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「実はわたし~、結婚することになりました♪」
コンペの打ち上げを兼ねた部署内の飲み会で、宴もたけなわとなったころ。ゆるふわヘアの似合う理穂ちゃんが、突然そう宣言した。
「え、マジ?」
「よかったじゃない、理穂。おめでとう~!」
居酒屋の個室に歓声や拍手が湧く。時間を重ねて少々気だるげになっていたその場が、一瞬にして祝福ムードになった。
「おめでとう、真辺さん。式はいつの予定なんだ?」
部長が、酔いの回った真っ赤な顔で訊ねる。
誇らしげに「半年後です」と答える彼女の表情は、幸せいっぱいな笑みに満ちていた。
……結婚。また、独身が減るのか。
「旦那さまはどんな人?」とか、「新居はどこ?」とか。芸能リポーターばりの質問が飛び交うなか、私、瀧川一華は長テーブルの端で、ひとり小さくため息をついた。
「瀧川~、なーに暗い顔してんだよっ」
――と、そこへ妙な調子をつけた声を出しながら、社内でも面倒なキャラで知られる、同僚の戸塚がやって来た。また嫌なヤツが……。思わず顔をしかめそうになる。
彼は、ビールジョッキを片手に私の横へ腰を下ろし、反対の手で私の背中をばしんと叩く。背中に痛みが走った。
「いった! 何すんのよっ」
私は、掘りごたつの下に降ろされただろう彼の足を、思い切り踏んづけてやった。すると、戸塚は鋭い痛みに呻き声を上げる。
「お、オレはただ、暗い顔してる瀧川を元気づけようとしただけなのにぃ……」
よよよ……と泣き崩れる演技をしながら、取り皿が散乱するテーブルに突っ伏してみせる。彼の言動のすべてがうっとうしい。
「……別に暗い顔なんて」
「しってまっすよ~ん」
戸塚はむくりと顔をあげると、へらりと笑って言った。
「今考えてたこと、オレがズバリと当ててしんぜよう。『あー結婚か。また独身が減っちゃったな』だろ?」
戸塚はご丁寧に、私の物まねまでしてみせた。全然似ていない。けれど――
「っ……」
なぜわかるのか。そう言いたくなるところをこらえる。
「真辺は瀧川のふたつ年下だっけ? そりゃ、先越されれば面白くないよな~」
「そんなこと言ってないでしょ」
からかうようなニヤニヤ笑いに腹がたってたまらない。キッと戸塚を睨みつける。
「またまた~、図星のくせに」
「そういうんじゃないってば」
苛立ちに任せ、今度は掘りごたつの床を足でドンと鳴らした。
嘘を言っているつもりはない。後輩の結婚は喜ばしいし、祝福しないわけなんかない。
不快感を露わにする私に構いもせず、戸塚はビールを一口呷る。
「ま、何でもいいけどさー。これで、うちの部の独身って、オレと瀧川だけになっちゃったんじゃな~い?」
「……そう言えばそうだね」
我が運営管理部の面々を頭に思い浮かべてみる。悲しいかな、どうやらその情報に間違いはないようだ。
「もらい手がないなら、このオレがもらってあげよっか?」
「それは結構。余計なお世話」
「照れてんの? ドキドキしちゃう?」
「そんなわけあるか!」
「おー、怖い」
私がくわっと目を剥くと、戸塚は自分を抱きしめるようにして怯えたふりをする。
このお調子者の勘違い男が。何が『もらってあげよっか』だ。冗談じゃない。
一千万……いや、一億円積まれても無理だな。
私が嫌悪感を募らせていると、彼は今さっき置いたばかりのビールジョッキを持ち上げた。
「真辺のこと、ひとまず形だけでも祝ってやりなよ~?」
「形だけって――」
「大人なんだから。建前も大事、大事♪」
それだけ言い残すと、理穂ちゃんを中心としたお祝いの輪のなかへと戻っていく。
……だから、祝福してないわけじゃないんだってば!
