乾坤一擲

響 恭也

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天正9年正月

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 天正9年正月、駿府城。
 信長は家康の招待を受け、駿府城にて新年の宴に参加していた。
「今年は北条を倒し、天下統一に一歩進むのじゃ! 皆の者、乾杯!」
 家康のあいさつを受け、皆が飲み始める。
「五徳うううううう!!!」
 早速焼酎に潰されたやつが出た。家康殿の嫡男、信康殿だ。
 織田家のしきたりに従い、妻である五徳姫をひざに乗せている。この雰囲気に慣れない徳川の将士であったが、信長や秀隆が同じようにしているのを見て、おずおずと日ごろ放置気味の妻を膝に抱く。妻も新婚のころのように恥じらいながら夫を見る。なんかいい雰囲気になった。
 秀隆の忠告で、周囲に連れ込める部屋を多めに用意するようにとの話と、織田家の出産が秋ごろに集中していることを伝えており、家康は顔面を真っ赤に染めていた。年に似合わず純情な男である。
 関東の戦線で勇名をはせた愛染明王権六(笑)が酒杯を片手に叫ぶ。権六の勇名(笑)は瞬く間に広がり、嫁の名前を叫んで敵軍を蹴散らすという偉業を橋遂げた彼は、居館に帰るや否や嫁に抱き着かれそのまま館の奥に消えたらしい。そのあとおつやの方の肌がやたらつやつやしており、権六が一気に老け込んででいた理由はようとして知れない。その直後おつや殿の懐妊が分かり、柴田家は喜びに包まれた。権六は若干木乃伊になっていたらしい。
 ちなみに、権六の武勇伝(笑)を聞いた信長は窒息寸前まで笑い転げたという。そして安土の中心で帰蝶に叫ばされたのは言うまでもなかった。

 忍城城主の成田氏が信長にあいさつに出向いていた。そこで娘の甲斐(9)が秀隆次男七郎にへばりついて離れない。当人曰くひとめぼれらしい。七郎孝長として元服し、兄に従って初陣に出向くところであった。秀隆は大笑いして息子の背中をバシバシ叩き、甲斐姫は七郎の膝の上にちょこんと座っているのがまあほほえましかった。
「まだ手を出すなよ」と秀隆がにやにやして告げると、真顔で、手を出すとないかなることでしょうか?と聞き返した息子に絶望の表情を浮かべたのは内緒である。

 家康の妻、築山殿は今川義元の姪に当たる。義元を討った信長は仇である。
「叔父上のカタキ!」
 築山殿が徳利を信長に投げつける。それは見事に命中し、中に入っていた熱燗の尾張焼酎が信長の目を焼いた。
「目が、目があああああ!?」
 そのやり取りを見た家康は顔色を変えて信長のもとに行き詫びを述べる。この慮外者を手打ちにして詫びますと。
 手拭いで目をぬぐい、痛みから回復した信長は家康に告げた。
「この大タワケが! そんなことで何の意味がある! まずは傷ついた嫁を愛し、慰めるのが夫の務めじゃろうが!」
「は、はい?」
 何ってるんだこいつという目線が信長に突き刺さる。これでもかと突き刺さる。加害者の築山殿すらポカーンとしていた。
「武門の習い故、詫び言は申さぬ。わしもあの戦いで家臣や一族を失っておる。大伯父上とかな」
「はい…」
「織田と結んだことで気まずくなったのもまあ、うちは今更どうこうできぬ。だがの? そこで嫁を守ってやれんで何のための夫か! そんな役立たずのモノは切り落としてしまえ!」
「は、はいいいいい!?」
「のう、竹千代よ。我らが天下泰平を望んで戦うは、こうして泣く女を一人でも減らすためよ。儂はそなたの妻が今川の出であることを一言でも責めたか?」
「いいえ、一度たりとも」
「それが答えじゃ。嫡男を生んでくれた嫁を粗末にするでない。儂は信忠と信雄の母を失った。おぬしの妻は生きておる。生きておればまた笑いあうこともできるであろうが、墓石になってからでは遅いぞ」
「は、はは!」
 信長の一言ですごくイイ顔になった家康は築山殿を抱き上げ膝に乗せ抱きしめる。
「奥よ、すまん、儂の無聊は許せるものではないかもしれぬが…」
「殿、殿、殿」
 築山殿は号泣しておりまともな言葉が出ない。だが彼女の手は家康の手を握り締めていた。そしてもらい泣きをする徳川家臣団。嫁を抱きしめたままそっと広間を後にするものも多数。
「奥よ、儂はそなたが愛しいぞ! 愛しておるわあああああああああああ!!!」
 吹っ切れた家康が絶叫する。そして後に続く酔っ払い軍団。
「お・つ・やああああああああああああああああああああああああああ!!」
「おお、愛染明王殿が先陣を切ったぞ!」
「帰蝶、好きじゃあああああああああああああああああああああ!! 初めて会ったその日にわしは心を奪われたのじゃああああああああああああ!!!!」
「殿、どういうことですか? 詳しくお聞かせください!!」
 信長の告白に帰蝶が詰め寄る。そしてそのまま信長の襟をつかんで別室へ雪崩れ込んでいった。
 やれやれと秀隆が周囲を見渡すと、家康と信康が各嫁を抱き上げて広間を後にするところだった。親子は親指を立てて互いの健闘を祈る。
 秋には子供がどれだけ生まれるのかなー、それまでに北条攻めは終わるかなーと秀隆は現実逃避を始めていた。
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