにより上方の武者は腰抜けぞろいじゃと調子に乗る。だが信忠の張り巡らせた罠はこれだけに非ず、佐々成政を奉行として野戦築城と射撃網を最前線の少し後方に作り上げる。要するにわざと前線を突破させて罠にはめ、一気に包囲殲滅する策である。
 そして待ち望んでいた参謀が着陣した。東北の情勢に詳しい伊達藤次郎政宗である。
「殿、大殿の命により参じましたぞ。大殿に逆らううつけどもを殲滅いたしましょうぞ!」
「よく来た、大儀である。このあたりの地勢に詳しいお主がこの作戦の要じゃ。よろしく頼むぞ」
 信忠は参陣した政宗と地図を見て地形を確認し、敵陣の旗印から誰を誘い込むのが良いかなどを話し合う。そして先陣は政宗に決まった。同時に与力として信忠本陣から兵が割かれる。

 天正10年5月。織田軍45000。奥州連合48000が激突した。
 八戸政栄を先鋒に騎馬武者が進んでくる。そして名乗りを上げ始めた。
「われこそは八戸政栄なり!」
「撃て!」
「何をするか! 名乗りが終わる前に鉄砲を放つとは戦の作法も知らぬのか!」
 激昂して突撃してくるが、そこに伊達の鉄砲隊が応射し、バタバタと倒れてゆく。そもそも銃声に馬がおびえて騎手を振り落とす有様であった。
「あいつら鎌倉時代から進歩していないのか?」
 信忠のつぶやきに近習も返事のしようがない。そして戦況と言えば…政宗は良く戦い、敵を押し返しつつある。
「まて、わざと突破させて包囲網に叩き落とす手はずだろうが。勝ってどうする!?」
 そうこうしているうちに柴田権六が打って出て敵左翼と交戦し、蹴散らす。
「おいいいいい!?」
「申し上げます。前田利家殿、敵将を討ち取りました!」
「よくやった! じゃなくていつうちの軍は押し返されるんだ?」
「上杉景勝殿、敵右翼の分断に成功しました!」
「うむ、大儀! …もういいわ。五郎、六郎。行け!」
「「はは!!」」
 包囲殲滅の後最後の切り札にとっておいた弟と従弟に出撃を命じる。
「殿、儂も出てよろしいか?」
「維新殿にも一手を預けよう、存分に働かれよ」
「ありがたき幸せ。隼人ども、出るぞ!」
「「「チェェェェェエエエエエエエエイイイイ!!!」」
 猿叫と呼ばれる独特の掛け声をあげ、島津維新に付き従って薩摩の武者が飛び出してゆく。南北の違いはあるが、ともに厳しい自然の中で鍛え上げられた武者同士である。100あまりの手勢であるが、恐るべき力を発揮して敵陣を突破してゆく。
 烏合の衆の悲しさか、連携が取れていない。自軍の被害を恐れ救援も行えず、それぞれに撃破されてゆく。そこに信忠本陣から織田の最精鋭と、鬼島津の手勢が投入された。この瞬間勝負は決まったといってよいのかもしれない。
 六郎信秀が鉄砲の一斉射撃でこじ開けた穴を五郎秀信が突撃でこじ開ける。そのまま敵軍を分断し、孤立した部隊を六郎信秀が包囲して叩く。かと思えば一直線に敵陣を食い破って突き進む鉾矢形、島津隊は真一文字に本陣をめがけ斬り込む。普通なら足が止まって包囲されるはずなのだが、当たるを幸いと斬り伏せ切り倒し叩き切った。一歩進むたびに血煙が舞い、さらに歩を進めると首が飛び、気合と喊声と狂気が血肉とともにふりまかれる。返り血に染まった彼らは敵兵からするとまさに地獄の赤鬼に見えたであろうか。
「首おいていけ!」
「チェエエエエエエエエエエィ!!」
「チェストオオオオオ!!!」
 掛け声一つに断末魔が重なりさながら地獄絵図である。
「よき首はどこじゃ! 手柄首を取るのじゃ!」
 維新の掛け声に兵たちは更に狂乱する。

「父上と叔父上は、どうやってあんなのと勝ったんじゃ?」
 信忠はドン引きしていた。
「まともに白兵戦やったって勝てませんから塀とか柵越しに十字砲火叩き込みまくって、最後は落とし穴にはめました」
「なんだそりゃ。熊でも相手にしたのか?」
「そんな可愛いものじゃないのは、あの光景を見ればお分かりかと」
「あー、そうじゃのう。なんというか、野生の獣みたいな連中じゃのう」
 そこに使い番が駆け込んでくる。
「徳川三河守殿、横槍に成功。敵軍崩壊しています!」
「うむ、深追いを禁ずるが、国境までは追い散らせ!」
 こうして南部信直の構築した連合軍はもろくも崩れ去った。わずか100の兵で本陣への突破を成功させた島津の伝説だけを後に残して。
 後年、子供を叱るときにはしまづが来るよというと泣いた子も泣き止んだという。
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