上 下
19 / 29

第18話

しおりを挟む
 ――――いや、待てよ。まさか……。
 俺たち三人が全員『スパイダー』になったら、蜘蛛集めの対象にはならなくなる。
 つまり、蜘蛛が奪えなくなるってことだ。
 アンはもしかしたら、俺たちの隙をついて蜘蛛を奪おうとしてるんじゃないのか?
 出会ったときから、彼は蜘蛛集めに興味がないと言い切っていたけれど、それはフェイクで、本当は虎視眈々とチャンスを窺っているのだとしたら……。
 そこまで考えて、首を横に振る。
 もし今考えたことが真実だとして、チャンスはいくらでもあったはずだ。そう、今朝だってリタさんとふたりでザクロを採りに行っている。蜘蛛の場所さえわかれば、実行に移すいいタイミングだったはずだ。なのに、彼はそうしなかった。消滅へのタイムリミットは着々と近づいているのに……だ。
 それに、アンが一緒に行動していたのはリリーだけで、オレやリタさんを仲間に誘ったのはそのリリーだ。とすると、アンが蜘蛛を集めるために仲間を募った線は薄い。
 邪推をしてしまう自分が嫌になる。アンはオレを助けてくれた恩人だと、わかっているのに……。
「ユーキ、何難しい顔してるの?」
「……あ、いや」
 リリーに指摘された通り、無意識に考え込んでしまっていたようだ。ひらりと片手を振って何でもないことを示す。
「ユーキ、怒ってんの? ごめんって。でも、それを聞いたからって気が変わったわけじゃないでしょ?」
「もちろん」
 アンの問いにオレは頷いた。『スパイダー』になれることを知ったうえで、何もしないと決めたのだ。
 彼を疑うのはやめよう。能面女には違ったみたいだけど、オレにとってはアンはいいヤツだ。それでいいじゃないか。
 能面女とアンの間で揉め事でもあったんだろう。でも、それを聞いたところでオレがふたりの間を取り持つわけでもないし、意味がないような気がした。第一、どうせオレたちはそう遠くないうちに全員朽ち果てるのだ。
 人生の終わりは静かに、穏やかに、迎えたいものだ。
「念のために訊くけど、リタも気持ちに変化はないんだよね?」
「うん、ない」
 アンは、リタさんにも同様の質問を投げかける。やはり答えはイエスだった。
「よし、じゃあ改めて一致団結したってことで、今夜もザクロパーティーしますかね」
 オレたちふたりから色好い返事を聞くことができたアンは、明るく言いながら立ち上がった。
 正確な時刻はわからないものの、そろそろ夕食をとるくらいの時間だと思ったからだろう。滝の向こう側にうっすらと映る景色から知ることができるから。
「もうホント、見るのも嫌になりそうだけどねっ」
 リリーも自身のスカートの裾をぱたぱたと払いながら立ち上がる。
「――本当に血の池まで魚釣りに行っちゃおうかな。ユーキ、明日付き合ってねっ」
「リリーがそう言ってたから軽く池のなかを覗いてみたけど、魚なんていなさそうだったよ」
「粘って探したら一匹くらいいるかもしれないでしょー。約束ね、約束っ」
「……はいはい、そんなに言うなら付き合うよ」
「わーい。ありがと、ユーキ」
 よほどザクロ以外のものを口にしたいらしい。オレが了承すると、リリーは嬉々として小さく跳ねた。
 リリーは可愛らしい顔立ちだし、小柄で守ってあげたくなるような容姿をしているのだから、普段からこうやってニコニコしていればいいのに。
 どうも、最初に会ったときのキャンキャンとうるさい印象が強くて、気難しい子なのではと思っていたけれど、オレの思い込みだったのかもしれない。
「もしふたりが魚を見つけたら、私もそのうち獲りに行こうかな」
 リタさんが膝を抱えて座ったまま、オレとリリーとを交互に見上げて言った。
 ……リタさんの顔を見つめていると何かを思い出せそうな気がするのに、結局閃きそうにない。その繰り返しだ。
 オレはきっと、この人を知っている。それだけは確かだ。
 彼女に対しては、アンやリリーとは違う親近感のようなものを感じる。
 そのパーマのかかった柔らかそうな茶髪も、丸っこくて寂しげな瞳も、下唇にボリュームのある形のいい唇も……オレは今よりもずっと、近い位置で見つめていたような……。
「ユーキ? どうしたの、リタに見惚れたりして」
 リリーの声がカットインして、オレの思考が途切れる。
「……いや」
 見惚れていた――っていうのとはちょっと違う。けど、リタさんのことで頭がいっぱいだったのは事実だ。でも、また下手に刺激するようなことを言って、彼女を困らせたくない。
 昨日のリタさんの怯えた顔が頭を過って、小さく首を横に振った。
「やだ、見惚れてなんてないよね。……今日はずっと歩き回ってたみたいだから、疲れてるんじゃない。ザクロパーティーとやらがが終わったら早く休みなよ?」
 漸く腰を上げると、オレの肩を軽くぽんと叩いてリタさんが言った。
 この人は、自分の記憶を取り戻したいとは思っていないのだろうか。
 もしオレにそのヒントがあるとして、それを掘り下げてみたくはならないのだろうか?
 オレを突き飛ばした件は、なかったことにしたようだ。そうしないと、オレと一緒に生活し辛いと考えたのかもしれないけど……。
「はい。……そうします」
 オレは内心で複雑に感じつつも、笑顔で頷いてみせた。
 その夜、オレは三人に金髪女と遭遇した話をしながら、相変わらずぼんやりと酸っぱいだけのザクロを食べたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

愛されない花嫁はいなくなりました。

豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。 侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。 ……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...