アイリスとリコリス

沖月シエル

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第1章/1-36

10 ▼同棲は突然に▼

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「ルシーダ!」

憲兵舎の一室で待機していると、エリオットが駆け込んで来た。

「レンブルフォート人が保護されたって聞いて、特徴聞いて絶対ルシーダだと思って、慌てて来たの」

エリオットが心配そうに尋ねる。憲兵とは聞いていたが、制服姿を見たのは初めてだ。っていうか憲兵っていうのは本当だったのか。今さらだけど。

「家で襲われて、誘拐されたって聞いたんだけど。大丈夫?」

「ああ。どうってことないよ」

いろいろあったが…エリオットにはちょっと言えない…恥ずかしいわ…

「この国はもう帝国と戦争を始めたから、レンブルフォート人のあなたは敵国の国民になっちゃうんだね。このままだと危ないな…」

「まあ、もとの家には当面戻れないな」

エリオットはちょっと考え込んでから、俺を見る。

「…わたしの家に来ない?」

「え?」

「もう少し落ち着くまで、わたしと一緒に住めば安全でしょ?」

エリオットの話が真っ当すぎて断る言い訳が全く思いつかない。まあ確かに、それはそうなんだが!

「いや…それは困る!」

「都合つかない? 仕事とか?」

「そういうんでもないんだけど…」

「…ね、ちょっと気になってたんだけど、ルシーダって何の仕事してるの?」

憲兵に職業を聞かれている。バリッバリの無職なんだけど、何て答えよう?…無職はこういう時困るんだよな…で、でも俺のせいじゃないぞ! エレノアも何か用意しておいてくれてもよかったのに…

憲兵には気をつけな?

エレノアの言葉が思い浮かぶ。

そもそも憲兵に質問されている時点でアウト。我ながら俺ってマヌケだ。

「いやその…必要なときに依頼があったりして…なんというか、単発バイト?的な…」

ごまかしたが苦しい。単発バイトって何だよこっちが聞きたいわ。でもまんざら間違いでもない。

「…」

エリオットが怪しむようにじっと俺の目を見ている。そういえば俺、オフィーリアには嘘つけなかったっけ。

「…それで、あんなにお金持ってるの?」

嘘がバレバレである。客観的に見て今の俺めっちゃ怪しいな。憲兵相手に俺の下手な言い訳は無謀すぎたか…

「…い、いやでも、そのうち忙しくなるらしいんだ!」

これは本当だ!

「そのうち?」

「戦争が終わる頃くらいに!」

本当だ!

「…うーん、まあいいけど」

本当のことは通じる。通じたことにしておく。

「それは、わたしと一緒に住むと都合悪いの?」

「うーん…まあ…」

「どうして?」

「いやだから…その…」



▼  ▼  ▼



「憲兵に捕まった!?」

海軍本部でいきさつを報告する。当然だがエレノアが声を荒げる。

「…一緒に住むことになった。すまん」

エレノアがやれやれといったように頭をかかえる。

「…あきれた。あれほど憲兵には気をつけろって言っておいたのに。マヌケだねえ」

しかたないだろ。あんたが護衛さぼったのもあるぞ!…と言い返したいが恐くて無理。もちろん俺の油断も原因なのはあるし。

「まあともかく、さっさと話をつけるしかないね」

「話?」

「計画に支障のない範囲で憲兵連中と連絡を取って、ぼうやをこっちに取り戻すのさ。これからはしばらく王国軍にいてもらうよ」



「…エレノア」

「なんだ?」

「…その、今のまま、その憲兵の家にいたらだめか?」

「何言ってんだよ。無理に決まってんだろ」

「わがままなのは分かってる。そこをなんとかできないか。頼む」

何で俺はこんなこと頼んでいるんだろう。エレノアは困ったといった様子で考え込む。

「…まったく、ぼうやには苦労させられるね」



▼  ▼  ▼



「…さ、ここね!」

俺はエリオットの家に案内される。集合住宅の一室だ。概観はなかなかいい感じに清潔。

「どうぞ!」

エリオットが玄関のドアを開ける。

「お邪魔します…」

部屋の中に通される。中もいい感じに清潔…

清潔…

「…あ、散らかってるから、躓いて転ばないように気をつけてね!」

脱ぎ捨てた服。鞄。化粧品。何かの書類。数冊の本。動物のぬいぐるみ。空の酒の瓶。雑多な物が部屋のあちこちに散らばっている。こう言っちゃなんだが色気ゼロ。嘘だろ…

「…酒好きなんだな…」

「わたし酔っ払っちゃうと理性無くなっちゃうんだよねーこの間みたいに。記憶無いんだけど、なんかすぐお金使っちゃうみたいで、気がついたら財布の中が空なのね、いやー参ったなーアハハ」

エリオットの笑顔が明るい。悪い人ではないんだよな…



▼  ▼  ▼



「…いやだからー! わたしは何度も言ったのー! なのにアイツったらさー」

エリオットが酔って愚痴っている。同居初日の夜。無駄にドキドキした俺がアホだった。あの初恋のような気持ちを返してくれ。

「ルシーダもそう思わない?」

「思う思う」

「でしょー? だいたいなんでわたしが痴漢なんか捕まえなきゃいけないわけ!? アイツはアイツで上官のことばっか気にしてさーそう思うでしょ?」

「思う思う」

「…あ、無くなっちゃった。ねえルシーダ、新しいの持ってきて」

「もうやめとけ」

「なんで? まだ飲めるー」

「明日も仕事だろ」

「ぜーんぜんっ平気!」

「頭痛くて起きられないぞ」

「毎日こんくらい飲んでるもん」

「いや嘘でしょ」

酒強!

エリオットが急にふらついて俺に寄りかかる。

わわわ。

近い。

「…ねえルシーダ、しばらく一緒にいられるね」

「え?…あ、ああ…」

ん~わざとか~!? 

「…ルシーダってさ、結婚したいの?」

「なんだ急に…まあ機会があれば…」

たぶん無いけどな…トホホ…

「待っててもだめだよ? 好きな人がいたら自分からアタック! しなきゃ。好きな人いるの?」

「いない」

「即答か…ちょっと考えてもよくない?」

「なんでだよ。いないんだから」

「いないなら作ればいいじゃん! 好きな人」

いや俺そんな恋愛に焦ってないんだけど…

「大事な人、案外近くにいるかもよ?」

「そうかな」

「そうだよ」


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