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#12 9月22日 酩酊/今日は泊まる?/コンビニまで
しおりを挟む結局、完全に沈み切るまで夕日を眺めていたりした結果。
湊咲の調理が終わる時間も、食事を始める時間もずいぶんと遅くなってしまった。更に今日は酒を飲むという目的もあったわけで、当然いつもより食事の時間は長くなる。
懸念されていた湊咲の酒癖だが、慎重に飲んでいれば特に問題なさそうだった。缶チューハイを数本飲んだ時点でやや上機嫌になる程度である。私からすると特にペースを抑えていたようにも見えず、ごくごく普通に飲み進めていたと思う。どちらかというと強い方ではなかろうか。
翻って、酔いつぶれていたあの時は一体どれほどの量を飲んだのだろう。
そんなことを考えながら小瓶のワインも二人で空けて、用意してくれた食事もきれいに食べ終えて。満腹感のままだらけていたところ。
「あっ」
片付けと皿洗いを待っている皿越しに、テーブルの向かい側で湊咲が声を上げた。きょろきょろと視線を動かし、私の頭の上のあたりを見る。
壁掛けの時計がある場所だ。
……忘れていた。忘れるくらいには楽しかったとも言えるのだろうけれど。
私も振り仰ぎ、時計を確認する。日付が変わった直後だった。終電まであと10分もないはずだ。駅までは歩いて15分以上かかる。
「泊まってく?」
他に選択肢もないだろう。もう今更、抵抗感もないし。
「いい、ですか……?」
恐る恐る聞き返される。
「この時間から帰れなんて言わないでしょ」
というか、なんとなく。
これまでにも泊まりたがっているような気配を感じていた。帰りがけの名残惜しさを隠そうとして、隠しきれていないような様子をほぼ毎回見ていた。直接そう言われたわけではないし、確信も持てていなかったから、こちらから誘うことはなかったけれども。
「ありがとうございます……」
ついさっきまで普通に会話していたのが嘘のように、湊咲は引っ込みがちに言う。
「ここにいるとなんだか、よく眠れるから……」
加えて、こぼすようにそう言って。
それが言い訳のように、懺悔のように聞こえたのは気のせいだろうか。
別に、こうなることを狙っていたとしても何も思わないのに。いや、「普通に言えばいいのに」くらいは思ったか。どちらにせよ、それくらいだ。
「まぁまぁ、とりあえずお皿洗うね」
そう言って汚れた皿をまとめて流しへ運ぶ。一度では運びきれなくて2往復した。
泊まりたがっているという印象は間違っていなかったのだろうなと思いながら、皿に残った油やソースを水で洗い流す。洗剤をかけてスポンジをこすりつけ、泡を塗り拡げる。
湊咲のトレードマークのようになってしまっている目元の隈。寝不足気味だといつかも言っていた。けれど暇だということも時折口にしていて、眠る時間がないわけではなさそうだ。それにこれまで私が見た彼女の寝姿は、どれも安らかな熟睡にしか見えなかった。やっぱり、何かはあるのだろう。
すべての皿が泡まみれになったので、また水で洗い流していく。表面上はつるりと、きれいに見えるようになった皿の表面。油っぽさもないから、実際に綺麗になっているのだろう。
皿を洗い終えて居間に戻ると、湊咲はぼんやりと座ったままだった。どことなく所在なげな様子を漂わせている。
「どうする? コンビニでも行く?」
なんだか罪悪感を感じているらしい湊咲へ、気の利いた声の掛け方も浮かばない。買い物に行くのなら早いほうが良いだろうということも、頭の中にあったのは確かだし。
「えっ、と」
湊咲はあまりピンと来ていないようだった。
「必要なものとか、無い? 歯ブラシとか」
「あっ、そう、ですね」
戸惑いが先に出たように言葉を途切れさせる湊咲を、久しぶりに見た気がする。最近はすっかり会話に慣れてきていたけれど、最初はこちらの印象が強かった。
「じゃあ、早いとこ行っちゃおう」
言いながら手を差し出して、話を進めてしまう。私の方も、今から座ったら動けなくなってしまいそうだったから。
外を歩いてもこんな時間ではすれ違う人もほぼおらず、見渡す範囲で明かりの点いている窓のほうが少ない。突っかけてきたサンダルの底がアスファルトを擦る音が、やけに大きく響く。
「なんか、ごめんなさい、またご迷惑を」
コンビニへ向かう道中、まだ恐縮しきりの湊咲が言う。
「そんなこと思ってないよ」
と口で言ったところで、納得されるかどうかはわからない。だから、少し考えて。
「まぁでもそうだな、じゃあさ」
こういう時、湊咲と私の間にはどんなコミュニケーションが最適なのだろうか。
適当に適当に、探っていければいいと思う。
「夕日、綺麗だったから、その代わりってことでどう?」
あなたがいなければ、見られなかったもの。
というかそもそも、沈むまで見ていこうと言ったのは私だ。つまり原因は……まぁ、お互い様くらいだろう。
夜半の空は、夕時の鮮やかさが嘘だったみたいに遠い紺色をしている。薄く見える星と、やや不躾に光る街灯のくすんだ白。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
微かに温まった声色で、湊咲はやっとそう絞り出す。
そうやって会話をしているうちに最寄りのコンビニにたどり着く。その外観の色鮮やかさはなんだか場違いで、開き直るように強い。盛大に溢れた店内照明の光が眩しくて、一瞬目を眇めた。
こうやって無遠慮に撒き散らされる光でも、明るいという事実にはそれなりに安心する。
そんな心境で入り口の自動ドアをくぐりながら、必要そうなものを頭に思い浮かべた。
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