揶揄まじりの戸塚の台詞に心のなかで反論しながら、私は手元にあるモスコミュールの入ったグラスを引き寄せて、一気に呷った。
■ □ ■
酔い覚ましがてら、最寄り駅よりもひとつ手前で降りた私は、帰宅にひしめく人波をすり抜けて改札を出た。
瀧川一華。二十八歳。独身。
都内の大学を卒業してからずっと、惣菜を販売する小さな会社の運営管理部門で働いている。いわゆるごく普通のOLだ。
彼氏は、今はいない。
「今は」と言い続けて、もう何年になるだろうか。
はい、見栄を張らずに正直に言います。……ずっと長いこと、いません。
学生時代に、手を繋いだり、唇が触れるだけのキスをしたりの清すぎるお付き合いの経験はある。だけど、互いを深く知り合うほどの本格的な恋愛は未経験。
男友達はいないわけじゃないけど、いわゆる飲み友達ってヤツで、異性を意識するような相手は皆無だ。
なんてことを白状したら、理穂ちゃんも戸塚もさぞおどろくんだろうな。
……年齢を考えたら、当たり前か。
言い訳をするならば、私はどうも男性に女性扱いされるのが苦手というか、女性として意識されるのが気恥ずかしいのだ。
その裏には、「女性としての魅力」という部分での自信のなさがある。親しみやすさも社交性も標準程度には備わっていると思うけれど、私は、自他ともに認める負けず嫌い。男性に対しても「素敵だと思われたい」というより「負けたくない」という感情のほうが先に来てしまう。
ゆえに、甘えたり弱みを見せることができない。早い話が、可愛げのない女なのだ。
自分の内面を相手にさらけだすことができないから、信頼関係を築けないのだと思う。
『真辺は瀧川のふたつ年下だっけ? そりゃ、先越されれば面白くないよな~』
戸塚のからかうような声が、脳内に響く。ご丁寧に、エコーまでかかって。
「別に面白くないとか、そんなんじゃないし」
コンクリートの地面を叩いて鳴る、パンプスのヒールの音。それにかき消されてしまう程度の声で呟く。
同僚や後輩の「結婚します」というフレーズを、これまで何回聞いただろう。
最初の数回こそ、純粋に「おめでとう」という感情しか湧かなかったけれど、最近はそれにまじって、居心地の悪さみたいなものが生じてしまう。
まるで自分が、当たり前のレールに乗っかれていないはみ出し者であるような。
この歳になると、結婚して家庭を持つ女友達が急激に増えはじめる。結婚式やその二次会に呼ばれる回数も、ここ二、三年でぐんと増えた。
それに伴い、これまで頻繁に会っていた友達と、物理的にも精神的にも距離が開きはじめる。しかも一度離れてしまったら、その差は時間が経つごとに開いてしまう一方だったりする。
正直、結構寂しい。今まで構ってくれていた友達が、みんな旦那や子供のほうを向いてしまうのだから。
一度立ち止まって、地面に向けていた視線を上げた。
私を見下ろす位置で照らしている街灯に、小さな虫が群がっているのが見える。
今日は残暑が厳しく、夜でも汗ばむような気候だ。私は、ペースを落として再び歩きはじめた。
――でもだからといって、今の自分を悲観してはいない。
確かに気軽に連絡できる女友達は減ったけど、まったくいないというわけではないし、男友達も一応いる。
「結婚」のタイミングは人それぞれ。同僚の女性が速やかに「結婚」という道を辿るからといって、私もそうしなければならないという決まりなんてない。
現在、私が「結婚」という言葉に興味を持てないのなら、それはまだ時期ではないということだ。無理してそれを引き寄せようとする必要はない。
なのに、飲み会での戸塚のように、「年齢的にそろそろ……」と、やたらと結婚を煽ってくる人間がいる。
「……放っておいてほしい」
それに尽きる。本当、放っておいてほしい。誰にも迷惑かけてなんていないんだし。
……と思ったところで、今度は、実家にいる両親の顔が浮かんだ。
男っ気のまるでない私に、近頃は実家に帰るたびに「いい人はいないの?」やら「私たちが元気なうちに相手を見つけてね」などと、結婚を急かすような発言をしてくる、父と母。
いや、でも迷惑をかけているのとは違うか。ふたりが過剰に心配しているだけなんだから。
……違うと信じたい。
心配されているうちが華だとは言うけれど……もうすこしだけ、自由でいさせてほしいと思ってしまう。それは我儘なのだろうか?
