乾坤一擲

響 恭也

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閑話 織田家の新年会

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 永禄13年正月。岐阜城では年賀のあいさつが行われていた。今年からあいさつに登城する家臣は妻を伴うようにとのお達しが出ており、首をかしげながら登城する者も多い。今年は北近江国主、浅井備前守も訪れていた。腹心の遠藤喜右衛門は妻と死別しており、娘を伴ってきていた。
 岐阜城大広間、席次に従って座に着く家臣たち、そして席の広さの関係上連れてきた妻女と寄り添うようにしか座れない。これはどうしたものかと困惑のまなざしを交わしあうが、答えなど出るわけもなく、やむなくそのままぴったりとくっついている。
 信長が入場してきた。正室の帰蝶の手を引いている。その姿にどよめきが広がる。そして席に着くとその膝の上に帰蝶を乗せた。どよめきがさらに広がる。帰蝶は耳まで真っ赤にしている。信長と同年のため、そろそろ三十路半ばのはずだが羞恥にもじもじする姿に目を奪われる者もおり、横にいる妻に思いきりつねられるものが続出した。
「皆の者、大儀!」
 信長の声にわれに返る家臣たち。
「昨年は公方様に付き従い畿内を駆け巡った。今年も公方様の敵を平らげ、主上を安んじ天下に安泰をもたらすのじゃ!」
「「「はは!!」」」
 冒頭のあいさつが終わると、信長の前に浅井備前が出て挨拶をする。
「義兄上には、めでたき年に相成り誠に祝着にござる。本年も当家のお引き回しのほど、よろしくお頼み申し上げる」
「おお、義弟殿。市とは仲良くやっておるようでめでたきことじゃ。頼りにしておる」
「はは、ありがたきお言葉にございます!」
 長政は自席に戻ると、おもむろにお市を膝にすっぽりと載せた。
「うむ、これは誠に良き具合じゃ。心が安らぐのう」
「あ、殿。お戯れを…」
「義兄上を見よ。あのように睦まじくしておる。何も悪いことではない」
「は、はい…」
 市姫の美貌は家中に知れており、俺、手柄を立ててお市様を嫁にもらうんだ。と考えている者も多かった。ところどころから歯ぎしりの音が聞こえてくるが、宴会モードにはいり、妻にあーんをしてもらっている者や、膝にのせてデレている者など枚挙にいとまがない。独り身の者はここぞとばかりに婚活に励むのだった。
 むろん秀隆も桔梗と間もなく生まれそうな腹をしているあさひを伴っており、そこに寧々を伴って現れた藤吉郎と談笑している。さらに藤吉郎は親孝行がしたい、冥途の土産という口実で母親を伴っており、信長より殊勝なりと褒められていた。

 信長は広間を歩き回り家臣たちに声をかけて回る。酒にあまり強くないが、酔うと陽気になる主君を家臣たちは慕っていた。そしてやらかした。
「皆のもの聞け、儂は帰蝶を誰よりも愛しておるぞ!」
「と、殿!?」
 帰蝶を抱きしめ大音声で言い放つ。ちなみに、信長の大声は様々な資料に残されている史実である。
「俺のほうが桔梗とあさひを愛しておるわ、兄上には負けぬ!!」
 秀隆がこれも酔っぱらって言い放つ。
「おつや、儂はそなたのために死ねる!」
 真っ赤な顔で柴田権六が吼える。
「儂はな、儂はな、お市のためならすべてをなげうっても構わぬ!!」
「殿、私も愛しております!」
 浅井の当主夫妻はどうもバカップルだったようだ。
「俺はな、俺は死んだ嫁をまだ愛してるんだよ!」
 信広の叫びは悲哀に満ちていた。
「寧々!わしゃあお前のためなら何でもするぞ!」
「わかったからお前様、声が大きいよ!?」
 織田の新年会は今年もカオスだった。
「貴様ら、今申したこと、うそ偽りはないな?」
「「はは!」」
「奥方たちよ。そなたらの働きあって我ら男衆は戦場で死力を尽くせるのじゃ。家中が幸せであれば我らは何層倍も力を出せるのじゃ」
「「はは!」」
「家族のもとに生きて帰るのじゃ。儂はの、来年もここでばか騒ぎをしたいと思うておる」
 信長の言葉に嗚咽を噛み殺す者もおり、場はややしんみりとしだす。そこにうめき声が加わった。
「う、これは、あいたたたたたたた」
「どうした、あさひ!?」
「生まれる!」
「なんじゃと!?」
「産婆を呼べ、部屋を移すのだ!」
「あさひ、しっかりするんだよ。わたしがついておるでの」
 慌てて飛び出した秀隆が派手に階段を転げ落ちる。
「愚弟は放っておけ、死にはせん。湯を沸かせ! 布を持て!」
 出産経験のある女が集まり、手分けして用意を整える。階段から落ちて失神している秀隆は桔梗が素早く回収した。
 ふすま越しにうめき声が聞こえる。その向こうで木下兄弟がおろおろする。秀隆は廊下に寝かされ放置されていた。どっかりと信長は胡坐をかき、泰然としている。実に立派な姿である。膝に帰蝶を乗せて手を握り締めていなければ。
 そして元気いっぱいの産声が響き渡る。それを聞いて秀隆が再起動した。
「あさひいいいいいいいいい!」
 叫びながらふすまを開けようとし、スパッと出足を払われる。桔梗が秀隆を床に押し倒して締め上げていた。
「殿、うれしいのはわかりますが、産湯を使わせてあげねば」
「…………」
「桔梗殿、その締め方ですと声、出せないのでは?」
 帰蝶が冷静に突っ込みを入れる。
「あらあら」
 秀隆は絞められ意識を再び飛ばしていた。
 ふすまがすっと開く、木下兄弟の母であるなかがお包みに包まれた赤子を秀隆の前に差し出した。
「お殿様、元気な男の子ですよ」
 その一言で再び息を吹き返した秀隆は、滂沱の涙を流しながら子を抱きかかえる。
 その姿にもらい泣きが止まらない。信長も目を潤ませながら、一言告げる。
「めでたい!」
 秀隆はあさひを休ませると、早急に屋敷に引き取った。木下兄弟は甥の誕生にテンション上がりっぱなしである。
 このことがあってかは不明だが、織田家の新年会で、会場の中心で妻への愛を叫ぶことが恒例となったのだった。
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