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第1章/1-36
3 ▼老兵イスカール▼
しおりを挟む帝国のはずれの小さな寂れた港に辿り着く。なるほどここなら目立たない。港の一角に船が停泊している。それほど大きくないがそこそこ作りはしっかりしてそうだ。これなら王国までの船旅は問題なさそうだ。
俺は王国の兵士達と一緒に馬車を降りる。おんぼろの灯台から、灯台守のじいさんがこそこそと出てくる。
「…やっと来たか。さっさと行ってくれ」
「約束の分だ」
兵士がじいさんに金を渡す。
「…こんなのはもうこれっきりにしてくれよ。ばれたらただでは済まんわい」
「恩に着る」
じいさんが金を懐に入れる。四の五の言っていられない。賄賂でも何でも、この際受け取ってもらわないと、こっちが死んでしまうからな。
▼ ▼ ▼
よかった。これで逃げ切れる。船に乗り込もうとした時。後ろで兵士の1人が倒れた。
「…どうした?」
仲間が確認すると同時に、2人目が倒れる。傍に剣を持った1人の老兵が立っている。長く白いひげ。年季の入った革製のマント。
!!
イスカール!!
近くにいた王国の兵士が老兵に襲いかかる。老兵は、兵士の振りかぶった斬撃を横にさらりとかわすと、一撃で兵士をしとめる。みね打ちだ。
残りの兵士たちが老兵めがけて突撃する。頭部への横薙ぎの斬撃。老兵は素早くしゃがんで兵士の脇腹へ一撃。そのまま回転、別の兵士の斬撃が外れる。バランスを崩した兵士のみぞおちへ一撃。その兵士が倒れきる前に、銃をかまえていた兵士にダッシュ。ほとんど瞬間移動だ。老兵が剣を振ると、銃が真っ二つになった。兵士は腰を抜かしてその場にへたり込む。全員のされてしまった。死んではいない。
『戦竜』の異名を持つ、レンブルフォート帝国伝説級の名将、イスカール。だいぶ前に現役を引退してからは、なにかの特別な任務に就いているとかで、一切帝都に姿を現していない。
追っ手としては最強だ。ジラードも切り札を使ってきたようだ。
イスカールは俺を見る。
「お久しぶりです、ルシーダ殿下」
「…そうだな」
俺はまだ小さい頃、イスカールと何度も会ったことがある。その剣技も間近で見ていたが、あの頃からまーとんでもなく強かったな。今でも全然衰えてないじゃないか。今どこで何をしてるんだろう。
「…イスカール、俺を捕まえるのか?」
「ルシーダ殿下、皇帝の命により、あなたを帝都に連れ戻さねばなりません」
ここまで来たが、イスカールに目をつけられたらお終いだ。
一台、馬車が走って来て、近くで止まる。中から1人の女が急いだ様子で降りて来た。
「…ああ、間に合った!」
女は駆け寄ってくる。
「イスカール、待ってくれないか」
「殿下。こちらは危険です。馬車にお戻りください」
女は首を横に振る。
女は俺の方を見る。優しそうな顔だ…なんというか、幸薄い雰囲気だな。たぶんあまり栄養のある食事をとっていないんだろう。身なりもひどい。服が薄汚れてぼろぼろだ。
「イスカール、この人を王国に逃がしてやってくれないか」
「殿下、それは…」
「頼む」
イスカールは考え込む。
女が俺に歩み寄って微笑む。女…いや、男か! 顔を見ても最初は分からなかったが、近くでよく見たらなんとなく雰囲気で分かった。でも中性的な、不思議な雰囲気だ。幼く見えるが、どうやら歳も俺と同じくらいみたいだな。背も俺より少し高い。
「君がルシーダ皇子だね。噂通りの綺麗な人だ」
どうも。お前もな。
「あんた…何者だ?」
「今はまだ…言えない。でも僕たちはいずれまた会うことになるよ。必ず。運命だからね」
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