好きな人ができるまで、敢えてひとりでいたいという主張は、そんなにも異端なんだろうか。
歩き進めるにつれ、周囲の景色が、駅前のギラついたネオンから住宅街特有の温かな明かりに変わる。自宅まであと数分という距離で、ある公園に差し掛かった。
こぢんまりとした家々が立ち並ぶなか、ショベルカーでくり抜いたかのようにぽっかりと空いたその公園は、遊具も少なく、空き地のような外観だ。入り口で足を止める。
飲み会がお開きになったあとすぐに電車に乗ったから、今は午後八時半。
――この時間だけど、いるかな。
心のなかでそう呟きながら、公園の端にある、土管を模した遊具の傍まで歩み寄る。そして、しゃがみこんで土管の内部をそうっと覗きこんだ。
長さ二メートル程度の土管のなかから、にゃあ、と小さな鳴き声が響く。
同時に、丸く小さな影がちょっとビックリしたように動いたのがわかった。
いた。つい口元が綻ぶ。
「おいで」
私が手を差し出すと、ほんのすこしの間のあと、灰色にうっすら黒い筋の入った前足がぴょこんと飛び出てきた。その足が砂利の地面を踏みしめる。もう一本の前足で私の手を突っついてようやく顔を上げたのは、潤んだ丸い目の美形な猫だ。
この時間ではわかり辛いけれど、明るい場所では緑がかって見えるその瞳はつぶらで、とても愛らしい。
「遅い時間に、ごめんね」
私が小声で謝ると、「別に」とでも言うかのように、寝かせていた両耳を立てた。長い尻尾をぴゅんと一振りして、素早く土管の上に乗っかる。
猫はいい。癒やされる。
中腰になり、喉の辺りを人差し指でちょいちょいとなでてやると、サバトラ模様の身体をくねらせながら、もっともっととせがむように顎を上げた。
「いい子だね、アメリ」
うっとりとした表情で喉を鳴らす様子に、思わずそうもらす。
とはいえ、アメリというのがこの子の本当の名前なのではない。
その外見が、高級猫としてよく知られているアメリカンショートヘアに酷似しているから、私が勝手に呼んでいるだけだ。
性別も女の子だし、まるで海外映画のヒロインのようで、我ながらいいネーミングなんじゃないかと思っていたりする。
会社帰りにこの空き地でアメリを見つけて、彼女のもとを訪れるようになってから早半年。最初は警戒心むき出しでまったく近寄って来てはくれなかった。けれど、粘り強く通い詰めた結果、こうしてリラックスする姿を見せてくれるまでになったのだ。
「ねえアメリ、後輩がまた結婚するんだって」
アメリの喉元をなで続けながら、ぽつりとこぼす。
「そしたら、あの勘違い男の戸塚がね、『もらい手がない』なんて言ってくるの。失礼しちゃうと思わない?」
当然ながら私の言葉に返事をするでもなく、アメリは気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしているだけだ。
「私だって自覚はあるんだから。いちいち言葉にするなっての。っていうか、アイツに言われるなんて不愉快すぎる」
こんなところ、誰かに――特に会社の面々に見られたりしたら大変だ、と思いつつ、やめられない。猫を相手に、愚痴吐き大会。
いい歳して何やってるんだと思うけど、男まさりな性格ゆえに誰かに愚痴をこぼしたりできない私にとって、こういう時間は貴重だったりする。
……あーあ。家でなら、こんな姿を見られる心配をする必要もないんだけどなぁ。
いっそアメリを連れて帰りたいという気持ちもある。けれど、それはなかなか難しい。
もともと動物が好きで、実家でも猫やウサギを飼ったりしていた。だから私の気持ち的にはウェルカムなのだけど、今のマンションはペット全面禁止なのだ。
というかそもそも、アメリがノラ猫なのかどうかも怪しい。いつも身体が綺麗だし、毛艶もよく、食べ物に飢えた様子もない。
放任主義の飼い主さんのもとで、自由を満喫している可能性もある。そう考えると、勝手に連れ去るわけにはいかない。
というわけで、アメリとの関係は今のこれがべストなのだ。
気が向いたときに会いに行って、愚痴を聞いてもらい、癒やされる。
……あれ? これって。
お金の介在はないものの、心の隙間を埋めるためにホストクラブにハマっている構図と何ら変わりないのでは? そう気付いて、愕然とする。
愚痴を聞いてもらう相手が人間じゃなくて、猫ってだけじゃない!
でもすぐに、実際にホストにハマり貯金を吸い取られていくよりはよほど健全だ、と自分に強く言い聞かせた。
「アメリも私のこと、ヤバいって思う?」
「みゃあ」
YESと取れるような返事が、タイミングよく返ってきた。
「こんなときだけ返事しないでよ」
拗ねた私は、喉を擦っていた指を引っこめて、アメリをじろっと睨んでみせる。
「私だって、恋愛が絶対嫌ってわけじゃないんだよ。素敵だなって思うような人が現れさえすれば、すぐにだって恋に落ちちゃうかもしれないんだし」
そうなのだ。恋ができないのは、私だけのせいじゃない。
私が興味を持てるような男性が周囲にいないことが、一番大きな原因のはず。
「好きな人、できたら楽しいのかなって思うこともあるけど……」
だけど、彼氏がいる自分、というものを想像しようとしても上手くいかない。どんな男性ならいいのか、どういう部分に惹かれるのか、さっぱり浮かばないのだ。
好きってどんな感情だろう?
……これは重症かもしれない。
誰かを純真無垢に好きとかカッコいいとか思えたのは、かなり過去のこと。
頭に過ったのは、昔も昔。小学校から中学の途中まで習っていたピアノの教室で見かけた男の子だ。
私と同じくらいの年齢なのにずば抜けて演奏が上手くて、物静かで神秘的な雰囲気で。顔もカッコよくて……王子様を地で行くような子だったっけ。
「こりゃ、当分ひとりかな……」
言いながら苦笑する。思い出されるのが中学生のころのエピソードだなんて、だいぶまずいみたいだ。
とか、考え事をしていると、目の前にいたアメリの姿がなくなっていた。
「アメリ?」
周囲を見回したり、土管のなかを覗いたりしてみても、やはりいない。
「薄情だなぁ、もう」
アメリにさえも見捨てられてしまった。
私はスカートを叩きながら立ち上がると、ちょっぴり寂しさを覚えつつも公園を出たのだった。
2
だからだろうか、その夜、懐かしい夢を見たのは。
ある暑い夏の日、中学生の私はピアノ教室にいた。
親の趣味に付き合って、嫌々習っていたあのころ。練習にもあまり身が入らず、先生には『ちゃんと練習して来なさい』と怒られてばかりいた。
「わかりました、次週は頑張ります」
と、その場限りの返事をして冷房の効いた部屋を出る。ミンミンと喧しく鳴くセミの声が耳に入るとともに、むわっとした空気が顔をなでていく。
そのピアノ教室は、建物のフロア一階に三部屋のレッスン室を構えていた。入れ替えを含め、ひとり当たり四十分が持ち時間。レッスンが終われば速やかに部屋を出て、次の生徒が入室する仕組みになっている。
解放感に浸りつつ、帰ったらアイスを食べようとか、買っておいた漫画を読もうとか――ささやかな計画を立てながら、待合室代わりに使われているロビーのほうへ歩いていく。
と、ロビーの中心に置いてある円形のソファから、誰かが立ち上がるのが見えた。
――「名波くんだ!」と心のなかで小さく叫ぶ。
名波彰悟。彼はこの教室ではとりわけ有名人だった。
やや色素の薄い、柔らかそうで艶のある髪に、くっきりとした二重。スッと通った鼻筋に引き締まった口元の、整った顔立ち。
付近の名門私立中学校の制服を身に纏い、しゃんと背を伸ばすその様子は、まるでおとぎ話に出てくる王子様みたいだった。
私と彼が、すれ違う。
窓の外のセミがひときわ高く、長く鳴いた。
立ち止まって振り返った私は、その背をぼんやりと見つめる。
年ごろの女の子であれば、誰だって彼に惹かれるだろう。
実際、ピアノ教室の生徒が集まると、名波くんの周りにはいつもたくさんの女の子がいた。みんな、彼に対して憧れという名の恋心を抱く女子だ。
でも、彼がこの教室で有名だったのは、その目を惹く容姿だけが理由ではない。
名波くんがレッスン室に入ると、私はエントランスではなく彼が座っていたソファへと歩んでいき、そこに腰かける。そして、普段であれば練習時以外には眺めることのない、現在習っている楽譜を取り出して、指の運びを確認したりする。
ほどなくして、レッスン室から美しい旋律が聴こえてきた。
清らかな水が勢いよく、けれどもなめらかに流れ出ていくようなメロディに、そっと目を閉じて聴き入る。
毎週水曜日、彼とレッスンが前後である私は、帰りがけによくこの曲を耳にする。
ピアノに興味の薄い私は、当然、楽曲に対しても明るくなかった。けれど先生に初めて好奇心を持って訊ねたのが、この曲のタイトルだ。
「いつも名波くんが最初に弾いている曲? ショパンの、黒鍵の練習曲よ」
タイトルを聞いておどろいた。練習曲とは思えない、複雑な楽曲に思えたからだ。
何でも、名波くんはレッスンに入る前、この曲を弾いてウォーミングアップをするらしい。
指の運びの正確さが問われる曲であるのは、聴いただけでも明らかだった。私が弾いたら息切れするほど疲れてしまうレベルの曲なのに、これが準備運動だとは恐ろしい。
だけど、それもそのはず。彼はそんじょそこらの中学生とはまるで違うのだ。小学生のころからピアノコンクールでいくつも賞を取っているという、そのジャンルでの有名人。
我らが教室の期待の星と呼ばれている。そのため、先生の指導も特別熱心だった。
私が密かに「天才ピアノ王子」なんてあだ名をつけているのは内緒だ。まぁ、学校の違う彼とは会話をする間柄でもないし、その名前で呼ぶことはないのだけれど。
私は天才ピアノ王子の軽やかな演奏を聴き終えると、心のなかで拍手をして、ソファから立ち上がった。
――ところで、目が覚めた。
「んっ……」
ベッドの上で仰向けの身体。胸の前で合わせた両手は、ちょうど拍手のようなポーズになっている。その手を解いて、私は前髪をくしゃりとかきまぜた。
――夢か。しかも、何て懐かしい、中学時代の夢。
上体を起こした私は、まだ眠い目を擦りつつ、枕もとに置いたスマホのアラームを解除した。そしてベッドから床に降りる。
ローテーブルの上のリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を入れた。
朝から爽やかな笑顔を振りまきながら、今朝のトップニュースを読み上げる女子アナの声をBGMに、のろのろと朝の支度をはじめる。
ワンルームの見慣れた部屋は、今の会社に入ってからの長い付き合いだ。
七畳のスペースには、ベッドとローテーブル、ソファ代わりのクッション。背の低い本棚とチェストがくっついた収納ケース、冷蔵庫に電子レンジ。狭い部屋のなかに詰められるだけ詰めているけれど、普通の建物よりも天井がすこし高いせいか、それほど圧迫感はない。
家具や部屋の雰囲気は、赤とかサーモンピンクとか白とか、女性らしい色合いで纏めている。形も、柔らかさを感じさせる曲線を多用しているものがほとんどだ。
シンクのとなりに位置する扉から、バスルームに移動する。
実家は一軒家だったから、バス・トイレ・洗面所が一緒になっている三点ユニットに慣れるまではすこし時間がかかった。というか今時三点ユニットって……とも思うのだけど、ワンルームの物件だとまだまだ多く、さほど珍しくはないらしい。
トイレとお風呂が同じ空間というのが、最初は馴染めなかったけれど、住めば都とはよく言ったものだ。ひとり暮らしもひと月すぎるころには、気にならなくなっていた。むしろ、部屋がわかれていると掃除の手間がかかるからかえってよかったかも、なんて思えるくらいで。
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